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第61話:憂鬱な中で、見たことのある姿

 果てしなく憂鬱だった。

 なんで俺は、雨天になるとこんなにも気落ちするのか分からない。

 別に何かを思い出すわけでもないというのに、雨にトラウマなんてないというのに。

 ただ、ボーッとする。

 すれ違うように、横を人が通る。人が通る。人が通る。

 泥人形のように、顔も服装も無いなにかが歩いているようにもみえる。

 人にとって、他人はそれくらいの存在でしか無いという事だろうか。

 とりあえず、無意識に周囲を見渡した。

 泥人形。泥人形。泥人形。見渡すかぎり泥人形。

 泥人形。泥人形。泥人……形?

 ふと、黒の中に光が見えた。

 それは少女だった。

 金色の長髪をなびかせた、ネグリジェ姿の少女。

 俺は彼女に、見覚えがあった。

 その姿は夢の中の存在だとおもっていたというのに。

 何故か、俺の視線の先に彼女は立っている。

 表情は……見えない。

 わずかにみえる口元は塞がれており、それは無表情を意味している、のだろうか。

 分からない。だから知りたい。

 見えないその表情が見たくて、彼女が誰なのか知りたくて。

 一歩前に出て、手を伸ばし、口を開いて――

「どうしたんですか? 亮さん」


 声をかけられた瞬間、意識が一瞬にして戻った。

 景色に色が戻り、泥人形が人間に成る。いや、戻るが正しいか。

 ふと、手をみれば、前に伸びたままだった。

 恥ずかしさのあまり急いで戻し、ポケットへと突っ込む。

 そして、声をかけてきた人物、隣にいる朔夜に視線を移した。

 彼女は小首を傾げ、今にもほえっとでも言いそうな顔をしていた。


「具合、どうですか? えと、まだ悪いから、傘を差しているんですよね?」

「へ? ……あ」


 気づけば、雨は止んでいた。

 俺は慌てて傘を畳み、空を見上げる。

 まだ曇り空だが、降りそうではないな。

 その事に安堵の吐息を漏らし、朔夜を見るとクスクスと笑っていた。


「な、なんだ!?」

「いえいえ、いつもの亮さんに戻ったなぁって、そう思っただけです。やっぱり、明るくないとっ」


 満面の笑みを見せる朔夜は、不意に前を指差した。

 なにかとおもって見てみれば、俺たちとの間に少し距離が空いた先に姉御と直樹の姿があった。

 姉御が直樹の肩に手を回し、なにかを言いながらニヤニヤしている。

 対し、直樹は顔を赤らめて慌てていた。


「あんな感じに、にこやかに!」

「いや、あれはどこか違う気がするぞ」


 例えるなら、先輩と後輩だろうか。

 というか、姉御はかなり直樹を気に入っているようだな。


「いいんですよ、明るそうにみえていればっ」

「お前って時々、ズレてるよな」


 くっくっくっと笑ってやると、朔夜は驚いた表情を見せた。

 次いで頬を膨らまし、ポカポカと二の腕を叩いてきた。

 怒っているようだが、その可愛らしい姿を見ると笑みをこぼしてしまう。


「むー、ズレてるなんて失礼ですっ。しかも笑ってます! 私はこれでも怒ってるんですよー!」

「あ~、悪い悪い。これはあれだ、無意識だ」

「嘘です絶対嘘です! もう、勘弁なりませんよ~? どれだけ謝っても許しませんっ」


 頬を更に膨らました朔夜は、ついにそっぽ向いてしまった。

 どうしたものか……。

 ふと、解決策を求めて周囲を見渡せば、和菓子屋があった。

 店先では串団子を焼いており、みたらし団子などが並べられていた。

 ……さすがに食い物につられはしないだろうか。


「悪かったって、朔夜。ほら、あこで焼いてる団子をおごってやるから、機嫌をなおしてくれよ」

「本当ですか!?」

「食いつきはやっ!」

「も、も~しょうがないですね~。それじゃあ、団子で和解してあげますっ」


 言い終えるのと同時に、朔夜は小走りで和菓子屋へと向かった。

 結構、単純だったな。

 そういう人こそ、本気で怒らせたら怖いとよく言うが、朔夜の場合はどうだうか。

 まぁ、圭吾論だから信憑性は薄いが。

 ともあれ、約束は約束だ。

 俺は嬉しそうに団子を選ぶ朔夜の下へと、のんびりと向かう事にする。

 途中、姉御に寄り道を伝え忘れた事を思い出したが、まぁ大丈夫だろう。






「で、なんでお前らはまた来てるんだ?」


 問いかける先、ベッドの上には和葉と朔夜が座っていた。

 ただ今午後九時頃。

 昨日と同じような時間に二人はやって来て、こうしてベッドの上に居座った。

 違うところといえば、和葉が大富豪に参戦している事と、朔夜がのぼせていない事か。

 その朔夜はニコニコと笑みを見せながら、美味しそうにみたらし団子を食べていた。

 おごりに個数制限が無かったと言われ、五個入りを四つも買わされた。

 購入直後、やっぱり三つ分は自分で払うと言ってきたが、男に二言はないということにした。

 一つはその場で、もう一つは姉御と直樹にプレゼントし、今は残り二つの内の一つを食べている。

 とても美味しそうに団子を頬張る姿は、ハムスターを連想させるな。


「さ、革命よ! ……で、亮なにか言った?」

「聞いてなかったのかよっ。いや、なんでまたここにきてるんだと、聞いただけだ」

「昨日もいったけど、私の班の部屋はつまらないのよ。だったら、ここでこうして遊んでた方が楽しいわ。――はい、これで上がり」

「うぉぉ!? きたねぇ、はじめっから革命ねらいかよっ。もう勝てねぇ~!」


 頭を抱えて嘆く圭吾は、手札を表にしてベッドの上に叩きつけた。

 役は見事に、Qから上だけだった。

 だが、それを見て直樹は驚きの声を上げる。


「え、革命で場を戻そうと思ったんだけど、使わない方がいいみたいだね」

「なに!? なんでそれを革命返しに使わなかった!」

「だって、僕のはJの革命だし」

「私は十の革命よ」

「ニアミスかよちくしょぉぉぉぉ!」


 なんか使い方が変な気がするが、気のせいだろう。

 ともあれ、圭吾は早とちりで手札を知られるというミスを犯し、当然の大貧民。

 ちなみに、参加者は圭吾と和葉、直樹と日向の四人であるため、上がりの役は大富豪と富豪と貧民と大貧民となる。

 ルールは一般的なものである為、次のゲームで大貧民が大富豪に二枚、貧民が富豪に一枚渡すことになる。

俺が入っていれば、間に平民という役が生まれるが、入れば確実に大貧民だと分かってるため、観戦にまわる事にした。

 隣で団子を食い終えて一緒に見ている朔夜は、ルールが全くわからないからパスだそうだ。

 俺はそこそこルールを把握しているが、入れば確実に大貧民だと分かってる為、観戦にまわる事にした。大事な事だから二度言っておく。

 だが、圭吾曰く、地域によって追加ルールがあるそうだ。

 なんだよ、七出したら隣にカード渡せたり、十出したらカードを一枚捨てられるって。

 その内、カード全てに追加ルールが加わりそうだ。

 ……いや、全国調べ回ったらもしかしたら、もう全カードコンプリートしてるかもしれない。

 などと思っている内に、次のゲームが開始される。


「うぉぉ……ジョーカーがぁ!Aが持ってかれるぅぅ……!」

「こ、こら! それ言っちゃ手札がばれちゃうじゃないの!」

「いでぇ!」


 圭吾の頭に素早くチョップを叩き込んだ和葉は、手札からスペードの三を出してスタートを合図する。

 それから場は順調に流れて行き、またしても和葉の勝利は近づいて来る。

 圭吾もそうだが、それ以上に和葉は強運の持ち主なのだ。

 曰く、如月の血を引く者として強運がなければ恥、だそうだ。

 ……ちなみに、今回も罰ゲームはある。

 受ける奴の判定方法は、前回のババ抜きと同じだ。

 そして今、一セットが長期戦になっているものの、圭吾と直樹にリーチがかかっている。

 まさか圭吾が罰ゲームを受けるなんて、誰も予想だにしていないだろう。

 そう思っていると、不意に和葉がこちらに振り返った。


「朔夜ちゃん、圭吾の罰ゲーム考えといて。 私じゃあ、面白いのは考えられそうにないわ」

「え? え? ちょ……なに勝手な――」

「じゃあ、女装とかどうですか? 猫耳は亮さんで見れたので、新しいものに挑戦です!」


 一瞬で、圭吾の表情が青ざめた。

 待てよと。そりゃないだろと。

 声にならない口パクでそれを訴えようとするが、当然声は届かない。

 同じような心境だった俺だからこそわかる訴えってやつだ。

 だが、俺は止める気はない。

 逆に、同じ屈辱を味わえと、ニヤニヤしながら思っていた。

 それから三十分後……。

 俺たちの前には、二連続で罰ゲームを受けた圭吾が、スカートの裾を摘んで立っている。

 服は和葉が持ってきていた物だ。

 肩が異常に露出した上着に、長めのベルトが巻きついたショートスカート。

 それを今、圭吾が着ている。

 また、裾を摘んでいる手をゆっくりと上げて、

「ちょ、ちょっとだっけよぐぶぁっ!?」


 問答無用で蹴り飛ばした。

 ベッドの上にふき飛び、ちょっとどころかモロ見え状態で倒れている圭吾を見て、つくづく思う。

 男の女装って、需要ないだろ。

 それを前に口にしたら圭吾に怒られたので、今回は言わないでおく。

 男の娘とやらは、圭吾が属してる世界では需要あるらしい。

 圭吾自身が女装するのとは、全然関係のないことだがな。

 刹那、室内にフラッシュがたかれた。

 何事かと思い光った方を見ると、そこには携帯のカメラで圭吾を撮っている朔夜と和葉が居た。

 二人とも笑いながら、痛みでもだえる圭吾を写真に収める。


「……さて、保存しちゃったから満足よ。どうするの圭吾? もう脱ぐ為に辞めるか、着たまま続行して屈辱を晴らすよう頑張るか。二つに一つよ?」

「こ、こなくそぉ! 今度こそ、今度こそ勝ってやる!」


 勢いよく立ち上がった圭吾の目は、燃えていた。

 どうせまた負けるだろうけど。

 けれども、それはあえて言わない。

 幼なじみの気遣いってやつだ。……なんか違う気がするが、まぁいっか。

 とりあえず、団子を食べ終えて一息つき、全部屋共通でおかれている緑茶を飲む朔夜と共に、敗者の行 く末を見守る事にした。





 圭吾、惨敗。

 一度も勝つことがなかった、いや勝たせてもらえなかったこいつは、今や色とりどりの装飾品を付けていた。

 女装に加え、猫耳や猫の尻尾、ピンクの首輪に語尾に「にゃん」と「ですわ」をつけるという結果で終わりを告げた。

 随分と、ひどい結果になったものである。

 ってか、こいつピンクの首輪まで持ってたのか。

 もし、昨夜のゲーム中に和葉達が来なかったらと思うと、ゾッとする。

 そんなゾッとする姿となってる圭吾は、地に膝と手をつき、かなり落ち込んでいた。


「なんで、なんでこんな……こんなことって……!」

「圭吾、語尾忘れてるわよ」

「ってか、ゲーム変えてりゃよかったんじゃないか?」


 ふと思いついたことを言って見ると、圭吾はゆっくりと顔を上げて目を見開く。

 それも、わざとらしく。

 また演劇風か? と思いつつ、何が良いか考える。

 トランプで他にやれるものか……。


「そうだ、七並べとかどうだ? まだやってないジャンルだしな」

「いいわねそれ。即採用よっ。……でも、圭吾がまだ復活しないようだから、私がシャッフルと分配をするわ」

「おぉ……ありがてぇ……!」

「語尾」

「あ、ありがたいにゃんですわ……!」


 何故圭吾がそこまで喜んでいるのかわからないが、とりあえず項目は決まったようだ。

 時刻は既に十時。

 消灯時間まで後、一時間だ。


「今度こそ勝つぜぇ……! ――っと、そうだ。亮! 夢月ちゃんのためにお土産買ってきたにゃんですわよ~」

「ん、土産? どうせご当地ストラップだろ」

「まっさか~。そんなベタなもんじゃにゃいですわっ。きっと気にいる物にゃんですわ」


 ニヤニヤしながら言う圭吾は、いそいそと自分のカバンが置かれている部屋の隅へと向かう。

 そして中から、小さめの紙袋を取り出した。

 見覚えのあるそれは、昼に圭吾が和葉を連れて戻ってきた時に持ってたやつだ。

 土産だったのか。


「ほら、ガラス細工で出来た猫の置物だにゃんですわ! 綺麗にゃ?」


 せっかく綺麗に包装されていた包装紙を破り、拳大くらいある木箱を開けた圭吾は、中から猫の置物を取り出す。

 それは、確かに綺麗だ。

 中心に黒色があり、外側に向かうにつれて濁り、薄くなり、最終的にはガラスの透明色がある。

 普通のガラス細工。

 だが、なんだろう。

 その黒をジッと見ていると、引き込まれそうな感覚に襲われて……。

 刹那、ある光景がフラッシュバックする。

 思わず片手で頭を鷲掴みにするほどに、それは強烈だった。


「――ぐっ……! いつっ」

「え? おい、どうした亮! 大丈夫か?」


 心配してるのか、圭吾が語尾を忘れて声をかけてくるが、その声が少し遠くに聞こえる。

 脳内で蘇る光景は、一つの闇。

 数日前に見た、奇妙な夢だ。

 昼間にあの少女の幻覚を見たからか、余計に思い出してしまう。

 頭痛と悪寒が俺を襲い、吐き気がこみ上げてきた。

 それを自力で堪え、深呼吸で自分を落ち着かせる。


「おい、大丈夫かって!」

「だ、大丈夫だ……。ちょっと、夜風に当たってくる……」


 返事を待たずに立ち上がり、皆を一瞥しながら玄関へと向かう。

 途中、後ろから聞こえてくるのは、圭吾の声。

 それは気を取り直し、場を盛り上がらせる言葉だった。

 ……こういう時、圭吾の性格には感謝する。

 内心でそう呟きながら、玄関に置かれているカードキーを持って、廊下へと出た。

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