第02話:懐かしい夢
いつもと変わらない電話の着信音が、家中に響き渡る。
俺はその電話の受話器をいつも通りに取り、もしもしっと問い掛けた。
聞いた事のある声だ。
確か、親父の友人。
その時の受話器の向こうで、慌てつつも詳細に教えてくれたその人の内容を聞いて、頭が真っ白になる。
親父と母さんと妹が交通事故に逢ったらしい、との事だ。
俺は上手く思考が動かないまま、急いで病院へ向かった。
「あの、き、霧島だけど! お、親父達は!」
俺はパニックになりつつも、親父の友人である医師に問うた。
だがその医師は、曇らせた表情で俺を見る。
既に電話の時のような慌てた様子は、無い。
そんな彼には、今話すべきでは無いという個人の意思と、今話さなくてはいけないという医師としての感情、どちらを選べばいいか迷っているような表情が見えた。
しかしすぐに、決心が付いたかのように吐息を一つし、眉尻を下げて言った。
「……言いにくい事なんだけどね……。亮君のお父さんとお母さんは、相手の車両に衝突した際、即死だったんだよ……」
「――っ!!」
そんな! っという否定の言葉は、ショックで喉が詰まり、出ない。
同時に、パニックだった頭が壊れそうになった。
……だが、絶望するのはまだ早い。
まだ、聞いていない答えが一つあったから。
「……い、妹は? 夢月は無事なんですか……?」
「うん。夢月ちゃんに関しては、大丈夫。かすり傷で済んだよ」
その言葉を聞き、悲しみよりも先に安堵が心を満たした。
そして、神様に感謝した。
肉親を、一人だけでも救ってくれた事に。
……けれども同時に、神様に怒りを感じた。
どうして、両親は助けてくれなかったのかと。
贅沢な願いはしかし、医師の声で我に戻り掻き消される。
「……だけどね……両親を目の前で失ったショックが大きいんだ。事故に遭った時、彼女だけは意識があったらしいからね。だから、今は心を閉ざしてしまっている。――亮くん、ちょっとついて来てくれるかな?」
その言葉に、俺は言われるまま医師について行った。
嫌な予感が、瞬時に思考となって頭の中で渦巻き、最悪の結果を想像しながら。
「――き…よ……ちゃん」
誰だ? 俺の眠りを邪魔する奴は……。
「おきて……お…ちゃん」
起きる訳が無いけど後五分……。
そう、内心で報告し、寝返りを打つ。
「起きなさい! この馬鹿兄貴!」
「うごぉっ!」
腹に、強い衝撃……。
「やっと起きたね。全く、起きられないんだったら目覚まし掛けないでよ」
痛みで意識が飛びそうになりながらも目を開けて腹を見ると、どうやらフライパンを叩き落されたようだ。
そしてそのまま視線を右にずらすとそこには、綺麗な銀色の長髪に赤い髪留めを付けた、俺の妹である夢月の姿があった。
ついでに、少々ご立腹の様子。
「イツツ……。何だ、夢月か」
「何だ夢月か、じゃないよ。早くしないと、入学二日目でいきなり遅刻だよ?」
言われ、時計を見ると七時四十分。
正直言って、この寝坊は洒落にならん。
どれくらい洒落にならないかって?
そりゃ、目が覚めたら一日分寝ていたって事くらい洒落にならない!
などと訳の分からない事を内心で叫びつつ、俺は急いでベッドから起き上がり、クローゼットから取り出した制服に着替え、肩に掛けるタイプの鞄を持つ。メッセンジャーバッグな。
……それにしても夢月、顔は可愛いんだが、それに似合わず結構乱暴なや――
「あだっ!」
瞬間、頭にフライパンが直撃した。
「何するんだよ……」
「何か失礼な事を考えているようだったから」
「超能力者ですか、貴女は……」
言って苦笑しながら、夢月と共に部屋を出る。
そして俺はそのまま、玄関へと向かった。
しかし、まさか今頃中二の頃の夢を見るとは。
内容は……何だったっけ?
……忘れちまった。
何とか間に合ったバスを降りた後に、登校中の生徒の間を素早く駆け抜け、残りを全力で走った結果、能天気に校門を通過した圭吾に蹴り入れる事が出来た。
「よし、今日は大吉だな」
「何がよしだ! 俺は占い機じゃねぇ! ってコラ、逃げるなー!」
このまま走って教室へと向かおうと思ったが、急に感じた悪寒。
俺は圭吾が居る真後ろを見ていた為、前に何が居るかはわからないが、すかさず姿勢を低くして右に飛ぶと、
「吹っ飛べえぇぇぇっ!」
「うごぉっ!?」
見事に俺を狙った(?)拳は後ろに居た圭吾に直撃。
そして盛大に響いた、圭吾の断末魔。
「ゴウッて聞こえるくらいの拳だったからなぁ……。御冥福を祈るぞ、圭吾……」
「ちっ、外してしもた。よう避けられたなぁ」
拳の主は、吹っ飛ばした圭吾を無視し、俺の方を向いた。
そいつはガッチリした一七五センチくらいある身体の、如何にも筋肉馬鹿みたいな男子生徒が立っていた。
もちろん、全く面識の無い他人だ。
「嫌な悪寒がしたからな……。で、誰?」
「よう聞いてくれたな霧島ぁ。わいの名は藤林 凪。お前の膝を地面に着かせる男や」
……どういう状況だ? これは。
凪と名乗ったこいつは、ファイティングポーズをとってやる気満々のご様子。
それを見ながら俺は、日常がいきなりぶち壊されるんじゃないかと心配しつつ、どちらにしろ馬鹿が増えた気がしてならなかった……。