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第06話:空腹の少女

 朝。月曜の朝。気怠い朝。

 そんでもって学校の日だ。

 だが、怠い……。


「……よし、寝よう」


 刹那、金属音と共に額から痛みが広がった。

 ……痛い。ってか激痛。

 そう思いながら視野に入っている人影のある方を向くと、夢月がおたまを持って、不機嫌そうに立っていた。


「あ~……夢月、おたまをそんな事に使っちゃいけません」

「お兄ちゃんも、朝食を目の前にして寝ちゃいけません。さ、変なボケかましてないで、早く食べて学校へ行く!」


 朝から夢月の大声。

 そのおかげで、眠気が吹き飛んだ気がする。

 偉大なる妹様に、感謝感謝~。

 内心で手を合わせ、感謝の言葉を内心で述べながら、テレビの方を向く。

 その時目に留まったのは、朝のニュース番組でよく見られるデジタル表記の時刻だ。

 表示されているのは、七時。

 ちなみに、今日は自力で起きられた。

 俺が早起きねぇ……。

 珍しく早起きをした自分に驚きつつ、朝食である食パン二枚を平らげた後、一つの考えが生まれた。


「……たまには、早く登校するのも悪くは無い、か」

「え!? お兄ちゃんが早めに登校!? 防災キットを準備しとかないと!」

「あ~……お前なぁ、そんなに珍しい事か?」

「うん」


 即答。しかも、満面の笑みで。

 兄として、ちょっと悲しい……。

 まぁ、その通りかもしれないが。


「っと。それじゃ、行ってくるわ」

「はいは~い、いってらっしゃーい!」


 夢月の元気すぎる声に返事を返して、俺は自宅を後にしてバス停へと向かった。







 こんな時に突然でなんだが、俺の好きな言葉は〝日常〟だ。

 理由は簡単、毎日に然程大きな変化が無く、慣れた日々を過ごせる事は良い事だと思っているからだ。

 ちなみに、今から向かうバス停には利用者が誰も居ない、これがいつも通りの事。

 それは、近所に飛翔鷹高校に行く生徒が、俺を除いて一人も居ないからだ。

 偶然と行って良い程、朝にバスを利用する人が居ない。

 だからこそ、今日も誰も居ない……筈だった。

 誰かが居た。いや、誰かが倒れていた。

 飛翔鷹高校の制服を着た、青色の長髪でツインテールを作ったちっちゃな――もとい、小柄な女子生徒が、だ。


「……生きてるのか?」


 近寄ってみても何の反応も無い。

 無視、するべきだろうか。

 刹那、

「うわあああぁぁあぁあぁああぁぁぁっ!!!」

「だああああぁぁぁああぁぁあぁあぁっ!!!」


 急に叫ぶから釣られてしまった……。

 辺りを見渡して、誰も見ていない事を確認し、ホッとする。

 そして、ツインテールの女子生徒の方を向くと目が合った。

 同時に俺は、蛇に睨まれた蛙の如く、全く動く事が出来ない。

 しばしの沈黙……。

 その沈黙が、彼女の腹の音によって破られた。


「……腹、減ってるのか?」


 とりあえず問うと、彼女は勢い良く頷く。

 ……どうする、どうするよ俺。

 食い物はある。だがこれは俺の昼食だ。

 だがだが、俺の目の前では少女が腹を空かせて困っている。

 だがだがだが、二日連続で弁当が無いと、圭吾が死ぬのではないか?

 などと迷っている内にバスが来た。


「と、とりあえず乗るか……」


 言ってバスに乗り込み前の方の席に座ると、ツインテールの女子生徒は隣に座った。

 その後、バスが走り出した後もずっと彼女の腹は、小太鼓の様に鳴り続けている。

 ライブ状態である。


「……ったく、しょうがねぇな」


 圭吾なんて、どうでもいいや。

 よし決めた、昼はパンにしよう。

 そう決心して、俺は弁当を鞄から取り出し、ツインテールの女子生徒に差し出す。


「やるよ」

「え? ……い、良いの!?」


 暫しの間を空けた後、彼女は目を輝かせて聞いてくる。


「お前のその五月蝿い腹が鳴り止むのな――って、あれ?」


 気付けば、俺の手から弁当が消えていた!

 それと同時に彼女の方を向くと、いつの間にか俺の手にあった弁当を食っていた。流し込むようにして。

 少しは味わって食えよ……。


「ぷふぅっ、ごちそうさま!」

「速っ!!」


 渡された弁当を見ると、まるで何も入って無かったかのように空っぽだった。

 いやもちろん、仕切りの紙は残ってるけども。

 蓋の裏に、水分で綺麗に貼り付けられて、だ。


「……お前、食うの速過ぎるだろ」

「……………」

「ん? どうした? 黙り込んで」

「……パンの方がよかった」

「なら食うなよっ!」


 勢い良く、額にデコピンを当ててやった。


「痛いっ! な、何でデコピン!?」

「食うだけ食ってそんなセリフを吐く奴には、当然の報いだっ」


 本当はチョップも追加したかったが、我慢しておこう。

 するとツインテールの女子生徒は、顎に人差し指を当てながら、う~んっと唸り出した。

 そして急に何かを思いついたのか、その人差し指で俺を指してきた。

 人を指で指すな、指で。


「それじゃ、明日の昼食を奢るっていうのはどう!?」

「期待は余り出来ないが……。悪くない条件だし、それで勘弁してやる」

「オッケ~、それじゃ明日の昼にね。えっと、私はB組の篠塚 葵(しのづか あおい)だよ、よろしくね!」

「俺はC組の霧島 亮だ。よろしく」


 隣のクラスか。

 なら、問題無いだろうな。こいつが忘れてても会いに行けば良いだけだし。

 と、丁度その時、バスがブレーキ音を立てて停まった。


「それじゃーねー」


 葵は元気の良い大声を出しながら片手を振り、にゃはは~っと笑いながらバスを飛び出して行った。

 俺も降りようかなと思い、出口へと向かったその時だ。

 体が止まる。気付くと、運転手に腕を掴まれていた。


「どうした? 料金は払ったぞ?」

「お連れの方の分がまだですけど」

「…………………………」


 あいつ、俺に払わせる為に急いで出て行ったのか。

 それとも忘れていただけなのか。

 どちらにしても、なんて奴なんだ……。

 そんな事を思いながら、俺は渋々と金を出し、バスを降りて行った。






「そりゃ、フラグが立ったな」

「は? フラグ?」


 朝のホームルーム後、圭吾に先程の事を話した。

 すると、まったまた我が友人の圭吾は、訳の分からん事を言い出しやがる。


「いいか、亮。その様な普通じゃ有り得ない出来事があったんだ。フラグの一つや二つは軽く立っているもんなんだよ」

「それはお前の理想論だろうがっ。――って、あれ? お前今、俺の事を亮って呼んだか? 前までのあれはどうしたんだ?」


 フラグがなんとかって話は、さり気無く逸らすように話を変えてみる。


「あぁ、りょーちゃんの事か? 呼び方を亮の方に変えたの、今頃気付くとはな。とりあえず飽きた。色んな意味でヤバイだろうし」

「確かに、男のお前がりょーちゃんなどと言うと、人聞きが悪いしな……」

「ってな訳で、だ。俺は呼び方を次の様に考えている! ラッキーフラグマン《幸福な伏線を引き当てる男》かラッキースケベマン《幸福な助平男》だ!」


 まず、何も言わずに圭吾の額目掛けてチョップを放つ。

 次に、額を押さえて蹲った彼の頭を平手で連続して叩く。


「あだっ、あだっ、おだっ! やめろい! あだっ!」

「全く、お前のネーミングセンスには驚かされるぞ。なんだよ、ラッキーフラグマンかラッキースケベマンって。どこからスケベが出て来たんだよ」

「どこからスケベが出たのか、だと!? シスコンは誰もがスケベヘェッ!」


 とりあえず、首筋にチョップを入れて止めを刺す。

 斜め四十五度……で良かったっけ?

 まぁ、圭吾だから別にいっか。

 ってか、誰がシスコンだ、誰が。

 と、丁度その時、チャイムの音と同時に先生が入って来た。

 怠い授業~午前ver~の始まり、か……。

 そう内心で呟きつつ、気絶した圭吾を無視して自分の席へと戻った。











 三時間目、怠い授業の一つである現代国語。

 その時間の教師は隙が多い事で評判のある女教師、山内という奴である為、辺りを見渡すと寝ている奴が軽く十人以上は居た。

 だが俺は、何故か眠く無い。故に暇だ。

 その為、後ろの朔夜と話でもするかな、と思い後ろを向くと、彼女はぐっすりと眠っていた。

 気持ち良さそうに寝てやがるよ……。


「……おい、朔夜!」

「ふへっ!?」


 小さく、それでも力強く声を掛けると、夢から覚めた彼女は勢い良く立ち上がった。


「え、えと、その、……って、あれ?」

「どうしたのですか? 九条さん」


 黒板の方を向いていた山内の、振り向きざまの問いと共に、クラス内の全ての視線が朔夜に向けられる。

 だが、圭吾の方を見れば、まだ眠ったままだ。

 あいつらしく無いな、反応しないなんて。

 ……まだ、気絶しているのか……?


「あ……いえ、何でもありません……」


 その言葉と共に、クラス中に笑い声が響き渡った。

 朔夜はその事に赤面しながら、恥ずかしそうに座る。


「……朔夜、とりあえずわりぃ」

「え? いえいえ別に良いですよ。……えと、何の事で謝ったんですか?」

「いや、別に深い意味は無い」


 本当は海よりも深い訳があって謝ったんだけどな。

 ……例えのスケールがでか過ぎた。

 とりあえず、本人は知らないとしても、ついでで謝っておいた。


「……そうだ、お前何か特技あるか?」


 とりあえず、話題を振ってみる。

 そうでないと、空気が気まずいからな。特に俺が。


「特技、ですかぁ……早口言葉ですね!」

「なっ!? い、意外だな……」

「し、失礼ですよ亮さんっ! 信じないのなら、実際にやって信じさせます!」


 言って、朔夜は軽く深呼吸。

 そして、呼吸が整ったのと同時に、

「いきます! ――生ゴミ生米生海鼠!」


 た、確かに早口だが……。


「屏風がジョーズに坊主の絵を描いた!」


 ……ウケを狙っているのか?

 何か、間違い過ぎているぞ……?


「九条さん、静かにして下さい!」


 今度は山内の渇が飛んできた。

 同時、再び笑い声が教室内に響き渡る。


「す、すみませ――」

「これかぁー! これが先日感じた天然要素の香りかぁ! 九条と言うその名、覚えておくぜ!?」

「待て本田! まだ確定した訳じゃ無いだろう!? たまたまもう一人居たのかもしれない。もう少し待て!」


 復活した圭吾と誰か知らない馬鹿、以後二馬鹿がまたしても叫び出した。

 そんな二馬鹿を見た山内は、手元にある何かに文字を書き込み始めた。

 すると圭吾はそれに気付いたのか、驚きの表情を見せる。


「や、山内先生! もしかして今、天然要素の候補に九条ちゃんを追加しましたか!? でも駄目ですよ、俺達が先に目を付けたんですから!」

「違います! 貴方達を鬼頭先生への報告対象としてチェックを入れただけです!」


 力一杯否定した山内に、二馬鹿は同時に頭を抱えてから、しまったぁ~! っと叫び出した。

 ……忙しい奴らめ。

 と、そんな騒動の隙を見た朔夜は、赤面のまま席に着いた。


「お前、面白過ぎ」

「ぬぅ~。……私としては、先生に怒られた事よりも、圭吾さんに目を付けられた事が怖かったんですが、面白かったですか?」

「あぁ、面白かった。早口言葉が面白かった訳じゃなく、この一連の流れを作ったお前がな」


 微笑しながらそう言うと朔夜はどういう意味ですか? っと言いながら小首を傾げる。


「いや、気にするような意味は無いよ。――ってか、本当に早口言葉が特技なのか?」

「……え? あ、はい、だと思います……」

「だと思う? どういう意味なんだ?」


 問うと、朔夜は少し俯き、苦笑した。


「……私、昔の記憶が、その……――あ! そうだ、亮さんの特技は何ですか!?」

「は? あ、あ~、特技か。……喧嘩、なのかな」

「あー、暴力はいけないんですよ? 絶対にやっちゃ駄目です!」

「今はやってねぇよ。昔の話だ」


 そう言うと、彼女は口先を尖らせ、眉を寄せた。

 ……ってか、上手い具合に話を逸らされた気がする。


「そうだ! 亮さんが喧嘩をしたら、私がデコピンします!」

「待て待て、人の話を聞けよ。今はもうやってないって」

「決まりです! 決定事項です! もう変更出来ません!」


 やけに、やる気満々のようだ。

 やっぱり、さっきの事が俺のせいだと知ってて、仕返しをしているのだろうか。


「わかったわかった、それで良いよ。もっとも、お前のデコピンは痛そうに無いしな」

「あ、それって失礼ですよ!」


 そう言って朔夜は、頬を膨らませて少々お怒り気味。


「冗談だって、冗談」

「……なら、いいですけど」


 彼女は間を置いてそう呟き、膨らました頬を緩ませ、笑顔にした。

 約束ですよ? っと言った彼女が、何となく可愛く思えてしまった事に、俺は後々気付いた。

 ちなみに、二馬鹿は未だに騒ぎ続けている。

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