第44話:GWにメイドか、暇な奴だな俺も
「お帰りなさいませ! ごしゅ――って、ふぁ!? りょ、亮さん! 来てくれたんですね!?」
メイド服姿の朔夜は、入店した俺に気付くと両手を合わせて嬉しそうな表情になった。
その為俺は、あぁ、と軽く返事を返す。
……右側でしゃがみ込み、俺は無視かよ、と呟きながら泣き真似をしている圭吾には、あえて触れないでおく。
「あ、えと、ここで止まっていると他のお客様の迷惑になりますので、とりあえずお席の方に案内しますね」
言って身を翻して歩き出す朔夜に合わせて揺れる、メイド服のフリルを見ながら、その後について行く。
そうして着いたボックス席に圭吾と向かい合って座り、朔夜からメニューを受け取る。
それと同時に、数字が幾つも書かれた、ビンゴカードのような物を二枚、受け取った。
「それでは、ごゆっくりどうぞ~」
そう言い残して、朔夜は去って行った。
その後ろ姿を、頭を地面スレスレまで下げて見ている圭吾の後頭部に、メニューの角を叩き落す。
「いっだぁぁ!! ――何すんだこの野郎!」
「にしても、客が多いな。これだけの人数が、今日の為にチケットを買ったのか……」
「いやいや、無視するなよ。そして謝れよ」
向かい側で何やら煩い圭吾を無視し、辺りを見渡す。
生憎、隣の席との間にはモザイクのガラスが隔ててあり、丁度カウンターが見えなかった。
だが、辛うじて見えた出入口では、メイド服姿の従業員が受付をし、来店した客を席に案内するという作業を繰り返していた。
そして、そこら中の壁には、〝五月五日、こどもの日にて、一周年記念特別イベント開催!(但し、チケット購入者に限る)〟と書かれた派手なポスターが貼られている。
「何か、ものすごい大イベントって感じだな……――そだ、ビンゴ大会の景品、何があるか知ってるか?」
突然、圭吾が問い掛けて来た為に、ビンゴがある事自体知らなかった、と言いながらその方向へと向く。
すると圭吾は、ポケットから一枚のカラー用紙を取り出した。
その用紙の上部には、〝チケット購入者への案内〟と書かれており、その一つ下には、〝当日のプログラム〟と書かれている。
一から順に、店長から開会の挨拶→新作デザートの試食→フリータイム→ビンゴ大会→店長から閉会の挨拶、となるそうだ。
で、圭吾が言う景品は、裏側にまとめて書かれていた。
四等・一万円分商品券、三等・五十インチ液晶テレビ、二等・明日一日、ご指名のメイド(従業員)とのデート許可券(もちろん私服)、一等……、
「一等・ハワイ旅行!? 真佑美の奴、さすがに経費使い過ぎだろ……」
「俺的には、景品がおかしい事に疑問があるんだがな」
そう言って少し間を空けた圭吾は、急に頭を抱えて、
「何でデート許可券が、明日一日だけなんだぁぁー!! ――ごぅ!?」
「お前に一般的な感想を、一瞬でも望んだ俺が馬鹿だったよ……」
溜息をついて呟き、圭吾の頭に角を叩き落したメニューを取り、テーブルの隅に置く。
そして、手元に置かれていた水を一口飲む。
「……圭吾、お前虚しいな」
「お前のせいだろっ!!」
『はいは~い、注目注目~! って言っても、モザイクガラスが邪魔で見えないか……――ただ今、カウンター前にて、マイク放送をしている、店長の高崎 真佑美だよっ!!』
圭吾に黙ってろと言っているかのように突然、店内のスピーカーから流れたのは、真佑美の声だ。
その声からは、相変わらずの元気さが感じ取れる。
『今回は、――ん~、コホンッ! ……今回は、当店の一周年記念特別イベントにお越し頂き、誠にありがとうございます。今現在、ここにいらっしゃる皆様は、当店を何度もご利用して頂き、そしてまた当店を愛してくださっている方ばかりだと思っています。その為私達メイドは、いつも以上に清楚にお持て成しさせていただきます』
その声はいつもの真佑美らしく無い――いや、会ってまだ一ヶ月ほどの俺が言うのは失礼か。
とりあえず、今の俺からしてみれば、真佑美らしくない初めて聞く喋り方だった。
だがそれこそが、大手企業会社社長の娘として、当然の態度なのかもしれない。
『それでは、メイド喫茶としては珍しい、西洋風の物静かなメイド達を時折見ながら、心安らぐ音楽と共に時が来るまでごゆっくりお楽しみください。……尚、プログラム四番のビンゴ大会は十四時を予定しておりますので、くれぐれもビンゴ用紙を紛失なさらないよう、ご注意ください。――それでは、よしなに』
その最後の言葉と共に、スピーカーからは低い音量でクラシック曲が流れ出した。
「……G線上のアリア? バッハか」
優雅な、そして心んお落ち着く曲が、スピーカーを通してゆったりと店内に響き渡る。
クラシックは……嫌いじゃない。
「お待たせしたねぇ~、霧島様?」
「お、おはようございます、亮さん!」
突然の声は右、メイド服姿の真佑美と朔夜だ。
いつの間にか居た彼女達の内、真佑美は、事もあろうに苗字を様付けで呼びやがった。
「……俺を苗字で呼ぶのは何の真似だ?」
「え? ……もしかして、気に触っちゃった? 冗談のつもりだったんだけど……」
その、失敗したかのような驚きの表情をした真佑美を見て、俺は自分が言った言葉に後悔した。
……霧島だから、という理由ではないらしい。
「なーにツンケンしてんだよ、亮! ――ごめんな、真佑先輩。こいつ、たま~に冗談が通じない時があるんだよ」
「……あ、そうだったのかぁ~! 本当、びっくりしちゃったよ。とりあえず、ごめんね?」
「いや、俺の方こそわりぃ」
今回ばかりは、ナイスフォローの圭吾に感謝しておこう。
そう内心で思いつつ、真佑美にここまで来た理由を聞く事にする。
「……で、どうしたんだ?」
「そりゃあもう、あいさつだよあいさつ! 今この店に来ている友達は、キミ達だけだからねっ!」
「俺達だけ、か。――なぁ、それよりも気になる事があるんだが、景品に金を掛け過ぎじゃないか?」
問うと、真佑美は右手の人差し指を立てて、左右に揺らした。
「チッチッチッ、甘いなぁ~りょーちゃん。そんなキミに説明しようっ! 今回の参加者は、当店の定員である百人とちょい。で、もちろん皆チケットを買っている。そのチケットは一枚一万円!」
「一万!?」
「これで軽く百万は稼いでいる事になる。その上、新作デザート試食の時間は、同時にフリータイムでもあるのだ。ここで一人千円分は注文してくれると読むのだよ。で、通常の売り上げは少なくとも十万円ほど。この十万円はもうちょい金額を足して液晶テレビにあてる事が出来る。一万円分商品券は、チケットの代金が戻ってくるようなものだし、店員との指名デートはもちろん無料だから、後はハワイ旅行だね。これは我が会社の自家用航空機を使って宿泊先は別荘。これで、収入は黒字だよぃ! 会社の収入を使うまでも無かったってわけだよぅっ!!」
嬉しそうに、どこか誇らしげに言い切った真佑美は、俺と圭吾の前に置いてあったコップの水を、それぞれ飲み乾した。
どうやら、一気に説明した事により、喉が渇いたようだ。
そのコップに、朔夜はいそいそと手元にある給水ボトルを使って水を注ぎ、俺達の前に置く。
……健気だなぁ。
「それじゃ、私達はそろそろ仕事に戻るよっ。ごゆっくりどぞー」
「あ、そ、それじゃ、ごゆっくりしていってくださいね!」
そう言い残し、真佑美は元気に、朔夜は何やら慌てながら、早々と立ち去って行った。
その後ろ姿を、圭吾はまたしても頭を低くして見ていた為、再度後頭部にメニューの角を叩き落した。
快音が、響いた。
時刻はもう、二時を回ったところだろうか。
プログラムによるとビンゴ大会の始まる時間である為に、メイド達が忙しく客席からデザートなどの皿を集める姿が数多く見られる。
そして、どんな技術かは知らないが、席と席の間を隔てるガラスからはモザイクが消えて、今では透き通ったただのガラスだ。
それによって見えるカウンターには、巨大な電子掲示板と番号の書かれたボールが、内部で風によってかき混ぜられているボックスが置かれていた。
もちろんその隣りには、真佑美の姿がある。
彼女は手に持ったマイクを数回叩いており、それによってスピーカーからは風船を叩いたような音が響いていた。
それを確認した真佑美は頷き、
『はいはい静かに~! 皆さんお待ちかねのビンゴ大会が始まるよぉ!? ってなわけで皆さんには、モザイクを消せる事をすっかり忘れていたガラスを通して電子掲示板を確認しながら、ビンゴ用紙の数字に穴を開けていただきまーす。リーチの時とビンゴの時は、ちゃんと大きな声で伝えてね~?』
真佑美お得意の元気な声と共に流れ始めた曲はオペレッタで、運動会などでよく聴くジャック・オッフェンバックの天国と地獄だ。
その陽気で軽快な曲調は、ビンゴ大会にぴったりだな。
『それじゃあ、最初の数字を取り出すよぉ!!』
そう告げながら、ボックスの中に手を突っ込む。
そして一つのボールを掴み、引き抜いた。
『さて~、最初の数字は!? ――』
宅配便の紙に、すらすらとボールペンで配送先を記入する。
その配送先の名は、葛城総合病院院長・風間 修平。
届け物は、五十インチ液晶テレビだ。
それを書き終え、次は依頼主である俺の名と住所の記入に取り掛かる。
「んにしても、盛り上がったなぁー! それに、俺はまさかの明日一日デート許可券が当たっちまったし!!」
「あーはいはい、よかったなよかったな。……ま、参加してよかったよ。これで、壊しちまってからそのままになっている特別室のテレビを弁償出来るんだからな」
そう言っている間に記入は全て終わり、大きく背を伸ばすついでに辺りを見渡す。
店内はすっかり喫茶店の雰囲気に戻っており、数人のメイドがポスターや飾りを外す作業に取り掛かっていた。
……で、異様なまでの盛り上がりを見せたビンゴ大会は、一等のハワイ旅行は一組のカップルが獲得し、二等の明日一日デート許可券は圭吾が、三等の五十インチ液晶テレビは俺が、一万円分商品券はどっかの出版社の記者が獲得という形になり、無事終了した。
本当、真佑美の司会進行はたいしたもんだな。
そう思いながら、圭吾と話している真佑美を見る。
「――おっとそう言えば、みんなも今日はお疲れさまー! どうだった? 楽しかったかぃ?」
「すごく楽しかったぜ! それに、新作デザートも美味しかったしな!」
「りょーちゃんは?」
あまり好まないが、真佑美にとってもう定番となっているあだ名で話を振られた。
「ん?あぁ、よかったぞ。――それと、司会お疲れな」
「うぃ、ありがとー! ……でさでさ、けいちゃん。明日のデート、誰を指名するか決めたかぃ?」
「そうだなぁ……」
問われた圭吾はしばらく考え込む。
だがすぐに思い浮かんだのか、よしっ、と言って親指を立てた手を真佑美に向けた。
「朔夜ちゃんにするぜ! ――どうだ? 亮、お前も来るか?」
「いや、俺はパスだ。明日は所用がある」
言うと圭吾は、あぁ、詩織か、と言いながら水を飲んだ。
その、圭吾が言った名に、真佑美は喰らい付いて来た。
「何々? 誰なの詩織って? りょーちゃんの彼女!?」
「……いや、親友だ。一年ぶりに会う、親友」
「あ、ちなみに俺は今日会ってくるわ。明日は行けそうにないからな~」
上機嫌に言う圭吾に苦笑しつつ、わかったと返答しておく。
そうして話が一区切りつくと、真佑美は両手をパンッと叩いた。
「それじゃ、朔夜に伝えてくるよ~」
そう言い残し、カウンターへと向かう真佑美の後ろ姿は、スキップしているように見えた。