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第21話:一日中、空腹です。

 創立記念祭から二日が経ち、現在は月曜日の朝。

 当日に騒ぎまくってたのと大規模な後片付けによる疲れがまだ取れていないのか、身体が怠い。

 そんな状態の身体を引き摺って、リビングへと向かう。

 すると、キッチンに居た夢月が俺を見て、驚いた表情をした。


「あ、また自分から起きて来た! ……最近ずっと、自分で起きて来てるね。関心、関心!」


 朝っぱらから失礼な奴だな、と思いながらもテーブルの前まで行き、カーペットの上に座る。

 既に電源が入っているテレビは、相変わらず朝のニュース番組〝寝起きにDON!〟だ。

 必ずCM明けに大音量の爆発音が流れるこの番組は、なんでも寝起きでウトウトとしている人の目を覚まさせるつもりで実行しているらしいが、迷惑極まり無い。

 故に、俺は無言でテレビのリモコンを手に取り、極めて普通のニュース番組をやっているチャンネルに切り換えた。


「……ここまでの動作で、一日分のエネルギーを使った気がする……」

「それはあ朝食でも食べて、エネルギーを蓄えなさいっ」


 キッチンから早足で来た夢月が、そう言って差し出して来た物は〝一食分を五秒でチャージ〟をキャッチコピーにした、CMで極稀に宣伝されている急速栄養補給飲料、ゲルロンゼリーだ。

 名前のせいで余り売れていないというのは、言うまでもないだろう。

 ……ってか、何で朝っぱらからゲテモノばかり目にしなくてはいかんのだ。


「……我が妹よ、これは俺の朝食なのか?」

「あはは、何言ってるの? この時間に出される食べ物を朝食以外に何て呼ぶって言うの?」

「いやいやいや、他には無いのかよ? パンとか、ごは――」

「無いよ。これだけ」


 きっぱりと言い切られた。

 絶望が、俺の心を侵食して行く~……。

 俺はその心情を最大限に表現する為、わざとらしく片手で顔を覆う。


「な、何と鬼畜な妹だ。シンデレラの姉より質が悪い……。愛する兄に対してこのような粗食を朝食として出すとは……」

「って事は、要らないって事かな?」

「要ります。いえ、下さい!」


 俺、即答。

 多分、兄としての尊厳を失った歴史的瞬間だな。

 とにかく、そんな事はどうでも良い状態の俺は、ゲルロンゼリーのキャップを開けて、一気に喉へと流し込む。

 ぐっ……最悪だ、粘土の味がする。

 いや、別に粘土を食べた事があるという訳ででは無いが。

 そう、風味だ、風味。


「うし、三秒でチャージしてやったぜ!」

「態々、親指立ててまでして、虚しいでしょ?」

「自分で言うのも難だが……同感です」


 我ながら、ブルーな朝だ……。


「っと、そんな事よりだ。何で朝食がこうなったんだ?」

「えと、土曜日に葵ちゃんが突然倒れたでしょ? その原因を保健室の先生が栄養不足かもしれないって言ってたから、お弁当の中身をいつもより多くしようとしたんだよ。そしたらお弁当が二つになっちゃった上に、朝食の分が無くなっちゃって」


 夢月は舌を出して自分の頭を左手の拳で小突いててへっ、と可愛らしく言った。

 てへっ、じゃねぇよ……。

 俺の朝食……。


「……ま、流石は我が妹だ。友達への気遣いの為に兄を捨てたのなら、今回は許してやろう」

「お兄ちゃん、それって何様だよ」


 俺様だ、などと古臭い返事は敢えてせず、無言でテレビへと視線を移す。

 やがて、出発の時間になると、ソファの横に立て掛けたままになっている鞄に水筒と重箱弁当、ついでで小さい弁当を入れる。

 本当、置き勉って奴は便利だな。

 鞄が嵩張らなくて楽ちんだ。


「それじゃ、そろそろ行くわ」

「うん、行ってらっしゃい! 葵ちゃんによろしくねっ」


 夢月からの頼まれ事に俺はおう、とだけ答え、玄関にて靴を履き、扉を開けた。

 朝日が眩しいぜ、この野郎。











 迫り来る空腹に耐え抜く事、約四時間。

 現在は待ちに待った昼休みで、俺は屋上にて重箱弁当と水筒を横に置き、ジッと座っている。

 日向は珍しくまだ屋上に来ていない為、朝のバスにて昼食を食おうと約束しておいた葵を一人寂しく待っていた。

 ちなみに圭吾には、小さい弁当を与えておいたから、問題無いだろう。


「あ~……腹減った……。大体、何だよゲルロンゼリーって。あんな物で腹が満たされる訳無いだろうに。そりゃまあ、栄養を補給するだけなのは知ってるけどよ」


 誰も居ないというのに、まるで誰かと話しているかのように喋り出す俺。

 空腹の余り、視界が歪み出しているからだろうか。

 ……俺って、意外と食いしん坊なんだな。

 十六年生きて来て、思わぬ事実が発覚した事に対し、溜息しか出ない。

 嗚呼……もう限界だ……。

 内心でそう嘆いた俺は、ゆっくりと重箱弁当の蓋に手を添える。

 と、丁度その時。

 入口の扉が勢い良く解き放たれた。

 その音に驚いた俺は、両手を蓋から即座に離して、代わりに天高く上げる。


「うわあぁぁ!! すまん、別に食おうとしてた訳じゃ……って、葵か。――Welcome to the roof!」


 俺は両手を広げて、救いの女神である葵が来たのを心から喜んだ。

 ちなみに今の英文は、直訳で〝ようこそ屋上へ〟だ。


「えと……大丈夫?」

「大丈夫なもんか……。腹が減って気が狂って来ているんだ。早く飯、食おう」

「にゃはは、私が遅れちゃったせいだね。ごめんごめん」


 葵は自慢の笑みを見せながら、俺の横に座った。

 役者は揃った。準備万端、という訳だな。


「よし……見て驚け! 泣け! そして歓喜を上げろ! 我が妹を称え、敬い、崇めろ!!」


 言いながらも、つくづく思う。

 俺は馬鹿だ、と。

 そんな事はどうでも良いとして、重箱弁当の蓋を開き、それぞれの段を崩していくと葵は、一瞬にして目を輝かせた。


「す、すっごーい! 卵焼きにハンバーグに春巻きにロールキャベツにタコさんウィンナーに……あぁ、いただきまーす!!」


 感極まっている葵は、差し出した割り箸をすぐに受け取って割り、一つずつ味わって食べ始めた。

 ……それにしても、中身を見て改めて思う。

 夢月は凄いな、と。まるで、御節じゃねぇか。

 これだけの物を朝に作ったんだ、朝食が作れなくても無理は無いだろう。

 俺は只々、感謝の気持ちを内心に留めておき、割り箸を割って食べ始めた。






「ごちそうさまー!!」


 二人分の大声が、屋上に響き渡る。

 その後、水筒のお茶を飲んで一息ついた葵は、立ち上がってフェンスの前に立ち、街の方を見始めた。

 後ろ姿、ちっちぇー。

 内心にて、馬鹿にした声で呟きつつ、重箱弁当の蓋を閉じた後に、俺も彼女の横まで行く。

 すると彼女は、フェンスの穴に爪先を掛けて俺と同じ位の高さまで上がって来た。

 だがその所為で、フェンスから上半身を乗り出すという、危なっかしい状態になってしまっていた。


「ちっちゃいくせに、見栄張らなくて良いんだぞ?」

「うが! 失礼な! 私より小さい人なんて、たくさん居るよ!」

「あぁ、小学一年生か」

「そんなにしたぁ!?」


 がびーんっ、という効果音が似合う驚き顔をした葵は、されどすぐに表情を変えた。

 無表情へと。

 そして、街の方に視線を向けたまま、俺に問い掛けて来た。


「……ねぇ、もし自分の運命が決まっていて、知っていて。どうしても抗えないと知ったら、亮ならどうする?」


 葵の口から出た言葉は、俺にとっては全く持って意外だった。

 しかしながら、答えられないから言葉が詰まっているのではない、マジで。

 只単に、似たような言葉が、場面が脳内で再生されているだけだ。

 一瞬の間に、まるで走馬灯のように。


『未来が……先が全部、見えちゃうんだよ……。分かっちゃうんだよ、全部。だから、怖いの。お兄ちゃんが、お母さんやお父さんみたいに、どっか行っちゃう……』


 あぁ、非常に懐かしい記憶だ。

 それも、別に思い出す必要が無い記憶。

 俺の記憶が正しければ、退院後の数日間、夢月が無理をしていたのが最後となった日の夜。

 深夜、突然泣き付いて来た。

 彼女が無理をしていた理由は、多分その、俺がどっかに行っちまう出来事に怯えていたからだろうと、俺の中で勝手に納得した時。


『ねぇ……ねぇ、お兄ちゃん……。お兄ちゃんなら……どうするの……?』


 今の夢月と比べると、全く持って別人のような振る舞い。

 その時の彼女と、今目の前に居る葵が……被って仕方が無い。

 全く……。


「……あ~……良いか? 運命ってのは、未来ってのは無限にあるもんなんだぞ? 一つとは限らねぇんだ。お前が見ているその先は、簡単に変わる物なんだよ」


 その返答を聞くなり、葵は顔を俺に向け、目を合わせて来た。

 どうやら、驚いているようだ。

 だが、その動揺があってもなお、彼女は問い続ける。

 全く、お前らみたいな予知能力者だっけ? まぁ、まだ葵がそうとは確定していないが。

 そういう能力を持った奴らは……。


「どんなに頑張っても、一つしか無かったとしたら?」


 どうも、見た未来をその先の真実と見て、それ以外は見ない頑固な頭を持っているらしい。

 頭蓋骨がチタン合金で出来ていて、脳がマイクロチップで制御でもされていない限り、常人には考えられない結論だな。

 ともあれ、もう言葉は決まっている。

 後は発すればいいだけだ。


「……そん時は、俺に言え。突貫工事でもして、道を無理矢理作ってやるさ」


 それを聞いた葵は、笑った。

 そりゃもう、馬券が全部外れて自棄になった奴のように。


「にゃは、にゃははは! そうだよねっ。そうして貰えると嬉しいよ!にゃははははは!!」


 目一杯笑った彼女は、笑い疲れたのか一息ついて、また口を開く。


「実はね……わた――」


 刹那、葵の言葉が途中で途切れた。

 それと同時に、彼女の身体はまるで人形のように、軽々とフェンスの向こうへと傾いて行く。

 一瞬、思考が止まった。否、反応が遅れた。

 脳を百パーセントフル稼働して導き出した行動を、即座に行う。

 俺は、翻した身で乗り出し、膝の裏をフェンスの最上部に引っ掛けながら、落ちた葵を空中でキャッチした。

 その際、脇腹を掴んだというのに反応しないという事は、完全に気を失ってるな、と暢気な事を考える。

 同時に背をフェンスに、肩甲骨をコンクリートの角に思い切り打ち付けたが、これは気にしない。

 とりあえず、ホッと一息ついて下を見れば、寸での所に落し物防止用であろう小さな段差があった。

 ……これ、あったらあったで危ないな。

 さてさて、悠長な事を考えている場合では無い。

 実は昔、祖父――もとい、糞爺から死亡寸前のハードトレーニングをさせられており、かなりの体力と筋力はある……筈なのだが。

 

「ふぬっ……! あ、上がらねぇ……!?」


 どうやら先程の食事で腹が満腹状態である上に、身体が鈍り始めているらしく、身体を起こせない。

 そして、そんな最悪の状態に追い討ちを掛けるかのように、最悪のアクシデント。

 足攣ったぁ……!

 痛みを必死に堪えるが、追加要素発覚。

 膝の裏が、フェンスから滑り始めている。

 万事休すという言葉が一番似合うか? こういう時。

 そう思った瞬間、誰かが俺の脚を掴んだ。

 多少乱暴で力加減の全く無い掴み方だが、助かった事には変わり無いな。

 そして、脚を掴んでいる腕はぶっきら棒に俺を引き上げた。

 同時に、救出した葵を抱え、自力で屋上に足を着ける。

 数年ぶりに死ぬかと思い、命の恩人に礼を言おうと正面に居る奴を見ると、そいつは日向だった。


「ひ、日向!? いつからここに!?」

「丁度今だ。入って来た瞬間、驚いた」

「そ、そうだったのか……ありがとな。――って、そうだ葵!」


 言った瞬間、日向の表情が変わった。

 今までに、一度も見た事の無い表情だった。

 ……じゃなくって、今は葵だ。

 俺は急速な首振り運動の如く、抱えている葵を素早く見る。

 彼女の目はまたしても虚ろな目をしており、微動だにしていない。

 何だ、何なんだ。

 さっきまで普通に、いや寸前まで話をしていたってのに、これか!

 とにかく、急いで保健室に連れて行くしか無いと考えた俺は、葵を背負って日向を見る。


「お前は、」「俺が道を開ける! だから、急ぐぞ!」


 俺の言葉を遮った日向の台詞は、俺が言おうとしていた台詞と同じだった事に関心しつつ、日向を先頭にして一気に階段を駆け下りて行った。

 昼休みのせいで廊下に群がっている生徒達を邪魔に思いながらも、走る。

 背負っている小さな身体が落ちないように、しっかりと両手で支えながら。

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