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第54話:昔話とかその他色々

「よぉ、糞爺」


 第一声は、いつも通りの言葉だ。

 だからこそ、糞爺は糞爺と呼んだ事を気にせず、笑みを浮かべていた。


「てっきり、来ないと思っておったぞ。わしの呼び出しにも、というかこの本社にもな」

「そりゃ来たくは無かったけどよ、糞爺が早く入院しねぇかなと様子を見ようと思ってな」

「相変わらずじゃのう、孫。ただ、報告によると少し丸くなったようじゃな。例えるなら、鉄の棘ボールがゴム製の棘ボールになった感じじゃ」


 ふにゃふにゃじゃねーか、とツッコミを入れると、何が可笑しいのか糞爺は大笑いした。

 白髪だらけで顔に皺が多いが、若者に負けず劣らず元気な糞爺は、社長室に居るのにも関わらず浴衣姿だ。

 その笑いが終わるのを待っていると、糞爺は次の言葉を放った。


「じゃが、芯は強くなったようじゃな。先程蹴りを入れた際、お前は持ち堪え取ったからの」

「昔なら吹き飛んでたからな。……だが、あれは手加減してたんだろ?」

「ん? おぅ……手加減、じゃな」


 歯切れの悪い言い方をした糞爺は、少し表情に影を落とす。

 見た事の無い表情だった。

 だが、そう思ったのも束の間、糞爺はいつも通りの笑顔になり、歳に反してまだ健康な白い歯を見せた。


「とりあえずは、和葉を居候として受け入れてくれた事に、心から感謝しておるよ。正直、断られたらどうしようかと思っておったわい」

「断る理由は無いしな。ただ、数年ぶりに会った時、記憶の中にあるアイツと今のアイツが違い過ぎて、驚いたけどな」

「おぉ、孫もそう思ったか! ナイスボディーになったじゃろ? 出るとこも出て、セクシーになったわい」

「くたばれ糞爺」


 どうやらこの老い先短い糞爺、歳のわりにあまだエロ脳が衰えていないようだ。

 見た目は糞爺、素顔は糞餓鬼ってか。

 そういえば、合宿の時もそうだった。

 糞爺と圭吾が手を組むと、必ず覗き騒ぎが発生したものだ。

 ……っと、そういえば。


「和葉の奴、最後に会ったのは小学校時代の合宿の時なんだが、その時は眼帯してたか? 後、ココに傷痕なんてあったっけか?」


 言いながら、胸元を人差し指でつつく。

 すると糞爺は、一瞬呆けた表情をし、次に嫌らしい笑みになった。

 なんじゃいなんじゃい、と言いながら、机越しに身体を乗り出してくる。


「結局、お前にも覗き趣味があったんじゃな。やはり血は争えんか……!」

「言ってる意味わかんねぇよ糞爺。大体、俺は見たくて見たんじゃねぇ。なんと言うか、事故だ。そう事故」

「なんじゃ、事故に見せかけたのか。一度目は堂々と正面から覗きに突入していたというのに」

「あ? ……あ、あれは糞爺が無理矢理連れ込んだんだろうがっ!」


 確か小学生として最後になる合宿の時。

 お前は男になるべきじゃ、などと訳の分からない事を言った糞爺は、俺を無理矢理脇に抱えて、そのまま風呂へと突入した。

 女風呂へと。

 そこには先客として和葉が居て、次の瞬間には甲高い声で悲鳴を上げられた。

 冷静にその場面を思い浮かべれば、そこには傷痕は無かった。筈。


「わしの所為するとは……鬼畜じゃな!」

「黙れ糞爺質問に答えろ」


 真顔で一言。

 すると糞爺は、ちぇー冷たいのう、と呟きながら、乗り出していた身体を椅子に戻し、腕を組む。


「ふむ、眼帯と傷痕か。それは、本人に聞いた方が早いんじゃないかのう?」

「とっくに聞いたよ。で、亮が覚えてるわけ無いとかなんとか言って、回答を拒否された」

「そうか……。なら、わしからも何も言えん。和葉が嫌がる事を、わざわざ言うわけにはいかんからな」


 それは祖父としての、当然の反応だろう。

 いや、もっと視野を広めれば人としてか。

 ……やっぱ、本人が話してくれるのを待つしかないか。

 気にならない、と言えば嘘になる。

 だが、好奇心を持ち続けたところで、話してくれる日は来るのだろうか。


「……なんじゃ? そんなに気になるのか。それは従姉妹だからか? 許婚だからか?」

「前者だ。俺は許婚に反対だと、昔から言ってるだろ?」

「むう、乙女の恋心を無視するとは、孫も酷い男になったのう」

「糞爺? それは本気で言ってるのか?」


 問うと、糞爺は目を見開いて驚いて見せた。

 わざとらしい反応だ。

 いやもしかして、もしかすると素かもしれないな……。


「アイツあ、和葉は別に俺を見てるわけじゃないと思う。勘だがな」

「んにぃ? それは初耳じゃな。じゃが、あれ程好きと言ってベタベタだった和葉に限って、そんな事ありえるかのう」

「昔の話だろ。それに、今も似たような態度を取ってくるが、わざとらしすぎるんだよ。まるで本心を紛らわす為に、嘘の感情を塗りたくってるみたいにな」


 全部、俺なりの考えだがな。

 そう付け足しておき、一息つく。

 ……まぁ、そう思ってはいても、問題は相手が誰なのか、といったところだが、俺に分かる筈が無い。

 だからこそ、糞爺にはそこを突っ込まれたくないんだが。

 あれだけ自身ありそうな言い方した後だから、ねぇ?

 果たしてどうだろうか。

 腕を組み、暫く考え込んでいた糞爺は、一度頷いてから口を開く。


「……つまり、許婚は撤回しろと、そう言いたいんじゃな?」


 危惧していた返答とは違っていた為、安堵する。

 というか、予想外の言葉だった。

 この際、それをお願いしようと思い肯定の意味で頷くと、糞爺は急に笑い出した。


「なんじゃ、そんな事ならいつでも出来たぞ。お前には名前があるんじゃなからな。権限はわしらより孫の方が上じゃ」

「は? あ、あ~……霧島家頭首の名において、霧島 亮と如月 和葉との許婚を解消願いたい。コレで良いのか?」

「どことなく品格が欠けておるが、まあいいじゃろう。孫は、頭首としての権限は使わないつもりらしいのう。……今もそうか?」


 わざとらしく問う糞爺の表情にイラっとしつつも、頷いておく。


「俺には頭首なんて器、似合わないしな。護の方がよっぽど似合ってるよ」

「……何か勘違いしてるようじゃな。似合ってるというだけで、代々継がれる強大な権力が手に入ると思ったら大間違いじゃぞ? 頭首の家系の血を引く長男長女のみが、権利を持っているものじゃ」


 急に態度が変わった糞爺は、鋭い眼光を俺に突き刺すようにして向ける。

 その表情は無表情だが、獲物を狙うような殺気を感じる。

 一瞬、背筋がゾワッとした。悪寒は久しぶりだ。

 糞爺のこの表情も久しぶりである。

 幼い頃、初めて糞爺主催の合宿に強制参加させられた時も、同じ顔をされた。

 何が原因でその顔を見せたのかは、覚えていないが。


「孫、護は似合っているから頭首にんったのではない。成らなくてはいけないという、強制があるからじゃ。お前もそうなのだぞ? 護の場合、榊家頭首である事に誇りを持っているからこそ、真っ当しておるのじゃ」


 また、強制という名で縛り付けられる。

 考えただけでもうんざりするが、糞爺に反論は出来なかった。

 霧島家頭首である事に、誇りを持った事は無い。

 頭首に成ってから、それに関わる事で良い事などほとんど無かったから。

 だから、頭首という立場に向き合う事をせず、一歩下がる。

 下がった場所には、霧島 亮という普通の立ち位置があるから。

 頭首という立ち位置よりも、幸せだから。

 ……結局、逃げているだけなんだけどな。

 遅かれ早かれ、いずれは頭首として真っ当しなければならない事に、自分でも薄々気付いている。


「なんじゃなんじゃ、深刻そうな顔をしおって。まるでわしが悪者みたいではないか」


 どうやら、無意識の内に顔に出ていたらしい。

 とりあえず苦笑で誤魔化し、いつもの調子で悪態をつく。


「悪者みたいじゃなくて、俺から見た糞爺は昔から大悪人だ」

「うはっ、傷ついた! わし、心に残る傷を負ったぞ! トラウマじゃ!」

「老い先短いんだから、トラウマの一つや二つ追加しても問題無いだろ。どうせすぐ死ぬんだし」

「老人虐待じゃー!」


 頭を抱えて叫ぶ糞爺を見て、俺は大笑いした。

 すると糞爺は、失礼なと呟きながら、咳払い一つ。

 そして改まった表情で俺を見据え、苦笑を漏らす。


「すまんが、頭首の話はまだ終わっとらんよ。実は、孫に手紙が着ておる。本家から、お前に渡せと言われてな」


 言いながら懐から封筒を取り出し、俺に差し出す。

 受け取って見て見れば、霧島 亮様と筆で書かれた綺麗な文字が目に入る。

 正直、嫌な予感がした。

 理由としては、差出人が先々代の爺の名前であった事と、それが霧島では無く榊だったからだ。

 そして、こういう手紙が届く時は、超重要事項を伝えられる時だと、聞かされていたからだ。

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