第60話:雨の日の鬼神
修学旅行二日目。
本日は京都で自由見学なのだが、生憎の雨だ。
その所為か、隣を歩く亮は非常に気怠そうだ。
今にも死にそうな顔だなぁ。
あ、どうも圭吾です。
雨天によってテンションがガタ落ちな亮に代わって、本日をお送りします。
などと誰に向けていったのかわからない言葉を内心で呟いておく。
俺たちは今、ビニール傘を片手に京都市内を歩いていた。
メンバーは俺と亮と直樹、朔夜ちゃんに姉御だ。
本当は日向と和葉も居たんだが、二人ともいつの間にか居なくなっていた。
しかも、自由見学開始直後にだ。
その事を鬼頭先生に報告したところ、これ以上の脱走者を出さない為にと監視役として姉御が配属されたのだった。
他の班だというのに、生徒会役員だという理由で半ば強制的に選ばれた姉御は、少し不満気味だった。
本人曰く、班内にて弄りがいのある女子を新たに見つけたのだとか。
今度紹介してもらいたいな。口には出してないけど。
行ったら半殺しか共犯勧誘だ。前者が高確率、ここ重要。
獲物を得た猛獣は、他に取られないよう全力だすよね? そういう事だ。
っと、まぁ俺の勝手な偏見はさておいて。
脱走した二人を探しつつも、朔夜ちゃんと姉御の要望で清水寺へと向かう事になった。
なんでも、清水寺の舞台を一度でも見てみたいとのこと。
まぁ、俺たち男組はこれといって行きたい所もないわけだから、ついていくのに文句は無いんだけどね。
……というか、高校生にもなって京都見学というのは、いささかつまらないと思う。
もっとこう、大阪の娯楽街とか――
「のう、圭吾。亮はなして気分が落ち込んでいるんじゃ?」
「わ、びっくりした!」
突然、姉御に話しかけられた。
反射的に声のした方を向くと、亮が居たはずの場所に姉御が居た。
亮はどこいった? と思いつつ後ろをみれば、朔夜と並んで歩いている事に気付き一安心。
朔夜は直樹と並んで話ながら歩いている為、亮は独り状態だが。
「……わしの問いを無視するとは、良い度胸じゃのう」
「え? あぁ、ごめんごめん。で、なんだっけ。亮があんな状態の理由?」
「そうじゃ。あのようなもぬけのから状態の亮なぞ、見たことない。鬼神の名が泣くぞ」
腕を組み、呆れ半分な表情の姉御は、軽い溜息をつく。
……とは言ってもねぇ。
「姉御。亮は鬼神を引退してるんだし、そこんとこは大目に見てやれよ」
「ならん。元より二つ名は、本人以外の者が強さや賢さ、怖さに惹かれて付けるものじゃ。また、その名を知った者達は各々に想いを抱き、憧れや対抗心を持つ事になる。すなわち、本人の意見だけで簡単に終わらせられるほど、軽いものではないんじゃ」
名付け親は俺なんだけどね。
でも、それは決して口には出せない。
軽い気持ちで付けた名なのだから、確実に姉御に殺される。
正直、いつバレてしまうかと考えると背筋を悪寒が走る。
いや、だって……ねぇ?
まさか自分の一言がここまで大きくなるなんて、思いもしないっしょ。
「あいつ、天気が悪い日、特に雨ん時はテンションがおかしいんだよ。かなり機嫌が悪いっていうかなんというか。なんでそうなのか、いつからそうなのかは、俺でさえもわかんねぇ」
「それは、ただ己の気分の問題であって、偶然雨天に被っているだけではないのか?」
「んまぁ、確かに決まって毎回おかしいってわけじゃないけど。ああなるのは雨の日だけってのは確かなんだ。細かく言えば、雨が降ってる時だけ」
思えば、この前も少しおかしかったな。
でもまさか、日向に殴りかかるほどだとは思わなかったけど。
「とにかくだ。今のあいつにはしつこく絡まないでやってくれな。予報だと昼過ぎに止むらしいから」
「お主という奴は、変なところで気が利く輩じゃのう。さぞかし女子に好かれるじゃろう?」
姉御はニヤニヤと、面白そうに返答を待っている。
……変なところでってのは余計だけど。
「残念ながら、生まれてこのかた一回も彼女が居たことも告白されたこともねぇよ。やっぱ、オタクだからかなぁ~」
「なんじゃ、オタクというのはそこまで邪見にされてるのか?」
「そんなもんじゃね~」
投げやりに答えつつも、ちょい気落ち。
オタクにさえならなかったら、もしかしたら今頃リア充を満喫していたのかもしれない。
もしかしたら、彼女も居たかもしれない。
……しかーし!
「それでも、俺は――」
「ふむ、わしは己の趣味を貫き通すのはよい事だと思っておるがのう」
「い、言われたー! ……っと、そうだよ、そう。だから、俺はオタクである事に誇りを持ってるぜぃ!」
姉御に向けて親指をビシッとつきたて、満面の笑みになる。
俺的にバッチリだ。
だが、せっかく決まったと思ったのに、携帯の陽気な着信音が鳴り響き、空気を乱された。
全く、決まったというのに、邪魔するのは誰の携帯だ、と思っていたら俺の携帯だった。
着信音が今期のアニメの主題歌だったから、同類が近くに居ると思って期待したが、そう上手くいかないもんか。
ともあれ、ポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押して耳に添える。
あ、通話相手の名前を見忘れた。……まぁいいか。
「ほい、もしもし」
『やっと出たか。悪いが、出発地点近くにある商店街のようなとこに来てくれないか?』
「お、日向か。どうしたんだよ急に」
『いいか、伝えたぞ? 必ずお前一人で来い。……ったく、なんで俺が……』
「え、なんでだよ? おい――切れちまった」
「日向からか。全く、迷惑ばかりかけおって……。で、なんと?」
腕を組み、眉間を指で押さえながら言う姉御を見て、どう答えればいいか迷った。
いや、別にそのまま話せばいいのだろうけどさ。
俺一人で来いってのに、何か深い理由があるのかもしれない。
だったら何か、いい言い訳はないだろうか……。
「……いや、すぐ切れちまってよくわかんなかったわ」
「そうか。居場所がわかるのならば、連れ戻しに行こうと思っておったんじゃがな」
「そりゃ残念。って、ん? あぁ! そうだった!」
「なんじゃ、騒々しい」
「部長に頼まれてた土産を買い忘れてた! えと、たしか出発地点近くに土産屋あったよな? すぐ戻るから行ってきていいッスか!」
答えを聞くより先に、俺は走り出していた。
こういう時、強引に行くのが一番いいんだよねっ。
当然、姉御は何か怒鳴っていた。
けれど、既に距離が空いてる為、止まらないでおく。
あぁ、やっちまったなぁ~。
そんな事を思いながら、俺は来た道を走って戻って行った。
さてま、到着したのはいいが、肝心の日向がどこにも居ない。
辺りを見渡しても、姿形は視認できなかった。
というか、意外と商店街の規模が大きい為に、どこに居ればいいのかわかんねぇ。
一応、端から端まで走り回ってみたが、意味なしだった。
……とりあえず、お土産でも見ていこう。
そう思い、近くにある土産屋に足を運んだ。
部長にお土産を買ってかないと、という言い訳は咄嗟に思いついたものだが、そういえばすっかり忘れてた。
恵はどんな土産を好むだろうか。
せっかく、放送部を俺のリクエストで情報提供部に改名してくれたんだ、そのお礼も兼ねていいもんを買っていこう。
そう考えながら陳列している商品を一通り見てみる。
京都の観光地をイメージしたキーホルダーに御当地ストラップ、ハンカチに髪留めなどなど。
これといって、パッとしたもんが見つからない。
ここはあえて木刀だろうか。
修学旅行といったら木刀だしな。
中学の時にあった修学旅行で買った木刀は、速攻で先生に没収されたが。
そう考えると、今回は鬼頭に没収されるかな。
……というか、女の子は木刀なんていらないか。
ともあれ、ここは無難にキーホルダーだろうか。
「っと、あれ? もしかして圭吾?」
突然、後ろから声をかけられた。
これはまさか人生初の逆ナンかとドキドキワクワクしてどう答えようか脳内で色々とシミュレーションしてよしこのギャルゲーの返し方で行こうと思い振り向けば和葉だった。
俺のドキドキを返せ!
文句の言葉が喉まで出かかったが、敢えてそこで止めて別の言葉を返す。
「そんなお前は和葉じゃないか。こんなところに居たのかよ~」
「え、えぇ、ちょっと寄りたいところがあったのよ。……まずかった?」
「まずかったもなにも、鬼頭先生がちょい怒ってたぞ。日向も居なくなってたしな。んで、監視役として姉御が配属先されてる」
そういえば結局、日向はどこ行ったんだろうか。
行方不明者一人は確保出来たからいいけど。
「うぅ~、やっぱり怒ったのね……。ところで圭吾はここで何をしてるのよ。川瀬さんが監視してたんでしょ? 見たところ、班の姿はどこにもないしね」
「あぁ、それなんだがな。なんかすげぇ急いでる日向に呼び出されてよ、ここに来たんだ。でも、全然見つかんないから、お土産見てたんだよ」
「ふ~ん、そうだったの。あ、そうそう、私のようはお土産を探すことだったの! よかったら一緒に探さない?」
思い立ったが吉日、と言わんばかりに、和葉は俺の手を取って別のお土産屋まで引っ張られた。
さっきまで居たお土産屋から少し行った所にあるそこは、建物が古くなっており、如何にも老舗といった雰囲気をかもし出していた。
お客が多いところを見ると、人気店なんだろう。
和葉はその中へとずいずいと入って行く。
当然、手を取られている俺は引っ張られる形であとを追う事になった。
人混みの隙間をかいくぐりながら、しばらく歩いて中頃まで来ると、彼女は急に立ち止まって振り向く。
「さて、えーっと……何を買おうかしら」
「まてまて、誰に買って行くんだ? それ言われないと手伝えねぇよ」
「あ、そうだったわね。夢月ちゃんよ、夢月ちゃん。いつもお世話になってるから、お礼にね」
片手の指を二本立て、ピースサインを作る和葉は、満面の笑みだった。
何故笑みなのかはしらないが、とりあえず協力しよう。
……まぁ、何がいいかはもう絞ってるがな。
「とりあえず、猫だな。猫グッズだ! しかも京都だってわかるやつ」
「あ! 完全に盲点だったわ……。京都に来たのだから、京都に関連する物を探そうと思って見落としてた」
「もちろん、京都関連の猫だな。そんじゃ、散開してさがすか!」
そう告げて散開しようとした――が、俺の手をつかんでいる和葉の手が離れず、足だけが前に出る。
なんかコントみたいだなと思いつつ、和葉を見やると見事に嫌そうな顔をしていた。
「え、なんで散開? 一緒に探せばいいじゃない」
「いや、だって個々で調べた方が効率良いだろ?」
「のこれだけ人が多いと、合流が難しくなるわ。それに比べて、一緒に居た方が意見も言い合えるわけだし効率いいでしょ?」
どう? と問う和葉は、どこか勝ち誇っていた。
ふむ……確かに一理ある。
ならついでに、恵へのお土産がなにか良いかも、同じ女子である和葉に聞いたらいいかな。
「おっけ、なら探すか。出来るだけ早めにな」
「もちろんよ! それじゃあ、まずあこからねっ」
言い終えるよりも早く手は引かれ、ぬいぐるみが飾られた棚まで向かった。
それ以外にも色々な棚を見て回り、どれがいいか話し合う。
途中、和葉とこうして二人っきりで居るのは久しぶりだなと思った。
いや、周囲は人混みだけどそれは抜きにして。
俺の記憶で最後に二人っきりだったのは、かなり前だった。
あの時は俺が手を引いてたというのに、ずいぶんと勇ましくなったもんだ。
思い出し、不意に笑みがこみあがって来て、思わず吹き出してしまった。
和葉はそんな俺を一瞥し、すぐに棚へと視線を戻す。
俺も、お土産さがしに集中しますかな。
さてさて、何が良いだろうか。
内心でそう呟きつつ、棚に並べられている品々を見る。
ふと、目に入った品に視線を止めた。
……猫の置物か。
手の平サイズのそれはガラス細工で、中心が黒く外側は透明という、不思議な作りとなっていた。
透明と黒の境界線は濁っていて、じっと見ているだけで引き込まれそう。
いい物だな、と思う。
思わずガッツポーズを作りたくなるほどだ。
とりあえず、ガッツポーズは内心ですることによって我慢し、猫の置物を手に取る。
展示品限りなんだろうか。
もしかしたら店員が、綺麗な物を持って来てくれるかなと思いながら、和葉に声をかける。
さて、次は恵の分だな。