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第05話:休日の過ごし方

 俺は今、自宅のマンションの最上階である七階の廊下を歩いている。

 ちなみにこのマンションは、もう二〇三六年だというのに入口にセキュリティーシステムが無く、各部屋の入口のドアノブに指紋認証式の鍵がついているだけだ。

 まぁそれだけでも、充分なセキュリティーなんだろうがな。

 そんな、どーでも良いような事を考え、深く溜息をつきながら歩いている。

 ……にしても、一日がこんなにも長く感じたのは初めてだ。

 その事に苦笑しつつ、自宅の扉を開ける。


「あ、お帰りお兄ちゃん!」


 開けた扉の向こうには、いつも通り夕飯を作っているエプロン姿の夢月が、履いているスリッパでパタパタと音を立ててこちらに小走りしながら、出迎えてくれた。


「嗚呼……帰って来たんだな、俺」

「ん? どうしたの?」

「あ、いや、何でも無い」


 しまった、無意識に声に出していたか。

 気をつけなければ。


「……あ、そうだ、朝はすまなかったな。おまけに弁当まで忘れちまって」

「本当、お弁当を忘れて行った時は驚いたよ~! 次からは、目覚まし時計とお弁当の両方に気をつけてね? じゃないとお弁当抜きにするから」

「あ~、そりゃキツイな……。分かった、気をつけるよ」


 あれ? ってか俺、目覚ましの設定したっけか?

 ボケが始まったか……?

 そんな事を考えつつ、疲れた身体を引き摺るようにしてリビングへと向かった。






 制服を着替え終えた俺は、リビングの中央にあるテーブルの前に座り、その上に顎を載せて虚空を見つめた。

 ちなみに明日は、土曜日で休み。


「……何をしようか……」


 呟きながら、予定が無い自分に絶望した。

 と、その時だ。

 突然、視界に華やかな枠で飾られた選択肢が二つ現れた。

 一つは《見てろライト兄弟! 俺はお前達を越えてやる! と叫びながら、新聞紙で作った羽を背負い、マンションの屋上から飛び立つ》

 もう一つは《渋谷に行き、どの組でもいいのでヤクザ者の事務所を襲撃する》

 ……どれも、死ぬんじゃないか……?

 と言うよりも、選択肢が浮かび上がる時点で変だ。

 これも全て、春休みの間に三日三晩休憩無しで圭吾にやらされた変愛シミュレーションゲーム〝都内乱ラン☆パラダイス2~崖っぷち編~〟のせいだ、きっとそうだ。

 なんなんだ、あのゲームは。

 恋愛シュミレーションゲームとかパッケージに書いてあるのに、現代版米騒動っていう、訳の分からんイベントとかあるし。


「ねぇ、お兄ちゃん」


 またしても突然の出来事だ。

 気付けば夢月が、いつの間にかキッチンから隣に来ていた。

 そして、満面の笑みで話し掛けて来ていた。


「明日はどうせ暇でしょ? なら久しぶりに、映画でも行かない?」

「映画、か……。そいやぁ、もう何年も行って無いな。よし、行くか」


 どうせ予定が無いしな。

 何故、映画なのかは敢えて聞かないでおこう。

 それこそが兄らしさ、ってもんだしな。

 ……何、格好付けてんだ俺。


「本当に? やたー!」


 俺の了承を聞いた夢月は、嬉しそうに飛び跳ねた。

 と言うわけで、土曜日は映画を見に行く事になったんだが……何を見ればいいんだろうか?

 あ~、圭吾に聞いてみるか。

 そうと決まれば善は急げだ。

 ポケットから取り出した携帯電話を開き、メールを作成し始める。

 内容は……面白い映画、何? でいっか。










 翌日の土曜日。ちなみに晴天。

 俺と夢月は、近所のデパートの一階、映画館前にて、上映中の映画一覧表の前に立っていた。


「……え? これしか無いの……?」

「これしか無いな」


 映画館には着いたものの、土曜日なのに――もとい、土曜日だからか人が多く、ほとんどの映画が満員なんだそうだが、圭吾が席を予約していた映画のチケットを譲り受け、現在その映画のポスターを眺めている。

 ちなみに圭吾がチケットを譲ってくれた理由は、今日しか無いイベントがあるからそっちを優先する、との事。

 その為、同じく今日のこの時間にしか効力を持たない予約チケットは俺の手元にある。


「〝永遠の六月〟……か。俺はこれでいいぞ? これの原作の小説、好きだし」

「へぇ~。……って、えぇ!? お兄ちゃんが小説を読む!?」

「まぁ、それしか読んだ事の無い、本に全く縁が無い能無しだが――何を言わせてんだよ。他にも読んでるよ」


 言って、夢月の額にデコピンを一発。

 らしくない乗り突っ込みはやるもんじゃないな。

 新たな教訓である。


「いたっ! 自分で言ったんじゃない! ――えと、それで、この作品はシリーズ物だったりするの?」

「あぁ、原作者は有名な野球選手らしくてな、プロ野球チームに入団する前に書いた作品なんだそうだ。で、この作品は昔、実際にその人が体験した物語だって噂もあるんだ」

「えと……実話って事?」

「飽くまで、噂だがな」


 苦笑交じりでそう言うと、夢月は俯き片手を口元に当て、見てみたいかも、と呟いた。

 ……ちなみに、この噂のソースはもちろん圭吾だ。

 こういう関係の情報は圭吾が一番持ってるからな。

 にしても、実話ねぇ……。

 俺の視線の先には今、その実話とされている作品のポスターが見える。

 森に囲まれ、不自然に円形の平原が開けた場所の奥に小さな祠が一つ置かれている、とそんな感じの写真だ。

 不思議と、引き寄せられるような感じがするのは気のせいだろうか。


「それで、今回は何作目なの?」

「今回は確か、記念すべき一作目だ。んで、ちなみに全三部作」

「三部作って、ありがちな数字だね」


 ごもっともです。


「とりあえず、入ろ!」


 そう言って夢月は俺の腕を自分の両腕で抱え込み、引っ張るようにして館内へと突入した。






 館内から出た俺は、暗闇から明るい所に出た時の眩しい感覚に耐える為、その場で止まる。

 同時に、力一杯腕を伸ばして固まった身体を解した。

 その後、腕時計を見ると、上映開始の時間から丁度二時間が経過していた。

 感想は、キャストが微妙だった事だ。

 珍しく圭吾の意見に賛成した瞬間である。

 俺はそう呟きながら、隣を歩く夢月を見た。

 彼女は館内で買ったパンフレットを食い入るように見ており、前を見ていない様子。

 そんな彼女を見て、一応感想を聞いてみる。


「……そんなに面白かったか?」

「うん、面白かった! 続きが楽しみだよ!」


 そうだな、キャストなんてどうでもいいよな。

 中学生は純粋に、映画を楽しまなくっちゃな。

 ……高校生になると、映画を見ての感じ方が変わるんだなぁ……。

 などとしみじみと思いながら帰り道を歩いていると突然、血が疼いた。

 もう、全身の肌が総立ちである。


「この気配は!」 「この気配って!」


 その感覚に、俺と夢月は顔を見合わせて声を揃える。

 ほぼ同時、早歩きでその気配のする方へと向かった。

 するとそこには、ダンボールに入った子猫が五匹、それぞれの動きをしながら鳴いていた。


「「か、可愛い……。うにゃ~」」


 俺と夢月は、再度声を揃えて、人が変わったかのように子猫とじゃれ合い始めた。

 あ~……可愛い……。

 ふさふさの毛にあどけない表情、そしてぷにぷにの肉球。

 癒される。

 そうして、経過時間が十分とも三十分とも思えてしまうほど集中してじゃれ合っていると、突然後ろから聞き覚えのある声がした。


「……お主は、何をやっておるのじゃ……?」


 問いに、反射的に振り向く。

 それがミスである事に気付いていながらも、振り向いてしまった。


「にゃ? ――あ」


 し、しまった……。

 刹那、全身に大量の冷や汗が流れ出したのが分かった。

 それは、まるで人生が終わったような感覚。

 簡単な一般的例えとしたは、天国が地獄に変わったって奴だ。

 対して、如何にも申し訳無さそうな表情で目前に立っているのは、川瀬 奈々だった。

 彼女はその表情のまま、片手を自分の顔の前まで上げる。

 それは、謝罪の意だ。


「すまん……邪魔したようじゃな」

「ま、待った川瀬! これには深い訳が!」


 自分が哀れに思えてくる。

 俺の必死の言葉を聞いた奈々は人差し指を立て、チッチッチッと左右に振った。


「このような公共の道で、にゃ? とか言っておる男の言葉は、ただの言い訳にしか聞こえぬと思うぞ?」

「そこを何とか頼む! 理由を話すから、この事は誰にも言わないでくれ……」

「ふむ。……ならば儂の頼みを一つ聞いてくれるのならよいぞ。それは、苗字で呼ばんといてくれぬか? というものじゃ」


 意外と簡単な頼みだった。

 その為、思わず唖然としてしまう。

 ちなみにこの状況下で、夢月はまだ猫とじゃれ合っている。


「……そんなのでいいのか?」

「もちろんじゃ。無理難題を言って出来なかった場合、お主の弱みを握る事になってしまうからのう。その場合、わしの仁義に反する故、苗字で呼ぶなという頼み事にした」


 じ、仁義?

 仁義ってあれか? 「これはわっちの問題じゃきん!」とか言ってたりする人が心得ている奴か?

 ……一種の冗談というやつである。

 ともあれ、この事を黙っていてくれるというのが分かっただけでもいっか。


「あ~……それじゃあ呼び名を変えるって事で、姉御と呼ばせてもらってもいいか? 尊敬に値する感じの人だから」

「あ、姉御とな? 別に良いが。……それより、理由とは何じゃ?」


 本題に入ったか。

 とりあえず、人差し指を目前に上げて実はな、と前置きして理由を説明し始める。


「霧島の血を引く物は、昔から猫が大好きなんだ。猫を見ると人が変わって、猫一色になってしまう。未だに横で猫とじゃれ合っている、あ~、こいつは妹なんだが、とにかくこの姿を見れば信じられる……だろ?」

「ふむ。じゃがお主は何故、今は平気なんじゃ?」

「こ、これでも我慢している方だ……」


 今でも、猫の鳴き声が聞こえる度に触りたくなる。

 このままだと不味いな……。


「そ、それじゃ、そろそろ行くわ」


 そう言うのと同時に、夢月の腕を掴んで無理矢理立たせる。


「ほら夢月、行くぞ。じゃあ姉御、また明日!」

「うむ、また明日会おうぞ」

「あぁ~! ねこぉ~!」


 猫を触りたいと駄々を捏ねる夢月を無理矢理引っ張りながら、俺は急いで自宅へと向かった。

 ……この日の感想を言わせて貰うと、日常と地獄を味わうと言う不釣合いな一日だった。

 まさに天国と地獄。本日、二度ネタだ。

 神よ、頼むから一度は天国だけの日にしてくれ……。

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