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魔法の練習をしよう、と向かった先の裏庭。
私としては、このもやもやとした気持ちに蓋をするために、早いところ練習に集中したかったのだけれど……
「あなたがエドガー様の婚約者?」
「落ちぶれた家なのに、まだあの方の婚約者でいるから……どんな絶世の美女かと思えば、
こんなみすぼらしい方だったなんて」
クスクス、と感じの悪い笑い声が数人分聞こえてくる。
これは……!
「原作乙女ゲームの、エドガー様ルートだわ」
乙女ゲームには第二王子のオリヴァンだけでなく、もちろん他の攻略対象も存在する。
婚約者に先立たれた第一王子、次期宰相候補だけれど少し冷たい面のあるエドガー公爵令息、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきたまるで大型犬のような幼馴染などなど。
エドガー様にはあまり興味がないのと、その他諸々の理由で、前世でも途中までしか攻略したことがない。
ただ、この初手のイベントだけはやったことがあるので、この後の展開は知っている。
「エドガー様のことだから、あなたの存在なんて忘れているんじゃない?」
「そうよそうよ、舞踏会やお茶会でも二人一緒にいるところなんてみたことがないわ」
「早く婚約解消してちょうだいよ。形だけの婚約者でも、いるだけで邪魔なのよ」
オリヴァンが人気なのはもちろんのことだけれど、エドガー様もそのクールな雰囲気から、婚約者がいるにも関わらず、学園内ではとても人気だ。
きっとこの上級生の令嬢たちは、自分こそエドガー様の婚約者にふさわしいと信じているのだろう。
だからといって、こんなことをしていい理由にはならない。
「わ、私……」
「堂々と話すこともできないの? 本当にエドガー様とは不釣り合いね!」
嫌味のように笑っていた令嬢たちも、だんだんとヒートアップしてきた。
でも大丈夫。
ここで登場してエドガー様の婚約者であるミリエットを助けるのが、乙女ゲームのヒロイン、コレットだ。
彼女を助けることで、二人は仲良くなり、そして冷え切っていた婚約者との関係の改善に協力する。
結果的には、エドガー様とミリエットの二人は円満に婚約関係を解消し、良き友人関係となる
そしてなんと、コレットとエドガー様がくっつくのだ。
私的にはこの展開が納得いかなさ過ぎて攻略しなかったのよね……
だって、円満には終わっているけれど、見方を変えれば友達の元カレと付き合ったみたいな形になっていて、なんとなくモヤっとしてしまうから。
というわけで、この状況は今の私には関係のないことだ。
コレットがミリエットのことを助けに飛び出して、令嬢たちが制裁を食らったら、私も裏庭で魔法の練習をするとしよう。
どうせ、あと半年で行方不明になる身なのだから、学園では誰とも深い関係を築くつもりはない。
「す、すみません……」
「それで? 謝るだけじゃなくて、婚約は解消してくれるんでしょうね?」
「そ、それは……できません!」
突然大声をあげたミリエットに、令嬢たちだけではなく、私も驚く。
「いきなり大きな声を出して何よ! 落ちぶれてもう家柄しか取り柄のない侯爵令嬢のくせに生意気な……!」
令嬢の中の一人がミリエットの言葉に逆上して、拳を握りしめたのが見えた。
私は建物の柱の陰から、コレットが来るのを今か今かと待っているが、まだやってこない。
というか……!
私、コレットとオリヴァンが教室に二人で入っていくのを見届けたじゃない!!
普通に考えれば、あの後仲良く話し続けているだろうし、どう考えてもここに来る未来は見えない。
「あ、あなたなんて!!」
その拳がミリエットに伸びそうになったのを見て、私は慌てて飛び出した。
「何をしていらっしゃるのかしら?」
「あなたは……!」
いくら上級生と言えど、私の見た目と名前は知っているだろう。
そして、決して逆らってはいけない相手だということも。
「え、えぇっと、私これで失礼いたしますわ」
特に言い訳や謝罪をすることもなく、ミリエットを追い詰めていた令嬢たちはさっさと校舎の方へ戻っていってしまう。
その逃げ足の速さに呆然としていると、おずおずといった様子で、
「あの……」
とミリエットが声をかけてきた。
「大丈夫だった? ごめんなさい、少し前から見ていたのだけれど、止めるのが遅くなってしまって……」
コレットが助けてくれると思っていたから、という言葉は飲み込む。
「く、ク……」
彼女の目からはだんだんと涙があふれてきて、ぼたぼたと地面に落ちる。
「クラリーズ様……! ありがとう、ご、ございま゛ずー!!」
そのまま私の方へ駆け寄ってきたミリエットは、何もないところで躓きバランスを崩した。
私が慌てて彼女の周囲に突風を起こして、体勢を立て直させると、呆然とした顔で私のことを見つめる。
「やっぱり、精霊使いのクラリーズ様はすごいですね。それに比べて、私なんて……」
また泣き出しそうなミリエット。
ここで、
「じゃっ、私は魔法の練習をするから、またね」
なんて言うほど私は人間をやめていない。
精霊使いの公務の傍ら、街の人の悩みをよく聞いていたので、こういったことに対処するのは得意だ。
だから今日の魔法の練習は諦めて、彼女の話を聞くことにした。
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