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第43話:そうか、もう二年か……

 リビングに味噌のいい匂いが、湯気と共に漂う。

 それは、テーブルの上に置かれた味噌汁から立つ物であり、更にその周りにはスクランブルエッグとご飯がきちんと並べられている。

 それらが三セット分置かれたテーブルを囲んでいるのは、俺と夢月と和葉の三人だ。

 のどかな朝食時。

 いただきます、という揃った声と共に、それぞれが箸を取って食事を始めた。

 俺の前に向かい合うようにして座っている和葉は、毎週土曜日の朝にやってる人気番組〝どっきり☆あんさつたい!〟に夢中になり、中々箸が進んでいないご様子。

 そして、左斜め前に居る夢月は、よくわからんが先程から独り言のオンパレード。


「――に出発するんだけど。……お兄ちゃん、本当に予定空けてあるよね?」


 寝起きの状態の、しかも土曜日の早朝に起こされたのだ。

 脳がまだ完全に目覚めていない状態の為に、夢月の独り言に答えている余裕が無い。

 すまん、妹よ。


「………ねぇ、お兄ちゃん? 人の話聞いてる?」


 俺は味噌汁のお椀を手に取り、箸を突っ込んで具を持ち上げる。

 ……(えのき)か。

 その榎を口に含み、

「……お、意外と美味いな! ――ぶっ!?」

「ひ・と・の・は・な・し・を・聞けー!!!」


 夢月が叫びながら腕を振って投げたそれは、テーブルの隅に置かれていたお手拭だ。

 それは一直線に飛び、俺の顔面に直撃する。

 俺は急いでそれを掴み、テーブルに叩き付けた。


「な、何するんだ!?」

「何するんだ、じゃないよ! 人が今日の予定を話しているのに無視しないでよね!!」

「………予定? ……今日は何かの日か?」


 味噌汁のお椀をテーブルに置きながら問うと、夢月は驚いたような呆れたような表情になった。


「はぁ……今日はね? お母さんとお父さんの命日だよ? だから、お墓参りっ」


 その言葉を聞いて、一瞬にして思い出した。

 同時に、テレビの横に置いてある小さめのカレンダーに目をやる。

 今日、五月三日。

 丁度二年前のこの日に、母さんと親父は事故で死んだんだったな……。


「……あ~……わりぃ、忘れてた。で、何時に行くんだ?」

「忘れてたって……まぁ、思い出したんならいいけど。――九時には家を出るつもりだよ?」

「はやっ!! ……十二時とかは――」

「駄目、九時だよ。だから、朝食は早く食べ終えてね」


 言い終えた夢月は、箸を取って食事を再開した。

 この状況だと、反論するより従った方が無難、か。

 そう決心し、俺も食事を再開する。

 ………ってか、

「和葉? お前いつまでテレビ見てんだよ!?」

「う、うるさいわね! もうすぐよ、もうすぐ!」


 邪険な表情で俺を睨み付けた後、すぐにテレビへと視線を戻した。

 そんな和葉を見て、やっぱり昔と変わんねぇな、と思う俺だった。

 もっとも、そんな事を思っている暇さえ無いんだが……。










 今日は休日の、しかもゴールデンウィークの為、俺達の乗る西武新宿線の電車内は多少の混雑を見せていた。

 そんな状況で夢月と和葉は、どんな手を使ったのかちゃっかりと長椅子に座れていた。

 ちなみに俺は、二人の前で直立体勢。

 不公平かな、不公平かな……。

 などと思っている間に、降りるべきである駅に到着とのアナウンスが鳴り、電車が停まった。


「さ、早く降りるよ~」


 言いながら夢月は、早々と電車を降りて行く。


「今日は一段と元気がいいわね」

「いや、逆だろ……」

「……え? それってどういう――あ、ちょっと待ちなさいよ!」


 問いと制止の言葉を飛ばして来る和葉を無視し、夢月を追って電車を降りる。

 そこから駅の東口を出てすぐの所にある花屋にて花を買った無月と合流し、バス停へと向かう。

 そうしてしばらく待って来たバスに乗り込み中ほどまで進んだ時、服を引かれた為に反射的に後ろへと振り向く。

 それは、不機嫌そうな表情をした和葉によるものだった。


「………どうした?」

「さっきの、逆だろっていう言葉の意味を教えなさいよ」

「あ~、それの事か……」


 言いながら、吊革を片手で掴み、前へと向き直す。

 その方向には、平行に並んでいる二人用の椅子に、夢月が花束を持って座っていた。

 彼女は目が合うと、笑顔を見せた。

 それに笑顔で返した俺は、再び和葉の方を向く。

 そして仕方なさの交じる表情で、仕方無く話す事にした。


「……あいつが、母さんや親父が死んだ時、一種の精神的ショックで心を閉ざしていたって事は知ってるか?」

「えぇ、確か事故に遭った時。夢月も同じ車に乗っていたのよね」

「そうだ。その頃アイツはとにかく不安定で、二人の葬式にでさえ出る事が出来なかった。だからだ。アイツは親に、自分達のせいで心を閉ざしたと、笑う事が出来なくなってしまったと思わせない為に、命日には自分の元気さをアピールするかのように無理をするんだ。別れの儀に出られなかった事に対する罪滅ぼしのようにな……」


 誰にも聞こえないよう、和葉だけに聞こえる声で言った。

 すると和葉は、複雑な表情を作った。

 気まずい事を聞いてごめんなさいとでも言いたげな表情を、だ。


「つまらねぇ顔するな。夢月が心配するぞ」

「でも――」

「でも、じゃねぇ。あ~、話さなきゃよかったよ……まぁ、どうしても謝りたいのなら、夢月にはいつも通り接しろ。今の話を忘れてだ」

「そうした方がいいようね。わかったわ」


 うんうん、と二度頷いた和葉は、しかしわずかに表情に曇りが残っていた。

 丁度その時、目的地であるバス停に到着した事を報せるアナウンスが鳴り、出入口の両方がスライドして開く。


「ほら、行くぞ和葉」


 言って和葉を呼び、再度先に降りた夢月を追う。

 そして地に足をつけ、ドアを閉めて走って行くバスを目で見送った。

 そうした後に、目的地の方向を見る。

 俺達が降りたバス停を道路で挟んだ向かい側にある、横に広い門。

 その門の間とも言える位置には、〝所沢聖地霊園〟と彫られた石が置かれている。

 その石を通り過ぎ、霧島家の墓へと向かった。






「こ、今年もすごいねぇ……」

「しかも、俺達より早く来てるしな」


 俺達が驚いているその視線の先、他の墓石の群から隔離されている霧島家の墓前には、大量の花が添えられていた。

 そのそれぞれの花は種類が異なる為、置いて行った人数も結構居ただろう。

 もしかしたら、去年よりも多いかもしれない。

 だが、特に多いのは、毎年同じく向日葵だ。

 何故、向日葵なのかといえば、単純に母さんが好きな花だからだそうだ。

 などと思いつつ、霧島家の墓石の左右に、同じく隔離されている墓石を見る。

 左側には高柳(たかやなぎ)家、右側には(さかき)家と彫られた墓石は、霧島家を含めて三つ並んでいる。

 ――三貴家。

 この三つの家系は、そう呼ばれている。

 理由は、詳しく知らない。

 ただ、この三家は大昔から日本の裏社会を担い、牛耳っていたそうだ。

 今現在は高柳家の消失、霧島家の縮小により、ほとんどが榊家中心となっているらしいが……。

 縮小したとは言っても、やはり影響は残っている。

 大量の花束も、過去の影響下にあった者達による物だろう。

 そして他の墓石との隔離は、先祖代々の仕来りだと聞いた。

 クソジジイ曰く、この三家は高貴なる家系であるのと同時に、多くの穢れを受け継いでいる。その為に、他の墓石と同等の位置には置けない、だそうだ。

 ……俺も、この下に眠るのか。

 まぁ、墓石の下に入るのは骨だけな――っと、何馬鹿な事を考えてんだ、俺は……

 そう思って俯き、片手で頭を掻く。

 すると視界に、細い腕と数珠が入って来た。


「はい、お兄ちゃんの数珠だよ。お兄ちゃんがぼーっとしている間にやる事は全部終わったから、せめて最後に手を合わせようね?」


 言われて顔を上げると、夢月と和葉の片手には柄杓の入った桶が握られていた。

 そして墓石には、既に線香は煙を上げていた。

 いつの間にやっていたんだ?

 っというか、俺はその間中ずっと三貴家の事を思い出していたのか……。


「早くしなさいよ」


 迷惑そうな表情の和葉は、合わせた手に数珠を掛けて、既に準備は出来ている。

 そんな和葉に、わかってる、と告げて俺も手を合わせる。

 同時に霧島家の墓前に三人で、前列が俺と夢月、後列に和葉という形で並んだ。

 そして、揃って目を瞑る。伝わらないとわかっていても、内心で伝えたき言葉を呟きながら。






「今日一日、お疲れな、夢月」


 微笑しながら言って、夢月の頭を撫でる。

 すると夢月は、恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「べ、別にお疲れってほどじゃないよ?」

「いいやお疲れ、だ。だからもう無理しなくていいぞ」

「無理なんて別に……――うん……急に疲れが押し寄せて来ちゃった」


 言って夢月は、あはは、と笑って疲れ混じりの笑顔を見せた。


「……それじゃ、そろそろ行きましょう。お昼はどうするの?」

「あ~、悪いが俺はもう少しここに残るわ。所用があるんでな」

「所用ねぇ……わかったわ。夢月、私達は入口近くの休憩所で待ってましょう」


 和葉は仕方なさそうに了承してくれ、夢月の手を引いて歩いて行った。

 その姿を見送り、霧島家の墓石の方へと向く。

 太陽の光を反射させ、わずかに黒々しさを象徴させていた。

 その隣、墓石の下に入っている者の名を見る。


「霧島 清美(きよみ)に霧島 良太(りょうた)か……」

「過去に浸っておられるのですか? 霧島の若様」

「――ッ!?」


 誰だ!? と問う為に振り向いた先、丁度榊家の墓前に当たる位置に、声の主が居た。

 それは花束を片手に持って、黒い長髪をポニーテールにし、それを風に靡かせながら微笑んでいる、和服姿の少女だ。


「初めまして、と言うべきでしょうか。霧島の若様」

「俺を若と呼ぶって事は、先々代頭首の老い耄れ共が、高校に上がったらつけると言っていた側近って奴か?」


 警戒心を弱める事無く問うと、少女はクスクスっと笑い出した。


「早とちりはいけませんよ? 私は榊家の現・頭首、榊 (まもる)様の側近、藤林 桜(ふじばやし さくら)と申します。以後、お見知りおきを」

「ま、護の側近か……で、用件は何だ?」

「用件、というか、霧島の若様に用があった訳ではありません。今日が霧島夫妻の命日であるが為に、若の代わりにお花を添えに来ただけです」


 言いながら俺の隣まで来た桜は、手に持っていた花束の袋を取り、既に置かれている花の群に混ぜて添える。

 そして両手を合わせて、目を瞑った。

 その後、目を開けるのと同時に俺の方を向いた。細めた目で。


「ずいぶんと丸くなりましたね? 噂では、結構荒れた人だと聞いていました」

「何年前の情報だよ、それは……。今の俺の情報には更新されてないのかよ」

「あ、その事に関して思い出したのですけどね」


 言って桜は表情を一転させ、笑顔で人差し指を立てた。


「元々、側近という立場は、若の頭首としての品格を正す為に居るのです。ですが、貴方の情報は先ほど言った内容で通っていた為、急な変更ですが正す必要はない、との事です。先々代頭首のご老体方々より」

「……俺、一応は霧島の頭首って事なの――」

「あ、すみません。電話です」


 かよ、という言葉を遮ったのは、桜の携帯が奏でている電子音だ。

 最近の女の子にしては珍しい、シンプルな初期設定の固定音1。

 ……って、俺がとやかく言える資格無しなんだがな。

 などと思っている一方で、桜は袖から携帯を取り出して通話ボタンを押した。


「何でしょうか? ――はい、今終えた所です。 ――えぇ、霧島の若様が今、前に――はい、わかりました。少々お待ち下さい」


 言って桜は、携帯を俺に差し出した。

 俺はそれを受け取り、携帯を指でさす。

 誰だ? という意味だ。


「若から、貴方に、と」

「あ~……――代わったぞ」

『はははは、久しぶりだな私の最高のライバルにして最高の友――』


 切った。


「ありがとう、もう良いぞ」

「お早いですね。何をしたかったのでしょうか、若は……」


 桜は小首を傾げながら、携帯をポケットに戻す。

 そして俺を見て、再度笑顔を作った。


「それでは、これから用事がございますので、ここらでお開きとさせていただきます」

「あぁ、わかった。護にはまた合宿があるらしいぞ、と伝えておいてくれ」

「えぇ、もちろん伝えておきます。――それと短い間でしたが、兄がお世話になりました。……それでは、また」


 兄? と問うよりも早く、桜は身を反転させて俺に背を向け、歩き出した。

 ……まぁ、いっか。

 とりあえず、兄って誰なんだろうかと思い出しながら、面倒臭くなってすぐに止め、夢月と和葉が待っているであろう休憩所へと向かう事にした。

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