第12話:ヘッドスパーキング!
朝日が顔に直撃し、目が覚める。
最初に視界に入った天井をしばらく見、そしてベッドの脇にある棚の上の目覚まし時計を見た。
表示されている時間は七時。また早起きな朝である。そして頭が少しむず痒い。
だが、いつもより目覚めがすっきりしている為、今日は何と無く良い事がある気がした。
その良い事は何だろうかと考えながら、顔を洗おうと洗面所へと向かい鏡を見て、思わず自分の目を疑った。
「――っ!? なんじゃこりゃあぁあぁぁっ!!」
俺の髪型がとんでもない事になっていた。
どんな感じかって? そりゃもう、自主規制でモザイクを掛けても良いくらい。
そういえば、ついさっき擦れ違った夢月が、必死に笑いを堪えていたようだったが、これの事だったのか……。
急いでお湯などを使って応急処置を施すが、南無三、ほとんど変わりはしなかった。
ヘアアイロンを買っておけばよかったと、心から思ったのは初めてだ。
その上、応急処置をやっている間に時間が大分経っており、もうバスの時間が近付いていた。
そして、どうにもならない髪形のまま、急いで制服に着替えてバス停へと走った。
バス停に行くのには、少し躊躇いがあったが……。
その理由は簡単だ。
あの場所には葵が居る、確実に。
俺のこの髪を見たら、腹抱えて大笑いするだろうよ、必ずな。
「にゃっはははははっ! 何、何その髪!にゃはははははっ!!」
思った通りの反応だ。
馬鹿っ面して腹抱えて、見事に笑ってるよ、チキショウ。
なんで朝っぱらから、こんな目に合わなきゃならんのだ……。
「あはははっ、効き目はバッチリだぁ――あ」
葵の小さな失言を、もちろん俺は聞き逃さない。
あぁ、聞き逃さないよ、聞き逃してたまるものか。
「おい、効き目とは何の事だ?」
「え? えっと、それは……」
葵は引き攣った表情でゆっくりと後退るが、丁度バスが来た為に逃げ場が無い。
……詳しい事は、バスの中で聞く事にする。
なに、尋問なんてしないさ。手荒な真似はしたくないしな。
詰問はするだろうが。
しばらくバスに揺られ、目的地である学校付近に到着した。
そしてバスを降りた後、教室に向かう僅かな時間の間に、葵から聞いた事を纏める。
まず、こんな髪型になったのは昨日、葵が俺に渡したシャンプーが原因なんだそうだ。
そのシャンプーは、協力者がネットで偶然見つけ、面白そうだから購入したらしい。
その効果は、使ってから約十五時間程度。
つまりは昼までって事か……。
その中で一番良い情報は、この計画を企てた奴は圭吾だという事だ。
つまりは教室に行くまでの間、屈辱に耐える事が出来れば良いのか。
そう思ったのも束の間、教室に向かう途中に何人、何十人もの生徒と擦れ違ったが。
ある者は俯いて肩を震わせていたり、ある者は俺に指を指して爆笑してくるという、途轍もない屈辱を受け、早くも耐えられそうに無い。
……待ってろよ、圭吾。この屈辱は絶対に晴らしてやる……!
内心で復讐に燃えながら教室の戸を力一杯引き、中を見渡す。
しかし、教室内には圭吾の姿が見えなかった。
どうやらまだ来ていないらしい。
仕方なくいつも通り自分の席に座り、後ろ、朔夜の方を向く。
すると机に突っ伏していた彼女は、俺に気付いたのか顔を上げた。
「あ、亮さ――っ!? お、おはよ、うござ、ございますっ……」
「良いさ良いさ、笑いたければ笑えよ」
「い、いえいえ、別にそんなつもりじゃ……。でもほら、その髪型もあの、その……」
必死に笑いを堪えて、声を震わせていた彼女は、フォローしようとしているが言葉が見つからない、そんな表情をしていた。
別に、フォローなんてしなくても良いんだが……。
そんな時突然、左側から声が来た。
「ういッス、おはよう! 亮に朔夜ちゃんっ」
お気楽な挨拶に声で、すぐに誰か分かる。
この髪型になってしまった元凶、圭吾がやっと来た。
「今日も良いあ――って、亮……? お前、その頭……そんな、まさか……」
圭吾は俺の髪型を見るなり目を見開き、一言一言を搾り出すような声。
腹の立つ演技だ。
「本当に効くんだな、あれ! こりゃ傑作だ! あっははははははっ!!」
続いて腹の立つ笑い方で、俺の苛立ちが更に増す。
そんな、半目で睨み付けている俺を無視して、圭吾は腹を抱えて大笑いしている。
「コレ、使うかい?」
またしても突然の声。
その声がした方を向くと、真佑美が俺にハリセンを差し出していた。
俺はそのハリセンを会釈して受け取り、まだ大笑いを続けている圭吾の頭目掛けて思い切り振り下ろす!
直後、彼に直撃したハリセンが、快音を教室中に響き渡らせた。
「――ってぇ! 何すんだよ!!」
「何すんだ、だと……? それはこっちのセリフでもあるんだけどなぁ?」
「あ、えと、それはだな……」
俺が圭吾を力強く睨み付けると、彼は蛇に睨まれた蛙の如く、動きを止めた。
とりあえずハリセンを床に叩き付けて、問い掛ける。
「それは、何だよ? 言ってみ――っ!?」
瞬間、俺の頭に強い衝撃。
それと同時、教室中に再度、快音が響き渡る。
「そろそろ、いい加減にしようと思わないか? ん?」
怒りを無理矢理抑え込んだような声が聞こえる。
俺と圭吾は一度顔を見合わせ、その声が聞こえた方を向くと、ハリセン片手に引き攣った笑みの表情をした鬼頭が立っていた。
「この私が来たというのに、いつまでも座らないとは……。いい度胸だとは思わないか? どうだ?」
その言葉にハッとした俺は、素早く周りを見渡す。
するといつの間にか生徒全員が座っており、真佑美の姿も消えていた。
神出鬼没って奴なのか? 彼女は。
そんな事を思いながら鬼頭の方へよ向き直し、その表情を見て思う。
引き攣った笑みの表情が、いつどんでもなく恐ろしい表情になってしまうのか、と。
そうなった場合を思うと、自然と悪寒がした。
「さて、私の気が変わらない内に、席に座った方が良いと思うぞ?」
「「はいっ!!」」
俺と圭吾は声を揃えて返事をし、急いで席へと座る。
「全く、朝から騒がしい奴らめ……。このハリセンも、お前らが持って来たのか?」
「え? あ……あぁ、そうだ」
真佑美が持って来たなんて言っても、信じてもらえないだろう。
それにしても、彼女はいつの間に姿を消していたのだろうか。
鬼頭は俺達が騒ぎ出した時、既に入って来ていたらしい。
しかし、真佑美はその時にハリセンを俺に渡した。
……俊足で教室を出て行ったってのか?
よく分からない人だなぁ。
「――っと、それと霧島。何だその髪は、イメチェンか?」
「すまん、これに関する話題は避けてくれ……」
「ん? そうか、残念だな」
本当に残念そうな顔をするなよ。
無駄に申し訳無い気持ちになるだろうが。
「では出席を取るぞ……って、ん? そういえば最近、出雲の姿を見ないが、誰か欠席の理由を知ってるか?」
その問いに、圭吾が勢い良く立ち上がった。
「直樹は暫く、家の用事で休むそうです!」
「そうか、そういう大事な事はもっと早く言え」
「了解しました!!」
彼はノリノリで敬礼し、席に座った。
……アイツは、つい先程がどんな状況であっても、テンションは高いんだな。
その後、鬼頭は短い言葉と共に教室を後にし、俺は次の授業の準備を始めた。
机からシャーペンと消しゴムを取り出して、表面に何も書いてないノートを置き、はいこれで準備完了。
後は、寝るだけだ。