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第27話:親子の亀裂は深すぎて

 二階の廊下には何故か、誰もいなかった。

 確か、総会は二階で行われている筈だが。


「……怪しいな、罠かもしれないぞ……」

「だが、行くしかないだろ。足音は立てないようにしろよ」


 そう言い残し、日向は静かに、それでも素早く進んで行った。


「……だとよ圭吾、お前はエクソシストのアレみたいにブリッジで、壁を伝って行け」

「変人ですよね? それ」

「良いじゃねぇか、似合ってるぜ? 多分」

「理由はとってもくだらないッスね……」


 あれ? 圭吾の奴、慣れちまったか?

 面白く無いなぁ。

 どうでも良い感想を述べつつ、日向の後を追う。

 すると、日向は大きな扉の前で立ち止まっていた。


「……ここか?」


 その問いに日向は無言で頷き、ドアノブに手をかける。

 するとその扉は、ギィッという古い音と共に解き放たれた。

 そして、開いたドアの向こうに広がる光景は家具がほとんど無く、窓が二つしかない部屋だった。

 殺風景という言葉が似合う部屋である。

 その部屋の隅、唯一の家具であるベッドの上に、眠っている葵の姿があった。

 彼女を見た日向の目は、大きく開かれた。

 同時に口を開いた。

 ちょっと待て、まさか叫ぶのか!?


「あお――っ!」

「ストーップ、叫んでどうする。色々と無駄になるぞおい」

「ぐっ……。分かった」


 とりあえず、冷静な表情に戻ってくれた日向は、深呼吸をし始めた。

 それに安心にした俺は、彼の発声を止めるべくして口を塞いでいた手を離す。

 さり気無く、圭吾の服に擦り付けておく。


「ん? ……って、あ、こらっ! お前今何した!?」


 静かにしなくてはいけない場で五月蝿い圭吾を無視し、辺りを警戒しながら俺達はゆっくりと葵の元へと向かう。

 近くで見た彼女の顔は酷くやつれており、寝息は荒々しかった。

 予知能力ってのは、自分の体力を消費する必要があるのだろうか。

 そう思っている間に日向は、葵の顔に左手を伸ばして添えようとしたが、少し前で止めて手を戻す。


「葵……ごめんな。……俺が、俺がお前をこの家に置いて行ったせいで……」


 日向の口から出る、途切れ途切れの声には後悔の念が感じ取れた。

 その兄らしい行動をもっと早くとっておけばよかったのにな、と口に出しかけて止めた。

 こいつには、日向には、決心を固める時間が必要だったのかもしれない。

 








 室内に数回響き渡った、日向の後悔と謝罪の声。

 その声で目が覚めたのか、葵がゆっくりと目を開けた。


「……あれ? 日向さん……それに亮太……なんでここに?」

「おしい、亮太じゃなくて亮だ。――お前を助けに来たって言ったら、おかしいか?」


 それを聞いた葵は驚かず、代わりに嬉しそうな表情になった。


「……ありが…とう……」


 葵は振り絞るような声で、弱々しい笑顔を作った。


「……なぁ、俺を忘れてないか?」

「大丈夫か? 何処か痛むとか」

「ううん、大丈夫だよ」

「おーい、俺の事――」

「なんかうるせぇっ」


 後ろでぶつぶつ言っている圭吾の頭を、俺は勢いよくチョップした。

 もちろん力強く――もとい、手加減して。

 すると圭吾はその場にしゃがみ込み、頭を押さえて悶え出した。

 忙しい奴だな。


「チョップしたな!? 親父にもチョップされた事ないのに!」

「いや、誰も好き好んでお前の頭なんかチョップしないだろ。ちなみに俺もだ。そしてこれは偶然だ」

「何が偶然だよ!」


 俺と圭吾はいつものように馬鹿をやっていると葵は、くすくすっと笑った。

 ふむ、笑えたのか。そんなに圭吾が馬鹿に見えたか。

 良か良か。


「それで、どうする? すぐにここを出るのもいいが、葵は目が覚めたばかりだからな」

「あ、その事なんだが、ちょっと見てくれねぇか?」


 圭吾はそう言って、窓の方へと向かった。

 俺は不思議に思いながらも圭吾の後を追うと、こいつは窓の前で立ち止まり、カーテンを開ける。

 するとそこには、大きな鉄の柵がはめ込んであった。

 たぶん、窓から逃げないようにするための物だろう。

 だが圭吾は、それを見て口元に笑みを作った。


「これ、少し時間をくれれば開けられるんだよ」


 そう言って圭吾は、ズボンの腰につけてあったポーチから携帯式の工具セットを取り出した。

 あれ? そんな物、付けてたっけ?

 拾ったのか。


「おぉ! さすが技術系の成績だけ! が良いだけあるな! ……家は醤油屋だってのに」

「一言、もとい二言余計だっての」


 圭吾はそう呟きながら作業にとりかかった。

 もう三十年代だってのに甘い防犯だなぁ、と呟きながら。

 日本語がおかしいところは突っ込まないのな。

 やっぱり、こいつは馬鹿でした。

 ともあれ、確かにまだ動かさない方がいい葵を待っている間、他の脱出経路を確保しておくのも悪くはないな。

 ここに留まるのは、危険と隣り合わせなんだし……。

 などと大事な思考をしていると、突然葵が圭吾に声を掛けた。


「圭吾さん、作業中は自分の身体が隠れるようにしたほうがいいよ」

「え? 何でだ?」


 圭吾は振り向かず、作業を続けたまま問う。


「なんとなく、だよ」


 ……もしかして予知ってやつか?


「日向、そこにある唯一の家具を運ぶぞ」


 そう言って俺が指をさす方向には、木で出来た枠に鮮やかな絵の描かれた紙が貼られている横置き型の屏風(びょうぶ)があった。

 その絵は桜だ。

 たぶん、部屋に和風感を出すための飾りだろう。

 圭吾一人を隠すには丁度いい大きさだった。

 ってか、入って来た時には全く気付かなかったな……。


「分かった。それじゃあ、片方持て」


 日向の命令に近い返事に、了解と答えて反対側に回る。

 そして持ち上げた時、ふとこの屏風の作者名が目に入った。

 木の枠に書かれた名前、如月 源次郎(きさらぎ げんじろう)とな?

 

「……あの糞爺、こんな物まで……」


 武道の達人である糞爺は、どうやら芸術にも通じているらしい。

 どうでも良い事を知ってしまった。

 久々にこの名を見て胸糞悪くなりながらも、屏風を置き終えた後、葵の元へと戻って行った。

 とその時、突然入り口のドアが勢いよく開き、黒スーツ姿の男達が次々と部屋の中に入ってきた。

 数にして、約十六人。

 全員が警棒を持ち、身構えている。

 幸い、銃を持っているやつは一人もいない。

 内心ではホッとしながらも、警戒心は緩めないでおく。

 ……それにしても、いくら経費削減のためとはいえ警棒はないだろ……。

 威力はあると言っても、所詮は警棒ですぜ?

 などと思っている内に男達が全員入り終え、その後に他の奴らとは服装が違う男が入って来た。

 鋭い目つきと皺のよった眉に、髪型はオールバックで決めて、オマケに茶色のスーツといういかにも悪人っぽい人物だ。

 俺の服と色が被っている所は、あえて触れないでおく。

 余り、関係無い事だしね。


「糞親父……!!」


 突然、日向は怒りのこもった声をその男に向けて放つ。

 ……最近は目上の人に〝糞〟をつけるのが流行っているのかな?

 なら俺ももう一度言っておこう。


「糞爺……!!」


 もちろん誰にも聞こえないように小さく。

 などとやっている間に、対する日向の親父、篠塚 謙介は、鼻で笑って呆れた口調で話し出した。


「久しぶりの再会で糞親父か……。ならば聞くぞ? お前にはここにくる権利が、意味があるのか?」


 その問いに日向は、少しの間黙り込み、そして口を開く。


「……権利はないかもしれないが意味はある。葵を縛り付けているお前という鎖から、開放するためにここに来たんだ!」

「私が鎖……か。ならばお前は大方、錆と言ったところか」


 鎖と錆、ねぇ。


「口では偉そうな事を言っていても、所詮は俺の錆。……開放した後の葵に、居場所を作れるのか? 葵を置いて行く事しか出来なかったお前が。分かるか? お前は俺の代わりに、錆として葵の邪魔となるだけなんだよ」

「……確かに、俺は邪魔になるかもしれないな。だが、お前と居るよりかは何十倍もマシな筈だ! 俺は、そこに賭けたい!」


 今だからこそ、と言いながら、眉間に皺を目一杯寄せる。


「俺は、兄として葵を守る! それは、葵が俺を覚えていなくても構わないという事だ!!」


 息子の一喝は、親父の表情を僅かに変える。

 頬がひくついただけだが、それでもやってやった方だ。


「……どうしても、連れて行くのか?」


 問いに日向はもちろんだ、と答える。

 すると謙介は目を瞑り、スーツの内ポケットに右手を突っ込んだ。


「そうか。――だが! お前に私の商売道具は渡さんぞ!!」


 その言葉と同時に、内ポケットから勢いよく右手を出す。

 露になった手に握られていたのは、銃身が短い拳銃だった。

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