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第17話:俺達の昼はいつも宴

 時刻は十二時五十分を回っており、今は昼休み。

 教室や廊下には、多数の生徒による会話や笑い声が聞こえ、スピーカーからは放送部が選んだ音楽が流れている。

 そんな中、俺と朔夜、圭吾は、葵の居るB組に向かっていた。

 もちろん、夢月の特製弁当を持って。

 そして、すぐに着きましたB組。

 教室の戸を開けると、葵が待ってましたと言わんばかりに、全速力で走って来た。


「さっすが亮! 約束通りに持って来てくれたね!」


 言いながら、葵は俺が手に持っている弁当を持って行こうとする。

 だが、簡単に渡す訳にはいかない為、手に力を入れて離さないようにしておく。


「ちょっと待て。その前に、やる事があるんじゃないのか?」

「へ? ……あ、制服の事だね。でも、お弁当が先だよ! 腹が減っては洗濯は出来ぬって言うじゃん? ささ、離して離して」

「戦は出来ぬ、な。――分かったよ。約束だしな」


 俺は仕方無く手の力を緩めて弁当を離すと、葵はよっぽど強く引っ張っていたのか、バランスを崩しそうになった。


「わ、馬鹿!!」


 とっさに彼女の手を掴んで引き止めようとするが、その瞬間彼女は俺の手をヒラリと避けて、更に、えいっと言って足を引っ掛けてきた。

 それにより、完全にバランスを崩した俺は無様に倒れ込んだ。

 とっさに体勢を立て直したが、尻餅をついてしまった俺を、葵は指差して笑った。


「にゃははっ! わ、馬鹿!! だってさ、にゃはははは!!」


 その笑い声と共に、後ろに居た二人も笑い出す。

 特に圭吾は、大笑いと来た。

 ってか、転びそうになったのは演技だったって訳か……。

 溜息一つつき、制服についた埃を払いながら立ち上がって、笑い続けている葵の額にデコピン一発。


「イタィッ! もー、何かあるとすぐにデコピンなんだからっ」

「その言葉は、自分が悪くない時に使うもんだ。お前に使用権はない」


 はっきりと言い切ってやると、葵は額を片手で軽く押さえながら、頬を膨らませて、う~っと唸り始めた。

 だが、そんな彼女を無視して弁当を取り上げたのは、圭吾だった。


「はーい、そこまで~。笑ったせいで余計に腹減ってんだ、もう飯にしようぜ飯」


 言う圭吾の腹の虫は、少し離れていても充分聞こえた。

 授業中だと、皆の視線が腹を鳴らした奴に集中する程の音量だ。


「そうだな。とりあえず机を動かすか。朔夜、お前もこっちへ来て手伝ってくれ」

「あ、はい!」


 未だに肩を小刻みに震わせて笑っていた朔夜は、急いでこちらに向かってきた。

 その後、机を二つ向かい合わせにし、その周囲に椅子を四つ置いて準備完了。

 圭吾がその机の上に弁当を置くと、葵が素早く蓋を開ける。

 見事な連携プレーだ。

 ちなみにその弁当は、四段重ねの重箱みたいな物だ。

 正月によく目にする、御節の入った弁当箱が、正にそれである。


「わぁ! 今日も美味しそう!」


 葵は弁当を覗き込むなり、目を輝かせて歓声を上げる。

 ……それにしても夢月の奴、良く四段分の具を作れるなぁ。

 弁当抜きを耐え抜いた、圭吾へのご褒美かな。

 そう思いながら、俺達は割り箸を構え、メンバーを改めて確認する。

 右隣に朔夜、そして向かって右が圭吾、左が葵だ。

 その場に居る全員に、緊張が走る。朔夜を除いて。

 皆が割り箸を構え、互いに先手を待った。朔夜を除いて。

 刹那、一人分の割り箸が、重箱へと伸びた。

 それは、葵の割り箸だった。

 先手は葵。そしてそれを合図に、開戦だ。

 皆、自分の陣内(手が届く範囲)の具――獲物を死守しつつ、他の者が狙っている獲物を奪い取りに動く。朔夜を除いて。


「遅いぞ朔夜! 世の中弱肉強食、弱き者は食うべからず! その玉子焼き貰った!!」

「あぁ! 今取ろうとしてたんですよ!?」


 朔夜は抗議の声を上げるが、この戦場では無意味だ。

 現に、圭吾と葵の方を見れば、四段ある重箱を一つずつ解体しつつ、互いの陣内にある獲物を取り合い、死闘を繰り広げていた。

 だが不意に、葵が俺を見てニヤリと笑みを見せた。


「……遅いのはどっちかな? 陣内を見てみなよ?」

「ん? ――って、あぁ! 葵お前、俺の春巻きを!! ……っと、見せかけて、それは圭吾の食いかけだ」

「ぶふぅーっ!!」

「おいいぃぃっ! いくら俺のだからって、吹き出す事ないだろ!」


 盛大に春巻きを吹き出して、それをポケットティッシュで拭いている葵に圭吾は大声で突っ込みを入れるが、彼女は完全無視だ。

 とりあえず、脳内テロップで「この後春巻きはスタッフ(葵)が美味しく頂きました」と表示させて右隣を見ると、朔夜が気配を消して、圭吾の陣内にある獲物を獲得していた。


「意外と恐ろしい子なのな、お前」

「ようは慣れ、です! 油断していると、圭吾さんの食べかけを亮さんの陣内に仕込ませますよ!?」

「いや、食いかけかどうかは見りゃ分かるもんだろ」

「おいおい、俺の食いかけが毒扱いになってるところを突っ込めよ」


 訳の分からん声が聞こえた気がするが、無視しておく。

 しかしその瞬間、もの凄い殺気が来た。

 それは、圭吾の居る方向からだ。

 咄嗟に俺は、その源を箸で掴む。

 刹那、

「掛かったな! 箸渡しだ! ルール違反のお前は一旦休みとなる!!」


 言われ、箸の先端を見ると、圭吾の箸が掴んでいる具を俺も掴んでいた。


「……阿呆。これ、お前も同罪じゃねぇか。それに、だ。そんな事言ったら、圭吾の方がルール、じゃなくてマナー違反だぞ? なぁ、朔夜」

「刺し箸、寄せ箸、二人箸、空箸、こじ箸、叩き箸、指し――」

「すみませんでした。もう言いません!」


 言いながら、圭吾は額を机に押し付けて、何度も謝り出した。

 ……こいつは、何で毎回自分が不利な事を唐突に言い出すんだろうか。

 何だよ、ルールって。


「それにしても、凄いね朔夜ちゃん! お箸のマナーを知ってるなんて!」


 いつの間にか戦場が停止している事は気にせず、俺は左前に居る葵が目を輝かせているのを見ていた。

 しかし、そんな彼女の言葉に朔夜は、いえいえっと言いながら両手を振り出す。


「ちょっと興味があって覚えてみただけですよ! それに、偉そうに言っちゃいましたけど、私だって違反は少なから――って、何さり気無く私の陣内から取ってるんですか、亮さん!!」

「甘いぞ朔夜! 世の中弱肉強食、弱き者は――」

「聞きましたよそれっ! でも、そんな言葉で誤魔化しても無駄です!」


 どうやら、朔夜は本気になったらしい。

 その瞬間に、再開戦となった。

 笑い声や叫び声が、教室内に響き渡る。

 ……俺と圭吾にとって、こんな馬鹿騒ぎは中学以来だ。

 B組の皆さんには、さぞかし迷惑だったろうな。

 内心で、深々と謝っておこう。











 昼食後、俺と葵は体育館の裏手、グラウンドの近くにある水道で、制服を洗っていた。

 もちろん、俺は一切作業に参加しておらず、洗っているのは葵だけだ。

 それにしても手際が良く、準備も良い。

 まさか充電式外部バッテリーをセットにしたヘアドライヤーを持って来ているとは。

 などと思っている間に彼女の洗濯作業は終わり、俺に制服を両手一杯広げて見せた。


「じゃっじゃーん! 見た目もスッキリ、心もスッキリだよっ」

「一昔前のCMみたいなセリフだな……――ってか、確かにスッキリしてるな。関心したよ」


 褒め言葉を言ってやると、ヘアドライヤーで乾燥作業をやっていた葵は急に勝ち誇った表情で、フフーンッと鼻で笑った。


「家での家事はほとんど私がやっているから、これくらい朝飯前なんだよ。……制服は普通に洗えないから、特殊な洗剤使っちゃったし、副作用的な何かが起こるかもしれないけどね……」


 何だ? 最後の呟きは。


「って、家事全般やってるんなら、自分で弁当作って来ればいいんじゃないのか? そうすりゃ、昼食が増えるしな」

「りょ、料理は苦手なの。異常な程に……」

「なんだ、そうだったのか。キッチンに立ったら、鍋が爆発とかするのか?」

「……え? ……何で鍋が爆発するの?」


 ……あ。

 墓穴掘ったあぁ!

 その内心の言葉と同時に、悲鳴も上げておく。

 もちろん内心で、だ。


「ねぇねぇ、なんで爆発するの? 詳しく教えてよ~」


 ニヤニヤ笑いながら、下から上目遣いで俺を見る葵は、ここぞとばかりに問い掛けて来た。

 ええい、まさかこんな初歩的なミスをするとは……!

 全部圭吾のせいだ、きっとそうだ。


「そ、そんな事より、制服の乾燥終わったのか?」

「も~、誤魔化しちゃって。……まぁいっか。また今度詳しく聞かせてね。――はいっ、良い感じに仕上がったよ~」

「あ、あぁ、ありがとな。いやはや、助かった」

「いいのいいのっ! それより、そろそろお昼休み終わっちゃうよ~」


 言われ、そうだなっといいながら俺は、受け取った制服を羽織ってボタンを留めながら、先に歩き出した葵の後を追った。

 そして彼女の横に並び、ふと思い出した事を聞いてみる事にする。

 彼女が昨日、俺に言った言葉についてだ。


「……そういえば、昨日の放課後に言った事って、どういう意味なんだ?」


 その問いに彼女は小首を傾げ、まるで頭上にクエスチョンマークが出ているかのような表情をした。


「昨日の、放課後に? えと、……何か言ったっけ?」

「おいおい、とぼけ――っておい、ちょっと待てって!」


 急に駆け足で俺と距離を開けた彼女は、制止の言葉に反応し、こちらを向いた。

 表情は、満面の笑み。


「早くしないと遅れるよー!」


 その無邪気過ぎる笑顔を見て、聞くのが面倒になった。

 ……また、今度でいっか。

 内心でそう呟きながら腕時計に目をやると、時刻は既に一時を過ぎていた。

 確かに、急がなくてはいけない時間だ。

 俺は走って葵に追いつき、教室へと向かった。

 途中、制服の襟から漂う洗剤の香りが、僅かに俺の鼻を刺激する。

 悪く無い香りだな……と、内心で呟いておく。

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