市場での買い物と石取りゲーム
中庭の小道をゆっくりと歩きながら、アーシュが遠慮がちに口を開いた。
「優人さん、姉さんから聞いたんですが、優人さんって異世界から来たんですよね?」
その言葉にフィーナも興味津々な様子で顔を向ける。
「そういえば、その話、私もちゃんと聞いたことなかったわね!」
と言って、目を輝かせている。優人は頷きながら肯定した。
「まあ、そうですね」
アーシュは少し考え込んだ様子で、
「どうやって異世界に来たんですか?」
とさらに質問を重ねた。それを聞いたフィーナも同調する。
「それ、私も気になってた!」
「実は、自分でもわからないんです」
優人は少し困ったように笑いながら話し始めた。
「前にユリナとも話したんですが、急に魔法陣のようなものが出現して、その場にいた先生と一緒に元の世界から飛ばされてしまったんです。それで、気が付いたらこの世界に来てました」
「一緒にいた先生はどうなったの?」
フィーナが眉をひそめて尋ねると、優人は首を横に振った。
「それも全然わからないんです。この世界の別の場所に飛ばされたのか、それとも、もっと別の世界に行ったのか、そもそも飛ばされていないのか……一応、ユリナにはその先生の特徴を話して探してもらってはいるんですけどね。」
優人は少し目を伏せて、続けた。
「私の世界には“異世界転生”っていう言葉があって、それをテーマにした小説がたくさんあるんです。でも、異世界転移の場合はたいてい召喚した人がいるものなんですが、自分の場合は誰もいない平原に飛ばされてたんです。」
「優人さんは元の世界に帰りたいんですか?」
アーシュは少し慎重な口調で尋ねた。優人はしばらく考えてから、
「この世界もいいところだし、ここで出会った人たちは本当にいい人ばかりで、離れるのは惜しい。でも……帰れるなら、やっぱり元の世界に帰りたいとは思ってますね。」
と正直な気持ちを伝えた。その言葉を聞いて、フィーナが少しムッとしたように優人を睨み、
「じゃあ、ユリナ姫との婚約はどうなるの?姫は優人のことがあんなに好きなのに、置いていくつもり?」
と問い詰める。優人は苦笑いを浮かべながら答えた。
「だから、ユリナとの関係についてはあまり踏み込んでないんですよ。元の世界に帰りたいって気持ちを持ちながら、ユリナの気持ちを受け入れるのは不誠実だと思いますし……。」
フィーナはその言葉に複雑そうな顔をした。姫の恋を応援したい気持ちと、恩人である優人の希望をかなえたいという気持ちがあるからだ。するとアーシュが真剣な表情で口を開いた。
「優人さんは僕の命の恩人です。だから、他の人がどう思おうとも、優人さんの希望を第一に叶えられるように、全力で協力します。」
その真摯な言葉に優人が感心していると、アーシュがさらに続けた。
「ただ、もし優人さんが元の世界に帰れないとわかったときは、姉さんを側室にしてください。」
その言葉にフィーナは顔を真っ赤にしながら
「急に何をばかなこと言ってるのよ!」
と叫んだが、アーシュは全く動じる様子もなく、
「最近、姉は優人さんの話ばかりしてます。それも、とても楽しそうに話すんです。優人さんに信頼を寄せてることがよくわかります。」
と冷静に続ける。とフィーナは怒りをあらわにしながら叫んだ。
「勝手に話を進めないで!」
優人はそれを横目で見つつアーシュに向き直り、やんわりと返した。
「フィーナとは年齢差が20くらいあるし、それにまだ結婚とか考える年齢じゃないでしょう?」
そして、軽く笑みを浮かべながら
「それにしても、今の私の話を聞いてそんな提案をしてくるとは、大人しそうな顔して、意外とやりますね。」
と冗談めかして言った。アーシュは全く気にする様子もなく、
「結婚の話ならあと5年くらいでちょうどよくなりますよ。それに、僕は優人さんの希望を第一にします。ただ、姉さんやユリナ姫の気持ちも応援したいです。」
と真剣な表情で答えた。優人はその言葉を受けて、少し苦笑しながら
「その時になったら考えるよ」
と返事をした。フィーナは顔を真っ赤にしながら再度反論していた。
「だから私を置いて、勝手に話を進めないで!」
その場の空気はいつの間にか温かい笑い声に包まれていた。
中庭での散歩が一段落し、フィーナがふと優人に尋ねた。
「優人、明日は暇?」
優人は少し考えて答えた。
「今日と同じで授業が終われば暇だと思いますよ」
それを聞いたフィーナは嬉しそうに微笑み、優人に提案した。
「じゃあ、明日一緒に街に行かない?」
アーシュが楽しげに口を挟む。
「こんなに堂々とデートに誘うなんて、さすが姉さんだね!」
「……あんた、分かってて言ってるでしょ。怒るわよ?」
フィーナは頬を膨らませながらアーシュを軽く睨んだ後、優人に説明を続けた。
「実は、明日市場が開かれるの。弟の日用品とかいろいろ買いに行こうと思ってて。それで、せっかくだから優人も来ないかなって思ったの。」
さらにフィーナは言葉を重ねる。
「もちろん、ユリナ姫も誘って、4人で行くのはどうかと思ってるのよ。」
優人は興味を引かれた様子で笑顔を浮かべ手答えた。
「それは楽しそうですね。ぜひ行ってみたいです。ユリナにも聞いてみます」
次の日の予定が決まったところで、中庭の散歩も終わりにすることにした。優人はフィーナとアーシュに別れを告げ、自分の部屋に戻ろうと歩いていった。
王城の部屋に戻る途中の廊下で、偶然にもユリナ姫と出会った。優人は彼女に声をかける。
「ユリナ、こんなところで会うなんて珍しいですね。」
ユリナ姫は嬉しそうに笑顔を見せて近づいてきた。
「優人様に会えるなんて私も嬉しいです。お散歩はもう終わったのですか?」
「はい、終わりました。」
と優人は答えた。そして、
「ユリナの方は、王様からお話があると聞きましたが、どうだったんですか?」
と尋ねた。
ユリナ姫は少し真剣な顔になり、
「北のノルディア連合の様子がおかしいっていう話でした。ノルディア連合の王から、国内が慌ただしいって手紙が来て以降、連絡が途絶えているということでした。」
優人は少し眉をひそめ、
「それで、王はどうしてその話をわざわざユリナに?」
と聞き返した。
ユリナ姫は静かにため息をつきながら話を続けた。
「ノルディア連合には、幼い頃よく一緒に遊んだ相手がいるんでの。だから父は私にも伝えてくれたんだと思います」
優人は優しい声で、「その方が無事でいるといいですね」と伝えた。ユリナ姫は小さく頷いた。
少し間を置いて、優人は少し照れくさそうに言葉を続けた。
「こんな話の後で言うのもなんですが……明日、市場に一緒に行きませんか?」
その言葉を聞いて、ユリナ姫は一瞬驚いたように目を見開いた後、頬を赤く染めてうつむきながら小さく頷いた。
「ええ、ぜひ……」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ユリナ姫は優人の袖を軽くつまみ、
「明日を楽しみにしてます」
と優しく微笑んでから、その場を後にした。優人は彼女の様子に少し不思議な気持ちを抱きつつ、自分の部屋に戻り、明日の準備の前に数学の問題を解こうと足を進めた。
次の日、優人は数学の授業とユリナ姫による異世界講座を終え、ついに町へ行く約束の日を迎えた。待ち合わせ場所は王城の入り口。ユリナ姫は楽しげな笑顔を浮かべ、「準備してきますね!」と元気よく部屋に向かっていった。優人も一度自分の部屋に戻り、身軽な格好で準備を済ませると、早々に王城の入り口へと向かった。
王城の重厚な石造りの門を抜けると、目の前には中世ヨーロッパの風情漂う街並みが広がっていた。石畳の道が曲がりくねりながら遠くまで続き、その両脇には木造や石造りの建物が立ち並んでいる。それぞれの建物は、白やクリーム色の壁に赤やオレンジの屋根を持ち、軒先には色とりどりの花が飾られていた。窓からはカーテン越しに住人の生活の気配が感じられ、小さな子どもたちが路地で遊ぶ声が微かに聞こえる。
通りには露店が並び始めており、新鮮な野菜や果物、布地や装飾品が売られている様子が見て取れる。遠くには石造りの時計塔がそびえ立ち、その鐘が正午を告げていた。商人たちの活気ある呼び声と、行き交う人々の足音が混ざり合い、活気に満ちた空気が広がっている。
そんな街並みをぼんやりと眺めていた優人の背後から、軽やかな足音が聞こえてきた。
「お待たせ!」
とフィーナが声をかけてきた。彼女はいつものメイド服姿で現れた。その後ろには弟のアーシュがついてくる。アーシュも落ち着いた服装で、礼儀正しく優人に
「今日は付き合ってくれてありがとうございます」
と挨拶した。優人は少し首をかしげて、
「街に出る時くらい、メイド服じゃなくてもよかったのでは?」
とフィーナに尋ねた。するとフィーナは得意げに笑って、
「かわいいからいいでしょ?」
とさらりと返す。その言葉に、アーシュは呆れたような表情をしながらも笑みを浮かべていた。
3人が雑談をしながら待っていると、城の方からユリナ姫が歩いてくるのが見えた。いつもの豪華なドレス姿とは異なり、彼女は清楚で上品な私服に身を包んでいた。淡いラベンダー色の膝丈のワンピースに、白いレースのカーディガンを羽織り、足元には軽やかなベージュのパンプス。腰には細いリボンが結ばれており、全体的にシンプルながらも気品が漂う装いだった。
姫が優人の姿を見つけると、嬉しそうな様子で歩み寄り、
「優人さ……ま?」
と声をかけてきた。そして少し戸惑いながら、
「今日はみんなで街へ行くのですか?」
と尋ねた。優人はにこやかに
「そうですよ」
と答えた。しかし、その答えを聞いた姫の顔はどこか寂しげな表情に変わり、
「そう……ですか」
と小さな声で返した。
フィーナはすぐにユリナ姫の浮かない表情に気づき、優人に問いかけた。
「ねえ、優人。昨日、ユリナ姫をどうやって誘ったの?」
優人が昨日のやり取りを簡単に説明すると、フィーナはため息をつきながら
「それは優人が悪いわよ」
と断言した。
「そんな言い方をしたら、姫は二人きりのデートだと思うに決まってるじゃない。それなのに、いざ来てみたら私たちがいるんだから、それは落ち込みもするわよ!」
「ちゃんとフォローしなさいよ!」とフィーナは優人を軽く睨んだ。
優人は落ち込んだ様子のユリナ姫にそっと近づき、穏やかな声で話しかける。
「ユリナ、今日はみんなで一緒に街に出かけますけど……今度は、2人のときに街を案内してもらえますか?」
その一言に、ユリナ姫の顔がぱあっと明るくなった。それまでの沈んだ表情が嘘のように消え去り、大きな瞳が輝きを取り戻す。頬がほんのりと桜色に染まり、嬉しさを隠せない様子で顔を少し俯けながらも、小さく「はい」と頷いた。
「楽しみにしてます!」
と、やや弾む声で返事をするユリナ姫。その声には先ほどまでの憂いの影は微塵も感じられず、彼女の喜びがそのまま言葉に溢れていた。
「私も楽しみにしてますね」
と優人が優しく答えると、ユリナ姫はその場で嬉しそうに手を軽く握り、胸の前でぎゅっと抱えるようにしながら微笑んだ。その様子を見ていたフィーナとアーシュは、後ろで視線を交わしつつも、どこか微笑ましそうに見守っていた。
優人の心遣いにより、ユリナ姫の表情が明るくなったことで、4人の雰囲気も一段と和やかなものとなる。そして、姫の上機嫌な笑顔を背に、4人は街へ向かう準備を整えながら歩き出した。
4人が市場につくと、市場は活気に溢れ、明るい陽光の下で賑わいを見せていた。石畳の広場にずらりと並んだ露店は、それぞれ色鮮やかな布で覆われ、あらゆる商品が並べられている。果物や野菜の山は鮮やかな緑や赤、黄色で目を楽しませ、パン屋の店先からは焼きたての香ばしい匂いが漂ってくる。店主たちは声を張り上げて客を呼び込み、人々の笑い声や交渉の声が入り混じる、まさに異世界の市場そのものだ。
アーシュは目を輝かせながら、「すごい、こんなところ初めてだ!」と無邪気にはしゃいでいた。あちこちを駆け回るように見て回る姿は、年相応の子供らしさが溢れ、優人は微笑ましい気持ちでその様子を見守っていた。
フィーナは必要なものを手際よく選び、野菜や調味料、日用品を次々と買いそろえていく。その姿は普段の厳格なメイドらしい一面と、弟のために奮闘する姉としての一面が重なり、周囲を和ませていた。一方で、優人は初めて見る品々に目を奪われながら、ユリナ姫に次々と質問を投げかけていた。
「この野菜、見た目は私の世界のジャガイモという野菜みたいなんですが、何という名前なんですか?」
「これは『カルナ』といって少し甘みがあるんですよ。スープにすると美味しいです。」
「この道具は何ですか? 形が独特ですね。」
「これは『トレアの刃』という調理器具です。細かい切れ目が入れられるので、お肉に使うと柔らかくなりますよ。」
ユリナ姫は優人の質問に丁寧に答えながら、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
市場をしばらく見て回ると、ある露店の前に人だかりができていた。店の前には手書きの看板があり、そこには「石とりゲーム 参加料銅貨3枚、店主に勝てたら銀貨10枚」と書かれている。看板を見つめる間にも、ゲームに挑戦していた客が「負けた!」と声を上げ、その周囲からは「店主の8連勝か!」「もう少しだったのに!」という観客の声が聞こえた。
店主は笑みを浮かべながら、
「危なかったな。もう少しで負けるところだったよ。」
と肩をすくめて見せる。前の客が去ると、優人たちの視界に露店の全貌が現れた。店にはシンプルに、数十個の石が積まれているだけ。隣には参加料を入れるための壺が置かれており、それ以上の装飾は何もない。
「面白そうじゃない!」
フィーナが意気込んで前に出ると、店主に向かって言った。
「挑戦するわ。ルールを教えてちょうだい!」
店主は説明を始めた。
「ここに29個の石がある。この石をお互いに取り合い、最後の1個を取ったほうが負けだ。1回に取れる石の数は1個から3個まで。ゲームは客側から始め、石がなくなったら終わりだ。」
「要するに、最後の1個を取らなければいいだけでしょ?」
フィーナはルールを一瞬で理解したように、自信たっぷりに笑った。
「そういうことだな。」
店主もにやりと笑い返す。フィーナは早速参加料の銅貨を壺に入れると、意気揚々と挑戦を始めた。その姿を見ていたアーシュは期待に満ちた目で応援し、優人とユリナ姫も興味深そうにその様子を見守った。市場の喧騒の中、フィーナと店主の一騎打ちが始まった。
市場の喧騒の中、フィーナと店主の「石とりゲーム」が進行していた。その様子を見守る優人は、数学が廃れている世界だがこうした仕組みを考案し、お金儲けに使っている人がいるのだなと感心していた。「石とりゲーム」の必勝法を頭の中で考え、この勝負がどう決着するかについて、優人にはもう見えていた。
(これはフィーナが負けるな……)
優人は心の中で確信していた。隣でユリナ姫が興味津々の様子で優人に声をかけてきた。
「優人様、どちらが勝つと思いますか?」
いつもとは違う市場の賑わいを楽しんでいるのか、ユリナ姫の瞳はきらきらと輝き、どこか興奮気味だ。その様子に、優人も心を和ませながら答えた。
「十中八九、店主が勝つでしょうね。」
その返答を横で聞いていたアーシュが、意外そうに首をかしげた。
「まだ始まったばかりなのに、わかるんですか?」
優人はアーシュに向き直り、小声で言った。
「この勝負は後手必勝なんですよ。」
アーシュはその言葉に驚き、ゲームの行方を見守り始めた。場面はゲームの真っ最中のフィーナと店主に移る。フィーナは意気揚々と石を取っていくが、店主は淡々と動きを合わせ、冷静にゲームを進めていた。
ゲームの進行:
フィーナ:「1、2、3個」
店主:「4個」
フィーナ:「5、6個」
店主:「7、8個」
フィーナ:「9、10、11個」
店主:「12個」
ここまで順調に見えたが、次第にフィーナの表情に焦りが見え始める。
フィーナ:「13個……」
迷った末に1つだけ取る。
店主:「14、15、16個」
フィーナは「むむむ……」とうなり声を上げ、少しずつ表情が険しくなっていく。石を見つめ、小声でぶつぶつと計算する様子が続く。
フィーナ:「17、18個」
店主:「19、20個」
フィーナ:「……21個」
店主:「22、23、24個」
明らかに追い詰められたフィーナは、さらに深く考え込む。
フィーナ:「25個……」
迷いに迷いながら1つだけ取る。
店主:「26、27、28個」
その瞬間、勝負が決した。最後の石を取らざるを得なくなったフィーナは、
「負けた……!」
と悔しげに叫び、拳を握りしめた。
「くやしいー!なんで勝てないのよ!」
一方、店主は勝利の笑みを浮かべ、「よく頑張ったな、お嬢さん」と余裕の態度を見せている。その様子を見守っていたユリナ姫とアーシュも、それぞれ異なる表情で勝負を楽しんでいた。
優人は、悔しがるフィーナを見て微笑みを浮かべると、心の中でそっと思った。
(いい教材を見つけた……。明日の授業は石とりゲームについてにしましょう)
悔しさを紛らわせるかのようにフィーナは力強く優人の背中を押す。
「優人なら絶対に勝ってくれる!」
「誰であろうと挑戦は歓迎だよ」
と店主は微笑みを浮かべながら、再び勝負の準備を整えていた。しかし、優人はそのままゲームを始めることはせず、一つの提案を持ちかけた。
「参加料として銀貨1枚を払うので、取る石の数を『1個から4個まで』に変更してもらえませんか?」
その提案に、店主は一瞬表情を曇らせた。
「賞金額や順番は変えないんだな?」
と念押ししてくる。
「ええ、それはそのままでいいです。」
店主は難しい顔をしてしばらく考えていたが、ついに
「それならいいだろう」
と了承した。観客たちがざわつく中、改めて優人と店主の勝負が始まった。
優人は最初に「1、2、3個」と石を取る。
店主は「4個」と、1つだけ取った。その瞬間、優人は心の中で確信を深める。
(やっぱり4個目を取ってきたか。さっきとおなじように進めてきたな。)
表情には一切出さず、冷静に次の手を進める。
「5、6、7、8個」優人は4つの石を取った。
店主は少し困った様子を見せながら、「9、10、11、12個」と4つの石を取った。
後ろで見守っていたユリナ姫とアーシュは、優人の落ち着いた態度に期待と不安が入り混じった表情を浮かべていた。
フィーナはそんな2人に向かって、
「何をそんなに心配してるの?優人なら大丈夫でしょ?」
と軽く言う。
するとユリナ姫が、
「優人様、さっき『このゲームは後手必勝だ』と言っていました」
とフィーナに伝えた。その言葉を聞いた瞬間、フィーナの顔が青ざめる。
「えっ!?後手必勝ってことは……優人、絶対に勝てないんじゃ……?」
フィーナは動揺を隠せず、手をぎゅっと握りしめながら勝負を見守り始めた。
優人は「13個」と1つだけ石を取る。
店主は少し表情を曇らせながら、「14、15、16個」と3つの石を取った。
次に優人は「17、18個」と2つ取る。
店主も冷静を装いながら「19、20個」と2つを取る。
優人は「21、22、23個」と3つの石を取る。
ここで店主の手が一瞬止まった。今までスムーズに進めていた手が、初めて迷いを見せる。周囲の観客も息を飲む。店主は何度も手を伸ばし、引っ込めた末に、「24個」と1つだけ取る。
優人は冷静に、そして確信をもって「25、26、27、28個」と4つの石を取り、残り1つを店主に渡す形でゲームを終わらせた。
店主は呆然とした様子で、最後の1つの石をただ見つめている。優人は静かに言った。
「これで僕の勝ちですね。」
店主は唖然としながらも、「ああ……」と小さく呟き、周囲から歓声と拍手が湧き上がった。後ろで見守っていたフィーナは感激した様子で、
「さすが優人!」
と声を上げる。ユリナ姫やアーシュもほっとしたように微笑みを浮かべた。
勝利を収めた優人は、静かに店主の方へ歩み寄り、手を差し出して言った。
「ありがとうございました。とても面白いゲームでした。」
石とりゲームで銀貨10枚を受け取った優人は、それをポケットにしまった。周囲の人々のざわつく声を背中に受けながら、フィーナ、ユリナ姫、アーシュと一緒に市場を後にした。
「さて、次はどうしますか?」
とユリナ姫が問いかけると、フィーナが明るい声で応えた。
「ちょっと進んだところに美味しい料理を出す店があるの。お昼をそこで食べましょう。」
「美味しい料理かぁ!楽しみだね!」
アーシュが目を輝かせ、小さく拍手をした。ユリナ姫は優雅に微笑みながら、
「楽しそうですね。フィーナが選ぶお店なら、きっと素敵な場所なのでしょう」
と上品に応じた。市場の喧騒から少し離れた昼食場所へ向かう途中、優人は足を止め、
「さっきの店に忘れ物をしたので、ちょっと戻りますね」
と告げた。ユリナ姫が
「一緒に戻りますか」
と尋ねたが、優人は穏やかな口調で
「先に店で待っていてください」
と答え、一人で石とりゲームの店へと戻った。
店にたどり着いた優人が店主を見つけると、同時に店主も優人に気づき、顔をしかめた。「お前とはもう勝負しないぞ」と警戒心を露わにする店主。しかし、優人は無表情のまま淡々と口を開いた。
「これが後手必勝のゲームだと知っているな?」
その一言に、店主の表情が一瞬引きつるのを見逃さず、優人は続ける。
「いい教材を提供してもらった。だから、今まで稼いだ分については何も言わない。でも、数学を利用して、数学を知らない人々から搾取している現状は許せない。」
店主が口を開こうとする前に、優人はさらに言葉を重ねた。
「このまま店を続けるつもりなら、国に報告して捕まえてもらう。」
「お前に何の権限があるんだ?」
店主は反論し声を荒げたが、優人は冷静に応じた。
「この前のカルヴェリアとの数学勝負で、王国の筆頭数学者に任命された。権力を振りかざすのは好まないが、数学を悪用されるのは我慢ならない。」
その言葉を聞いた店主は青ざめ、しばらく逡巡した末に、力なく「わかったよ……もう店を畳む」と言い残し、店の道具を片付け始めた。その後ろ姿にはかつての威勢の良さはなかった。
一仕事を終えた優人は、昼食を待つ3人の元へ戻るべく歩き出した。その途中、ふと目に留まったのは小さな露店だった。店先には、手作りのアクセサリーや小物が並べられており、その中には繊細な細工が施された美しい髪飾りがあった。
(これなら、ユリナ姫に似合いそうだな。)
優人はその髪飾りを購入することにした。代金を支払いながら、どこか穏やかな表情を浮かべていた。
昼食場所に向かう道を進みながら、優人は露店で購入した髪飾りを手に取り、そっとポケットにしまった。
店に到着すると、既にフィーナ、ユリナ姫、アーシュが席についており、こちらを振り返った。フィーナが
「遅かったじゃない」
と声をかけると、優人は
「少し寄り道していた」
とだけ答えた。
その言葉に、
「また何か企んでたんじゃないの?」
とフィーナが茶化したが、優人は軽く肩をすくめるだけだった。
食事の準備が進む中、優人の心の中には一つの決意が芽生えていた。それは――ユリナ姫への感謝の気持ちを、少しでも形にして伝えたいということだった。
石の数と取る個数を変えても、石取りゲームなら必勝法があるので計算すれば先手必勝か後手必勝かはすぐにわかります。