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第24話:嘘か、真か

 雨の匂いがし始めた風が、身体に吹き付ける。

 僅かな鳥肌を立てた肌が、寒いと俺に訴え掛けて来る。

 雲は少しずつ濃くなって行き、今にも雨が降り出しそうな雰囲気だ。

 そんな空の下で、俺は日向の言葉を聞いて、唖然としていた。

 脳が、混乱気味。

 その状態で出る言葉は、脳内で浮かんだ物全てを吐き出しているようなもんだ。


「待て待て待て。お前は神田、葵は篠塚だ。姓が違うだろ。似てもいねぇ。それに、葵がお前を知っているような素振りをしたところ、一度も見た事無いぞ? さん付けで呼んでたしな」


 とりあえず、上げられる否定用証拠はこれ位だろう。

 少し勝ち誇ってみる。

 そんな俺を見た日向は、少し困った表情をした。


「説明は少し長くなるが、それでも良いか?」


 その声は、先程までとはどこか違う、下手したら風の音に掻き消されそうな程の静かな声。

 多分、過去の話をするんだろう。

 聞いて、その後俺はどうするのだろうか。

 あぁ、いっその事、掻き消されて聞こえなければ良いのに……。

 などという考えはすぐに捨て、耳を澄ませる。

 今、俺が知りたいのは真実だからな。


「別に良いぞ。時間はある」

「わかった。……まずは、俺がまだ篠塚姓だった頃だ。――俺はいつも、双子の葵と、どちらが兄・姉かという事を、決まった課題で競争し決めていた。勝った方が、次の競争まで年上になれるって事だ。だが、その全てで俺は負けていたが……。とにかく、これが俺達の〝いつも通り〟だった」


 随分と、今の日向には似合わない事やってたのな。

 脳内にて、プチ感想を述べていると、彼はちなみに、と言葉を付け足す。


「俺の家族は葵と親父の三人暮らしで、母親は居ない。俺達が生まれて間もない頃、病気で死んでしまったらしい」


 両親を意味する二つの単語を口にする時、日向は口元を微妙に歪ませる。

 俺じゃなかったら、見逃してるな。

 別に見つけたところでどうという事では無いが。


「だから、親父が男一人で俺達を育ててくれていた。だが、次第に性格が変わっていき、いつの間にか始めていた金貸しの仕事の所為で、遅い帰りの後は怒声と暴力。この組み合わせがずっと続いた。俺はずっと親父を避けていたんだ」


だから、

「だから、実際は俺と葵の二人家族みたいなもんだった。葵が居れば、それで良いと思っていた。だが、五年前の八月、夏休みのある日。突然、葵が俺に、未来を予知する事が出来るんだよと告げて来た。もちろん、最初は信じられなかった。けれど、昔やってた競争でほとんど全勝だったのはそれのおかげ、と言われると、信じるしか無かった」


 葵は、そんなに前から予知が出来ていたのか。


「その能力を、親父が知ってしまった時から、何もかもが変わった。……親父は金目当てで、葵を扱き使い始めた。だが、その能力はどうやら体力を消耗するのか、葵は日に日に痩せていった。そんな彼女を、俺はどうする事も出来ず、かと言って親父に抵抗しようとしても、暴力団を金で雇っていた為、敵わなかった……」


 途中、日向の手は拳を作っており、震わせていた。

 瞳には、後悔の色。

 力一杯噛まれている唇には、血の色。


「それから二年後、ある事件が起こった。丁度、HEAVEN事件と同じ日だ。葵が急に気を失って、倒れた。目を覚ましたのはそれから三日後。もちろん喜んだが、それも糠喜びとなった。目覚めた葵には、記憶が残ってなかったんだ。必要最低限の知識以外、全部。それを知った瞬間、今まで辛うじて繋ぎ止めていた何かが喪失した感覚が襲って来た。もう、ここには居場所が無いと、そう案じたんだ。だから俺は逃げた。親父から、過去から、葵から……全てから。闇雲に走って、走って、走って……」


 過去を遠くに見ているかのように、視線は虚空を泳いでいる。

 あぁ、駄目だ日向。その目は駄目だ。


「そんな時、神田家に拾われた。それ以来、姓を変え、自分も変えていった。鍛えて鍛えて鍛えまくった。それから三年が経って、この学校に入学した時、葵を見つけて驚かされたよ。それも、昔と同じように無邪気に笑っていたからな……」


 より一層、一つの色が日向の目を染める。

 ……だから、駄目なんだよ日向。

 胸の奥から、何かが込み上げて来る。

 その目は、俺が大嫌いな目だからだ。

 だが、そんな感情を無理矢理押さえ込みながら、問う。

 返答次第では、俺がどうにかなってしまいそうだけれども。


「あ~、過去の事は大体分かった。惨劇混じりの、悲しい過去だって事はな。それで……お前は何が言いたいんだ?」


 本当は、聞きたくない。

 だが、感情は恐ろしいな。

 苛立ちを糧に、何でも口に出しちまう。

 だから、いつものように冗談を内心で呟く事も出来ない。

 

「俺には、葵を助けるなんて事、出来ないんだ……。まともに目を合わせる事が……出来ないんだ。だから……だから、葵と仲の良いお前に頼みたい! 代わりに、俺の代わりに葵を助けてやってく――っ!?」


 刹那、俺の中の何かが弾けた。

 剥き出しになったのは、怒り。

 どうしようも無い、怒りだ。

 ……あれ? 俺は今、何をしたんだ?

 おいおい、ふざけている場合じゃない。

 日向の頬に、打ち込んだんだよ。

 何を?

 あぁ、拳をか。

 苛立ちをぶつけているのか。

 だが、怒りの熱はまだ冷め無い。

 脳が、沸騰しているかのように熱い。

 ぐつぐつ煮えてるな。

 だから、拳を振るうのか、俺は。

 馬鹿馬鹿しい。

 おやっさん、この煮えた頭蓋骨鍋で鋤焼きでも作るズラー。


「――ぐっ!! ……阿呆。氷水でもぶち込んどけ……」


 最後の一撃は、俺の頬に。

 良し、止まった。……痛いな。

 とりあえず一連の行動を纏めると、怒りを発散する為に日向を殴り出したが自分を殴って暴走をキャンセルし再起動、と。

 オーケー、冷静だ。

 見れば、フェンスに背を預けて座り込んでいる日向の頬は、真っ赤に腫れていた。

 ……ほんと、馬鹿な奴だ、日向は。俺もだが。

 畜生が、まだ怒りが沸き出した。

 叫びたいと、俺の脳が訴える。

 だからこそ、本能のままに。


「……お前の話は、どう考えたって自分勝手なんだよ……! お前はそうやって、誰かに縋るのがお得意の人間か? 違うだろ!? 本当に葵を想う気持ちがあるのなら、押し付けるな!」


 言い終え、目一杯吸い込んだ空気を大量の二酸化炭素に変換して吐き出す。

 深呼吸、深呼吸。

 ……はいはい、そこまでな俺。

 俯いている日向を見据え、もう一度だけ深呼吸。

 まだ、聞きたい事はあるんだから。


「思うに……助けてくれと頼んだ理由は、他にもあるんだろ? 例えば葵が昨日、急に倒れた事に関係するとか」


 問うと、日向は俯いていた顔を上げた。

 どうやらビンゴらしい。


「……お前が知っている葵の倒れた日ってのは、創立記念祭の時と昨日か」

「えとな……あぁ、そうだ。二回だな」

「実は、他の日にも倒れていたんだ。日曜日に」


 衝撃の事実を聞いて、驚いた。

 確か、葵にとっての倒れる、という症状は過去に、記憶の消滅を意味した。

 だが、何度かその場面に遭遇しているが、今のところは何の影響も見えない。表面上は。


「だから俺は、昔から葵の担当をやっている医師に会いに行った。そして、葵の兄である事を告げたら、すんなりと教えてくれた」


 何をだ? などと問う必要は無いだろう。

 日向は既に、それを説明し始めたから。


「倒れる期間が短くなって来ているのは、かなり危ないそうなんだ。元々、葵にとっての未来予知は、脳に異常なまでの負荷を与える。だから、このままだと後一、二回倒れるだけで……昏睡状態になってしまうそうだ」


 背筋が、凍りついた感じがした。

 その所為か、喉まで出掛かった声は詰まり、何も発せられない。

 待て待て、昏睡状態だと?

 つまりは、日常の風景に収まったばかりの葵が、突然にして抜けるって事じゃないか。

 そんなふざけた話があるかっ。


「何とか、ならないのか?」


 僅かに掠れてしまった声をそのまま発し、問う。

 しかし日向は、首を横に振った。


「無理、なんだ。だからこそ、あいつを救い出して、残りの時間を良い思い出にしてやって欲しいんだ。今週の金曜日は、あいつの誕生日だから……」


 言い終えた日向は、再度黙り込んだ。

 ……全く、またしても俺に縋りやがって。

 ええい、仕方の無い奴だ。

 俺は頭を人差し指で掻きながら、溜息をつく。


「……あ~、妹想いなところには感心したよ。だが、俺に全部託しちゃいけねぇ。手助け位ならしてやるから、お前も参加しろ! ――葵が居なくなったら、夢月が悲しんじまうしな」


 掻いていた手とは逆の手を、拳にして日向に向ける。

 だが、彼はその拳を見て呆然としていた。

 ……知らない、のか?

 まさかの状況に再度、溜息をつこうとしたその時。

 聞き覚えのある、無性に腹が立つ笑い声が後ろから屋上周辺の空域に響いた。


「あっはっはっはっ、さすがはシスコン。妹想いな事でぇ!」

「あ? 誰がシスコンだ、誰が。ってかお前、いつからそこに居たよ」


 言いながら、屋上への入口へと振り向くと、そこには扉を開けたばかりの圭吾の姿があった。

 とりあえず、力強く睨み付けておく。


「そう睨むなって。そんな事より、だ。……お前ら、何か面白そうな事をやらかそうとしてるな? しかも、葵ちゃんの救出という一大任務まで! どうだ、人手が足りてないのなら俺も同行するぜ?」

「あ、いや、お前は要らないから。帰って良いよ」

「えぇ!? そりゃ無いッスよ!!」


 邪魔者扱いしてやると、圭吾は必死の表情で走って来た。

 そして短い距離の半分まで来た所で、土下座体勢に入ってから滑り、丁度俺の真ん前で止まった。

 ……はっきり言ってやりたいが、内心だけで我慢してやる。

 気持ち悪いぞ。


「……こんな気持ち悪い奴が来ても大丈夫なのか?」

「お。俺が言おうとしていた台詞だ」

「味方が一人もいねぇぇぇ!!」

「黙ってろ。――まぁ、こいつは意外と良い助っ人だ。昔、俺が喧嘩に明け暮れてた頃は、こいつも一緒に参加してた位だからな。囮役として」


 最後の一言を聞いた瞬間、圭吾は奇妙な絶滅危惧種にでも登録されそうな程、目をかっぴらいて驚いた。

 ご丁寧にくわっ!? とかいう鳴き声を発して、だ。


「え? あれって囮だったのか!? 俺を信じて相手を任せてくれえたんじゃなくて!?」

「だからお前は阿呆なのだ。第一、それ以外にどんな事で役立った? お前」

「……そういえば、何もなかった気が……。もういいです」


 肩を落してうな垂れている圭吾を尻目に、俺は日向の方を向く。


「んで? 俺達は何をすればいいんだ?」

「……今、篠塚家の自宅には親父と、親父が雇った暴力団達が住んでいる。だから、俺達はそこから葵を救い出す」


 だから、の使い方が間違ってねぇか? とは、敢えて言わないでおく。

 近年の若者による日本語離れには、慣れてきたところだ。

 ともあれ、多分だが組一つ分が相手になるんだろうな。

 一般論だと、絶対に勝ち目は無い。

 だが、それを覆す異常者は、二人も居るんだ。……日向を含めても良いんだよな?

 とにかく、だ。

 アクシデントさえ無ければ、余裕で突破可能だ。


「なぁ、どうせな――」

「どうせならそいつらをまとめて潰しておこうぜ! そうすれば、後々安全だしな!」


 圭吾は、俺が言おうとしていた事を大声で言った。

 考える事は一緒、か。


「できるのか? そんな事」

「大丈夫、こう見えて亮は結構強いから。なんせ、昔から化け物のようなやつに鍛えられていたからな」

「よせ、あんな糞爺の話をするのは」


 思い出しただけでも虫唾が走る。

 吐き気がする、鳥肌が立つ、眼球が微動する。

 そんな、トラウマじゃないかと言っても過言では無い症状を押さえ込み、微笑を日向に向けた。


「ま、大船に乗ったつもりでいてくれな」

「……分かった。信用しよう」

「――よし、善は急げだ。今すぐ行くぞ!」

「馬鹿野郎、今は昼だ。明るいと人目につくぞ。第一、もう授業が始まる」


 言いながら、圭吾に腕時計を見せる。

 時刻は一時十五分。

 言っておいてなんだが、自分でも驚いている。


「ってなわけで、決行は放課後だ。いいな?」


 とりあえず、俺が話をまとめると他の二人が揃ってわかった、と答えた為、俺達は授業開始ギリギリの時間に、教室へと向かった。

 全く、何で俺は面倒事に首を突っ込んじまったんだろうか。

 そんな事を一瞬思うが、馬鹿馬鹿しくなったから脳内から消去した。

 今更、何言ってんだろうね、俺。

 面倒事なんて、両親が死んだ日から起こりっぱなしだったと言うのに。

 ……たまには、休暇が欲しいな。

 俺はそう思いました、まる。

 うむ、上出来。

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