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第36話:初めてのお見舞い

 いつもとは違い五時間しかない授業を全て寝て過ごし、やっと下校時刻になった。

 すると朝、鬼頭が言っていた通り、全生徒がまるで追い出されるかのように学校を出て行った。

 そんな中を、俺と朔夜は並んで歩き、バス停へと向かっていた。


「それにしても、残念ですね。奈々さんや直樹さん、圭吾さんまでもが一緒に行けないなんて」

「だな。どうせなら、誕生会に参加したヤツらで見舞いに行きたかったんだが」


 と、その時。

 制服のポケットに入れていた携帯のバイブレーターが起動し、メールが着た事を知らせてきた。

 その為俺は、ポケットから携帯を取り出し、メールの内容を確認する。


「……珍しく、アイツも駄目らしい」


 メールの相手は夢月だ。

 授業が終わった後、夢月にも、見舞いに行かないか? というメールを送ったんだが、どうやら用事があるらしく、今日はパスとの事。


「どうして無理なんですか?」


 朔夜は俺の携帯を覗き込むように顔を画面に近付け、問い掛けてきた。


「なんでも、五月の中旬にある修学旅行の計画立てが、夢月のグループを含めて終わっていないから、残ってやるそうだ。で、夕食は作れそうにないから、外で適当に食べてきて、か」


 少し考え、すぐに答えが出る。


「よし、牛丼だな」


 その呟きを聞いて、朔夜は驚いた表情で俺を見た。


「ぎゅ、牛丼ですか!? さすがに、一人で牛丼っていうのは……」

「いや、別にいいじゃねぇか。牛丼は美味いし」

「あ、そうだ!」


 無視かよ。

 朔夜は両手を合わせて笑顔になり、口を開く。


「私の家で食べて行きませんか?」

「……マジで? いいのか? やっぱ駄目ってのは無しだぞ!?」

「もちろんですよ! 是非、食べて行ってください」


 あぁ、俺の目の前に救いの女神様がいる……。


「よし、そうと決まれば早速――」

「お見舞いですよ?」

「も、もちろんだ!」


 思わず大声で言うと、朔夜は軽く握った右手を口元に当てて、くすくすっと笑った。

 それを見て俺も笑う、がその瞬間、視野の右側の学校前道路を、見た事のあるシルエットが走って行った。

 ………って、

「バス来たじゃねぇか!!」

「えぇ!?」


 俺と朔夜は驚きのあまり大声を上げるが、そんな事をしている間にバスはバス停の前で止まった。


「走るぞ、朔夜!」

「あ、はい!」


 合図と共に俺は自分の鞄と朔夜の鞄をしっかりと持ち、彼女のスピードに合わせて走り出した。







 何とかバスに間に合い、二人揃って息を荒くしながら空いている席に座る。

 久しぶりに走った俺は少し息が荒いだけだが、隣り合って座っている朔夜は、俺以上に息を切らしていた。


「……大丈夫か?」

「は、はい……だいじょう…ぶです……滅多に走らない……もので………すみません……」

「いや、謝らなくてもいいって」


 朔夜は所々言葉が途切れており、相当疲れているようだった。


「お疲れな。着いたら起こすから、寝ててもいいぞ」

「あ、はい………そうさせて……もらいます……」


 言って朔夜は目を瞑り、ゆっくりと息を整えた。

 ……コイツの寝顔を見てると、頬を抓りたくなるな。

 さすがに疲れている相手にはやらないが、そう思いながら自分の息を整え、窓の外を眺める。

 外の景色には、少しずつ建物が増え始めていた。

 ちなみにこのバスは、俺が登校に使っているのとは違い、東京都内へと向かって走っているバスだ。

 バス停の場所を言うと、校門から出て右にずっと行くと桐河町行きのバス停があり、逆に左へずっと行くと、今俺達が乗っている都内巡回のバス停があるという事になる。

 もちろん、都内へと向かうバスのために桐河行きと違って、飛翔鷹高校の学生が多く乗っている。

 そう思うと、空いた席に座れたのは運がよかったと言うべきか……。

 そう思い苦笑していると、向かい合った正面の席に座っている飛翔鷹高校の女子生徒三人が、こちらを向いて小さく笑っていた。

 たぶんその視線は、隣で寝ている朔夜へと向けられているのだろう。

 ………笑うほどの寝顔なのか?

 そう思いながら朔夜を見ると、口元からは微量のヨダレが垂れていた。

 癖毛でいかにも天然そうな寝顔で、その上ヨダレというのは様になっていると思うが、さすがにヨダレは拭き取ってやろう……。

 すると、鞄のポケットにハンカチがあるのを思い出し、急いで取り出して朔夜の眠りを妨げないように、慎重に拭き取った。

 その後、無事に拭き取ったハンカチを広げ、朔夜の首元に掛けておく。


「……ふぅ……」


 思わずため息。

 すると、たまたま視界に入った正面の女子生徒達が、笑顔で音を立てずに拍手をしていた。

 どうやらこれは、大儀だったようだ。

 誇れるようなもんではないと思うが……。






「――おい、起きろって、もうすぐ着くぞ」


 言いながら俺は、朔夜の頬をペチペチっと弱めに叩くと、う~んっと唸りながら彼女は目を覚ました。


「……ほぇ?もんじゃ焼きですか……?」

「は? 何言ってんだ? お前」


 寝ぼけてるな、コイツ。


「葵が入院している病院に着きそうだ、と言ったんだ。起きれないのなら背負ってやろうか?」

「あぁ、葵ちゃんの病院……背負う? ……負ぶさる……ほえぇ!? そ、そそそそんな事しなくてもいいですよ!? ほ、ほら、もう目が覚めましたし!」


 朔夜は顔を赤くし、両手を胸元辺りで左右に振って取り乱しながらも、全力で否定した。

 ………本当、面白いヤツだな。

 と、そう思った時だ。

 車内に次の到着地を知らせるアナウンスが響いた。


『毎度ご乗車ありがとうございます。次は、葛城総合病院前、葛城総合病院前です。お降りの方は、お近くのボタンを押して、お知らせ下さい』


 いかにも録音されたような女性の声。

 こういうアナウンスは、声やセリフが変わろうとも、昔から使われている機能だそうだ。


「――さ、行くぞ。朔夜」


 言って、背を朔夜に向けてしゃがみ込む。


「だから、負ぶさらなくてもいいですって! は、恥ずかしいですから!!」

「はははっ、冗談だ。冗談」


 笑いながらそう言って立ち上がり、揺れる車内を歩いて出口へと向かう。


「………何だ、冗談だったんですか……」

「ん? どした?」

「あぁ、いえ、何でもないです!」


 やっぱり面白いヤツだっと内心で呟き、目的地に到着したバスを降りる。

 後ろから急いで走ってくる朔夜の足音を耳で聞きながら、目の前にある病院を見上げる。

 数十メートル先にある正面入口の上には、葛城総合病院という文字の形をした大きなパネルがあり、その後ろには八階ほどの高さと、横には途轍もなく長く大きい建造物が聳え立っている。

 改めて正面から見ると、親父の研究はすごいもんだったんだなっと実感してしまう。

 親父の研究は国から直接支援を受けていたらしく、そのための資金も途轍もない額だったそうだ。

 そしてその資金で、この葛城総合病院を建てたと聞いた。

 だが、その研究内容は、息子である俺でさえも知らないほどのトップシークレットとして扱われていた。


「……何やってたんだろうな、親父達は………」

「どうしたんですか?」


 不意に、左側から声。

 振り向くとそこには、小首を傾げている朔夜が立っていた。


「いや、何でも無い。気にするな。――さ、葵がいる病室に行こう」

「あ、はい! それじゃ、急ぎましょう!」


 言って朔夜は、俺よりも速く歩いて入口の自動ドアを通った。

 俺もその後ろに続いて、閉まろうとしている自動ドアを通り、中へと入った。

 病院内は異常なくらい広く、平日と言うのに色々な年代の人達が多く来ていた。

 その為受付係は、ロビーとは違って狭いカウンターのスペースを忙しそうに走り回っていた。

 そんな人達を見て苦笑しつつ、受付口の列に並んでいる朔夜に歩み寄る。


「……何で並んでいるんだ?」


 問いに朔夜は、首を傾げた。


「何でって、お見舞いに来たので受付係の人に入室許可を頂こうと思いまして」

「見舞いするのに許可とかいらねぇだろ?」

「……え? そうだったんですか!?」

「…………………」

「…………………」


 しばらくの沈黙。

 俺と朔夜は目を合わせたまま動かない。


「………よし、葵のいる病室は三階だから、エレベーターに乗るぞ」

「あ、は、はいっ!」


 沈黙を壊す事が出来て、内心ホッとしながら、確か入口の右側にあろう通路の途中にあるエレベーターへと向かった。


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