第52話:親友(?)をおだてる(?)楽しさ
そこら中から喧騒が聞こえる観光バス内にて。
俺は左の席でスヤスヤと眠っている朔夜の横顔を尻目に、窓の外を眺めてボーっとしていた。
学校を出発して早一時間弱。
車外の光景は既に移り変わっており、今は高速道路特有のバリケードと、その向こうの木々が見える。
今時、東京から大阪までバス一本で向かうのもどうかとは思うが、こうやって色んな毛s期が見れるのも悪くない。
と、そんな事を思っていた時だ。
「ちなみに、霧島はどう思うのだ?」
突然、前の席の右側からひょいと顔を出して、姉御が問い掛けて来た。
なんの事だかさっぱり分からない。
「ん? その様子では、わしらの会話に全く耳を傾けていなかったと見える。実はのう、圭吾が自分にとってどんな立場の人間なのか、例えるならお主はどうじゃ? という問いじゃ」
「もちろん、頼りになる親友だよな? な?」
通路を挟んだ真横の席に座る圭吾は、身を乗り出して発言を強制してくる。喧しい。
そんな事より、圭吾を何に例えるか、かぁ。
……これって、なんて答えりゃいいんだ?
「物語にして例えるのもありじゃな。バスでの旅路は長い故、退屈しのぎにはなろうて」
「物語か。だったら……そうだな」
何か、良い素材が無いか考える。
圭吾が、というよりも物語の創作が主になっている気がするが、敢えて気にしないでおこう。
とりあえず、圭吾の部屋に飾ってあったポスターを思い出しつつ……。
「あぁ、あれだな。例えるなら――」
今から二十年後、二〇五六年。
人類は宇宙に進出し、新たな文明を築こうとしていた。
しかし、人類は資源を求め、またしても戦争を始めていた。
宇宙戦争が実現したのだ。
……などと内心で語りながら、俺は格納庫へと向かっていた。
艦内に響き渡る警報は敵襲を知らせ、オペレーターによるアナウンスが乗組員に指示を与える。
ちなみに、俺に与えられた指示は、格納庫にて自分の機体に乗り、出撃して戦闘をする、というものだ。
そうして、長い通路の先、自動扉を抜けると格納庫へと到着した。
既に準備が整ってる機体、人型機動兵器が数体並んでおり、俺は整備士の誘導に従って、その内の一つである前から二番目の機体に乗り込む。
コックピットの中は、戦闘機のそれとほぼ同じで、椅子に座って操縦桿を操作する仕様だ。
また、搭乗したのと同時にコックピットの機器が起動し、視界がクリアになった。
見えるのは、格納庫内の光景。
次いで、正面に表示されたウィンドウは、通信システムだ。
『亮。初陣らしいが、大丈夫か?』
「大丈夫だ、問題ない。お前についていけば、難なく達成できるだろ」
『お前って、一応俺は上官だぞ? 少しは敬えな』
微笑しながら文句を言う圭吾は、この部隊の体長だった。
随分と出世したなぁ、としみじみ思う。
なんせ、この艦隊のエースなのだから。
そんな彼の顔が映るウィンドウの横に、突然もう一つウィンドウが展開される。
『アサルト各機、出撃体勢に移行して下さい。現在、敵艦隊による砲撃が激化している為、|ADF《anti debris field》の解除が出来ないでいます。その為、本艦の主砲を連続して砲撃し、相手に隙を作らせるので、その間に一瞬だけADFを解除いたします。その際、タイミングを合わせてカタパルトを射出しますので、いつ飛び出しても良いように、心構えをお願いします』
作戦の説明を行うオペレーターの話はここで一度途切れ、代わりに俺達の機体がカタパルトにて移動を開始する。
最初に射出カタパルトに接続されたのは、圭吾の機体だ。
足が固定され、機体が傾き、出撃体勢となる。
『それでは、カウントを開始します。十、九、八、七、六、五――』
「総員、出撃次第俺に続けよ? 一気に活路を開くぜ!」
『四、三、二、一、――出撃!』
合図と共にカタパルトから光が放たれ、火花を散らしながら滑り、圭吾の機体を射出する。
一瞬で一定速度に達した機体は、そのまま宇宙空間に飛び出す。
刹那、機体に敵艦の砲撃が直撃し、爆散した。
「俺一瞬で死んでるじゃねぇか!」
怒鳴る圭吾はより一層身を乗り出し、姉御は腹を抱えて大笑いしていた。
今にも通路に落ちそうな程に、身体を捻らせている。
そんなに面白いか?
「エース隊長であったとしても、いざという時はすぐに死ぬ程の運の無さを表現してみたんだが」
「さすがじゃ、さすがじゃよ霧島! あっけない圭吾にはぴったりじゃ!」
言いながら、尚も姉御は笑い続ける。
だが不意に、彼女は片手を挙げた。
じゃあわしも、と言って呼吸を整えている。
「今ので何か思いついたのか? つーことは、また圭吾が死ぬ話?」
「おいおいおいおい、また俺死ぬのか。無様過ぎるから止めてくれよ」
眉間に皺を寄せ、真顔で抗議する圭吾を大丈夫と宥めて、姉御は語り出した。
都内のとある墓地。
空には雲がかかり、雨が降り続けている中を、傘を差し花束を持った一人の青年があるいていた。
彼が立ち止まったのは、一つの墓石。
見れば綺麗な花が何本も供えられ、線香も真新しかった。
どうやら、先客が居たようだ。
だが、青年はその事に気にせず、供えられている花に、手を持った花束を追加する。
次いで、傘を脇で押さえて両の手を合わせて目を瞑る。
彼には相棒が居た。
彼以上に強く、また多くの人望を持った男が。
しかし、裏社会を担うその男は、戦って戦って戦い続け、自らの身を削り、そして死んだ。
だから彼は、相棒に誓う為に、ここに来たのだ。
跡を継ぎ、仇を取ると。
そう、墓石に彫られた〝本田 圭吾〟の名に誓った。
「そうじゃねぇかと思ったよおぉぉぉ! ってか、最初から死んでるし!」
「そうか? 死んでるのは俺かと思ったが」
というか、姉御らしい設定だな。
しみじみとそう思う。
一方、物語の中心となっている圭吾は、不満の声を上げていた。
「なんで俺、毎回死ぬんだよ! しかも、そんなに活躍してないしさっ。もっとこう、感動出来る物語は無いのかよ、俺が活躍する」
主旨が変わってきている気がするのは、俺だけだろうか。
圭吾を例えるならどういう存在かというとこから、圭吾が主役の物語を作る話題になったな。
まぁ、暇潰しには丁度良いか。
「それじゃあ、私が語りましょう!」
突然、寝ていた筈の朔夜が名乗りを上げた。
それに対し、俺達の視線は彼女に集まる。
姉御はワクワクした目で、圭吾は好奇心半分疑い半分の目で、俺はいつの間に起きていたんだという驚きの目で。
色々な目に見つめられて戸惑いつつ、朔夜は両手の平を振る。
「大丈夫です、良い物語を思いつきましたから。……それは、ある冬の日の物語です――」
「――それが、彼の唯一の願いでした……。以上です。ご清聴、ありがとうございました」
朔夜が語り終えた頃。
周囲の反応は、感動一色だった。
俺や姉御でさえ、目に涙を溜めており、圭吾に至っては号泣だった。
また、周囲を見渡せば、個々で会話をしながら聞き耳を立てていた奴らも、今は目に涙を浮かべていた。
バス内の前半分で起きていた喧騒が、完全に止んだのだ。
そして、語った本人は満足気な表情をしている。
……それにしても、良い出来の物語だった。
まさか、圭吾が主役という設定でここまで感動出来るとは、思ってもみなかった。
「で、朔夜。結局、圭吾は最後にどうなったんだ?」
「え? 最後は、相手の事を想いながら、お亡くなりになります」
全員が一斉にずっこけた。
全員がずっこけた後、バスが揺れた為に鬼頭は一喝さえ、この話題は終了となった。
そして今は、最初と同じく喧騒がそこら中から聞こえている。
俺達もまた、その喧騒を生む内の一グループとなっていた。
まぁ、一番喋っているのは言うまでも無く圭吾だが。
……あぁ、そういえば。
「バスの席順はくじ引きで選ばれたって聞いたが、俺達固まりすぎてないか? 今気付いたら、圭吾は隣は直樹だし」
言いながら、圭吾が指差す方向を見ている。
バスの後部を指しているようだが、どこを見れば良いのか分からない。
そうやって視線を迷わせていると、奥の左端だと圭吾からの追加指示。
言われるままに見てみれば……あぁ、そういう事か。
和葉と日向が隣り合わせだった。
和葉が窓際で、日向がその隣。
最後尾の座席は僅かに座高が高い為、表情が見えるが、最悪の状況に見える。
基本無口な日向は目を瞑って眠っており、お喋りである筈の和葉は会話相手がおらず、窓の外を見ながらイライラしている。
また、日向の周りの人達も無言だった。
……日向の印象は、眠りを妨げてはいけない不良か。
少なくとも、そんな感じだろう。
でなければ、和葉は周囲の奴らと喋りまくってると思うし。
南無三。
「さすがに、あれはきついな。やっぱりお前の運って奴か」
「おうよ! でも、お前に運は分けてやれねぇ。ごめんなっ」
「何がだ?」
「いやだって、最初に向かうのは大阪のFMP本社見学だろ? あのじいさんには、嫌でも会わなきゃな」
あ~、そうだった。
糞爺が嫌い過ぎて、すっかり忘れていた。
……無事に、見学が終われば良いんだがなぁ。
そんな事を内心で祈りながら、圭吾達との会話に別の花を咲かせる事にした。