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第30話:不気味すぎる森

 目が覚める。

 だがそれは、眠っていたという感覚が全く無い目覚めだった。

 そして、まず最初に視界に広がったのは、無限に広がる森。

 見上げれば薄暗い空が見え、他の木よりも遥かに大きな樹木が上部に見えた。

 どうやら俺は、その大きな樹木に寄り掛かった状態で座っているようだ。

 だが、まだ脳の処理が追いつかない。

 そんな状態で出た言葉は、

「……何処だよ、ここ……」


 どの方向を見ても木しかねぇ……。

 とりあえずの動作で立ち上がり、眼下にある道に沿って歩き出す。

 まるでこの上を歩いて欲しいと、不思議な方法で要求されているような道を。

 ……早めに出たいな、ここ。

 明日は葵の誕生日だ。

 なのに、こんな訳の分からん場所で迷ってる場合じゃない。

 っと、思っていたその時だ。

 不意に後方から、奇妙な声が聞こえた。

 耳を劈くような高いピギッ、と聞こえる奇声。

 その何度も繰り返し聞こえる声にはパターンが無く、しかし少しずつ俺に近付いて来ているのが分かる。

 数にして、二。

 さすがにこれ以上の接近は許したくないので、その方向へと振り向く。


「――は?」


 思わず疑問の言葉が出た。

 見えたものが信じられなかったからだ。

 その、奇妙な声を放っているそれは案の定二体居り、左右の存在は人では無く、異形だった。

 向かって右側は、人の手が足の代わりとなって地に着き、尚且つたった一本で己の身を支え、胴体は鱗の表皮が目立つ。

 そしてその所々に、苦痛な表情をした人の顔が浮かび上がっている。

 人の場合は腕であろう胴体の左右には、見た事の無い生物の頭と、刃毀れしつつも未だ輝かしい大鎌が生えていた。

 頭部であるべき場所には、何も無い。

 僅かに、無数の半透明な触手のような物が陽炎の如く蠢いているが、それだけだ。

 次に右。

 あらぬ方向に曲がった脚の脹脛を軸とし、上部の胴体には口が、鋭く尖った牙から垂れる涎が地面の草を一瞬にして腐らせている。

 その涎を拭う両の腕は獣の腕。

 逆立った毛は纏まり、三本の刃、計六本分が出来上がっていた。

 そして上部は、狼の顔。

 目が真っ赤に腫れ上がって飛び出し、狼の特徴である口は針金で縫われて開かないでいた。

 まるで胴体の口が己の口だと身を持って思い知らされているかのように。

 その姿は隣に比べてまともだが、やはり異様であり異形、そして異常だ。


「あ~……夢だったらいいんだけどな~……」


 言ってる間にも、化物と呼んでもいいそれらは、ゆっくりと近付いて来る。

 どうすれば良いのか、と思うよりも早く脚が動いた。

 その方向は、化物とは逆の方向。

 逃げる理由は簡単だ。

 こちらは一、向こうは二。

 向こうがどんな動きをするのか分からない上に、刃という武器を身に付けている。

 そして何より、近寄りたくない……。

 最優先事項は、少しでも早く家に帰る事だし。


「……明日は、葵の誕生会だしな……」


 先程と同じ言葉を呟くのと、身を翻して走り出すのはほぼ同時。

 軽く前に身体を倒して姿勢を低くしつつ、出来るだけ化物から離れる為に、出来るだけこの果てしなく続く道を進む為に。

 後方からは、足音とあの鳴き声が聞こえる。

 その音はわずかに遠く、だがそれ以上離れない事を考えると、化物も走っているという事だ。


「は、走れるような足じゃなかっただろ、あいつらって……!」


 そう考えると、この森では何でも有りのようだな。

 何でもありの森かぁ。

 仕舞いには、金属バッドを持った少年が、全力疾走で追って来そうだな。

 っと、その時だ。不意に視界に僅かな光が入った。

 それはこの道の先であり、木々が開けているという事だ。

 今の俺には希望とも言えるそれは目前に迫っており、果たして俺は広い平原に出た。

 すると視界には違和感が、黒く大きな何かが入った。

 その何かに目を凝らしてよく見るとそこには、

「……で、でけぇ洋館だな……」


 闇のように黒いその洋館は、縦横共に最上級の大きさで聳え立っていた。

 縦の窓の数からして六階くらいはあってもおかしくは無く、そうやって数えている内に見えたのは、洋館の一階部中央にあるドアが僅かながら内側に開いているという事だ。

 ……どうするよ? 俺。

 片や、後方からは未だに追って来ているであろう化物が。

 片や、前方には怪しい洋館が口を開けて待っている。


「……化物から逃げる為だ……洋館に入るしかねぇだろうが!!」


 自分に言い聞かせるように叫び、一歩を踏み出して走る。

 そして、体当たりするようにして押し開けたドアを即座に閉め、鍵を掛ける。

 刹那、ドアに激しい打撃の振動と、館内に轟音が響き渡った。

 間一髪ってのは、まさにこの事だな……。

 そう思いながら館内へと振り向いて、辺りを見渡す。

 電気は一切通っていないのか電灯はついておらず、眼下に広がるのは薄暗いロビー。

 だがそれは、かなりの大きさだ。

 上を見上げれば錆付いて何時落ちるかわからないシャンデリアが吊るされ、また辺りを見れば正面にある階段の床は朽ちて無くなっている。

 そして右の通路には、何故かテーブルや椅子などの家具でバリケードが出来ている。

 何か、あったのだろうな。

 実験中にバイオハザードでも起きたか?

 ……馬鹿馬鹿しい。これだから妄想って奴は。

 だが、先程の化物を思えば、強ち有り得ないとは言い切れない。

 ともあれ、真実は分からないんだし、視察を続けよう。

 下を見る。

 そこには何かの模様みたいな物が描かれており、中央には大きく〝神護島研究所・本部〟という文字があった。

 ……神護島?

 違和感。

 いや、見覚えがある、と言った方が良いな。

 確か、俺の好きな小説〝永遠の六月〟の舞台となった島の名前と同じだ。

 ……いやいやいやいやいや、待て待て。

 もしそうなら、今俺が居る場所は神護島である訳で、それ以前に神護島が実在していたって事に行き着いて、そうなるとあの話は実話なのかって疑問が生まれるがまだ断定出来る事では無くって……。

 とりあえず、思考を一時停止する。

 これ以上考えると、ショートしてしまいそうだ。

 全く、不思議な事ばかりが詰まっている世界だな、ここ。

 これが現実だった場合、俺なら自殺してでも前まで居た世界に戻ろうとするだろう。

 とにかく、唯一通れるのは、左の通路だけだ。

 その為俺は、左の通路へと歩み始める。

 先程の事は、保留だ。






 その廊下は、とてつもなく殺風景だった。

 ロビーにあったシャンデリアのような電灯も無ければ、窓にはカーテンも無く、ここは立派な洋館である筈なのに壁には絵画どころか何の模様もない無地だ。

 部屋が無いのか、扉さえも無い。

 俺の知っている洋館のイメージは間違ってたりするのか? と思いながら、長い廊下をただ歩き続ける。

 床にはカーペットが無く、されど木目のついた床がある訳でも無い、壁と同じ無地の床だ。

 その床はどうやら靴音を許さないらしく、先ほどからどれだけ靴で踏んでも無音だ。


「有り得ない森で有り得ない化物に会わされただけでは飽き足らず、次は有り得ない洋館かよ……」


 夢であって欲しいぞ、と付け足して苦笑を漏らす。

 丁度、その時だった。

 今まで一向に見つからなかったと扉が、一つだけ向かって右側にあった。

 現れたと言っても良いのかもしれないその木製の扉に近付き、ドアノブを捻る。

 すると扉は無音で向こう側に開き、俺に室内を見せた。

 そして、殺風景な部屋へと足を踏み入れる。

 まぁ、殺風景とは言っても、最低限の物はあった。

 床には一面茶色のカーペットが敷かれており、壁は紅の色を宿している。

 奥に見える大窓には同じく紅の色を宿したカーテンが二枚掛かっており、片方が纏められ、片方が大窓を半分だけ隠すようにして広げられている。

 何より気になるのは、その大窓の前に置かれた、セミダブルサイズのベッドだ。

 そのベッドは頭を壁に向けられており、大窓から日が差した場合、寝ている者が居れば丁度身体を横から照らすようになっている。

 しかも近付いて、改めて見たそのベッドの上には、

「……女の子……?」


 純白のネグリジェを着た、金色に輝く長髪の可愛らしい少女が眠っていた。

 歳は一つ違い、もしくは同じだろう。

 そんな彼女は、寝返りどころか身動き一つ無く、ただ眠っている。


「………こんな所で、たった一人なのか? この子……」


 眉を潜めて呟きつつ、そっと手を伸ばしてみる。

 そうして触れた頬は柔らかく、されど温度が無かった。

 暖かくも冷たくも無い肌。それは、まるで人形のようだ。

 眠り姫って奴か? と思った直後、突然後方から何かが軋む音が聞こえた。

 それと同時に聞こえるのは、ガラスが連続して割れる音。

 二つの音に驚いた俺は、素早く後方へと振り向く。

 その時目に映ったのは、闇だった。部屋を、空間を暗いながら迫る闇。

 既に部屋の入口を喰らい尽くしたその闇は、俺から逃げ場を奪っていく。

 全くもって、嫌な状況だ。

 最悪、大窓から飛び出す手が有るだろうが、こんなのが相手じゃ逃げ切れる気がしない。

 第一、と前置きしてベッドの上を見る。


「この子を、見捨てる訳にはいかねぇ気がするしな……」


 呟き、苦笑。

 そしてその表情のまま、迫る闇を見る。

 大体の距離で五メートルほど。もうすぐその闇は、俺を喰らうだろう。

 思い、一歩下がろうとする間にも、闇は残り二メートルだ。

 そして闇は、俺の足から順に、一瞬という速さで喰らっていった。

 刹那、不意に手を握られたと、そんな感覚があった。

 だがその感覚はすぐに消え失せ、同時に五感も消え失せる。

 意識が、飛んだ。










 それは、またしても唐突の目覚めだ。

 背筋に電気が走ったような感覚が、睡眠状態だった脳を叩き起こす。

 だが、唐突すぎたが故に、意識が朦朧とする。

 頭痛と嘔吐の催し、眼球が引き締まる感じと同時に小刻みに揺れる視界。

 しばらくしてそれらが収まれば、脳も少しずつ状況把握を開始した。

 今のところ分かる事は、自分がベッドの上で仰向けに寝ていて、天井を見ているという事だけ。

 ……ベッドで寝ている?


「――!?」


 その疑問と同時に脳が一気に覚醒し、勢い良く起き上がる。

 そうした事でめでたく、新たに視界入りしたのは、白一色の部屋とベッドの端に纏められている白いカーテン、ガラス張りの棚と消毒液などの薬品類だ。

 そして、独特な匂いが漂うここは、

「保健室……?」


 今、自分が居る場所は言った名の通り学校の保健室だろうが、何故ここに居るのかが分からなかった。

 俺はついさっきまで、森の中の怪しい洋館に居た筈だから。

 だが、俺は今学校の保健室にいる事は確かだ。

 多分、飛翔鷹高校の、だ。

 その二つの異なった事実が、俺の頭を混乱させていた。

 無駄な思考を停止、と。

 そうした後にとった行動は、まずベッドから降りる事。

 すると床には内履きがご丁寧に置かれていた為に、それを履く。

 ちなみに、俺は制服姿だった。

 とりあえず、そのまま出口へと歩き、引き戸を開けて廊下へと出た。

 次の瞬間。


「うっ……!?」


 思わず鼻を覆った。

 その理由は、突然鼻を強烈な臭いが貫いたからだ。

 鉄の、濃い臭いが。

 それは俺の記憶通りだった場合……血の臭いだ。

 少なくとも校内全域に充満しているであろう血の臭いはしかし、根源である血がどこにも見当たらない。

 それでも、嫌な予感しかしないのは確かだがな……。

 軽く溜息をついて、歩き始める。

 自分でもわからないが、とりあえず自分の教室へと向かって。






 教室を目指して歩いている途中、通った教室の全てが地獄だった。

 多くの机が四散し、床に転がっている生徒達はバラバラに切り刻まれて、八頭身だった身体の面影を残しておらず、その体内にあるはずの血は教室内に無差別に飛び散っている。

 その猟奇的な殺し方は、もはや人間技とは思えない。

 常人なら、この光景は耐え切れないだろう。必ず嘔吐する。

 俺は……糞爺のせいで多少は平気で居られる。

 血など、腐るほど見てきてしまっているから……。

 だが、そんな俺でもこんな事はする筈が無い。

 血慣れと猟奇的殺意は全く違う物だ。

 身に付く物と性格。あぁ、確かに違う。

 良かった。

 じゃあ誰が? いや、何が?

 自問し、しかし自答が出ない。

 真っ先に予想したのは、森の化物。

 だが、ここは学校だ。俺の記憶がただ聞ければ神護島は大分離れた所に位置しており、まず日本に近寄る事さえ出来ない。

 もちろんそれが、小説の中の設定だったとしても。

 こんな変な状況に立たされた以上、少しでもある手がかりを信じるしかないのだ。

 だから、これは化物の仕業では無い。そう思いたい。

 だって、もう見たくないしな。気持ち悪かったし。

 そんな事を考えながら、俺はC組の教室へと入る。

 同時に見た。見てしまった。

 信じたくは無かった光景を。

 それは、他のクラスとはなんら変わりが無かった。

 机が四散し、クラスメイトがバラバラに切り刻まれている。

 只々、視覚が脳に、そこに肉片がありますよ、と知らせている。

 死体の中には、朔夜や姉御、日向などの見知った顔も居て、

「――!!」


 俺は俯いた。

 それは、他のクラスと違って死体の人物を知っているからこその、これ以上は見たくないという意味を持った行動なのかもしれない。

 だが、他のクラスとは違う点が、もう一つあった。

 下を見ている俺の視野、その上部に違和感がある。

 俺は、それが何か確認する為に顔を上げた。

 視覚がそれを存在として認識した時、正座をしている一人の女子生徒が見えた。

 顔には影が掛かっていて誰かは分からないが、赤みの掛かった黒い長髪と制服で女子生徒だと分かる。

 彼女の制服は血に塗れており、左腕のあるべき位置には、大きな禍々しい形の刃が見える。

 それは、指先や肘から発達しており、刃に絡み付いている肉は一定のパターンで脈打っている。

 また、彼女が視線を落としている先、膝の上には男子生徒が頭を載せて、眠っているかのように倒れていた。

 腹部には真っ赤な血が、今はもう乾いて残っている。

 顔は見えない。いや、見たくはない。

 周りに死体となって倒れていない奴がそいつなら、尚更だ。

 同時に脳内で、離れるべきだという警告が生まれる。

 だが、そんな警告が発せられようとしている間に、長髪の女子生徒は俺に気付いたのか顔を上げた。

 顔には変わらず影が掛かっているが、頬には涙のような物が伝っ―

「――ぐっ!?」


 刹那、いつの間にか彼女は俺の前へ、そして胸部を暖かい刃で穿っていた。

 それによって、身体が前屈みになり、刃が更に深く刺さっていく。


「ぐ……ぁがっ!!」


 肺が潰れたのか、息を吸おうとすれば詰まり、吐こうとすれば血が湧き上がって鉄の味が口内に広がり、吐き出す。

 そのまま意識は遠退いていって、五感がゆっくりと消え失せていった……。










「……ふはっ!!」


 肺の息を一気に吐き出したのと同時、意識を強制的に覚醒させられた。

 呼吸は荒く、背中に大量の汗を掻いている自分に驚きつつも、辺りを見渡す。

 今、俺が居るのは自室だ。

 毎朝、目が覚めた時に見る、シンプルな自室。

 俺の寝ているベッドの横にある木製の棚とその上で充電されている携帯、壁に埋め込んである、展開状態のクローゼット内にハンガーで掛けられている制服など、全てが何の変わりも無く存在している。

 それらを見て、先ほどまでのは夢だったのだと、実感するのに五分、いや十分程掛かった。

 悪夢と言っても良い夢を思い出しながら、ゆっくりと起き上がる。


「あ~……とりあえず、帰って来れたな……」


 呟き、苦笑する。

 それと同時に、やけに元気な声を出しながら夢月が俺を起こしに部屋に入って来た。

 起きろー、という言葉に答え、俺はベッドを出てリビングへと向かう。

 途中、僅かに胸に痛みを感じた気がする。

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