第13話:夢月が予想した光景は
この世界は一つとは限らない。
それは、以前まで空想論であった、平行世界の存在だ。
私は、私達は、その平行世界が存在すると信じて研究を進めていた。
幻想物語を読んだり聞いたりした者達は、少なからずその異世界、他世界に夢を抱くだろう。
それは、当然の事ながら私達にとっても同じなのである。
そんな世界への干渉を、理論上での成功が間近へと迫っていた。
〝夢〟
それが一つ、実現に近付いているのだ。
「よし、そこまでで良いぞ、霧島。じゃあ続きを……石田、頼む」
言われ、俺は教科書を音読するのを止めた。
ちなみに今は、鬼頭が担当の世界史がある三時間目。
そして、俺が音読させられていたのは、とある科学者の論文なんだそうだ。
だが、そんな事はどうでも良い。
それよりも先程から、大分離れた斜め後方の席で机に突っ伏し体を震わせながら、声を殺して笑っている圭吾の姿に腹が立つ。
俺と目が合う度に、だ。
だが、鬼頭の授業ではあまり騒がない方が良い。
騒ぐという事、即ちそれは死を意味しているからだ。
よって、静かに窓の外を眺める事にした。
ちなみにあのシャンプーは、効果が切れるのが予定より少し早かった為に、現在は元の髪型に戻っている。
本当に良かった……っと喜んでいると突然、後ろから背中をペンのような物で突かれた。
仕方無く後ろへと振り向くと、朔夜が申し訳無さそうな顔をしていた。
「あ、あの……。朝は失礼な事をしてしまい、すみませんでした……」
「いや、気にするなって。悪いのは全部アイツなんだから」
そう言って俺は、離れた所に居る圭吾を睨み付ける。
するといつの間にか顔を上げていた彼は俺の顔を見るなり、またしても机に突っ伏して声を殺して笑い出した。
あいつ、反省という言葉を知らんのか?
土下座でもするべきだ。
「――ところで、お願いがあるんですけど……」
朔夜が何か言い出したので、また向き直す。
「また、あの髪型で来てくれませんか?」
「断る」
俺、即答。
ってか、お前も反省という言葉、知らんのか?
いつの間に前言撤回してたんだよ。
「そうですか……」
彼女は、何故か残念そうな顔になった。
頼むから、そんな顔をするなよ……。
本日二度目だ、無駄に申し訳無くなったのは。
「……ほう、私の授業で私語とは、良い度胸だな霧島。今度は校庭を授業が終わるまで走らせてやろうか貴様」
俺達が話しているのが見えたのか、鬼頭が少々怒りの篭った声で脅して来た。
「あ、すまん」
「軽い謝罪だな。まぁ、いいが……。――それじゃ、授業を再開するぞ」
そう言って、鬼頭は黒板の方へと向いた。
その後は、彼女の機嫌をこれ以上損ねない為なのか、授業が終わるまでの間、この教室では鬼頭の声とチョークの音しか聞こえなかった。
四時間目終了のチャイムが鳴る。
それは同時に、昼休みの始まりを意味していた。
「よっしゃー、飯だぁ! 夢月ちゃんの手料理弁当だぁぁ!!」
その時間の担当をしている教師が教室を出た瞬間、教室中に圭吾のはしゃぎ声が聞こえた。
まぁ、はしゃぐのも無理は無いか。
圭吾にとっては、久々の夢月特製手料理弁当が食えるんだからな。
そう思っていると突然、教室の戸が音を立てて勢い良く開かれた。
俺を含めた教室内の全ての視線は、その音に驚き、開いた場所へと注がれる。
そこには見た事のあるツインテールを揺らした、一人の女子生徒が立っていた。
「あれって、葵ちゃんじゃないか?」
俺の隣まで来ていた圭吾は、何故か小声で俺に言って来た。
「俺はそんなに視力は悪くねぇぞ。態々言わなくても分かっている」
葵は教室内を見渡すようにキョロキョロした後、俺を見つけたのか手を振りながら走って来た。
「やっほー、龍馬ー!」
「なんど言ったら分かるんだ、俺の名前は亮だ」
「そんな事どうだって良いよぉ。それより、シャンプーのあれのお詫びにパンを買って来たよ~」
そう言いながら、俺の前まで来た葵は、パンを一つ差し出してきた。
少し間を空け、俺は一度パンを人差し指で指し、その後に自分に向ける。
〝これを、俺に?〟って意味だ。
彼女はそれが分かったのか、笑顔で頷く。
「……すまん、俺、今日は弁当なんだ」
「うにゃーん!?」
葵の笑顔は一瞬にして絶望一色となってしまい、妙な言葉と共に固まった。
そして、同時に彼女の手から落ちそうになったパンを、とりあえず勿体無いので貰っておく。
だが、彼女はピクリとも動かない。これは、俺の所為なのか?
「……なんなら、お前も一緒に弁当食うか? たくさんあるから、一人位増えても全く問題無い量だしな」
「ほ、本当に!? やったー! それじゃ、お言葉に甘えて頂いちゃうよぉ~!」
俺の言葉を聞いた瞬間、目の色を変えやがった。
ついでに表情も、満面の笑みだ。
凄い変わりようだな……。
「一本取られたな」
「うるせぇっ」
正面で五月蝿い圭吾から逃れるように後ろを向くと、朔夜が一人で弁当を食っている姿が目に入った。
……もしかして朔夜、いつも一人で食ってたのか?
そんな考えが、脳内で生まれる。
もしそうだとすると、俺達だけで楽しく食ってる訳にはいかねぇな。
気が付くと、俺は朔夜に声を掛けていた。
「なぁ、お前も一緒に食うか?」
「……へ?」
彼女は俺の言った事が理解出来ていないのか、ポカーンッと口を開けている。
まぁ、突然だったんだから無理も無いか。
「いや、だからお前も一緒に弁当食うか?」
「……い、良いんですか?」
今度は、少し戸惑いながら聞いてくる。
それは嬉しくも、糠喜びにならないようにといった、注意深さのある問いだ。
「もちろん良いぞ。俺の弁当は無駄に多いからな」
「あ、ありがとうございます!!」
感激の声をあげた彼女は、さっそく自分の弁当を持って、椅子を俺の机の横に置いた。
そして、圭吾が差し出した割り箸を受け取り、両手の平を合わせる。
「そ、それでは遠慮無く。……いただきますっ」
彼女は割り箸で弁当から野菜炒めを少し取り、口へと運んだ。
その後、表情が大きく変わる。
「――っ!! お、おいしいです!!」
「当ったり前さ、なんせ夢月ちゃんの特製弁当だからねっ!」
圭吾は、自分が作った訳でも無いのに、何故か勝ち誇った顔をしている。
こいつは、調子に乗らせてはいけないな、やっぱり……。
そんな事を思いつつ、ふと目に入った朔夜の弁当を手に取り、蓋を開ける。
小さな円形の弁当に、おかずとご飯が入っている形だ。
朔夜に視線をやれば、どうやら感動のあまり食う事に集中しており、俺が弁当を手に取ったのには気付いていない様子。
その為、俺はそのおかずの一つを摘んで、口に入れる。
……冷凍食品、か。
大抵の生徒は、冷凍食品を含めた弁当なんだろうか。
それとも、手作りの方が多いのだろうか。
思いながら弁当の蓋を閉じ、机の隅に置く。
「……手作りってのは、珍しい方だよな、やっぱり……」
なら、改めて夢月に感謝すべきだな、こりゃ。
そう思って自分の弁当を見ると、既に半分も残っていなかった。
「って、お前ら! 俺の分も残しておけよ!」
俺は急いで割り箸を手に取って参加し、戦争のようなおかずの取り合いが始まった。