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第51話:出発の朝は、やっぱり騒がしい

 さて月曜日、修学旅行当日。

 俺と和葉はバスを待つ為に、バス停の前で立っていた。

 準備は昨日の内に済ませてあり、俺の左側にはカッターシャツなどが入ったボストンバックが置かれている。

 そのボストンバッグを見下ろした後に、左手首に巻き付いている物を見た。

 それは、今まで付けていた腕時計よりも面積が少し広く、されそ薄さは腕時計並の物だ。

 長方形のそれは表面にデジタルで時間が映し出されており、またタッチ式となっていて、色々な操作が可能となっている。

 簡単に言えば、腕時計型の携帯端末だ。

 名を|portable information device《ポータブル インフォメーション デバイス》というらしい。

 パッケージには略称で"PID"と書かれていたな。

 これは、FMP社が開発中の新型機種のプロトタイプらしく、昨日クソジジイから、遅れた入学祝いとして送られてきた物だ。


「まぁ、便利だからな……感謝しとくか」

「珍しいわね、貴方がお爺様に感謝だなんて。お爺様、喜ぶわよ?」

「……いや、調子に乗りそうだから止めておこう」


 言って苦笑すると和葉は、恥ずかしがり屋さんね、と言いやがった。

 その為、言葉を返そうと彼女の方を向くと、笑っていた。


「……どうした? クソジジイの顔を思い出したのか?」

「お爺様の顔に、笑える要素なんてないわよっ。……今の話題とは別。まさか、修学旅行の行き先に、しかも一日目の今日に大阪が含まれているだなんて、思いもしなかったもの」

「あ~、大阪な。確か、栞にFMP本社の見学ってのがあったな。……クソジジイに会う羽目になるのか……」


 そう思うと、自然と溜息が漏れた。

 するとその溜息に反応して、和葉はその場でしゃがんで、俺の顔を覗き込むようにして下から見上げてきた。

 その表情は、またしても笑み。


「そんなにお爺様と会うのが嫌なのかしら?」

「嫌だ。絶対に嫌だ。見学中はバス内で寝ていたいくらいだ」

「……まぁ、後数時間もすれば、嫌でも会う事になるんだけどね」


 クスクスと、喉からわざとらしい笑い声を出した和葉は、覗き込むのを止めて立ち上がった。

 ……あ~、コイツが男――もとい、圭吾だったら殴ってたのになぁ。

 そう、内心で黒い言葉を吐きつつ、PIDいじりをしようと思ったその時、和葉が不満の声を上げた。


「それにしても遅いわねぇ~、バス。いつもの時間はとっくに過ぎ……」


 何故か、中途半端なところで言葉が途切れた。

 刹那、和葉は勢いよくこちらに振り向く。

 顔が怖い……。


「りょーちゃん! ここから学校まで、距離はどれくらいなの!?」

「は? え? ちょっと待て、急にどうし――」

「これを見なさい!」


 命令の言葉と共に、和葉が指で示した方向には、バスの時刻表。

 その、どこのバス停でも見かけるような時刻表には、一枚の紙が貼られていた。

 俺はその紙に近付き、マジマジと書かれている文字を見た。

 ……本バスをご利用の皆様に、お知らせがあります。残念ながら、一部の時間帯の利用者数が一・二人しかいない為、このままでは赤字となる事が判明しました。その為、真に勝手ながら、廃線とさせていただきます。廃線となるお時間は以下の通りです。八時~九時・発。何卒、ご理解をしていただき、また今後も本バスをよろしくお願いいたします……と。


「今、八時十五分だ。学校が始まるまで、後十五分。……走るか」

「あ、当たり前よっ!! それじゃ、貴方は私の荷物を持ちなさい! 私は全力で走るから!!」

「おいぃぃ! 何で俺が荷物持ちなんだ!?」


 そう言っている間にも、既に和葉は走り出しており、距離が開き始めていた。


「男の子なら、女の子の荷物ぐらい持ちなさいっ!」

「そんな状況じゃねぇぞぉぉっ!!」


 大声で吼え、急いで俺と和葉の分のボストンバッグを両肩に掛け、走り出す。

 ボストンバッグの重量に、振り回されながら。










 八時三十分という、その時間に俺達はギリギリで間に合い、今は息を切らしながら机に突っ伏している。

 ……正直、方や軽量、方や重量の荷物を肩に担ぐというアンバランスな状態で、約十五分間ずっと走りっぱなしだったから無理もない。

 陸上部でも息切れはするだろう、たぶん。

 ……ってか、突っ伏している状態って、意外と息苦しいな。

 そう思い、身体を起こすと、急に圭吾の顔が視界に入った。


「だあぁぁあぁあぁぁあぁぁ!!!」


 驚き、つい右ストレートが圭吾の頬にヒット。


「ぐほぉっ!! ――いってぇじゃねぇか!」

「うるせぇ! 息切らして疲れている奴が身体起こした時に、いきなりお前が視界に入ってきて、殴らないわけないだろ!!」

「意味わかんねぇよ! 何だよその理屈!!」


 声を放つだけ放ち、俺と圭吾はぜぇぜぇと息を切らしながら、睨み合う。

 だがしばらくして落ち着くと、二人揃って吐息して、俺は問う。


「……で、何かようか?」

「お、おう、そうだったそうだった。言い忘れてた事があってな、実は――」

『全校のみなさん、おっはようございまーす! 情報提供部・部長のメグミでーす!』


 突如、圭吾の声を遮るかのように、スピーカーからはチャイムの後すぐに、陽気な音楽と共に声が来た。

 それは、毎度お馴染みのメグミだ。


『今回は放送が少し遅れましたが気にしない気にしない。さてさて、今日の予定は、皆さんお待ちかねの修学旅行でーっす! 二泊三日の修学旅行、楽しんできてくださいね~!!』


 え~っと、という声と同時に、数枚の紙が重なる際の音がし、そして言葉は再開される。


『さてさて行き先は、一年生が大阪・京都・大阪の順番で二つの県に。二年生は三日連続沖縄に。三年生は飛翔鷹高等学校に、それぞれ行くそうです! 皆さんは、それぞれの場所でたっくさん楽しんできてくださいねー!!』


 刹那、下の方の階から、開いた窓と入口を通してブーイングが聞こえた。

 ……三年か。そりゃま、修学旅行先が学校で、それもわざわざ放送で言われたら、ブーイングしたくもなるわな……。

 ちなみに、三年の修学旅行先は学校だというのは、受験対策の勉強合宿だからなんだそうだ。

 だがそんな合宿の夜は、毎年テンションの上がりまくった三年が徹夜でパーティをするらしい。

 同時に、翌日のテンションが疲れでとんでもない事にもなるらしい。

 情報源は、圭吾だ。


『三年生のみなさーん! 別棟の四階放送室まで聞こえるブーイング、ありがとうございまーす! もし窓が開いてなかったら聞こえてなかったけど……そのすっごく元気なブーイングを、是非先生にもぶつけてあげてくださいっ! 鬼頭先生に』


 刹那、ブーイングが止んだ。

 それも、鬼頭の名が出た瞬間に、だ。

 ……鬼頭って、そんなに恐れられているのか?

 そう思っている間にも、メグミの放送は続く。


『あれれ? ブーイングが止んだみたいですね……っと、それじゃあ今日はここまで! 皆さん、修学旅行でいい思い出作ってくださいねー!』


 その言葉と共に、軽快な音楽が流れ、放送が終わった。

 すると圭吾は、俺の耳元に顔を近付けて、小声で喋り出す。


「……で、だ。さっき言おうとしてた事なんだが……今の放送、恵なんだ。紺野 恵」

「あ~……そんな気がしてた。だが、そうなると何であんなにもテンションが高いんだ? 第一印象は大人しい奴って感じだったんだが」

「薄々気付いてたのかよ。……アイツはな、司会やナレーターをやり始めるとああなるらしいんだ」


 まるで漫画だな、おい。

 敢えてその言葉は口にしなかったが、半目で圭吾を見る。


「お前それ、本人から許可取って俺に教えたのか?」



 そう問うと、圭吾は右手の親指をグッと立てて、笑みを見せた。


「あったりまえだっ。部員には知っておいて欲しいという、本人の希望だ」

「そうか。それなら別にいいんだ」


 言って頷き、軽く吐息する。

 と、丁度その時だ。

 出入口の戸が開く音とおぼ同時に、鬼頭が入って来た。


「さー、座れ座れ! ――さて、遅れてすまなかったな。職員会議が長引いたもんで。……校長が、メグミの放送が終わってからです! とか言った挙句、報告は特にありませんときた。無駄に長引かせやがった校長に、久々に殺意が沸いたぞ」


 教師鬼頭、早速問題発言。

 そんな鬼頭に対し、一人の男子生徒が挙手をしながら立ち上がった。


「先生! 校長はヅラが全校生徒に発覚したばかりなので、優しく接した方がいいと思いますぜ!」


 誰かと思えば、和津田だった。


「はっはっはっ! あの鬘の落ち方はよかったよなぁ! まぁ、私は昔っから鬘だった事を知っていたから大丈夫だ、哀れまん。一緒に飲みに行った時なんか、鬘を奪って私が被ってふざけていたぐらいだからな!」

「先生! ナイス暴露です! ちなみにその時の光景、写メってますか!?」


 圭吾、追加で起立。


「あぁ、もちろんあるぞ? 後で見せてや――って、見せられるかっ! 何故わざわざ私の羞恥をお前らに見せなくてはならんのだ!!」

「おぉう!? 和津田! 鉄壁の鬼畜・鬼頭先生に弱点の存在が判明したぞ、ノリ突っ込み付きで! 早急に確保せねば!!」

「待て圭吾! さすがにそれは危険過ぎる! 鬼頭先生を見てみろ、これは忘れるべきだ!!」


 その言葉と同時、圭吾が直立になって固まった為、釣られて和津田も直立になり、固まる。

 そして二人は、ゆっくりと鬼頭の方を向いた。

 その方向には、にこやかな笑みで額に青筋を立てている鬼頭の姿がある。

 すると二人は再度顔を見合わせ、せーの、という手拍子の後に鬼頭を見て声を揃え、

「すみませんでしたもう知りませんもう忘れました何の事でしたっけ何かありましたかあはははっ」


 ……この二人、リハーサルでもやってたのか?

 そう思える程、息がぴったりだった。

 馬鹿は、同じ馬鹿に出会うと、凄い馬鹿になると、そう思い知らされた。

 そんな馬鹿コンビを鬼頭は見据えながら、腕を組んで口を開く。


「ほう……まあいい。それじゃあ、今後の行動内容を説明するぞ。まず、九時になったら――」


 機嫌をなおしたのか、鬼頭はこれからの行動を話し出した。

 それとほぼ同時、背中をペンのような物で突かれた。

 その為、俺は後ろの席、朔夜の方へと振り向く。

 同時、突然口にマシュマロを突っ込まれた。

 一個だけじゃなく、何個ものマシュマロを固めた奴を。


「ちょっとだけ静かに、お願いを聞いてくださいね? ――どうして変な目つき何ですか。……まぁ、いいです」

「………………」

「えっとですね。バスの席順はくじ引きで決めたんです。あ、亮さんが寝ていた時にですよ? それで、私と亮さんが隣り合わせになるんですけど、窓際の席をもらってもいいですか? ――あ、と、溶けっ、えぃ!」


 マシュマロ、追加入りました。

 一回に突っ込む量が多いのは、すぐに溶けるからだろうな。

 とりあえず、無言で頷いておく。

 すると朔夜は、安堵の表情になった。


「よかったぁ~。私、乗り物に乗るとすぐに眠くなっちゃう体質なんで。ほら、窓際だと、窓に寄りかかれるじゃないですか」

「……それを先に言っておくもんだぞ、普通」


 やっと食い終えた。


「ってか、眠くなるってのは置いといて、窓に寄りかかるのはキツいんじゃないか? バスが揺れて、窓に頭がガンガンガンガ――」

「はい、貴様。霧島、私語だな? どうする? 泣いて私に詫びるか、三回クルっと回ってワンッ! っと泣いて私に詫びるか。どっちがいい?」

「どっちみち詫びるのかよ。すんません。これでいいか?」

「態度がなってないが……そんな事言ってる場合ではないな。霧島の口から謝罪の言葉が聞けただけでもよしとしよう。――それじゃあ、もうすぐ九時だな。全員、荷物を持って説明した場所に集合だ。いきなり忘れ物はするなー」


 手を数回叩きながらそう言って、鬼頭は教室を出て行った。

 ……俺、そう簡単に謝罪はしないような奴だって思われてるんだな。


「りょ、亮さん。すみません、私のせいで……」

「いや、俺がガンガンとか言ってたからだな、意味わからんが。……で、お前は窓際でいいんだな?」


 苦笑しながら問うと、はい、お願いします、と言って一礼した。

 それに対して、俺は無言で頷き、荷物を持って立ち上がる。

 そしてそのまま圭吾の下へ行って頭を一発殴っておき、集合場所へと向かう事にした。

 ……場所は聞いてなかったからわからないが、生徒の流れに乗って行けば大丈夫だろう。

 途中、後ろから圭吾の怒鳴り声と朔夜の笑い声が聞こえたが、敢えて振り向かずに歩き続けた。

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