第28話:四方八方敵だらけ
構えられた銃口は、真っ直ぐに日向を狙っている。
突然の出来事に、日向は反応が出来ないでいた。
だが、俺だけは先に動いていた。
謙介の人差し指が引き金を絞る前に、俺は右手を思い切り振る。
それと同時に、謙介の右手の甲に何かが生え、拳銃が手元から落ちた。
「―――ッ!?」
自分の右手の甲に生えた何かを、謙介は驚きながらも引き抜く。
その何かとは、俺が持っていたナイフだ。
百発百中、威力絶大。
大方、手の甲を穿ったのだろう。
謙介は痛みを堪えながら、周りの男達に応急処置を受けている。
丁度その時、圭吾のいた方向からガラスの破砕音と、圭吾の大声が響き渡った。
「急いで飛び出せ! お前らなら、たぶんうまく着地できる!」
相変わらず馬鹿を言う圭吾は、先に飛び出して行った。
その光景を見ていた相手の男達は戸惑っていたが、謙介が捕まえろ! と叫んだ時、初めて行動を起こそうとする。
だがその合図も遅く、俺は急いで葵を抱きかかえて窓から飛び出す。
そして地面に近づいた時に両足を着地体勢にし、衝撃を和らげる。
時計台から落ちるよりかは痛くない為、我慢は可能だ。
ってか、あれは頭から落ちたんだっけ?
などと、どっかのジャッキーの有名話をしている場合ではない。
「舌は噛まなかったか?」
「もちろん……大丈夫だよ……」
葵はいつもの笑顔を作りながら、右手でピースを作った。
とりあえず、良かったと呟いた後、彼女を立たせてから自分も立ち上がる。
丁度その時、後ろで音がした。
振り向くと、日向が着地したところだった。
全員、無事に降りられたって事か。
「あのクソ親父の始末は無理だったが、後は逃げるだけだ。そして葵を安全なところに――」
「じ、人生そう簡単にいかないものなんだな……」
日向の言葉をさえぎったのは圭吾だった。
圭吾が指をさす方向、この家の門前には、たくさんの黒塗りされた車が停まっていた。
しかも、後からどんどん追加さえている模様。
そして中からは、先程と同じような黒スーツ姿の男達が次々と降りてくる。
「おいおい……援軍か……?」
俺の言葉と同時に、篠塚邸の玄関が勢い良く開き、謙介と共にまたしても黒いスーツ姿の男達が出て来た。
万事休す。
「最悪の状況だな……」
日向の言葉を聞き、より一層緊張感が増す。
少しの沈黙の中、最初に動きを見せたのは、援軍と思わしき男達の間から出て来た代表のような男だ。
その男は、上下共真っ赤なスーツを着込むというなんとも派手な服装だった。
その男は思いっきり息を吸うと、大声で言い放つ。
「篠塚謙介! 人の組の領地内で勝手に一つのグループを立ち上げた挙句、少女を誘拐し監禁するとは、潰される覚悟があるというのだな!?」
その充分すぎるぐらいに響く大声には、怒りが混じっている気がした。
「ま、まさかお前ら……鹿島組か!?」
「その通りだ。――行け! 全員、病院送りにしろ!」
健介の問いに頷いて答えた赤スーツの男が出した合図と同時に、後ろに居た男達は一斉に走り出す。
俺達を上手く避けながら。
そして、乱闘が始まる。
もちろん、鹿島組とかいうやらが優勢なんだが……。
俺達はその光景を唖然としながら見ていると不意に、後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこには、先ほどまで指示を出していた赤スーツの男が居た。
近くで見ると結構若いな……二十代だろうか。
「申し訳ありませんが、確認させて頂きます。霧島 亮さんですね?」
何で俺の名前を? という疑問があったが、今は質問に答えておこう。
折角、回避出来そうな面倒事が、別の方法で降り掛かって来ちまうかもしれん。
「……あぁ、そうだ。アンタは?」
そう問いかけると、赤スーツの男は会釈し、答える。
「申し遅れました。私は鹿島組頭首の補佐であり幹部、鹿島 光輝。今回は、頭首の命により、貴方を助けに来ました」
「俺を助けに? ……その、頭首とやらは誰なんだ? 助ける理由も知りたい」
頭首という単語は知っているが、誰かは知らん。
問うと、光輝は困った表情になった。
「申し訳ありません、名前はお教えする事が出来ないのです。ですが頭首は、借りを返すぞと申しておりました」
借り?
残念ながら俺の記憶には、頭首というほどの凄い人物に貸しを作った覚えが無い。
「とりあえず、車にて皆様を自宅にお送りします。……全員、霧島家の方でよろしいですか?」
「おう、俺は良いぜ?」
圭吾が勝手に――もとい、代わりに了承した後、他の皆の方へ視線を向ける。
その行動に、全員頷いた。
それを見た俺も頷き、口を開く。
「あぁ、そうしてくれ」
その返答に光輝はもう一度会釈して畏まりました、と言った。
まるで執事だな。
そう思っている間に光輝は、近くまで来た黒塗り車両の後部座席を開け、微笑を浮かべたままこちらを向く。
「さ、どうぞ。お乗りください」
俺の自宅があるマンションの前で俺と葵は車を降り、光輝に礼を言って、車が去って行くのを見送った。
ナンバーを覚えておこうかな、と思ったが、面倒なので止めておく。
ちなみに、圭吾と日向はそれぞれの家に戻ると言って別れる事となった。
そして俺と葵はと言うと、最上階にある霧島家へと向かう事にした。
多分、夢月は了承してくれるだろう。
そう思っている内に、霧島と書かれたプレートのある扉の前に到着。
「二回目だぁ!」
葵は無駄にはしゃいでいる。
まぁ、夢月に会いたいようだから無理もないか。
内心で呟き、微笑。
そして中に入ると、夢月が早足で出迎えてくれた。
「お帰り! お兄ちゃん、葵ちゃん。ご飯の準備、出来てるよ」
正直言うと、真面目に驚いた。
葵を連れて来るとは一言も伝えてないというのに。
さすがは俺の妹だ。
「……まずお前にしよう」
「あははははは―――出て行け、助平愚兄」
汚らわしい物を見るような目で睨まれた。
目つきが怖いです。
「ごめんなさい、冗談です賢妹様……」
「うんうん、わかればよろしい。ご褒美に、晩飯は鰹節だけならあげる」
「……すみませんでした」
俺、深く土下座。
さすがに鰹節は嫌だ。
いくら猫好きであっても、食事を合わせる気は全く無い。
そんなやり取りを見ていた葵は、急に笑い出した。
「にゃはは、亮が喋るといっつも面白いねっ!」
「何か、遠回しに馬鹿扱いされているような気が……」
「そんな事ないよ! ……えと、とりあえず、ご飯食べよっ」
誤魔化しで無理矢理話を変えた葵は、靴を早々に脱ぎ捨ててリビングへと走って行った。
そんな葵を見て夢月は笑みを、俺は苦笑を浮かべながら少し遅れてリビングへと向かった。
本当、騒々しい夜だった。
もう勘弁。