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第65話:告白……といっても、そういう意味じゃなく

時間が、止まった。

いや、正しくは俺と姉御の時間が、だ。

周りの喧騒は相変わらずで、歓声すらも聞こえる。

だが、唯一危惧すべきは何か、と問われれば……。

間違いなく、目前で怒りの形相を露わにしている、鬼頭だろう。

彼女はスーツのポケットから出したハンカチで、身体にかかった水を丁寧に拭き取る。

次いで、溜息一つ。

ちなみにこの動作の最中も、ずっと顔は鬼だった。

さ、さて、どうしたものか……。


「あ、姉御……どうするよ、こ――」

「ふ、ふふふ……ふふはっ……!」


姉御が壊れた。

なんて、茶化してる場合じゃないな。

けれど、壊れたと言っても過言ではない程度に、急に笑い出した姉御は、こちらに背を向けたまま声を放った。


「……ゆ、行け、亮! 負けたわしがしんがりを務めるのは、当然じゃろて……!」


肩震えてるぞ、姉御。


「そ、そそ、それにじゃ、一度は鬼頭とも、て、手合わせ願いたかったのじゃ! これ、これは好機……そうじゃ、好機じゃ!」


振り向く姉御は、精一杯の笑顔を見せようとした。

口の端は、思い切り引き攣ってたが。

てか、姉御の義理堅さは、ここまで極まってたんだな……。


「だ、大丈夫なのか?ほ、ほら、全力で逃げればなんと――」

「いいから行けい! わしの死を無駄にするでない!」


いや、死ぬなよ。

ツッコミの言葉を放つよりも早く、姉御は単身、鬼頭の方へと走り出す。

……さすがに無駄に出来ないよなぁ。

怪我しないようにな、と内心で無事を祈りつつ、二人が激突する光景を見る前に踵を返して走り出す。

人混みを掻き分け、とにかく前へ、前へ。

途中、背後から、内蔵に響くほどの轟音と地響きが聞こえたが、振り向かず。


「花火か何かかよ……」


頬がヒクつくのを感じながら、ただひたすらに走り続けた。






既に缶探しに気を配る余裕なんてなかった。

慌ただしい人混みが少なくなり、レンガ造りの建物が並ぶエリアで一息付いた俺は、息を整えながらそう思う。

何より、鬼頭に見つかってしまったのが問題だ。

水をかけてしまったのもそうだが、俺と姉御が騒ぎを起こしてしまったからだ。

生憎、係員の人達と幾度となくすれ違っても、呼び止められていない辺り、まだ大事にはなっていないようだが。

ともあれ、今は姉御との約束通り、逃げるしかない、か。

大分、呼吸が整ってきたのを感じながら、周囲を見渡して警戒しておく。

中世ヨーロッパのようなイメージのあるここは、なんだか不思議な雰囲気が漂っていた。

なんというか、魔法チックな、そんな感じが。

自分でもなんて言ってるかわからないが、慌てて飛び込んだエリアだからわからないのだ。

なんて、内心で色々と整理していると、正面から見知った顔が来――


「あっ」

「あっ」


お互いに、声が重なった。

眼帯に隠れていない右の瞳と目が合い、丸くなる。

どうやら和葉は、俺と遭遇したことにかなり驚いているようだ。

当然、俺も驚いてはいるが。

なんだろう、和葉の驚き方が尋常じゃない。

と、その時だ。

眉に皺を寄せ、睨みつけてきたかと思うと、早足で懐に飛び込んで来た。


「やっと、二人っきりよ……!」

「なんのこ――とぉわっ!」


問い掛ける余裕も持たせないままに、力一杯腕を掴まれ、そのまま建物と建物の間の隙間まで引っ張られる。

その隙間に和葉がすっぽりと入り、続いて蓋をするように彼女に背を向けて入らされる。

だが、入ったといっても、そこは安全上からか人一人しか入れず、俺は少しはみ出る形となっている。

……さて、どういう状況でしょうか。


「亮、貴方…昨日の会話、聞いてたでしょ?」

「昨日の会話?」

「惚けないでっ」


拳が背中に入った。

痛い。

この位置付けは、尋問のそれと変わらんな……。


「私と朔夜ちゃんが押入れの中でした会話よ! あの時、扉の向こうで盗み聞きしてたでしょ?」

「ぬ、盗み聞きはしてないぞ! 偶然、聞こえただ――んぐっ!?」

「それを盗み聞きって言うの……!」


今度は鳩尾に入った、しかも二発。

重い痛みに呻き声を上げる俺を余所に、和葉は拳をグリグリと捻り込んでくる。

だが、その手が急に止まったかと思うと、今度は両手で脇腹をガッチリと掴まれた。

手つき、が、くすぐったい……!


「それで、なんだけど……聞いてたってことは、気付いちゃった、のよね?」


手の動きが、止まった。

それは、きっと今一番聞きたかったことなのだろう。

朔夜に聞いた、圭吾をどう思っているのか、という言葉。

それは、きっと。


「和葉。お前、圭吾のことが……好きなのか?」

「……っ……うん」


少しの間と、抵抗の時間を置いて、小さく頷く。

背中越しに当たる額は、弱々しく服に沈み込み。

こっちを向くなとでも言うようにがっちりと俺の両腕を掴む手は、震えている。

……というか、いつからだったんだろう。

ストレートな質問を聞いたからこそ、その想いに気付くような俺の鈍感さもそうだが。

どうして、それを隠して許婚であることを公言し続けたのだろう。

何も、わからない。

けれど、唯一分かるのは。

家系の拘束力と権力というものが、それほどまでに強大だということだ。

そして、和葉はその責を担い、全うしようとしているのだ。

じゃあ、担うべきだった権力と、家系のしがらみから逃げた俺は、一体?

……ともあれ。

もう、和葉の気持ちを聞いてしまったのだ。

隠そうとして、自分の想いの何もかもを封じ込めてきたそれを、聞いたのだ。

それをわざわざ俺に伝えたということは、つまりはそういうことだ。

許婚としてではなく、幼馴染みであり親戚であり、友である俺に、伝えてきたのだ。

協力しない、訳がないだろ。


「わかった、わかったぞ和葉。俺が、いや俺に、手伝わせてくれ」

「……ほ、本当……?」


恐る恐る聞いてくる和葉の声は、なんというか、乙女だった。

つまり、聞いたことない、なんか怖いぞ。


「でも、仮にも私達、許婚じゃない……? そんなことに協力して貰っても、いいの?」

「あぁ〜……それなんだがな、もう許婚じゃないぞ」

「…………へっ?」


今度は間抜けな声が聞こえた。

それも、かなり拍子抜けしてるような声が。

いや、無理もないと思うが。


「糞爺に許婚のこと文句言ったら、霧島家頭首の権力を使えば、解消出来るぞ、と言われてな。勝手ながら、解消させて貰った」

「えっ? ……そ、そう、解消出来たのね……」


何処と無く、歯切れの悪そうな言葉だった。

だが、その事を問おうと思ったところで、和葉に腕を引かれ、身体を回される。

そうして和葉と向き合う形になった時、彼女は腰を曲げ頭を下げてきた。


「よ、よろしくお願いするわ、亮」

「……おう、俺でよかったら、な」


なんだか、側から見たら妙な光景だが。

そして、恋もしたこと無いような俺が、果たして力になれるのだろうか。

……俺は、俺の出来ることをする、か。

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