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第63話:〝それ〟が始まる少し前

 修学旅行最終日は、三日間の中でもっとも晴天だった。

 雲一つ無い青空、燦々(さんさん)とコンクリートを照りつける太陽光。

 夏を先取りしたような、そんな日だ。

 生徒達は皆、気温が低い事を予想して長袖ばかり持って来た為、絶賛後悔中である。

 もちろん、俺もその中に含まれ、今はタンクトップ並みに腕まくりをし、暑さと運動のせいで乱れる呼吸を落ち着かせていた。

 さて、俺たちは今、大阪のテーマパークに来ている。

 名前は確か、USJだったか。

 こういう時、自分の一般情報への関心の無さを後悔しそうだ。

 このUSJには十一時頃に到着し、今は二時を過ぎた頃。

 俺は周囲に気を配りながら、単独で行動していた。

 建物の角から移動先を見て、〝奴ら〟が居ない事を確認し進む。

 久々の緊張感が、そこにあった。

 ……なんでテーマパークに来て、こんな事をやってるんだろうな。悪い気は、しないが。

 内心でそう呟き、自嘲の笑みを漏らす。

 こんな事。

 それが始まったのは一時間前、一時頃だったか。





 身体中に照りつける太陽光を避ける為、レストランの屋根下に避難した俺達は、ついでという事で昼食を取る事にした。

 PIDで時間を見たところ、時刻は一時ちょい前。

 昼時ってやつだな。

 とりあえず、空いてる大きめのテーブルに座り、それぞれがメニューを手に取った。

 ちなみにメンバーは、俺と圭吾と朔夜、和葉に姉御に直樹、そして日向の七人だ。

 数字にすると普通に思えるが、固まって歩くとなると意外に多く見えるな。

 そんな事を思いながら、隣に座った朔夜に声をかける。


「結構、激しいアトラクションばかりだったが、疲れてないか?」

「大丈夫ですよっ。まだ乗った事の無い物ばかりだったので、すごく楽しいです!」

「私も楽しいけど、もう疲れちゃったわ。こういうの、笑い疲れっていうの?」

「お前には聞いとらん」


 キッパリと言ってやると、俺の正面に座る和葉は、頬を膨らませた。

 同時にアヒル口になり、ぶーぶー文句を垂れてる。

 なんというか、アホ面だなぁ。

 「ア」のところまで声が出て、そこでやめておく。

 一方、彼女の隣に座る圭吾は、頃合いを見ていたのか、よしっと声を上げた。


「それじゃ、今からジャンケンして、負けた奴が皆の注文を頼んで持って来るってことな! 一本勝負で、一人でも負けた奴が出た時点で終了。一発負けもありで、人数は何人でも可!」

「ちょっと、なにそれ意味分からないわ」

「……分からないって……馬鹿か……」

「やかましいわよ神田っ!」


 日向の呟きを逃さず突っ込み。

 ってか、あれ?

 和葉の奴、日向を名前で呼んだな。

 てっきり、根暗とか言うと思った。

 まぁ、それでも二人は相変わらず仲が悪そうだが。

 ……そういえば、店員が来ないな。


「あぁ~……そうか、ここは先払いで、わざわざ注文しに行かないといけないのか」

「……馬鹿が二人……」

「「やかましいわっ!」」


 今度は二人で突っ込み。

 要らないところで息が合うな。

 マジでいらねぇ。


「と、とりあえずジャンケンしよう! ほら圭ちゃん、合図合図!」

「ん、おぉう、それじゃ始めるぞ。じゃ~んけ~ん――ぽん!」


 あいこなしの一発勝負だった。

 負けたのは、姉御と直樹と朔夜の三人。

 意外な三人が負けたなと、立ち上がる三人を見ながら思う。


「さて、ではお主らの注文を聞くとしようか。早々に言わぬと、行ってしまうぞ」

「ちょ、姉御鬼畜! 俺はスペシャルランチ!」

「俺も同じので」

「私、オムライスね」

「サンドウィッチ」


 各々、希望のメニューを注文され、金を受け取った姉御は頷いて席を離れた。

 朔夜と直樹もその後について行き、俺達だけが残る。

 気付けば、和葉と日向は無言で視線を交わしていた。

 まるで火花を散らしてるみたいだな。

 というか、仲悪すぎだろ。

 とりあえず、この二人は無視の方向で、周囲を見渡してみる。

 先ほどよりも混んでいるところを見ると、今から昼食のようだ。

 席に座れない者も何十人かいるようで、俺達は運が良かったんだなと思う。

 ただ、注文の列はかなりのものだから、そっちに関しては運が悪いと言えるか。

 そんな事を思いつつ、視線を皆に戻すと、圭吾がつまらなそうな表情をしていた。

 ……え、なんでだ?


「どうした圭吾、つまらなそうだな? さっきまで一番五月蝿かったってのに」

「……いや、なんかさ。テーマパークなんて滅多に来ないし来れないからさ、そりゃ楽しいよ? でもさ、なんつーか、勿体無い気がするんだよな」

「勿体無い?」


 オウム返しで問うと、圭吾は身を乗り出して来た。

 圭吾のドアップ顔ほど、いらないものは他に無い。


「そう、勿体無いんだよ! テーマパークなんて、大人になってもいつでも来れるだろ? それこそ、家族や友達とな。だが、俺達は高校生だ。もしかしたら、この面子でここに来れるのは今日限りかもしれない」


 だからこそだ!

 そう言いながら、乗り出していた身体を戻し、腕を組んだ。

 顔に浮かぶのは、先ほどよりも濃い満面の笑み。

 どこか誇らしげなその笑みは、何か企んでいる時に必ず見せる表情。

 その企みに何度振り回され、何度楽しまされた事か。


「何か、テーマパークに全く関係の無い事をしようか! そして、高校の修学旅行の思い出に、テーマパークより濃く刻もう!」


 その宣言に、和葉と日向は視線を交わすのを止め、圭吾を見た。

 似合わない惚けた表情で、腕を組んで踏ん反り返っている圭吾に何か言いたそうだ。

 しかし、言葉が見つからず、どうしようか迷ってる。そんな感じ。

 等の本人はそんな事などお構いなしに、告げる。


「缶蹴りをやろう!」


 多分、俺も惚けた顔をしているだろうな。

 それほどまでに、驚愕した。


「待たせたな。すまぬが、スペシャルランチは最後の一つだったそうじゃ」


 俺の目の前に、ポップコーンが置かれた。ビッグサイズの。

 またしても驚愕した。


「っというか、なんでポップコーン!?」

「いや、説明したじゃろう。スペシャルランチは最後の一つじゃったって。故に、最初に注文した圭吾に渡したのじゃ」

「それは分かる! 分かるが、だからってなんで俺はポップコーン!?」


 しかもビッグサイズだし。

 テーマパークは物価がただでさえ高いというのに、ビッグサイズなんて買ったら一食分じゃねぇか。

 だが、犯人は当然のように、これでよいではないかと言って来る。


「まぁまぁ、落ち着いて下さい亮さん。ほら、私のサンドウィッチを一つあげますから」

「え?いや、そういうつもりで言ったわけじゃ――」

「なんじゃ、女子(おなご)から譲り受けるつもりか? 落ちぶれたもんよのう」

「わーかった分かった! 大人しくポップコーンを食べるよ」


 ついには意地を張ってしまった。

 とりあえず、ポップコーンを数個まとめて摘み、口に放り込んで咀嚼する。

 う~ん、塩味だ。

 なんだろ、俺今昼食中なんだよな?

 胸の奥から込み上げてくるのは、悲しさだろうか。

 それを自力で抑え込み、食う事に専念する。

 カップの中身が半分まで減った頃だろうか。

 突然、圭吾が声を上げた。


「そういえば、姉御達には言ってなかったな。俺達はこれから、缶蹴りをするぞ! もちろん強制参加だ。お前らの思い出を道ずれにする!」


 三人は圭吾を見て、固まった。

 朔夜はサンドウィッチを咥えたまま、目をパチクリさせて。

 姉御は食べている途中のパスタをすすりながら固まり、朔夜をチラリと見た後に目をパチクリさせている。

 いやどんな対抗意識だよ。

 唯一、直樹は固まりつつも、笑みを浮かべていた。

 ついでに和葉と日向を見てみれば、黙々と食事を続けていた。

 まぁ、二度目だしな。


「な、なんじゃ? 言っとる意味が、上手く飲み込めんのじゃが……」

「私もです。あ、いえ、別にやりたくないってわけじゃないですよ?」


 二人の反応は、当然のものだ。

 圭吾も、その言葉を待っていたと言わんばかりに嬉しそうな表情をし、口を開く。

 その口から出た言葉は、先ほどと同じだ。

 ようするに、高校生だからこその馬鹿な思い出を、だろう。

 思えばこれが、入学式の日の自己紹介で圭吾が言っていた宣言通りのことを、堂々とやって見せる最初の馬鹿騒ぎだな。

 ちなみに、姉御と朔夜は納得していた。

 これで全員賛成、で良かったか?


「よぉっし、ルールを説明するぞ! 缶を蹴れば勝ちという基本的なところはそのままに、この本田 圭吾が独自のルールを発表しよう!」


 言いながら、圭吾は腰につけていたウェストバッグから空き缶を二つ取り出した。


「正門への集合時間である五時まではまだ四時間もあるからな。缶を守る側と缶を狩る側が三時間ぶっ続けで攻防してもらう。共通の敵は鬼頭だ。バレないように頑張ってくれ」

「ちょっと待て、何故にそのような時間が必要なのじゃ?」

「いい質問だっ。その理由には、缶が二つあることもそうだが、ルールにも関係する」


 言って、次に取り出したのはUSJのパンフレットだ。

 入場時にもらえる為、誰でも持っている物。

 圭吾はそれの地図面を広げ、手の平で全体を叩く。


「缶をおく位置は、守る側が選べる。もちろん、狩る側には分からない。密告も無しだ。つまり、狩る側は守る側のメンバーに注意し、同時に缶を探さないといけないんだ。しかも二つ!」


 そのルールに、俺は思わず納得してしまう。

 だが、質問の声はまだ続く。


「守る側は、どうやって狩る側を捕まえるの? ローカルルールだと、名前を言って缶を踏むわけだから、せっかく隠しても意味がないんじゃない?」

「心配ご無用! その為の〝武器〟は、持って来てある。入口付近にあったロッカーに預けてあるさ」


 武器?

 その名を聞いて、圭吾の所持品を思い返す。

 確か、それらしい物は水鉄砲ぐらいだったか。

 まさか。


「水鉄砲か?」

「そのとぉっり! 水鉄砲が武器となる! 狩る側は、水を当てられたらアウトだ。そうだな、三発食らったらにしよう」

「水鉄砲って……持ってると目立たない? それこそ、鬼頭に見つかりやすくなっちゃうわよ?」

「それに関しても大丈夫! USJは数年前から、季節問わず暑い日にはアクアイベントがあるんだ。水鉄砲持ったスタッフが、お客にかけるフリして水をぶちまけたり、売店で水鉄砲を販売したりもしてる。んで、今日は一時過ぎからそのイベントが始まるそうだ」


 イベントをやるほどの暑さだったのか。

 まぁ、暑かったからなぁ。

 しみじみと、内心でそう思いつつ、ポップコーンを減らしていく。


「守る側、狩る側に間しては、携帯で連絡を取ることも可能だ。けれど、お互いに相手チームとの連絡は無しな。……っとまぁ、こんなもんか。他に質問はあるー?」


 全員が、(かぶり)を振ってもう無い事を伝える。

 すると圭吾は満足そうに頷き、立ち上がった。


「そんじゃま、チーム分けといきますか!」


 それを合図に、じゃんけんの構えをとった。

 皆もそれに合わせ、構える。

 次いで、ぽんっという合図と同時に、全員が手を前に出す。

 それにより決まったメンバーは、守る側が姉御と朔夜と直樹と日向。

 狩る側が俺と圭吾と和葉となった。

 どことなく、負けが決まった気がした。

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