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第34話:そして、眠りにつく

 翌日の土曜日。

 全員が眠気眼に起き出した頃に、それは突然起こった。

 俺と日向は、サイレンが鳴り続ける救急車に揺らされながら、車内のベッドの上で意識を失って眠っている葵と共に、病院へと向かっていた。

 事の始まりはわずか三十分前の午前九時。

 葵が、朝食の準備をしていた夢月の手伝いをしている途中に突然倒れたのだ。

 皆が混乱している中、俺と日向は何とか冷静に対処できた為、救急車を呼ぶのが早かった。

 後は皆への事情説明だが、葵が何故倒れたのかは、詳しい理由を前に夢月に話してある為、皆への事情説明は任せておき、今は東京都内のとある病院へと向かっている。

 その病院は、俺の知っている場所であり、研究員であり教授をやっていた親父が設立した研究施設と共に建てられた所でもある。

 ちなみに、そこの院長は親父の友人が親父の跡を受け継ぎ、あの事故があった時は全力で夢月をサポートしてくれて、同時に俺のカウンセリングもしてくれた為、俺が心から信用している人だ。

 だから、後はその人を頼って、葵の無事を祈るだけだった。









 病院のロビーで待っている事となり、俺と日向はロビーにある長椅子に座っていた。

 それから一時間程待たされて、ようやく長身の医師が一人、こちらに向かって来た。

 白衣を羽織ったその男は、自分の茶髪の寝癖を気にした後、眼鏡をかけ直していた。

 その医師こそ、俺が信用している人だ。

 風間 修平(かざま しゅうへい)先生。

 この人を俺は、そう覚えている。


「久しぶりだね、亮くん。二年ぶりかな」

「こちらこそお久しぶりです、先生。事故の時以来ですから、大体その位ですね」


 俺と修平先生は軽く挨拶を交わした後、揃って日向の方を向く。


「えと、こちらが先程、ここに運び込まれた篠塚 葵の双子、日向です。――って、何でお前、唖然と驚きの両方を器用に作っているんだ?」

「いや、敬語が使えるのかっと思って。いつものお前を見てると、自然と驚く」


 まぁ、確かに普段の俺を知ってると、驚くわな。

 けれども心外だった為に、溜息をついてから答える。


「そりゃ、この人は夢月の命を救ってくれた恩人だからな」

「うん、素晴らしい家族思いだね」

「シスコンだろ」


 要らぬ付け足しをする日向を、うるせぇっと言いながら睨み付ける。

 っと、こんな話をしている場合じゃなかった。


「先生、本題に入りますが――葵の状態は、どうなんですか?」


 その問いに、修平先生は難しい表情になった。


「……意識はあるんだけどね……目を覚ますのは、いつになるかわからないんだよ。そこのところは、日向くんは知っている筈だけどね」


 そうか、昏睡状態になるって事を日向が聞いたのは、修平先生だったのか。

 修平先生は、日向を見て言葉を続ける。


「だけど、一つだけ方法があるんだ。だから、今の君には二つの選択肢がある」


 まず一つ目は医師として、と言って修平先生は人差し指を立て、真剣な表情になる。


「今の彼女の状態は、脳が深く眠り込んでいるんだ。けれどこの脳に、生体式電子脳を埋め込むんだ。当然、脳の大半を電子脳にする事になるけどね。でも、これによって彼女の意識は戻るよ、確実にね」


 でも、

「でも、当然リスクはある。脳の大半を機械に切り換えるから、四肢の神経を上手く制御出来ず、最初は全く動かない。何せ、昏睡状態から無理矢理目覚めさせるんだからね。動いて、首から上だけだ。長い間、リハビリを続けなきゃ、動く事は無い。それが何年掛かるかさえ、分からない」


 二つ目は個人として、と言って修平先生は、今度は中指を立て、表情を緩ませる。


「君が、彼女の面倒を看て上げるんだ。彼女が自力で目を覚ますその日までね。それは、いつ目が覚めるかは分からない。数年後か数十年後か、もしくは一生か、あるいは明日かもしれない。そんな眠ったままの状態になっている彼女の世話を、君が、して上げるんだよ」


 それは、究極の二択だ。

 白雪姫のように、キスの代わりに脳を弄る事ですぐに目を覚まし、しかし四肢が不自由な生活を送らせるか。

 はたまた、人魚姫のように、身体の代わりに意識が泡となって心の海を漂っている間、いつ起きても良いように面倒を看続けるか。

 などと、俺らしくも無いメルヘンチックな例え方をしてみる。

 ちなみに、メルヘンチックの意味は微塵も知らない。

 ふと、日向の顔を見てみれば、かなり迷っている様子だった。

 しかし、その表情は暫しの時間を使って変化し、頷く。

 ……真っ直ぐな目だな。良い顔してやがる。

 数日前の屋上で見せた顔と比べてみたいくらいだね。


「……後者だ。俺が、付きっ切りで面倒を看る。それが罪滅ぼしであり、空いてしまった家族の時間を、少しでも埋めようと思うから」

「大丈夫かい? かなり大変だよ? 途中でもう駄目だなんて言っても無駄なんだよ?」

「二言は無い! これは、俺の決意だから」


 日向の言葉を聞いた修平先生は、良く言った! という表情になった。

 本当、心から嬉しそうだ。


「それじゃあ、葵ちゃんのいる病室に行ってみたらどうかな? 場所は三階の特別室だよ。亮くんは覚えているだろうから、私は行かなくても大丈夫だろう」

「たしか、夢月が入院していた頃の場所ですよね? 分かりました」


 最後に軽く会釈をし、日向と共にエレベーターへと向かった。











 特別室に入ると、二年前と余り変わっていない事に驚いた。

 入り口のすぐ左側にある別室にはキッチンや冷蔵庫、炊飯器などがあり、調理が出来る形となっている。

 そして、部屋の奥にある窓は大きく、全開する事もできる為、風通しを良くする事も出来る。

 また、その近くに葵が眠っているベッドともう一つベッドがあり、普通に生活が出来るようになっている。

 ベッドの足元から真っ直ぐ先の壁際に置いてある少し大きめの液晶テレビは、夢月が使っていた頃に訳あって壊れた為、今はその横に置いてある、小さめの液晶テレビが使われているようだ。

 この特別室と呼ばれる病室は、訳ありの患者が入る場所で、もちろん個室、その上家族は面会時間などに関係なくずっと側に居られる為、付きっ切りで世話をする事が出来るのだ。

 と、ここの設備を思い出していると、いつの間にか日向は、葵の隣まで行っていた。

 その為、俺も近付いて、彼の隣に並ぶようにして葵を見る。

 彼女の表情は少し緩んでおり、安眠してるようだった。

 理由は多分、彼女の腕に刺してあるチューブから送られてる栄養剤のおかげだろうが、俺は日向が来たからじゃないかと思える。

 すると日向は、右手を伸ばして葵の頬をそっと撫でた。

 ごめんな、という言葉と共に。

 何故謝ったのか、それは分からなかったが、コイツにはもう教えないといけないかもしれない。


「……なぁ、日向。葵は微妙にだが、思い出していたんだ。お前の事を」

「――っ!?」


 その言葉を聞いた日向は目を見開き、驚いた表情で俺の方を向いた。


「お前が何で自分を必死になって助けてくれたのか、ずっと疑問に思っていたそうだ。あの時、お前は双子がどうとか叫んでたしな。その時から、僅かに思い出していたらしい。自分には双子の弟がいた気がする、ってな」


 後半の言葉を聞いた時、日向は苦笑した。


「そうか……弟か。……確かに、思い出しているな」

「ん? そういえば、お前がお前の親父と喋っていた時は兄として、と言ってたな……どっちが合っているんだ?」


 問うと日向は、懐かしそうに葵の顔を見た。

 遠い昔を見るような目で。


「あぁ、双子だからな。前にも言ったように幼い頃、競争をやってたんだが、何度やっても負けて、いつも俺は弟だった。おかしな話だよな、最初に生まれてたのは葵だってのにどっちが先かなんて競争してたんだ。だけどそれが楽しかった。一度だけ、泣きながら勝ちを譲ってもらた事もあったな――って……!」


 日向は自分の失言に気付き、再度俺の方を向く。

 だが、もう遅い。

 聞いちゃったよ、聞いちゃった。


「日向が泣きながら勝ちを、ねぇ……」


 とりあえず、その姿を思い浮かべて、思わず失笑する。

 それを見た日向は、チッと舌打ちをした。

 ……っと、後一つあったな。


「……それと昨日の夜、葵からお前に伝えておいてくれって、伝言を任されたんだ」


 言うと日向は、興味津々な表情になった。

 うむ、話し甲斐があるってもんだな。


「……もし私が、日向の事を忘れても、日向が私の事をずっと忘れずにいてくれたら必ず、私は日向を思い出すよ。絶対にね。だ、そうだ。――ん? どうした? 今度は、目を見開いて」

「……いや、何でもない。ただ、懐かしかっただけだ」


 言って、日向は葵の寝顔を見る。

 気付くと、いつの間にか日向の表情は笑みに変わっていた。

 そして、また右手で葵の頬を撫でた。

 今度は、ありがとうという言葉と共に……。

 何故、今度はその言葉に変わったのか、俺には分からなかった。

 いや、分かる筈が無い。分かっても意味が無い。

 双子だからこそ、意味のある行動ってのも存在するのだから。

 姉弟の絆は、簡単に切れる事は無い、ってな。

 ……らしくない台詞だった。

 そう、内心で呟きつつ、俺は二人っきりにさせてやろうと思い、病室を後にした。











 都内に立ち並ぶ高層ビルの間から見える太陽は傾きつつあり、光は大地を斜めに照らし出している。

 その陽光が差し込んでいる、さほど広くない公園では二人分の小さな人影が、楽しそうに笑い声を上げて走り回っていた。

 暫くすると、走り疲れたのか、二人はブランコに座って休憩を始めた。

 そして、少し休んだ後、片方の小さな人影、青色の長髪をゴムで縛って作られたツインテールを揺らしながら立ち上がる女の子は、もう片方の人影、中途半端に長い黒髪を手で触って気にしている男の子の方を向いた。


「今回も私の勝ちだねっ!」


 嬉しそうに微笑む女の子に対して男の子は、う~っと唸っていた。

 それを見た彼女は軽く吐息し、そして男の子に問う。


「……ねぇ、今回の勝負は無かった事にしてあげるから、代わりに私の願いを聞いてくれる?」


 その言葉を聞いた男の子は、不思議そうに女の子を見上げるが、言いたい事がわかったのか、ゆっくりと頷いた。


「ありがとね。……もし私が――の事を忘れても、――が私の事をずっと忘れずにいてくれたら必ず、私は――を思い出すよ。絶対にね」


 言って女の子は、男の子に手を差し伸べる。

 彼はその手を取り、立ち上がった。

 その時の表情は、満面の笑みになっていた。


「もちろん! 忘れない、絶対。だって俺達は、双子なんだから!」


 男の子の言葉を聞いて安心したのか、女の子の表情もまた、満面の笑みになっていた。

 そして、二人は手を繋いで公園を後にした。

 もうすぐ日が暮れる。

 二人は、少し優しい父親が作る夕飯を楽しみにしながら走り出した。











 目が覚める。

 だが、今日の朝は目覚めが悪く、おまけに頭痛がする。

 ……あの夢を見たからだろうか。

 二人の子供が出てくる夢。

 その二人は、どことなく日向と葵に似ている気がして……。

 馬鹿馬鹿しいっと内心で呟き、先程の考えを否定した俺は、重い頭を抑えながら起き上がり、時計に目をやる。

 時刻は午前七時。まさか俺が、休日に早起きしちまうとは。


「――って、あれ? ……月曜日?」


 ベッドの横にある棚の上に置かれている時計はデジタル時計で、時刻と日付、それに部屋の温度が表示される物なのだが、日付は何故か四月二十八日の月曜日となっていた。

 だが俺の記憶では、昨日という日は葵が入院した二十六日であり、今日は土曜日の筈だ。


「……壊れたのか?」


 俺はそうとしか考えられず、ベッドから降りて時計の横に置いて充電しておいた携帯電話を手に取り、とりあえずリビングへと向かう事にした。

 少しずつ覚醒しつつある頭を掻きながら廊下を歩き、リビングに入ると、キッチンにはリズムにのって、頭を揺らしながら弁当を作っている夢月の姿があった。

 とりあえず彼女に、おはようっと言うと、彼女は一度作業を止めて近付いて来た。


「やっと起きて来たね、お兄ちゃん」

「え? 早起きな方だろ? ……ってかお前、何でエプロンの下に制服着てるんだ? 今日は学校に行くのか?」


 真面目顔で問いかけた俺に、夢月は驚いた表情で答えた。


「何言ってるの!? お兄ちゃんも学校でしょ!?」

「いや、普通日曜に学校はないだろ」

「………日曜日?」


 驚いていた表情は、次第に疑問の表情へと変わっていき、上目遣いで俺を見た。


「……今日は月曜日だよ?」

「はい? そんな訳無いだ――」

「それじゃ、自分の携帯を見てみてよ」


 俺の言葉を遮るように、夢月はやけに真面目な言葉で言って来た為、俺は仕方なく携帯を開いた。

 そして、ディスプレイに映っている日付を見ると、四月二十八日月曜日とはっきり表示されていた。

 ちなみに、携帯という物は自分で時刻を設定する事が出来ず、圏内にいる時に受信する電波で常時更新される仕様となっている。

 まぁ、所謂電波時計って奴だな。

 もちろんそれは、俺の携帯も同じだ。

 ……そういえば、部屋にあるデジタル時計も電波時計だった気がする……。

 っと言う事は、だ。


「俺の日曜日はどこいったぁぁぁぁぁぁ!!」


 その、余りのショックに、俺は頭を抱えて叫んだ。


「もうっ、叫んでないで早くご飯食べてよね!」

「はい、すみません」


 俺、呆気無く撃沈。

 ……俺はこの先一生、夢月に逆らえないんだろうなっと、しみじみ思った。











 いつものようにバスに乗りながら、俺は考え事をしていた。

 何故日曜日が無いのか、腑に落ちない。

 夢月が言うには、起こそうとしても寝返りを打つだけだった為、諦めて放って置いたんだそうだ。

 人間って、一日中寝てても大丈夫なのか?


「……とんだ怠け者だな、俺」


 苦笑混じりに呟き、バスに揺られながら、窓の外を見る。

 そこにはとっくに桜が散って、緑色の葉がついた木々が流れていく。

 今月の初めと比べて、すっかり変わった光景を、俺は只見つめていた。


「そろそろ五月だなぁ……」


 そう、呟きながら。






「そろそろ五月ですねぇ……」


 教室で自分の席に座り、後ろの席にいる朔夜の方を向いた瞬間、彼女は目をうっとりとさせながら、俺と同じような事を呟いた。


「……お前、意外と思考回路が俺と同じなのか?」

「ほぇ? 思考回路、ですか?」


 朔夜は何の事かわかっていないのか、クリーム色の癖毛を揺らして小首を傾げた。


「いや、何でも無いよ。あぁ、何でも無いさ」

「そう言われると、余計に気になるんですけど……」


 困った表情を見せる朔夜に、まぁまぁっと言いながら、窓の外を見る。

 ……色々あって騒がしかった四月も、もう終わりなんだなぁ。

 一週間前に束の間の非日常を体験した筈の俺の心は、既に日常状態に戻っており、すっかり安心しきっている。

 そして、すぐ目と鼻の先には五月が待ち構えている訳だが、このまま何の騒動も無く過ごせられればなと思えば、多分その通りに事は進まないだろう。

 神様は、俺を嫌ってらっしゃるからなぁ。

 ともあれ、終わり良ければ全て良し、という言葉を見習えるよう、努力しよう。

 そう決心し、窓から見える空を見上げた。

 相変わらず、いつもの空がそこにあった。

どもー、Izumoです。


ラストの部分に終わった感がありますが、ここまでが以前小説大賞に応募した分の話です。

つまりは、第一章完!ってやつですねw

あ、もちろんこれからも続きますよ?;


そんなこんなで、半年掛けて第一章分を終える事が出来ました。

それもこれも、この作品を見て下さり、時に応援の言葉を下さった読者の皆様のおかげです。

そんな皆様に感謝しつつ、これからも頑張っていきたいと思います。


あぁ、他の作品もよろしくお願いしますねw


では、また~

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