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第53話:本音じゃなくても来たくない場所

 大阪に到着した、という鬼頭のこえに目を覚ました俺は、眠気眼を擦りながら、窓の外を見据える。

 まぁ、見たところでここがどこか判別出来るわけではないが。

 少なくとも、景色が都内に変わっているところを見ると、高速道路でない事は確実だ。

 ……ってか、俺いつの間に寝てたんだ?

 なんの夢を見ていたのか、そもそも夢を見ていたのかさえ分からない為、いつからかだなんて判明は難しいもんだ。

 ふと、隣の席を見やると、朔夜はまだ睡眠中だった。

 頬が緩んでおり、寝息も安らかな彼女は、多分幸せな夢でも見ているのだろう。

 そんな一時を邪魔するのは気が引けたが、肩を揺すって声を掛ける。


「着いたぞ、朔夜。大阪だ」

「ふむぁ……ふへへ~……」


 なんだ、ふへへって。

 あ~……デコピンだろうか。


「ふみぃたいっ! ――な、何事ですか!?」

「何事ですかじゃねーよ。大阪に到着したから起こしたんだ」

「だからって、なんでデコピンなんですかぁ……」


 おでこがヒリヒリします。

 朔夜はそう悪態をつきながら、額を摩る。

 一応、確認してみるが……よし、青くはなってないな。

 若干赤い気がするが、それは当然の事なので気にしない。


「っと、とりあえず出るか」


 気付けば、バスを降りようとしているれ湯は最後尾に近付いており、日向と和葉の姿が見えた。

 一目で分かる程、和葉はイライラしていた。

 日向は無表情無感情状態だったが。

 ともあれ、特に持ち物は無い為に手ぶらで立ち上がり、列の最後尾に朔夜と並んでバスを降りる。

 バス内の暖かい空気から一変して、少し肌寒いような空気となった外は、建物の入口前だった。

 入口の自動ドアにはFMPのロゴが刻まれており、床の大理石にも同じ文字が大きく刻まれていた。

 ……思えば、FMP本社に来たのは初めてだな。

 今まで糞爺に会う機会は、霧島本家か如月家、もしくは俺達家族の自宅に直接来ていたから、こっちから糞爺関係の場所に行ったのは、如月家だけだ。

 故にFMP本社がどういう所かは知らない。

 まさか修学旅行で初めてここに来る事になるとは、予想だに出来なかった。というか出来る筈が無い。


「こら霧島。班と纏まって行動しろと指示しただろ。早く本田のところに行け!」


 鬼頭から整列命令が出た為、いらぬ思考を休止して辺りを見渡し、圭吾を探す。

 いた。少し離れた場所で馬鹿面が、俺を手招きしていた。

 とらえず早足で圭吾の下へと向かい、班員を視界に入れる。

 男子は圭吾と日向と直樹、女子は朔夜と和葉だ。

 圭吾にとってはいつものメンバーを入れたつもりのようだが、バス内でのアクシデントで日向と和葉はミスマッチだ。

 その証拠に、日向と和葉の立ち位置は、間に朔夜と直樹が入る事でかなり開いている。

 幸い、ムードメーカー圭吾と、天然の朔夜が居るから班の空気はプラマイゼロだが、大丈夫だろうか。

 一方、俺の心配を他所に、圭吾は楽しそうにパンフレットを広げ、直樹と会話していた。

 暢気な奴である、本当に。


「よし、お前ら注目!」


 いつの間にか貴様らからお前らに変えた鬼頭は、全生徒の先頭で声を張り上げた。


「今から、飛翔鷹高校のスポンサーであるFMP社の本社を見学する。だが諸注意だ。中には多くの展示物があるだろうが、絶対に寄らない触れない壊さない事! そして、社員や社長のくだらないスピーチがあるが、寝ては駄目だ! 寝た奴は宿泊先のホテルで徹夜正座をしてもらうぞ。以上!」


 なんだか途中、教師らしからぬ言葉が聞こえた気がするが気のせいだろうか。


「それでは、私を先頭に今から施設内に入る。皆、クラスと班番号順に並んでついて来てくれ」


 全員に聞こえるように告げ、鬼頭と共に列が動き出した。

 とは言っても、班として纏まっていれば良いだけなので、綺麗に整列している訳では無い。

 故に俺の右側には朔夜が、左側には圭吾が並んで歩いていた。

 で、左側の圭吾は施設内に入るなりテンションが上がり、そこら中の展示物をデジタルカメラで撮っていた。フラッシュ付きで。

 正直、五月蝿い。


「……お前、なんでそんなにテンション高いんだ?」

「何? 逆に聞くが、何でお前はテンションが上がらないんだ!? 見ろよこの傑作の数々! 全てがFMP社オリジナルの製品ばかりなんだぜ!?」


 特にアレだよ、アレ! と楽しそうに言いながら、腕時計のような製品を指差した。

 ……ん? アレってもしかして、

「これの事か?」


 言いながら、袖を捲って隠れていたPIDを見せる。

 すると、圭吾の表情は明らかに変わった。


「ええぇぇえぇぇえぇぇ!? はああぁぁあぁぁぁあぁぁんぶどぅっ!」

「五月蝿い。なんかもう、驚いてるのか気合入れてるのか分かんなかったぞ」


 とりあえず左ストレートを頬にぶち込んでおいた。


「で、何で驚いてるんだ?」

「だってよだってよ、それってまだ出回って無い製品じゃん! ってか、発表したばっかの物だぞ! な~んで持ってんの!?」

「今朝な、糞爺が俺宛に小包を送ってきやがったんだ。その中身がコレだよ」

「うわぁ~……さすがFMP社社長の孫だな……」


 何がさすがなのかよく分からん。

 と、その時不意に、右側の朔夜が声を上げた。


「え、亮さんって、ここの社長さんのお孫さんだったんですか?」

「あれ? 話してなかったか? いや話しただろ、前に屋上で。ここの社長の名前は如月だ。如月 源次郎。気付いたか?」

「むぅ~……あ、和葉さんと同じ姓ですね! という事は……亮さんのお祖父さんですね!?」

「やっと正解、おめでとう」


 軽く三回程拍手して褒めると、朔夜は照れ臭そうに後頭部を掻く。

 ……でも、その行き着いた答えって、孫であると言った時点で分かるんじゃないか?

 なんて思うのはタブーだろうか。

 そう思っている間に奥のホールに到着し、各クラス毎にずらっと並べさせられた。

 ホールはかなり広く、例えるなら飛翔高の体育館と言ったところだろうか。

 バスケットコート三つ分くらいはある。

 そこへ四人一列を一クラスとして、六クラス分が並んでいる。

 ちなみに俺は真ん中辺りだ。

 暫く待たされた後、スーツ姿の女が前面の中央付近に立ち、マイクを構えた。


『飛翔鷹高等学校の皆様、本日はおこし頂きありがとうございます。早速ですがお呼び出しのお知らせです。霧島 亮様、至急こちらまでおこし下さい』


 スピーカーから聞こえるのは、俺を呼び出す声。

 正直、嫌な予感しかしない。

 だが、スピーカーを使っての呼び出しである為、出て行かない訳にはいかない。

 故に人と人との間を通って前へと出る。

 そして、マイクを持っている女の前に立って――瞬間、床が開いた。






「――うぉあっ!?」


 一瞬、何が起こったか分からなかった。

 だが、無意識の内に両手を広げたおかげで、なんとか落ちなくて済んだ。

 反射神経に感謝。

 ふと下を見てみれば、垂れ下がった足の先に暗闇があった。

 どこまで続いているのだろうか、と思える程の深い穴だ。

 大きさは俺一人が綺麗に落ちれる程。冷や汗が全身から滲み出る。

 と、とりあえず出よう。

 そう思い、両腕に力を込めて身体を持ち上げる。

 一応、足も使おうとしたが、壁がつるつるで登る事は出来なかった。

 ともあれ、身体が半分以上まで上がったところで足を床に引っ掛け、身体全体を地上に上げる事が出来た。

 一息つき、立ち上がって全生徒の方を見れば、全員が言葉を失って驚いている。

 そりゃ、突然男子生徒が穴に落ちそうになったら、驚くわな。

 ……にしても、こんなくだらない事を仕掛けたのは、やっぱり糞爺だろうか。

 と、その時。

 後方、ホール入口側から、もの凄い勢いで殺気が迫ってきた。

 何であるかの確認をする暇も無い。

 故に選んだのは左腕を構えての防御行動。

 それとほぼ同時、二の腕に強い衝撃と、

「よ、孫っ」


 陽気な挨拶が聞こえた。

 あぁ、糞爺か。

 相手が誰なのか気付いた瞬間、左腕で防御している何かを右手で掴み、上へと持ち上げて振り下ろす。

 その過程で左手も追加し、床に叩きつけようとした。

 途中、見れば掴んでいたのは糞爺の左足で、足の先にはちゃんとちっちゃい糞爺の本体があった。

 偽者では無い、そう判断して喜びつつ、今まさに床に叩きつけられようと――していたのだが。

 振り下ろした先は穴だった。


「「あっ」」


 糞爺は落ちて行く。

 俺を落とそうとした穴へと。

 場が、静まり返った。

 いや元から静かではあったが、それ以上の沈黙だ。

 まるで俺以外に誰も居ないかのように。

 だが次の瞬間、小さな手が穴から這い出てきた。

 ひぃっ! という悲鳴が前列の生徒から聞こえ、全生徒の列が一歩下がる。

 その間にも小さな手はもう一つ追加され、糞爺が登ろうとして来ていた。

 だから、両手を蹴り落としてやった。

 また落ちて行く。

 それから数十秒経って、

『え~……ただ今、落ちて行きました方が、FMP社社長の如月 源次郎様です。では、次は副社長の――』

「無視かよっ!!」


 全生徒の息の合ったツッコミが、ホール内に響き渡った。






 その後、社長の代わりに副社長がスピーチをし、合同で社内見学となった。

 だが、俺はというと糞爺の秘書と名乗る女から呼び出しを食らい、社内見学のグループとは別行動となった。

 そして現在、エレベーターに乗って上昇中である。

 そこそこ広い箱の中に、曲がりの無い真っ直ぐな背をこちらに向けて立つ秘書と無言で二人っきり。

 空気が気まずいと感じるのは俺だけだろうか。

 せめて他にも二人程、一緒に乗ってもらいたかったものだ。

 なんというか、空気が重い。

 ……いや、他に何人居ようと、無言であれば空気は重いか。

 だが、その空気を変えたのは、秘書の第一声だった。

 女にしては少し低く、しかし背を向けていても綺麗に聞こえる程、良く通る声だ。


「霧島様、先程は失礼致しました。しかし、源次郎様はあれで、貴方の姿を見れた事にかなり喜んでおられるのです。どうか大目に見てあげてください」

「あ~……まさか秘書からその言葉が出るとは思わなかった。というか、ただ姿を見るだけなら、他にも方法があっただろうに」

「何分、あの方はサプライズ好きですので」


 おかげでまた、変な噂が立ちそうだな。

 糞爺に直接言ったつもりで愚痴っておく。

 すると秘書は含み笑いをし、咳払いで誤魔化してこちらへと向いた。

 その表情には、笑みがある。

 髪が長く、雰囲気のわりには若々しさのある凛々しい顔立ちをした彼女は、素直に格好良いと思える程、絵に描いたような秘書だった。

 自分でも何を言ってるのかよく分からないが、それだけ凄いって事だ。

 そんな彼女の顔には、どこか見覚えがあった。

 いや、この人に見覚えがある訳ではない。

 何と言えばいいのだろう、似た顔を見た事が、ある気がする。

 誰だっただろうかと記憶を辿っている内に、チンッと到着を報せる音が響いて、エレベーターのドアが開いた。

 その先には待機室のような小部屋があり、そのまた先に両開きの木製扉があった。

 とりあえず、秘書の案内でエレベーターを降り、扉の前に立つ。


「どうぞ、お入り下さい霧島様。源次郎様がお待ちです」

「一応、言っておくが。霧島様ってのは止めてくれな。せめて霧島さんとか亮さんとかにしてくれ」

「私目のようなただの秘書に、自らの名を呼ばせるとは……随分と大胆な人ですね」

「え、そこは食らいつくとこじゃないだろ!?」


 無視された。

 俺が圭吾に対する態度を、秘書が俺にしているみたいだ。

 こいつ、かなり訓練されてるな。深い意味は無いけど。

 ともあれ、一息ついて扉を開ける。

 そこは社長室であり、奥にある机の向こう側には、大きめの椅子に座る糞爺こと如月 源次郎の姿があった。

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