プロローグ
春休みの最終日を利用して、俺は今、ある場所に来ていた。
あたり一面廃墟しか無い場所を、俺は歩いている。
途中、春の冷たい風が、首から上に当たった。
太陽が出ているのにもかかわらず冷たい風は、背筋にゾクッと寒気を走らせ、鳥肌を立たせる。
幸い、服は少し厚手の為に、身体は無事だが、顔が寒い事には変わり無い。
……早く暖かくなんねぇかな。
そんな事を願いながら、立ち入り禁止と書かれた看板を無視して道なりに進み、とあるビルへと入って行く。
何年もほったらかしになっているこのビルの壁には罅が入っており、上ろうとしている階段は錆びていた。
一段踏む度に金属が軋む音を聞きながら、最上階へと向かった。
最上階と屋上を隔てる扉は既に無く、まっすぐに屋上の隅へと歩いて行く。
そこにはドラム缶が幾つか置かれており、俺はその内の一つに、ジーパンから取り出した缶ジュースを置き、隣のドラム缶に座る。
次いで、もう片方のポケットから缶コーヒーを取り出し、開封して一口。
無糖の苦い液体が口の中に広がり、温かいそれは熱を胃に染み渡らせる。
ホットにしておいて良かった、と内心で呟き、暫くの間、ボーっと屋上から望める周囲の景色を見る。
目に映るのは、廃墟となった幾つものビルだ。
数え始めると途中で挫折してしまいそうなそれらを、缶コーヒーにちびちびと口を付けながら見据える。
……そういえば、昔、ある人にこんな事を言われたな。
「お前が無駄に過ごした今日は、昨日死んだ誰かが死ぬほど生きたかった明日かもしれないぞ?」と。
だとすると、今ここに居る事は、一日を無駄に過ごす事なのだろうか。
ここら一帯が廃墟になった原因の出来事で死んだ者達が、死ぬほど生きたかった日を。
「……馬鹿馬鹿しい」
呟き、缶コーヒーを一気に飲み干す。
自分の時間が無駄かどうかは、自分で決めるもんだ。
だから、もし、もっと生きたかったという身近な人間が死んだのなら、俺はそいつの分も生きて行こうと、そう思う。
「それで良いんだよな?詩織」
隣のドラム缶に置かれた缶ジュースに向かって返答のある筈が無い問いを放つ。
同時に、どうかこれまでの日常もこれからの日常も、胸を張って良かったと言えるものであるように、と切実なお願いをしておく。
しかし、神様という存在が実在するとしたら、俺はどうやら神様に毛嫌いされているらしい。将来が不安である。
そんな事を思い、苦笑を漏らしながら、空になった缶コーヒーを外へと投げ捨てた。
次いで、最後に景色を一瞥し、踵を返してその場を後にした。
二〇三六年現在。東京都の一部は、未だに崩壊したままだった。