第35話:過ぎ去った日と、いつも通りの日
――昔、俺の周りには変な奴らが居た。
自称・親友のオタク少年。
見たまんまの天然少女。
俺様主義の自己中変人少年。
自己嫌悪が激しい自殺志願少年。
けれど、いくら周囲に変人が居ようとも、定着した日常は変わり栄えが無く、しかし楽しい日々だった。
最初は非日常であっても、それが定着すれば日常となる。
代償として、それまで日常だった光景は非日常か、もしくは全く縁の無い物となってしまう。
まさに、そんな感じの日々だった。
だが、そんな奴らも、時が経てば次第に離れていき、残ったのは一人だけ。
その一人と新しい日々に足を踏み入れた今、俺の日常は変わっただろうか。
ふと、一ヶ月を振り返ってみれば、相変わらず変人ばかりである。
人は変われど、人種は変わらない。
俺の周囲には、そんな奴らばかり集まる。
まぁ、それが楽しいと思える俺が、居るんだがな。
そう思い、窓の外を見ていた視線を、何気無く正面へと戻す。
そこには昔とは別の天然少女が居て、目が合った俺に笑顔を見せた。
ん、良い笑顔だ。
だから、無意識に右手が動き、彼女へと近付いて、
「いたっ! な、なんでデコピンするんですか!?」
「いや、なんとなくしたくなった。今では反省している」
言って、意地悪めいた微笑を作る。
すると朔夜は、全然反省しているように見えませんっと頬を膨らませてムッとした表情になった。
だが、その表情はすぐに変わり、何かを思い出したような表情になった。
「そういえば、五月のゴールデンウイークに予定は入っているんですか?」
「いや、特にねぇな。どした?」
突然変わった会話に戸惑う事無く答えると、朔夜は嬉しそうな表情を見せた。
「それはよかった! 実はですね、前に亮さんが来た私のバイト先でイベントがあるんですよ。あのお店、こどもの日に丁度一周年になるそうなんで、真佑ちゃんが会社の収入を使って、大抽選会を行うそうです」
「か、会社の収入を使うって……いいのかよ……?」
問いに朔夜は苦笑して答える。
「私もそう思ったんで聞いてみたんですけど、社長公認だから大丈夫、だそうです」
社長公認で、会社の収入を使うのかよ……。
「……んで? それに来てくれと?」
「はい。参加者は先着順なんだそうですが、前売り券は常連客に販売されるそうなんです。それで、バイトとして働いている私には無料で貰えたので、よかったらコレ、亮さんに差し上げます」
言いながら朔夜は、机の横にかけてあるカバンから前売り券と思われる紙切れを取り出し、俺に差し出して来た。
「おう、それじゃもらっ――」
「おっはよーう! 我が親友、亮と朔夜ちゃんよぉ!!」
俺の言葉を遮るが如く、突然大声で叫びながら近付いて来たのは、俺からしては親友と呼んでいいのかわからないヤツ、圭吾だ。
コイツは自慢の空元気な笑顔を俺に向けながら、右手の親指をグッと立てて俺に向ける。
「聞いて喜べ、亮! お前は必ず俺に感謝するだろうからな!!」
圭吾のテンションは、日を追う事に中学の頃とは比べ物にならない程高くなっている。
とりあえず、思った事を言っておこう。
「お前に感謝した事ないから、今回も絶対に感謝しない。いや、出来ない。わかったなら席に座ってろ」
「んなぁ~!? す、少しは聞こうぜ、俺の話を……」
「亮さん、お友達の話はちゃんと聞きましょう?」
別に聞きたくないわけじゃないが、前フリが気に入らなかった。
っと、そんな言い訳は、にこやかな笑みで俺を見ている朔夜に通用するとは思えない為、観念して圭吾の話を聞いてやる事にした。
「……わかった、話してくれ」
その言葉を聞いた圭吾は、雲がかかったような暗い表情から一転して、太陽が射したかのような晴れ晴れとした表情になった。
面倒臭いヤツだ……。
そんな思いもお構い無しに、圭吾は話を進める。
「実はな、この前お前を連れて行った西洋風メイド喫茶で、大抽選会というイベントがあるんだ」
その時、もしかしてっと疑問を持ったが、面白そうだからもう少し話させておく。
「そのイベントは先着順なんだが、常連である俺には前売り券の購入が出来るんだよ。そして、その前売り券を……手に入れましたぁ!!」
叫んで圭吾は、ポケットから二枚の紙切れを取り出して、その内の一枚を俺に突き出してきた。
それはやっぱり、見覚えのある物だった。
「もちろん、お前の分も買っておいたぜっ!」
「わりぃ、ついさっき朔夜に貰ったわ」
俺はそう言いながら、貰ったチケットをポケットから取り出してひらひらさせているのと同時に、圭吾が音を立ててこけた。
「なんで持ってるんだぁぁ!! ――ってか朔夜ちゃん、俺にはないの!?」
「す、すみません。バイトとして働いているのは私だけなんで、特別にって真佑ちゃんから一枚だけ貰ったんです。それでこの間、誕生会に招待してくれた亮さんに、お礼として差し上げようと思って……本当にすみません!」
言って朔夜は、申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
それを見た圭吾は、苦笑しながら片手を振った。
「そ、そんな、謝らなくていいって。朔夜ちゃんが悪いわけじゃないし、もう終わった事だから!」
「そうそう、こんなヤツに下げる頭なんて勿体無いくらいなんだから。世界共通用語だぞ? MOTTAINAIってな」
「お前、さり気無く俺を馬鹿にしてるだろ……」
圭吾は小さく溜息をついて、その後、あっと言って俺を見た。
「って事は、お前も行くのか?」
「あぁ、せっかく貰ったんだしな。無駄にするわけにはいかないから、行くよ」
「……そうか、お前が自らの意志で……俺は嬉しいぞ……」
言いながら圭吾は、腕を組み、満面の笑みで顔を上下に振って頷いていた。
……盛大に勘違いをしていると考えられるので、とりあえずは馬鹿に下目で見ておく。
と、その時だ。
教室の入口にある引き戸が開き、鬼頭が入って来た。
同時に、圭吾も含めて立っていたヤツらが一斉に自分の席へと戻って行った。
それも、一瞬でだ。
その光景を、微笑しながら見ていた鬼頭は教卓の前に立ち、徐にスーツの内ポケットから煙草とライターを取り出した。
……って、
「何やってんだ、アンタは!」
気付くと俺は、思わず叫んでいた。
すると鬼頭は、箱から取り出した煙草を一本口に銜えながら俺を見る。
「……誰かと思えば、このクラスで唯一の反乱分子である霧島じゃないか。どうした? 何か文句でもあるのか?」
「大有りだ! 何でアンタは教室で喫煙しようとしてるんだよ!?」
「ふんっ、そんな事か……霧島、あれを見てみろ」
勝ち誇ったような表情をしながら鬼頭が人差し指で示した先、そこは教室の外側の窓だ。
その窓の上部には、ずっと回り続けている換気扇が埋め込まれている。
……まさかとは思うが、続く言葉を聞いてみよう……。
「換気扇が付いているという事は、喫煙が出来るという事だ」
「……それは喫煙者のためじゃなくて、教室内を換気するための物だ。」「ならば煙草の煙も、ついでに喚起してもらおう。――さて、ホームルームを始めるぞ」
無理矢理終わらされたよ……。
などと思って苦笑している俺の視線を無視し、鬼頭は銜えた煙草に火を付け、煙を口から吐き出す。
「え~っと……あぁ、神田は家の事情によって病院に行っているため休みだ。それとだな……今日と明日は六時間目の授業をカットし、五時間目までとする。よって、ホームルームが終わり次第、一人残らず下校だ。今日までの提出物がある生徒は明後日まで延長、部活は強制で休部だ。――以上」
鬼頭の言葉、特に強制休部という報告に対してだろうか、教室内に、え~っという声が響いた。
だが、そんな生徒達を鬼頭が睨むと、一斉に静まり返った。
「文句があるヤツは校長室に行けばいい。私に言われても困る。……どうしても私に言いたいヤツがいるのなら、煙草を献上してもらうが?」
問いに教室内の全生徒が揃って首を左右に振ったために鬼頭は微笑して、煙草を銜えたまま教室を出て行った。
その瞬間、リミッターが外れたかのように教室内が騒がしくなる。
と、その時だ。
後ろの朔夜が、俺の背中をペンのような物で突いて来た。
そのため俺は、どした? と問いながら後ろへと振り向く。
「えっとですね、今日は早く終わるようですし、よかったら葵ちゃんのお見舞いに行きませんか?」
「見舞い、か。もちろんいいぞ。そういやぁ、一度は行っておかないとな」
そう答えると、朔夜は嬉しそうに目を弓のようにして笑顔になった。
「それでは、お見舞いの品を決めないといけませんね」
「見舞いの品? ……あぁ、それなら」
言って言葉を止め、机の横に掛けてある鞄に手を突っ込む。
……確か内側のポケットに……あったあった。
手に触れた感触、少し硬みのある紙の束だ。
俺はそれを取り出し、朔夜の机の上に置いた。
「これは……あ、もう出来たんですね!」
「お前な、今の時代はパソコンとプリンターがあればすぐに出来るぞ? ……って言っても、俺は機会音痴だから、夢月にやってもらったんだがな。とりあえず、お前の分だ」
「わぁ! ありがとうございます!!」
輪ゴムで束ねられた内の一枚を朔夜に渡したそれは、葵の誕生会で撮った記念写真だ。
後列の両サイドは、仏教面の日向が左、腕を組んで笑っている、姉御こと川瀬 奈々が右に立っており、中央にはピースしながら苦笑をしている俺が左、同じくピースしているが平然と笑顔でいる出雲 直樹が右、そして俺が苦笑をしている原因となっているのが、二人の肩に腕を回して満面の笑みを浮かべている圭吾が中心にいる。
前列は、この誕生会の主役である葵が目を弓のようにして笑顔になっており、彼女を中心にして左から無邪気な笑顔の夢月が、右からは葵と同じような笑顔の朔夜がそれぞれ葵に飛びついていた。
そんな写真を見て、思わず笑みを零した後に朔夜を見ると同じように笑みを零していた。
「亮さん! 見てくださいよ、私と夢月ちゃんが飛びついている所、バッチリ撮れています!!」
「それを圭吾が真似しているのも、何故かバッチリなんだな」
そうしてしばらくの間、俺と朔夜は写真を見て笑い合っていた。