第16話:意外な奴に救われた…?
線香の香りが漂う部屋に、俺は居た。
喪服姿の人達がパイプイスに座り、手を合わせている姿が大勢居るその最前列に、だ。
俺の前方には、お経を読み上げている坊主と、またその前には多数の花に囲まれた、親父と母さんの写真がある。
不自然な水色を背景に、笑顔の写真が二人分ある。それは遺影であり、これは葬式だ。
交通事故で死んだ二人の葬式に、俺は参加している。
この時、涙はとっくに涸れ果てていた。
今残っている負の感情は、心の中から大きな喪失感だけだ。
更にその喪失感は、俺の思考を停止させている。
とは言っても、もし思考があったとしても、マイナス思考ばかりが働いていただろうが。
そんな状態の俺を他所に、後ろからは小声での会話が聞こえて来る。
「……あの子が、霧島夫妻の長男かい?」
「まだ中学二年生なのに、可哀想にねぇ……」
「ご両親を一度に亡くして、妹さんも精神的ショックで心を閉ざしているんですって?」
「霧島家の時期頭首を受け継ぐには、まだ若いが……あの夫妻の子なら、やってのけられるだろうな」
所々から聞こえて来る声には、同情の意が感じられる。
だが、俺はこんな大人達は大嫌いだ。
わざと他人に聞こえる声で話し、あたかも自分が善人のように振舞う。
それが心に思っていない事であっても、だ。
その証拠に先程、一緒に住まないか? っと提案して来た夫妻が居た。
裏のありそうな言動と表情。
それは、親父達が残した莫大な研究資金と霧島家の時期頭首の権利を狙っていると、すぐに分かった。
だからこそ拒否した。
俺は、両親が居なくても生きていける人間で居なくてはいけないのだ。
そして、命に代えてでも妹を、夢月を守り続けると、そう決めた。
それは、まだ世間の何たるかを知らない糞ガキの俺が、初めて心に刻み込んだ決意だった。
目が覚め、気付くと俺は、自分の席に座って机に突っ伏していた。
ちなみに、嫌な夢を見ていた気がするから、気分は少々ブルー。
だが、そんな事を気にしている場合では無い為、腕時計を見ると時刻は十時ちょい過ぎ。
確か、鬼頭と廊下で睨み合ってた筈なんだが、いつの間にか自分の席に居て、二時間目の授業である現代国語が始まっていた。
気絶していたのか……。
とりあえず朔夜に、気絶してる間の出来事を聞こうと思って後ろを向く。
「あ、亮さん、目が覚めたんですね! おはようございます」
「お、おう、おはよう」
意外にも、先に言葉を発したのは朔夜だった。
「もしかして、俺が後ろを向くのを待っていたのか?」
その問いに、朔夜は少し考えた後、人差し指で入口の戸を指す。
「鬼頭先生が亮さんを引き摺りながら入って来て、私に歯向かう時は勝ち目のある時にしろ、そうじゃないと霧島のようになるぞー、って言った後に、亮さんを圭吾さん達に運ばせていました」
「そうか、圭吾が……。達って事は、他の奴も運んだって事だよな? それじゃ、後で礼を言っておくかな。圭吾以外に」
「だ、駄目ですよ! ちゃんと圭吾さんにも礼を言わないと」
朔夜は必死に、しかし声を殺して言った。
「いや、冗談だ。冗談」
それにしても鬼頭の奴、俺を引き摺って来たのか。
……って、あれ? 引き摺った?
「……あ」
〝引き摺る〟という行為をした際の代償。
それに気付いた。
「ああああぁぁぁああぁぁああぁっ!!!」
俺は、大声で叫びながら立ち上がって素早く制服を脱ぎ、背中の部分を見る。
目に映ったのは、埃などのゴミを大量に付けた、哀れな制服の姿だった。
チョークの欠片でも落ちていたのか、チョークで描かれたような白い跡まで付いている。
な、何て事を……。
「あ、あの……亮さん?」
朔夜の、恐る恐る問う声で我に返った時、思い出した。
今が授業中であるという事を。
「お? 珍しいな、霧島。それじゃあこの問題、解いてくれ」
本当、俺は運の悪い日はタイミングさえも悪いな……。
教師が丁度問題を出している時に、大声を出して立ち上がるとは。
その大声のせいで、教室内の全ての視線が俺に向けられている。
中には、クスクスっと笑っている奴の姿も見える。
「あ~……えと……」
「お!? まさか、授業中にずっと眠っていたのに答えられるのか!? よっ、優等生!!」
外野の圭吾がうるせぇ……。
「あ~……分からない、パスで……」
そう言った瞬間、教室内に笑い声が響き渡った。
「お! これはまさかの思わせぶりか!? 発展だな? ここから発展するんだな!?」
「わかりません……と、見せかけて! って、発展するんだよな!? 霧島!」
「うるせぇぞお前ら!!」
俺がそう大声で怒鳴ると、笑い声は更に増す。
畜生、顔が熱い……。
「分からないなら立つな。それじゃあ、改めてこの問題は……五月蝿かった本田な。同じく五月蝿かった和津多は次の問題だぞ」
「うわぁぁぁ!! まさかの展開ッスか!?」
「そりゃ無いですよせんっせ~い!!」
突然選ばれた圭吾は、頭を抱えて後ろに仰け反った。
和津多も同じ様な反応だ。
ざまあ見ろってんだ。
次いで、そのまま授業が再開される。
そんな中、俺は再度、背中の汚れを見て唖然としていた。
……こんなの、夢月が見たら……。
いや、理由を話せばなんとか……なる訳が無い。
遅刻しそうになった状況で教師に文句を言った挙句、抵抗しようとして返り討ちに合ってこうなった、なんていえる筈が無い。
どう考えても自滅行為、自業自得だ。
「大丈夫ですか? 亮さん」
「大丈夫だったら、急に立ち上がったりはしないって」
朔夜が心配しているのは分かるが、実際起こる恐怖はその数十倍だろう。
「すみません。気付いていたんですが、なかなか言えなくて」
「気にするなって。叫んだのは俺だしな。――それよりこれ、どうすっかなぁ……」
その一言に、朔夜は何かを思い出したかのように、あっと小さく声を上げた。
「そういえば先程、葵ちゃんが来てましたよ? それで、朝はバスに乗れなくてごめんねって言って出て行きました」
「葵の奴、遅刻だったのか。ってか、それだけの為に来たのか? あいつ」
「いえいえ。その時に、亮さんの制服の汚れを見て、洗濯は得意だからお弁当のお礼に綺麗にしてあげる、とも言ってました」
「そうか……って、なにぃ!? 本当か! 嘘じゃないんだな!?」
「私が亮さんに嘘をついて、どんな得があるって言うんですか?」
朔夜は少しムッとした表情を見せた。
少々、頬を膨らませて。
「確かにそうだな。……いや? この前の仕返しという線があるな。ほら、授業中の」
「しょんな!? ひ、酷いですよ……」
彼女の表情は一転して、雲がかかったかの様に暗くなった。
「まぁ、そんな事は置いといて」
「そ、そんな事……」
今度は涙目交じりで、俺に何かを訴えかけるように見つめてきた。
……こういう新鮮な反応があるから、こいつを弄るのが楽しく思えてくる。
だが、さすがにこれ以上やると、本当に泣き出しそうだから止めておこう。
実際、そんなに心の弱い奴じゃないだろうが、思わぬところで姉御に制裁を下されるかもしれない。
もしかしたら、真佑美かもしれないしな……。
「冗談だ、冗談。だから泣くなって、な?」
だが、その言葉と同時に朔夜は俯き、それ以降何の反応も見せない。
あれ? 何か、予想していた最悪の事態?
「えと、……ごめん」
言った瞬間、彼女はゆっくりと顔を上げた。
その表情は先程までとは違い、嬉しそうにニヤニヤしている。
「亮さんが珍しく謝りました~! これは貴重です!!」
「はい!? ……い、一本取られた……」
ある意味、危険な奴だなこいつ。
実は、頭も凄く良かったり?
ってか、俺が謝るのが珍しいとか、失礼にも程があるぞ。
「まぁ、とにかくだ。葵が言ってた事は本当なんだな?」
「はい。お昼になったらB組まで来て欲しいそうです。お弁当を持って」
あいつ、そういうところには抜かりがないのな。
とりあえず、昼になったらB組に行ってみるか。
本題は、それからだな。
「それと朔夜、お前も来いよ」
その一言を聞いた朔夜は少し驚いた表情をし、だがすぐに喜びの笑みに変わった。
彼女は、もちろんです! っと言いながら目を弓の様にして、良い笑顔を見せてくれた。