第19話:盛大な創立記念祭
さて、創立記念祭当日。
時刻はいつもの登校時間よりも遅い、十時ちょい過ぎ。
俺は学校へと向かう為に、バス停へと向かっていた。
ちなみに俺の隣には、いつもは一緒に並んで歩かない人物が一緒に歩いている。
「今日のお祭り、楽しみだね、お兄ちゃん!」
その人物とは、妹の夢月だ。
彼女はやけに機嫌が良く、その理由を説明するには少し時間を遡る必要がある。
それは、昨日の夕方の事。
学校から帰って来た俺は、ソファーに座ってテレビを見ていた。
時間的に、どこの局もニュースをやっている為、特に興味を持たず、ボーっと。
その内、天気予報が始まり、明日の天気が映し出された。
明日、土曜日はどうやら、晴れマーク一色らしい。
創立記念祭は、問題無く開催か。
……っと、そうだったそうだった。
「あ~、夢月。明日の創立記念祭だが、一緒に行くか?」
「え? なーにぃ?」
夢月はキッチンにて料理中の為、どうやら聞こえにくいようだ。
その為、もう少し声のボリュームを上げてリトライ。
「記念祭だよ、創立記念祭! 明日あるだろ? それを、一緒に行かないかって」
「え? もちろん行くよ! ……そういえば初めてだなぁ、お兄ちゃんの学校に行くの」
「そりゃそうだろ。機会が無いんだし。――あ、それと葵が、一緒に模擬店回ろうってさ」
「えぇ、本当!? やったー!」
表情は見えないが、声からして結構喜んでいるのが分かった。
だからと言って、まさかフライパンを持ちながらリビングに来るとは思わなかったが。
そして彼女が俺の横に立ったのと同時、ガーリックの香ばしい匂いが漂ってきた。
フライパンで炒めるガールック入りの飯といえば……晩飯は炒飯か。
「お前、葵とは一度しか会っていないのに、随分と気に入ってるんだな」
問いに、夢月は当たり前じゃん、と言いながらフライパンを持っていない方の手の親指を立てた。
その動作で、フライパンが傾く。
中身を見れば、どんぴしゃり炒飯だった。
「私の料理をとても美味しそうに食べてくれる人は皆大好きだよ! だから、まだ会った事無いけど、前にお兄ちゃんが言ってた朔夜ちゃんって人もねっ!」
「あ~……そういえば言ってたな、そんな事。――ん? 誰でも? 相手が護でもか?」
「うあ……えと、榊君は……ちょっと……」
夢月は、口元を引きつらせながら苦笑。
ま、無理も無いか。
ちなみに護という奴は、フルネームで榊 護。
そいつは俺と同じ中学だった奴であり、喋り方がいちいち腹の立つライバルみたいな奴で、モテるくせに夢月にしつこく付きまとっていた為、避けたい存在となっている訳だ。
まぁ、簡単に纏めると、俺と同じく訳ありな奴だ。
纏まって無い気がするが、そこはスルーで。
「……っと、そういえば、まだ料理の途中じゃなかったか?」
「あ、そうだった! もう少しで出来上がるから、待っててねー」
そう言い残して、夢月はキッチンへと戻って行った……のだが、スキップしながら戻るという、あり得ない行動をした為、フライパンから炒飯が器用に一粒ずつこぼれていく。
マーキングでもしているのか、妹よ……。
そう思いながら、落としている事を教えず、出来上がりを待つ事にした。
この後、夢月がこぼれた炒飯を踏んでしまったのは、言うまでも無い。
一方テレビでは、番組が終わるまでの残り一分間のフリートークで、ニュースキャスターが「お米をスリッパで踏んだ時の面倒な取り除きを、簡単にする方法を見つけたんですよー。詳しくは、私のブログまで!」などと、まるでこの状況を見ているかのような台詞を吐いていた。
余計なお世話だ。
斜め上に視線を向け、空を見ながら回想を終えると、タイミング良くバスが学校近くに到着した。
その為、俺と夢月は早々にバスを降り、学校へと向かう。
ちなみに、今日のバスには意外と一般の乗客が多かった。
飛翔鷹高校で創立記念祭があるからか、はたまたこの時間はいつも多いのか、どうかは知らないが。
どちらにせよ、学校への道のりを行く人がいつもより多いのは、間違い無く創立記念祭だからだろう。
そして、校門前に差し掛かった時、不意に夢月が足を止めた。
「ん? どうした、夢月」
「ううん、何か盛大だなぁって思っちゃって」
「盛大、ねぇ……」
夢月の視線の先、校門の上にある虹の形をした看板には〝私立第二飛翔鷹高等学校・創立記念祭〟と、色鮮やかな文字で作られており、周囲には大量の華やかな装飾が成されていた。
手が込んでるなぁ、と思い苦笑しつつ、校門を潜って生徒玄関までの道のりを歩もうとした。
だが、その先に広がっていた光景に、驚きの表情は隠せなかった。
校門から生徒玄関までの僅か数十メートル間に、多数の模擬店が敷き詰められていたのだ。
途中、色々な模擬店に目を向けると、客寄せの為か大きな着ぐるみを装着していたり、コスプレをしていたりと、多種多様な姿をした学生の姿が見えた。
まるで、圭吾が毎年行ってるイベントみたいだな……。
コミック……なんだっけか。まぁいいや。
「これで文化祭じゃないってんだから、もっと驚きだな」
「えぇ!? これ、文化祭じゃないの!? ――って、創立記念祭じゃん!」
「何でボケと突っ込みを一人でやってんだよ」
にしても、この驚きようだと、文化祭の時はもっと驚くだろうな。
ここの文化祭は見た事無いけど。
そんな事を思いながら、生徒玄関内へと入って行く。
ちなみに、創立記念祭の時のみ、校内は土足オッケーなんだそうだ。
それを証明する〝土足・可〟という看板が、生徒用ロッカーの側面、つまりは入ってすぐに目に入る位置に多数設置されている。
来客する方々に、靴の履き替えという面倒な事をさせない為らしい。
故に、普段味わえない土足での校内闊歩を体感する気満々で廊下にその第一歩を踏み出した。
そこから校内を見渡せば、生徒玄関付近だけでもたくさんの人がおり、その中にはイベントや校内模擬店の宣伝をしている生徒がちらほら見える。
だが、某テーマパーク程混雑はしていない為、難無く歩く事が出来た。
「ねぇ、階段はどこ?」
「あ~、そこを曲がったらすぐだ」
言いながら、俺はもう少し行った所にある右への曲がり角を指で指し示した。
すると夢月は、駆け足で階段へと向かって行った。
やれやれ、せっかちな妹め。
肩を竦めながら、内心でそう呟き、俺も後を追おうとする。
だは、彼女が角を曲がった瞬間、きゃっという声が二人分聞こえ、同時に夢月が曲がった角から尻餅をついて俺の視界に戻って来た。
「……お前、何やってんだ?」
「だって、急にぶつかっちゃったんだもん」
「ぶつかっちゃったんだも~ん、じゃねぇよ。立てるか?」
問うと、夢月はその簡単に折れてしまいそうな細い腕をこちらに伸ばして来た。
俺は仕方無くその腕を掴み、立ち上がらせる。
「も~ん、なんて伸ばしてないよっ。それ以前に、お兄ちゃんの裏声、気持ち悪い!」
「気持ち悪いとは失礼なっ! 滅多に出さない声なんだから、驚くだけにしとけ」
「寄らないで~けだもの~」
「人聞きの悪い事言わないで下さい」
言いながら苦笑し、夢月と衝突した相手の方へと向かう。
角を曲がれば、ゆっくりと起き上がっている女子生徒の姿が見える。
「わりぃな、妹が迷惑を掛け――って、ん?」
「すみません、私が余所見を――あれ?」
姿と声を聞いて疑問を持ち、顔を見合わせる。
それは、二人とも同時の動作。
ってか、
「朔夜だったのか!」 「亮さんですか!?」
お前はトラブルメーカーかよ……。
いや、俺がそうなのか?
などと思いながら、朔夜に手を伸ばす。
すると彼女は、差し出した手を見て首を傾げるが、すぐに何の為の手なのか分かったらしく失礼します、と言いながら慌てて手を掴んで立ち上がった。
こいつの腕も、夢月と同じ位細いな。
「す、すみませんでした!」
「いや、誤る相手は俺じゃなくて、こいつだ」
言いながら、夢月を指差す。
すると朔夜は、今以上に慌てて夢月の前まで行き、何度も頭を下げて謝った。
「本当にすみません! ぶつかってしまったのに、謝る相手を間違えるなんて」
「別に気にしなくていいよぉ、お互い怪我も無かったんだし」
夢月は笑顔で、広げた手を数回振り、否定の意を表す。
ぱっと見だと、どっちが年上なのか分からない光景だな。
「えと、朔夜ちゃんだっけ?」
「え? あ、はい」
朔夜は突然、初対面の人に名前を呼ばれた為、戸惑いながらも返事をした。
まぁ、朔夜には妹の話を弁当の事以外何一つしていなかったから、心当たりさえも無いだろうな。
「えと、始めまして。私は亮の妹の夢月って言うんだよ。よろしくね! 朔夜ちゃんの事は、お兄ちゃんから聞いてるよ」
「えぇ!? 亮さんが私の事を!?」
「何故頬を赤らめる、頬を。話って言っても、お前が夢月の弁当をおいしそうに食べてくれたぞとか、話しやすい奴だ、とか――」
「天然っぽいだとか、からかいがいがある、とも言ってたね」
頬を赤らめていた朔夜の表情は、俺の言葉を聞いて明るくなり、夢月の言葉を聞いて暗くなった。
表情の変化が激しい奴だな。
「……そういえば、何で降りて来てたんだ? 確か、集合場所は屋上だった筈だが」
「それは、屋上から校門辺りを見ていたら、亮さんを見つけたんですよ。だから、お迎えに行こうと思いまして」
またしても表情が変わった朔夜は、笑みの表情で事情を説明してくれた。
なるほど納得。
そう思った丁度その時だ。
ポケットに入っている携帯が、着信音を鳴らしてメールが着た事を報せた。
俺はそれを面倒臭く思いながら取り出し、開いてメールを確認する。
「圭吾からだ。……遅いぞ、早く来い! だそうだ」
言って夢月を見ると、彼女はじとーっとした目で俺を見ていた。
不愉快である。
「……何だよ?」
「お兄ちゃん、まだ着信音が初期設定の固定音1なんだね、と思って。ほんっと、昔っからどーでもいいところが地味なんだから」
「う、うるせぇな。着信音なんて――」
「確かに地味ですね……」
「ぐっ」
二対一とは、卑怯だ!
一体全体、俺にどんな着信音を選べと言うのだ、この二人は。
そう内心で訴えかけていると、不意に夢月が拍手を打った。
「それじゃあ、次に私が近くに居る時、着信音が鳴ったら別の音になっている事を心がけてねっ。タイムリミットはそれまでの期間!」
決定だよ、と笑顔と言う名の先払いの報酬を俺に見せ、朔夜の手を取って階段を上り始めた。
……本当、主権を握り逃げするのがお上手な事で。
短い溜息をつきながら、内心でそう呟く俺は、携帯をマナーモードに切り替えて二人の後を追う事にした。