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「さて、もうすぐ始まるね」
ここまでノンストップトークを繰り広げていたオリヴァンは、舞台の方を眺め、やっと一息つく。
客席の照明も消えて、舞台が始まる前特有の、ワクワクとした気持ちが湧いてきた。
ミリエットとエドガーが席に着こうとしないときはどうしたものかと思ったが、
「座ってくれるよね?」
というオリヴァンの笑顔の圧に負けていた。
私も何度も彼の怖い笑顔を見たことがあるので、彼らの気持ちはよくわかる。
「盛り上げてくれてありがとうございます」
「なんてことはないよ」
私は左隣に座るオリヴァンに対して、小声でお礼を言う。
暗くて見えないけれど、そのまた隣にはエドガーが、そしてミリエットが座っているはずだ。
オリヴァンは待ち時間の間、皆が気まずい思いをしないように、色々と話をしてくれた。
中央に座っていて声の通りが良い位置であることや、諜報員として話上手なところがあることから、当然の役回りとも言えるけれど……
「ミリエット嬢は、何か好きなこととかある?」
「そ、そうですね……本を読むのはかなり好きです。知識を身に着けることなら、私にでもできるので。えっと、あとはファンタジーもよく読みます」
そういえば、暗記は努力でどうにかなるから好き、とか言っていたっけ?
確かに本から得られる知識はその傾向が強いかもしれない。
ファンタジーや恋愛小説の類を読んでいるのも見かけたことがある。
その答えを聞いたオリヴァンは相槌を打ってから、今度はエドガーに質問を投げかけた。
「そうなんだね、エドガーも本はよく読んでいるよね?」
「はい、将来に備えて幼い頃から色々と読んでいます」
「とか言って、この前歴史の本の間に、恋愛小説が挟まっているのを見かけたよ?」
「それは……お、俺の妹が読みたいと言っていたから……」
それは新事実だ。
予想外の方向から飛んできた、突然のオリヴァンからの暴露に対応しきれなかったのか、エドガーの言い訳はとてもしどろもどろで……
「っふふ」
なんて思わずあのミリエットも笑っている。
「私も恋愛小説は好きですよ。そんなに慌てて隠さなくても、ふ、ふふっ」
「だから俺は好きだなんて一言も……!」
珍しく表情筋が動いたエドガーは、私から見ても、前よりずっと親しみやすい人に見える。
そんな会話をしていたら、劇が始まる直前にはすっかり和やかな雰囲気になっていた。
「皆さま本日は公演にお越しくださりありがとうございますーーーーー
劇が始まった。
本当はミリエットとエドガーの様子も見守りながら鑑賞しよう、なんて考えていたのだけれど、気が付いたら劇に夢中になってしまっていた。
『ごめんなさい、私はあなたの隣にいるべき相手ではないの。きっと私よりずっとふさわしい人に出会えると思うわ。だから……ここでさようならをしましょう』
『そんなわけがない! 俺は君のことが好きで、君もきっと同じ気持ちでいてくれているんだろう? 隣にいるためにそれ以外の理由なんて必要ない!』
『それは、私のことなんて何も知らないから言えるのよ。だって本当は……私、公爵令嬢ではないから! 王子のあなたに釣り合うような人ではないの!』
それだけ言い残して、ヒロインは舞台から走り去り、姿を消す。
残されたヒーローは、その場でぽつりと呟くように言う。
『……そんなこと、とうの昔に知っていたよ』
主演の迫真の演技に、涙があふれてくるのが分かる。
昔から、いや前世からずっとこういった切ない展開には弱い。
映画館に行って泣かなかったことは一度もないくらいだ。
劇が始まる前から手元に用意していたハンカチで、涙をぬぐおうとしたとき、隣からそっと手が伸びてきた。
暗くてあまり見えないだろうに、オリヴァンは泣いている私に気が付いてくれたのだ。
「大丈夫?」
周囲の邪魔にならない程度の声量で話しかけられる。
私がコクコクとうなずくと、ホッとしたように息を吐く音が聞こえた。
こういうところが、多くの令嬢を勘違いさせる所以に違いない。
私も……前世の記憶を取り戻した直後は、関わり合いにならないつもりだったのに、彼のこういったところに惹かれて、ずるずるとここまで来てしまった。
でも半年後には……私もヒロインのように逃げなければいけない。
「……僕は、君のことなら何でも知っているつもり。だから、ずっと隣にいてね」
私の手を口元に寄せて、軽く口づけをした後、そのまま恋人つなぎにされる。
本当に、何でも知っているのだろうか?
私が、ずっとオリヴァンに、家族のみんなに、国民のみんなに、嘘をつき続けていることも?
その上で、ヒロインのコレットではなく、私が本命だと言っているの?
そこから、劇の内容は全く頭に入ってこなかった。
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