第07話:崩壊した過去の都市
さてさて、放課後。
この学校の生徒達はどれ程までに放課後を楽しみにしているのだろうか、今俺が居る教室内には既に、ほとんどの生徒が姿を消していた。
まぁ、俺もこのまま教室に残ってもやる事が無いので帰ろうとすると、急に圭吾が俺を呼び止めた。
「なぁ亮、お前これから暇か?」
「いや、実はこれから用事があってな」
自宅に帰るという用事がある。
「よかったよかった! それじゃ、今から新秋葉原に行かねぇか?」
「いや、だから俺は――」
「直樹が急用出来たみたいで、一緒に行く相手が居なかったんだ」
「ちょっと待て、俺はただの埋め合わせか?」
「あっはっはっは、そんな訳無いじゃないか。とにかく、行こうぜ!」
どう考えても、埋め合わせな気がするぞ……。
まぁいっか。最近、こいつと行動した事無いしな。
それに、今日の昼も弁当が無かったから、結構落ち込んでいたし。
「わかったよ、一緒に行ってやる」
「そうこなくっちゃな! さすが亮だぜ!」
意味わかんねぇよ。
とりあえず、俺は圭吾を追うようにして教室を後にした。
新秋葉原までは、学校前から乗るバスで少し行った所にある駅から、電車一本で向かう事が出来る。
俺達は何とか出発直前の電車に乗る事が出来、同時に笛の音が鳴って電車が走り出した。
後は数十分の間、途中途中停まる電車に揺られるだけとなる。
それから駅を抜け数分後、いつの間にか外の景色は左右が全く違っていた。
電車の進行方向を正面として右の窓から見える景色は、たくさんの高層ビルが敷き詰められるようにして建っている、崩壊から復旧した日本の首都であり中心都市、新東京都。
対して左の窓から見える景色は、崩れ落ち廃墟と化した建物が所々にある崩壊都市、旧東京都。
廃墟は、今では旧東京だが、昔は右の新東京と何ら変わり無い中心都市だった。
そんな中心都市が崩壊した理由は、今から三年前。
俺が中一だった頃に起きた事件が原因だった。
当時、東京では世界一の人工知能を搭載したAI〝HEAVEN〟を導入し、都内における全てのネットワークの中枢となって活躍していた。
充実した生活。その全てを市民に提供していた。
だが、天国と名付けられたAIは、一夜にして人々に地獄を見せる事となる。
二〇三三年七月二十七日、悲劇の始まりの夜、突如HEAVENが暴走。
その暴走は管理下にあったネットワークに混乱を与え、更には同じく管理下にあった防犯用無人機が、守るべきである人間への攻撃を開始。
他にも、信号機の混乱によって交通事故が多発、電子機器のショートによる火災、電車の制御も乗っ取られて脱線・衝突がそこら中で起きた。
この混乱により、東京は僅か数時間でほぼ壊滅。
死傷者も数千人に及んだ。
これが、歴史にも残る大事件、HEAVEN事件だ。
「……いつ見ても、悲しい光景だな……」
圭吾はそう呟きながら、窓の外を眺めていた。
ちなみに俺はこの事件があった時、丁度家族と旅行へ行っていた為、ニュースを見て驚いた記憶が印象的だな。
だが、何故か旅行中の記憶が余り無い。
もしかしたら記憶が無いのは、この事件と関係あるのか? と、当時の俺は馬鹿みたいに悩んでたっけ。
そんな風に、俺が昔の思い出に浸っていると、圭吾は外を眺めるのを止めてこちらを向いた。
「なぁ、亮。どうやって、そして誰がHEAVENの暴走を止めたか、知りたくないか?」
「は? そんな情報どこから……って、あぁ。情報収集はお前の得意分野だったな」
「お褒め頂き、ありがと~うっ。そんじゃま、俺が集めて纏めた情報を教えてやるぜ!」
右手の親指をグッと立て、俺に突き出してきた圭吾は、自信満々の表情で話を始めた。
「あの日、日本のテロ対策組織・通称〝PJFT〟は、HEAVENの暴走停止の任務を引き受けたんだ。だが結局、止めるどころか近寄る事さえ出来なかった。そこでPJFTは前代未聞の行動に出たんだ。それは、日本国内で確認されている有能なハッカー達に声を掛け、HEAVEN停止の協力を要請したんだ。どうなったと思う?」
「成功したのか?」
「ぶ~! 残念、その逆だよ。大失敗だった。どれだけハッキングを試みても、侵入する事が出来なかったんだ。たしか、量子コンピュータとかっていう、人間の脳に似た機能のコンピュータだったらしい。そんな凄いAIが、全てのハッキングを防いだんだってよ」
そんな時だ! と言って彼は、右手の指をパチンッと鳴らして、俺を指差した。
「打つ手無しのPJFTの所に、ある一つのチームから連絡が入った。そのチームは、自分達が五人構成である事を伝えると、HEAVENを止めてやると言って来たらしい。そしてその言葉の通り、見事HEAVENの暴走を止めたそうだ。そのチームは自分達を、ユグドラシルと名乗ったらしい」
「……ちょっと待て、さすがにそれは出来過ぎた話じゃないか?」
たった五人でだと? なんで日本の有能ハッカーとやらが挑戦して無理だったのに、そいつらは出来たんだよ。
「ま、実際こうして平和なのも、それが真実だからじゃないのか?」
「う、うまく纏めやがったなお前……」
苦笑交じりで言うと、圭吾は微笑しながら先程の人差し指を左右に振った。
「不足した状態の情報を、上手く纏められただけでも、俺は凄いんだよ」
自画自賛ですか。
そう思っている間に、電車は途中の駅に停まった。
さすがは東京、乗車数が半端じゃない。
そんな中、一人の男がなにやらブツブツ独り言を呟きながら、俺達の座る席の前に立ち、吊革を掴んだ。
彼は、節々に微笑などを入れながら、楽しそうに独り言を呟いている。
「お、電脳か。良いなぁ……」
不意に、彼を見て圭吾が言ったのは、通称〝生体式電子脳〟。
それは、HEAVENが日本に導入された時とほぼ同時期に利用され始めた、脳にマイクロ・コンピュータを埋め込む技術の事だ。
まぁ、脳の半分をコンピュータにする、みたいな感じのものだな。
たしか、埋め込んだマイクロ・コンピュータが、頭脳と結線して情報をインプットしたりアンインプットする事が出来るようにするらしい。
それは、無線や有線を使って外部のネットワークにも接続する事も可能で、インプットの場合はネットの情報を視神経や超神経に直接送り込み、アンインプットは頭脳の言語野に繋がれている事によって、思考するとメッセージを送れるという物だ。
つまり今、目の前で独り言を呟いている男は、携帯電話のネットワークに接続して、相手と会話を楽しんでいるのだろう。
僅かに声が出ているのは、楽しんでいる為につい、という事だろうか。
「亮は、将来電脳にするのか?」
「俺? 俺はやらねぇよ。ネットなんて、滅多にやらないし」
「何!? それは残念だな……」
圭吾がそう言って立ち上がったのとほぼ同時、電車が次の駅に停まった。
窓の外を見れば、新秋葉原の看板が見える。
何だ、着いたのか。
やけにタイミングが良いな、などと思いながら、電車を降りて目的地へと向かった。
……とは言ったものの、何処へ行くんだよ。
俺が今居るのは、新秋葉原。
そこは、圭吾のようなオタク達には夢の地であり、それだけでなく多くの一般人も良く来ており、数多くある電気店も並んでいる色々と便利な町だ。
ちなみに、何故名前に〝新〟が付いているのかは、HEAVEN事件の影響だ。
この町もまた、崩壊し復旧した町の一つなのだ。
などと俺が内心で説明している間に、圭吾は勝手に進んで行った。
その後ろを俺は、何とか逸れないようにと必死に追い駆ける。
だがしばらくすると、彼は歩く速度を落として俺の横に並んだ。
見える表情は、笑顔だ。
何だ、気持ち悪い。
「いやぁ~、久々に親友と一緒にこういう所に行くってのも良いもんだなぁ。お前、最近付き合い悪かったからなぁ」
「それは嫌味か?」
そう言うと圭吾は、フンッと鼻で笑いやがった。
何か、こいつに鼻で笑われると腹が立つ。
「お! ここだここ、今回の目的地!」
圭吾が立ち止まって指を指した方向には、一つの店があった。
その店の看板には〝西洋メイド喫茶・和み〟と書かれている。
「せ、西洋メイド?」
「とにかく入ってみようぜ。大丈夫、俺も初めてだから」
「おい。自信満々な表情なのはいいが、初めてって言葉は聞き捨てならねぇぞ」
そんな俺の不満を無視して、圭吾は中へ入って行った。
とりあえず、俺も中に入る事にしよう。
「――お帰りなさいませ、ご主人様」
……メイド喫茶ってのはたまにテレビに出ているから、どんな場所かは大体想像がついていた。
だがここは、入った時のセリフ以外、何かが違う。
店内はまるでどこかの御屋敷のような造りとなっており、店名通り何と無く和み、落ち着きのある空間だった。
そして何よりメイド達の服装が派手では無く、漫画とかで出てくる金持ちの家のメイドみたいな感じだ。
まぁ、漫画にも馬鹿みたいに派手は服装はあったけれど……。
それは、圭吾趣味の漫画にしか無かった為、安心して貰いたい。
「それではご主人様。席を案内しますので、ついて来て下さい」
優しい声でそう言って席に案内され、少し戸惑いながらも座る事にした。
それにしても、落ち着く席だ。
大体四人分のボックス席で、その周りにはスモーク張りのガラスが設置されており、他の席の客に邪魔される心配も無い。
次いで、席に置いてあったメニューを見て、更に驚いた。
内容が、普通だ……。
「……お、おい圭吾。いったいここはどんな場所なんだよ?」
「気付いたか? ここはそこら辺のメイド喫茶とは違い、メイドの発祥地と言われている西洋の文化を取り入れたんだ。質素で穏やかに、それでもって主人第一に。だから、派手なサービスは一切せず、メイド服もシンプル。メニューも普通の喫茶店と同じだ。そんなシンプルさが密かに人気を生んでいる、という訳なんだよ。……それに、ここで働いている人達は、実際に豪邸でメイドをやっている人だけなんだそうだ」
はい長い説明ご苦労さん。
息を切らして水を一気飲みしている圭吾に、内心で棒読みの感謝をしておく。
丁度その時、メイドの一人が横を通った為、呼び止めた。
「あ、わりぃ、紅茶一杯と水おかわり」
「畏まりました。紅茶の方は砂糖、どうされますか?」
「お勧めで」
「……………」
「あ~……二杯分で」
「それではしばらくお待ちください、ご主人様」
ニッコリと、満面の笑みを見せたメイドは、会釈してカウンターの方へと消えて行った。
……それにしても、落ち着いた店だな。
BGMはクラシックで、バッフェルベルのカノンだ。
ゆったりとした曲を聴きながら、心を和ませる。
ここなら、ゆっくりできそうだ。いや、本当に。
そんな事を思いながらBGMに耳を傾けていると、店員――もとい、メイドが紅茶と水の入ったボトルを持って来た。
「ご、ごご、ご注文頂いた紅茶をお持ちしました!」
「ん? あ、あぁ、どうも――って、あれ?」
この声、どこかで聞いた事が……。
そう思いメイドを見ると、
「あっ」 「えっ!?」
発音の違う声が重なる。
思った通り、俺はこのメイドを知っていた。
そのメイドは、クラスメイトの朔夜だったからだ。