第26話:侵入! 篠塚邸
虫の合唱だけが聞こえる暗闇。
俺は、正面から向かって左側の暗闇を通って篠塚邸に接近し、見張りをやっている黒スーツ姿の男の背後に無音を保って近寄る。
にしても、さすが素人だ。全く気付いてやしねぇ。
刹那、二人居る内の一人が、一箇所を指差した。
「……おい、あそこに何か見えないか?」
「あ、あぁ、何だ? あれ」
その言葉に釣られて、俺も見てみる。
するとその方向には、街灯の僅かな光によって輝いている金色のひらひらが見えた。
圭吾だ、絶対そうだ。
俺はそれを見て内心で苦笑しつつも、声には出さない。
ちょっと近付き過ぎたからな、音は出せねぇ。
と、その時だ。
俺の近くに居ない方の男が、圭吾の居る場所に向かって歩き出した。
懐中電灯も持たずに、だ。
もう一人の男は、流石にそれは不味いと悟ったのか、やや震えが混ざった声で止めようとする。
「お、おい、待て! 何があるか分からないんだ、見に行く必要なんて――」
「大丈夫、こっちには武器があるんだ。誰が居ようと関係無いさ」
言って、ポケットから自慢げに警棒を取り出した男は、圭吾の居る方へと歩いて行く。
……うし、大分距離が開いたな。
残った男と俺との距離は、僅か四歩。
クリア……と、某特殊部隊の真似事を内心で行いつつ、構える。
そして、足音を立てずに背後まで行き、横向きの体勢で相手の首元に左腕を回し、同時に足元を右足で蹴って、左腕を思い切り引く。
すると、男は一瞬の間にバランスを崩して、地面に叩き落された。
多分、脳は現状を把握出来ず、混乱状態だろう。
とりあえず、回復する前に腹部に左足の踵落としをぶち込んでおく。
相手はその痛みでぐっ、という声を漏らすが、すぐに気絶した。
一段落。
その後、圭吾の居る方へと向かったもう一人の男を見ると、見事にこっちには気付いていないようだ。
俺は急いで気絶させた男を暗闇引きずり込み、持ち物を探る。
すると、胸元に突起物があった。
一瞬、悪寒がする。
だが、その突起物を確認するためにスーツの内ポケットに手を突っ込み、それを引き出すと、刃先に安全用のカバーが被せられた小さめのサバイバルナイフだった。
「おいおい……ナイフかよ……」
拳銃かと思った……。
予想が外れて、一安心。
少なくとも、拳銃を部下に持たせたりはしないようだ。
とりあえずそのナイフを持って、もう一人の男がいる方向へと駆ける。
すると丁度、日向が男を押さえつけているところだった。
「ナイスだ、日向」
俺はそう言って男に近付き、先ほど手に入れたナイフを首元にあてる。
そして、表情は笑顔を保ち、優しく問う。
「……さて質問だ。この家に、葵という名の女の子がいるだろ? どこの部屋にいるんだ?」
「…………………………」
ふむ、無言とな。
良く見れば、震えている。
答えられない理由はこのせいか。
「何だ、怖いのか? せっかく笑顔で優しく聞いているのに……」
「笑顔でナイフを突き付けられて脅してくる奴に対して、恐怖を持たないわけがないだろ」
日向の突っ込みにうるせぇっと答え、話を続ける。
「……このナイフな、さっき拾ったんだけど、試し斬りをしてみたいんだよなぁ……」
その脅しに男はふへぇ!? と声を発した。
「話さねぇってのなら仕方ねぇ。お前で試し斬りを――」
「ま、待って、わかった、答える! 答えるから止めてくれ!」
男は酷く怯え、必死に止めるよう、訴えてきた。
あぁ、それで良いんだよ。
尋問は俺の得意分野じゃないからな。
実際、手詰まり寸前だった。
「それで、葵はどこだ?」
「あ、あの子なら、二階の奥にある大きな扉の部屋だ! ……だけど、急いだ方が良い。だいぶ弱っているようだった」
男は震える声で言ったが、最後の言葉は震えがなく、力強く言っていた……気がする。
その言葉が気になりつつも、問い掛けている時間は無く、ナイフにカバーをセットしてポケットに仕舞う。
するとその時、背後から足音が聞こえた。
俺はすかさずその足音がする方へと振り向くが、そこには相変わらず金色に(以下省略)、圭吾の姿があった。
どうやら彼は、家の中の様子を見に行っていたようだ。
珍しく、立ち回りが良いな。
「一つだけ鍵が開いていた窓があったから、そこから入って中を見てきたが、ほとんどの奴らが総会に参加しているのか、一階の廊下を巡回しているのは六人だ。二階はわからねぇ」
「そうか。……どうする、日向。強行突破で行くか?」
その提案を聞いた日向は、少し考える素振りをした後、答える。
「……それもいいが、あまり騒動が起きない方がいい。脱出が困難になる」
「んなら、誰にも見つからずに二階の奥に行くってか? それもそれでキツいと思うぜ?」
「だったら、その巡回しているやつらを全員潰すのか?」
日向の問いに、俺は親指を立てる。
それも、満面の笑みで。ついでにオプションサービスとしてウィンクをセットに。
スマイルは無料の為、金は取らん。ウィンク代は後で請求するが。
「その提案、ナイス!」
「それなら急ごう。少しでも早く、葵を助けたい」
その言葉を合図に、俺達は唯一開いていたという窓の場所へと向かう事にした。
だが、不意に背後、情報を与えてくれた男の居ると思われる方から声が聞こえた。
「――全部、予定通りだよ……」
呟くようなその声は、確かにあの男がいる方向からだったのだが、ついさっきまで聞いていた声とは違っていた。
そしてそれは、何処かで聞いた事のある声だった。
でも何故か、誰の声だったのか思い出せない。
俺は振り向かずに、圭吾達と共に歩み続ける。
一階で唯一明かりが灯っている、横幅の広い廊下を巡回している黒いスーツ姿の男達は嬉しい事に、やる気のなさそうな奴らばかりだった。
よって、それを好機と見た俺達は、それぞれ別の部屋に行き、構える。
数秒後、日向の行くぞっ、という合図と共に廊下の明かりが消えた。
明かりのスイッチを切ったらしい。
それにより廊下は真っ暗になったが、男達は懐中電灯を照らし始めた為、場所は容易に分かった。
俺はその場所に向かって疾走する。
ノルマは一人で二人。
俺はまず、一人の男目がけて飛び上がり、回し蹴りをする。
綺麗なフォームで繰り出された蹴りは相手の首に直撃し、頭が壁にぶち当たった。
どんまい、と内心で呟きながら、倒れた男を見ずに次の標的を狙う。
もう一人との距離は、わずか一メートル。
相手は物音に気付き、こちらに振り向こうとする。
だが、遅い。
相手が持つ懐中電灯の光が俺を照らす前に、懐へと潜り込む。
がら空きである。
思わず口元を吊り上げつつ、腹部に右の拳をえぐり込んだ。
するとその衝撃で相手の身体がくの字に曲がった為、真上まで来た顎目掛けて掌低を打つ。
それにより、相手の頭は勢いよく後ろに吹き飛び、身体がそれについていくように曲がった為、まるでブリッジをしているようになり、一瞬笑いが吹き出した。
だが、そんな馬鹿な思考をすぐに捨て、相手が落した懐中電灯を手に取り、日向と圭吾がいる方を照らす。
すると、見事に全員が倒れていた。
それを見て俺は、微笑しながら二人に歩み寄る。
「まぁ、日向はやれるとわかっていたが、まさか圭吾がノルマをクリアするとは……」
「お前、今日はやけに失礼だな。俺だって傷つくんだぞ?」
「あ~、それはごめんねえー。ほら、いいこいいこ」
俺は少し馬鹿にした口調で圭吾の頭に右手を伸ばし、数回撫でる。
「……なぁ亮、一回ぐらい死んでくれないか?」
「馬鹿やってないで行くぞ!」
日向はそう言うと、ため息をつきながら奥にある螺旋階段へと向かった。
日向殿は、ご冗談がお気に召さないようだ。