第03話:次から次へと……
さて、どうしたものか。
俺の前に居る凪って奴は、どうも喧嘩する気満々だ。
こうなったら、脅しネタを言っておくべきだろうか。
余り使いたくはないんだけどな……。
「……良いのか? 俺には中学の時、不良共を総計百人以上負かせたっていう噂があるんだぞ?」
「ふんっ、今更そんな事言わんでもわかっとるわい。その噂を聞いたから、俺はお前を負かしに来たんや!」
あれー? それを聞いて会いに来たのか。
っと、そんな事よりも、まだその噂が出回ってる事に驚いた。
人の噂も七十五日ってのも、当てにならないんだなぁ。
そう思っている間にも、凪はファイティングポーズをしたまま、眉間に皺を寄せた。
「どうしたんや? はよう仕掛けてこんかい!」
面倒臭い、の一言です。
ってか、俺から仕掛けなきゃいけないのかよ、と内心で突っ込みを入れたその瞬間、
「待たんかお前らぁぁ!!」
物凄く大きい怒鳴り声が俺達に向かって飛んで来た。
「朝っぱらから学校の前で喧嘩するとは、良い度胸してるじゃないか? 何なら、私がキツイお灸を添えてやるぞ?」
言いながら生徒玄関前からやって来る、皮のコートを着てミニスカートを穿いた、如何にも悪という感じがする黒い長髪の女は、両手の指を鳴らしながら歩み寄ってくる。
すると、いつの間にか復活していた圭吾が、俺の肩に手を載せて来た。
「すっげぇ、ありゃ百七十くらいあるぜ? しかも美人だな!」
「お前は黙ってろ」
「あっ、つっめたいなぁ~。コラコラ、人の手を叩き落とさない落とさない」
「なん……やと? なら、そのお灸とやらを、やれるもんならやってみいやぁ!」
圭吾が耳障りな事を言っている間に、凪はその女に向かって走り出した。
刹那、風が吹く。人工的に起きた風が、だ。
「嘘……だろ?」
俺は自分の目を疑った。
それは、一瞬の出来事。
凪は結構、身体が大きいのだが、その巨体が軽々と宙を舞った。
「弱いな。貴様は独活の大木か?」
ドシャッという、重い物が地面に叩き付けられる音がした後、その女は次に俺を見る。
「次は……貴様か?」
「いや、別にいい。俺は元々やる気が無かったからな」
「そうか、それは残念だな。まぁいい……。――さぁ野次馬共! 早くしないとホームルームに間に合わないぞ!」
言って、その女は生徒玄関から校内へと消えて行った。
その後を追うようにして、群がっていた野次馬達は一斉に校内へと走って行く。
……にしても、誰なんだろうかあの人。
教師? んな訳無いよな。
結局、あの女が誰なのかという思考を断ち切って走った結果、俺達は何とかホームルームに間に合った。
そしてチャイムが鳴り終わった後、通常通り担任が入って来る。
だが、入って来た人は昨日と違っていた。
その姿には見覚えがある。っというより、忘れる訳が無い。
ついさっき見たばかりだからだ。
「おはよう、そして初めまして、だな。えー、私の名前は鬼頭 弥生だ、よろしくな」
「あのー、昨日来ていた加藤先生は?」
「あぁ、加藤か。あいつは邪魔な予備の――もとい、副担任だ。私は昨日、ちょっと用事があってね。最近金が足りなくなってきたからアレを、だな」
一人の生徒の質問に答えた鬼頭は言いながら、片手を少し上げて何かを軽くつかむような形にし、手首を少し傾げた。
「あ、パチンコッスか!」
「正解だ。有休貰えたおかげで大儲けだ! ――っと、まぁそういう事だ。とりあえず、一年間私が担任だから、よろしくな。じゃ、ホームルーム終了」
圭吾が何故分かったのか不思議だったが、それよりもさり気無くいい加減そうな感じがする教師だな……。
そんな事を思いつつ、俺は圭吾と他愛も無い話をする為、席を立ち上がった。
四時間目。
春の暖かい陽気が、左側にある窓から流れ込んでくる。
それはまるで眠気を誘うかのように。
しかも授業が国語というミスマッチ。
眠い。非常に眠い。
次は昼休みだから、耐えておきたい。腹も減ってるし……。
そう思っていると後ろから小さく、そして鈍い、ゴンッという音が聞こえた。
「イタタ……」
同時に、痛みを堪える女の声が聞こえた為、後ろを向く。
そこには額を撫でている、クリーム色で癖毛が目立つ短髪の女子生徒が居た。
「あ~、寝てたかお前」
「はひ? そ、そんな訳無いじゃないですか!」
「授業中に、ゴンって音がした後に額撫でてる奴は、大抵寝てんだよ。お前みたいにな」
前例がある。去年の話だが。
まぁ、言うまでも無く、圭吾なのだが。
ちなみにあいつは、席から転げ落ちた事もある。
一方、彼女は少し考えた後、舌をペロッと出して小さく笑った。
「あはは、バレちゃいました?」
「ば、バレるって……」
天然ですか、こいつは。
「何だ!? 天然要素の香りがする! 圭吾センサーがそう告げている!!」
「何ぃ!? それは聞き捨てならねぇぞ! 後でその天然が何処に居るのか教えろ本田!!」
急に立ち上がって叫んだ圭吾と乗りの良い馬鹿に、教室内のありとあらゆる視線が向けられた。
だが二人はその視線を全く気にしている様子は無く、親指をグッと立て合い、座り直す。
……席が離れているのに、共感し合う奴ってのは居るんだな……。
高校って、やっぱり怖い。
などと思っている内に、微かな笑い声を残して視線はそれぞれの位置に戻った。
すると暫くの間を置いて、癖毛の女子生徒は困惑した表情で問い掛けて来た。
「……何だったんですか? 今の」
「あ~、大馬鹿に共鳴した馬鹿が偶然居たってだけだろ」
苦笑しつつ答えると彼女は、そうなんですか、と呟いた後、唐突に何かを思い出したのか、顔を近付けて来た。
「あの、先程の事は御内密に……」
「誰に言うってん――あぁ、あの馬鹿共にか。分かったよ」
「あ、ありがとうございます。恩はいつか返させて貰いますね」
何か、面白い奴だな。会話で暇潰しが出来る。
こんな天然を見たのは久しぶりだな、と思った。
同時に、圭吾が反応した理由が分かった、とも。
すると突然、彼女は拍手を打った。
頭上に豆電球が見える勢いで。
「……あの、こうやって知り合ったのも何かの縁って事で、自己紹介でもしませんか?」
「あぁ、いいぞ。俺は霧島 亮、お前は?」
「九条 朔夜です。よろしくお願いします!」
「こうして俺は、後ろの席の奴と知り合いになった」
しまった。つい、RPGの様に声に出して言っちまった。
これも、圭吾の影響なのだろうか……。
「………え? えと……え? ……はい、知り合いになりました!」
あぁ……色んな意味でありがとうと、内心で感謝しておく。
「あ、霧島さん。聞きたい事があるんですが」
「ん? 何だ?」
「あのですね、本田さんは霧島さんのお友達なんですか?」
問いの表情は、興味津々ってところだ。
「あぁ、そうだ。――ってか、名前は下で呼んで貰った方が俺としては楽なんだが。本田も、圭吾とな」
「そうですか? それじゃあ、亮さんと呼ばせて貰いますね。――昨日、圭吾さんが自己紹介で言っていた事についてなんですけど」
「その事か……。正直、引いたろ?」
そう聞くと、朔夜は力一杯両手を胸元で振って否定し、笑みを作った。
「いえいえ、その逆ですよ。高校生活を面白く過ごすって考えに興味がありまして。……亮さんはその考えに賛成なんですか?」
笑みのまま、小首を傾げて聞いて来た為、俺は苦笑を返して答える。
「いや、俺は普通の高校生活を過ごせられれば、それで良いと思ってる」
「そうなんですか……。でも、それって何だか勿体無い感じがしませんか? やっぱり、多分最後になる学生生活の三年間は、楽しい思い出で埋めないと。――って、すみません! 何だか偉そうに言ってしまって」
この学校は一応進学校らしいから、最後の三年間って訳では無いだろう、という言葉を出しかけて、止めた。
楽しい思い出に、かぁ……。
悪く無いかもなと思い始めた俺は、何かが進歩したのかもしれない。
また、それと同時に、先程の言葉の代わりに違う言葉が出た。
「……そう、だな。面白く過ごすってのも、悪く無いかもしれない。……考えとくよ。ありがとな」
突然、礼を言ってきた俺に朔夜戸惑いつつも、こちらこそっと言って軽く会釈をして来た。
同時、授業を終了するチャイムが鳴る。それは、昼休みになった合図だ。
……やっと飯の時間か。
思い、午前中の疲れを溜息にして吐き出していると視界に、いきなり立ち上がった圭吾の姿が映った。
「昼だ!」
圭吾はそう、大声で叫ぶ。
「弁当だ!」
それに続くようにして直樹が……って、ん?
「昼飯だあぁぁぁ!!」
最後に二人揃ってフィッシュ!
ナイス実況だ、俺。あぁ、虚しいとも。
そんな事は置いといて、二人は一瞬にして教室中の視線を浴びていた。
「いつの間に仲良くなってたんだ? あいつら」
「ユーモアなお二人ですね」
言いながら、朔夜は口元に片手を添えて笑った。
そして俺も、釣られるようにして笑いが込み上げて来る。
一方、圭吾と直樹は誇らしげにハイタッチをしていた。
……さっきの話、考え直そうかな……。




