表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/66

第45話:俺達の過去(前編)

 携帯電話を開いて時計を見ると、時刻は四時を回っていた。

 その為俺は、朔夜ちゃんと一緒に近くの喫茶店に入る事にした。

 もちろん、普通の喫茶店だぞ?

 ……ちなみに俺、圭吾が何故朔夜ちゃんと一緒に居るのか。

 それは昨日のビンゴ大会にて、一日デート許可券を獲得したからだ。

 女の子とのデート。

 これほどまでに嬉しい事は、一生の内にあっただろうか……。


「無いな」

「ほぇ? どうしたんですか?」


 急に声を出した俺に、メニューを見ていた朔夜ちゃんが顔を上げて問い掛けてきた。


「あ、いや、何でもない何でもない。それより、何にするか決まった?」


 まさか声にでるとは、と内心で呟きつつ、メニューに目を通す。

 すると朔夜ちゃんは、決まりましたっと笑顔で言った後、俺は店員を呼んで注文した。

 それから数分後、テーブルの上、朔夜ちゃんの方にはミルクティーが、俺の方にはレモネードが置かれた。

 それを一口飲むと同時、朔夜ちゃんは、あの、と前置きして話し掛けてくる。


「今日は、本当にありがとうございました。おかげで楽しい一日になりました!」


 両手を合わせて嬉しそうに言った朔夜ちゃんの笑顔、本当に可愛いなぁ~。


「いやいや、俺の方こそありがとな。いくら昨日のご褒美だからって、休日に呼び出しちまって」

「いいえ、気にする事はありませんよ? 仕事ですし、暇でしたし。……それと、聞きたい事がありましたし」


 突然、申し訳なさそうな表情になった朔夜ちゃんは、一度深呼吸して胸に手を当て、目を瞑る。

 そして、決心したかのように頷きながら目を開け、俺を見た。


「昨日言っていた、詩織さんとは誰なんですか?」


 あぁ。その事か――って、

「……あれ? 確か亮は、朔夜ちゃんに話したって言ってたぞ?」

「……へ? 聞いていませんけど……?」


 おかしい。何かがおかしいぞ?

 ……もしかして。


「昔、自殺しようとしていた人を亮が助けたってのは、聞いたことある?」

「あ、はい。その話は聞きました」


 そのまさかだった。

 アイツは、亮はどこか抜けてるなぁ、本当……。


「その助けたって人物が詩織、東城 詩織(とうじょう しおり)だ」


 こうして名前を口にするだけでも、懐かしく思えるとはなぁ。


「……え? という事は、詩織さんはもう……?」

「そ、亡くなってる。一年前の今日にな」


 言いながら、俺は顎に手を当てて考える。

 この際だから、ちょっと昔話に付き合ってもらおうかな、と。

 時間もあるし。


「……朔夜ちゃん。亮が中学の頃、鬼神と呼ばれるほど喧嘩をしていたって姉御が言ってたの、覚えている?」


 問いに、朔夜ちゃんは無言で頷く。


「何故アイツがそこまで荒れたのか、知りたくはないか?」

「え!? で、でも、そういう話は亮さんの許可を取った方がいいんじゃないですか?」

「大丈夫大丈夫。これは幼馴染みであり親友である俺だからこそ話せる事なんだ。それに、朔夜ちゃんも中途半端に知っているよりかは、全部知っておいた方が良いだろう? その方が誤解も生まれないし」


 笑顔でそう提案すると、朔夜ちゃんは少し迷い、そしてゆっくりと頷いた。

 ……可愛いなぁ。

 再度そう思いつつ、じゃあ話すよ、と前置きして話を始める。


「……二年前、アイツの両親は車で交通事故に逢い、亡くなったんだ。原因は相手の信号無視……と言われているけど、詳しい事はわからない。生き残ったのは二人で、一人は相手。ソイツは車から降りて逃走し、まだ捕まっていない。そして、もう一人の生き残りが、両親が運転する車の後部座席に乗っていた夢月ちゃんだ」


 名前を聞いた瞬間、目を見開いた朔夜ちゃんは、両手で口を囲いながらも、聞く事を続ける。


「その事故を知った亮は、両親を失った事に悲しみながらも最愛の妹が生きていてくれた事に喜びを感じていた。だけど……夢月ちゃんは、事故のショックで一時的に放心状態になっていて、その後もずっと心を閉ざしていたんだ」


 今でも思い出せる、あの頃の亮。

 何をしてもいい方向に傾かない現状に苦しんで嘆いていた姿は、本当に悲しい姿で……。


「どれだけ夢月ちゃんに声を掛けても無意味である悲しさ。事故を起こした者、そして自分達を残して亡くなった両親に対するやり場の無い怒り。その全てを八つ当たりに変えて発散させる事にした亮は、ところ構わず喧嘩に明け暮れる日々を送るようになった。……でも、狙う相手は皆不良ばかり。それに、だ。その日々もほんの数ヶ月で終わったんだよ」


 夏休みが始まる少し前の日だ、と言っておき、レモネードを一口飲む。

 そうして喉を潤わせ、話を再開する。


「ある日、アイツは学校で会うなり、馬鹿が増えるぞっと言って詩織の事を話してきた。当然、急な事だったから、全然意味わかんなかったけどな。まぁ、その日から新しい奴が俺達に加わったんだ」

「その人が、詩織さん……」


 急に込み上げて来た笑いを堪えながら、あぁっと答えるが、結局堪えきれずに笑っちまった。


「おかしい話だろ? それまで喧嘩ばっかりで、他人の事なんて知ったこっちゃねぇって言ってるような奴が、苛めが原因で死のうとしてる奴の命を救ったんだぜ? 偶然だったとか細かい事はどうあれ、そん時は笑ったよ、腹抱えて笑った。……蹴られたけどな」


 笑みから苦笑に変えて、またレモネードを飲む。今度は一気に半分まで。


「それからはずっと、遊んでばかりだ。たまに他校から喧嘩を吹っ掛けられたから喧嘩したが、それだけだ。だが、短期間での行動によって、アイツの噂が広がり、鬼神とまで呼ばれるようになったんだ」

「……その間、夢月ちゃんはどうしていたんですか?」

「あぁ、そこにも大きな変化があったよ。――詩織はな、結構元気な奴でな~。その上、馬鹿な俺らと居た事で他人と接する事がすぐに出来るようになった。そんな詩織が、何日か二人っきりにさせて、って夢月ちゃんのケアに当たったんだが、たった三日で完治させたんだ」

「えぇ! す、すごいです! 三日で閉ざしていた心を癒して、完治させるなんて!!」


 朔夜ちゃんが、素直に喜んでいる事に、内心嬉しかった。

 こんな話を聞いた奴は、大抵遠回しなお世辞や作り笑いをする……気がしていたからだ。

 ま、朔夜ちゃんに限ってそんな事はしないと信じていたからこそ、話したんだがな。

 だから俺は、話を続ける。


「ま、つまりは二人とも、互いが恩人なんだよ。亮は詩織の命と居場所を、詩織は亮のたった一人の肉親である妹を、それぞれ救ったんだ」


 言って笑いながら、馬鹿みたいに安堵していた亮を思い出す。

 同時に、亮に対して嬉しそうな申し訳なさそうな、そんな複雑な表情をしていた夢月ちゃんも思い出した。

 全てが懐かしい、過去。


「そうして俺達が三年に上がった頃、また面白い事が起きたんだ」

「また……ですか?」

「そ、また。――詩織が、自殺しようとしていた奴を助けたんだ。しかも、半年前に詩織が自殺しようとしていた場所と、全く同じ場所でな」


 その事に朔夜ちゃんは、えぇ!? と声を上げたが、すぐに両手で口を塞いだ。

 可愛いなぁ~、本当。


「……で、でも、その一ヵ月後ですよね? 事故に逢ったのって……」


 恐る恐る問う朔夜ちゃんに、俺は頷く。


「あぁ、ほぼ一ヵ月後だな。――で、だ。その助けた奴は同級生の男子でな。詩織はさり気無く、ソイツが好きになっていた、と俺達に相談してたんだ。……結局、恋は実らなかった。両思いだったってのに気付かずにな……」


 残念そうに呟き、残りのレモネードを飲み干して席を立つ。

 気付けば、いつの間にか無くなっていた朔夜ちゃんのミルクティーに驚きつつも、電子版伝票を手に取った。

 全額は、合計六百八十円。全く問題無い。


「じゃ、そろそろ行こうか。朔夜ちゃん」

「え? あ、はい! ……えと、私の分はおいくらですか?」

「良いって良いって、これくらい払わせてくれ」


 電子版伝票で顔を扇ぎながら言い、そのままレジへと向かった。

 その後ろを、講義しつつも小走りでついてくる朔夜ちゃんの足音を聞きながら、レジに電子版伝票を差し込んだ。






 自動ドアを潜り外へと出ると、既に太陽は大分傾いていた。

 そんなに話し込んでいたか? と疑問に思いつつも、横を歩く朔夜ちゃんの方を向く。

 すると丁度、朔夜ちゃんも俺の方を向き、そして会釈した。


「今日は、本当に何から何までありがとうございました! 先ほども、私の我が儘で話をしてくれた上に、代金を払っていただいて……」

「気にすんなって。俺が話したかったから話したんだ。朔夜ちゃんは謝る必要なんてないよ」


 微笑を浮かべながら言うと、突然朔夜ちゃんは口元に手を当てて、クスクス、と笑い出した。


「亮さんと同じ事言ってます。本当に似ていますね、お二人は」

「そうか? まぁ、昔っから一緒に居たからなぁ~……っと、お!? 同じくらい昔から居る奴はっけーん!」


 言いながら、横断歩道を渡って歩いてくる和葉に、俺は大きく手を振った。

 すると和葉は、驚いたような今にも逃げ出したいような表情になったが、早足でこちらに向かって来た。


「け、圭吾じゃない!? き、奇遇ね、こんなところで会うなんて。――えと、そちらの方は確か……」

「あ、九条朔夜です。よろしくお願いします、和葉さん!」


 笑顔で即座に自己紹介をした朔夜ちゃんに、こちらこそよろしく、と言って返した和葉は、顎に手を当てて俺と朔夜ちゃんを見比べた。

 最初は細目で、その後しばらくして眉を顰めた和葉は、最後に恐る恐るといった感じで俺を見る。


「……貴方達、どういう関係?」

「友達だぜ? で、今はデート中」


 問いに素直に答えると、一にホッとした表情を、二に驚いた表情を見せた。

 それはもう、背後に落雷が見える程の驚きよう。

 そして三に、両手をパントマイムのように動かして慌て出した。


「そ、そそそ、それはよかったわね!! それじゃあ、お、おおお邪魔虫の私は退散するわ!! また明日~!!」


 終始慌てながらそう言い残し、和葉は走り去って行った。

 ……どうしたんだ? アイツ。


「あの……圭吾さん? 和葉さん、何か大きな誤解をしたまま行ってしまったんじゃないですか?」


 心配そうに問い掛ける朔夜ちゃんに、そうかもしれないな、と呟きながら考える。

 別に俺は誤解されてもいいが、朔夜ちゃんは非常に困るだろう。どうすればいいかな……。

 などと考えている内に、突然音楽が聞こえてきた。

 それは、近くにある広場に設置されている時計からだった。

 時刻は既に、五時を回っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ