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「こんにちは、エドガー様」
「あぁ」
「……」
「……」
待ち合わせ時間よりも早めに着いたのは良いが……これはこれで気まずい。
私も幼い頃からエドガー様の名前は聞いていたし、お茶会や舞踏会などの社交界の集まりで姿を見かけたり、挨拶をしたりしたことはある。
しかし、個人的な関わりは、この間声をかけたのが初めてだったので、何を話せば良いかわからない。
別に私は初対面の人と話すことが苦手なわけではない。
けれど今回の状況は……
クールで何を考えているかよくわからないと、社交界でも噂の人。
私の友人であるミリエットの婚約者であるにも関わらず、彼女と関わろうとしない人。
にこにこしながら腹の中を探ってくる私の婚約者の友人。
こんな状況でも普通に話すことができる人がいるのならば、私はその人に心の中でスタンディングオベーションを送りたい。
「……その、いつぐらいにここへ来たのですか?」
「10分ほど前です」
「速いですね」
あまりの話の弾まなさに、私は天を仰ぐ。
でもここで負けちゃダメだ。
ミリエットが来る前に、少し補助を入れないと。
「私、入学式の日にミリエットと知り合ったのですが、彼女とても努力家で、まっすぐで、芯の強い子なんです」
そう、婚約者であるエドガーに憧れて、隣に立つことができるように、役に立つことができるように、ずっと努力してきたのだ。
もちろん、彼女がエドガーに憧れていること、恋をしていることは言わない。
それはきっと……今日じゃなくてもいい、これから関係を築いていく中で、ミリエット本人が伝えるべきことだから。
でも……誘いに行く勇気もまだ持ち合わせていない奥手な彼女では、きっと時間がかかってしまうことだろう。
だから、少しだけ言葉にしておくことにした。
「きっとエドガー様が思っているよりもずっと、彼女はあなたのことを考えていますよ」
「……そうですかね」
なんだか顔を見るのは気まずくて、大通りを歩く人の様子を見ながら話をしていた。
しかし、返答したエドガー様の声色が、これまでと少し違った気がして、思わず振り返って彼の顔をまじまじと見つめる。
そんな私のことを不審に思ったのか、
「どうかされました?」
と声をかけられた。
うーん、表情は至って普通だ。
声色も戻っている。
もしかして、私の勘違い……?
「そんなに眉をひそめてどうしたの、クラリーズ?」
「わ、わ!」
悩んでいたところでいきなりオリヴァンが顔を出したので、驚いて飛び上がってしまう。
彼はそんな様子を見て、とても楽しそうだった。
「うんうん、驚いている姿も可愛いよ……ちょっと失礼」
私のことを適当にほめた後、彼はエドガーの手を引いて、私から少し離れたところでひそひそと話し始める。
何を話しているのかは分からないけれど、「ミリエット嬢に優しくするんだよ」とかアドバイスしているのかな……
あっ、それとも私は警戒対象だから、「何か情報を落とせそうな機会があったらよろしく頼む」とか言っている可能性もある。
むしろそっちな気がしてきた。
頭の中で、万が一私が失言してしまったときのシミュレーションをしていると、ミリエットもやって来た。
「こんにちは、クラリーズ様! えっと……あとのお二方は?」
彼女はとても緊張している様子だ。
それもそうだろう。
一緒に出かけるのはエドガーと私だけだと思っていたら、まさかまさか、第二王子であるオリヴァンまでついてきたのだから。
エドガーを今日のデートに誘った後、教室に戻って、オリヴァンも来ることになったと言ったら、卒倒しそうになっていたのは記憶に新しい。
「今は向こうで何か話しているわよ……あ、帰ってきた」
彼らがこちらへ向かってくるのを見て、ミリエットは少し隠れるかのように、私の後ろへ半歩下がった。
「あ、来たんだね。初めましてミリエット嬢。今日はよろしくね」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします!!」
彼女はオリヴァンに向かって何度も頭を下げたあと、緊張した面持ちでエドガーの方を見た。
言葉に詰まっているようだったので、頑張れという意味を込めて、手を後ろに回し、そっと背中を押す。
「その、今日は時間をとってくださり、ありがとうございます。あの……えっと、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ミリエットがちゃんとエドガーと話せた!
その事実だけで私も嬉しくて、頬が緩んでいるのを感じる。
「一通り挨拶も済んだことだし、会場に入ろうか」
演劇部による定期公演会と言っても、多くの貴族が通う学園が主催しているので、会場は国立劇場だ。
豪華な装飾がされた会場の廊下を進み、私たちは二階にある半個室の席へと通された。
そう、当然のように王族の方々が座るような席である。
オリヴァンが何のためらいもなくボックスへと足を進めるので、思わず彼の袖をつかんで、耳元で囁いた。
「ちょっとオリヴァン様……その、気合いが入りすぎでは?」
私は一応身分上は、オリヴァンの婚約者だから良いとして……エドガーは入口で無表情のまま止まっているし、ミリエットに至っては、プルプルと震えているのが数メートルの距離からでもはっきり分かるくらい、腰が引けているのが見て取れた。
「そうかな? ここの方が周りの声を気にすることもないし、あの2人にとっても良いと思ったんだけど……」
私は今まであまり人の恋路に興味がなかったため知らなかったが、確かにミリエットとエドガーの不仲説は、どうやらわりと有名な話らしい。
そんななか、学園主催の劇を一緒に見に来たとなったら、周りの観客である学園の生徒や親たちは彼らの話をし始めるに違いない。
なかには本人たちに聞こえるような声量で話すような人もいる。
それが耳に入ったら、きっと劇に集中するどころではないし、せっかくの「ミリエットとエドガーの関係修復大作戦」にも悪影響だ。
それなら、隔離されたこの場所が良いというのも一理あるけれど……
この場所はあまりに注目されすぎる。
私が反論しようとしたのが分かったのか、オリヴァンは更に言葉を重ねた。
「彼らがここにいたら、注目されることは確かだとは思うよ。でも、こうして王族席に案内されて、2人で劇を鑑賞しに来ているとなれば、僕も認めるカップルだってことになるから……彼らの関係性を悪く言う人たちへの牽制にもなるはずだからさ」
まるで私の反論しようとしたことが分かっているかのように言葉を続けるのは、諜報員としてさすがとしか言いようがない。
「まぁ、僕と君の関係をアピールして、悪い虫を追い払う目的でもあるけどね」
「何か言いましたか?」
「ううん、ただの独り言」
ぼそぼそと話した声は聞こえなかったが、これ以上反対する要素もなくなった私は、エドガーとミリエットの方を振り返る。
いまだに固まっている2人。
私はまた、オリヴァンの方へと向き直る。
「そうしたら、あの2人がここへ座ってくれるよう、説得も頼みますね」
「うーん、可愛いクラリーズの頼みは断れないね」
私は遠慮なく席に座り、彼の説得を待つことにした。
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