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カラスとユニコーン、そして決着

城に戻ったときにはすっかり日が沈み、優人とユリナ姫は優人の部屋で静かに向かい合っていた。

優人は机に腰掛け、ふと姫を見つめながら口を開いた。

「ユリナ姫、少し伺いたいのですが、この世界の数学システムが間違った答えを示すことは、あり得るのでしょうか?」

ユリナ姫は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに首を横に振った。

「いいえ、優人様。数学システムが間違った答えを出すことなど、今まで一度も聞いたことがありません。それに、もしそんなことが起これば、数学勝負そのものが成立しなくなってしまいます。」

その答えに優人は静かに頷いた。

「そうですよね……。確認したかっただけです。」

優人の声にはどこか納得と冷静さが混じっていた。優人は椅子にもたれ、天井を見上げながら続けた。

「これだけ長い間、この世界中で使われているシステムです。そんなものが間違っているなんて考えるほうが無理がありますよね。」

そして、自嘲気味に笑みを浮かべながら呟く。

「この場合、自分のほうが間違っている可能性のほうが高い。世界と自分、どちらが正しいかと問われれば……普通に考えれば、答えは明らかです。」

ユリナ姫は優人の表情をじっと見つめていた。彼がその思考に沈む姿には、いつもの穏やかさとは違う鋭い雰囲気が漂っていた。

「自分の考えがどこで間違っていたのか、それを検証する必要がありますね。」

優人は自らに語りかけるように言った。

優人の沈黙が続く中、ユリナ姫はそっと声をかけた。

「優人様……数学勝負に負けてしまったことに、落ち込んでおられるのでは?」

その言葉に優人は驚いたように姫を見た。そして、ふっと笑みを浮かべた。

「心配をおかけして申し訳ありません、ユリナ姫。ですが、大丈夫です。負けたことにショックを受けているわけではありませんよ。」

ユリナ姫は少しホッとした表情を見せたが、優人の言葉に耳を傾け続けた。

優人の笑顔はどこか楽しげで、彼の声には好奇心が滲んでいた。

「むしろ、どうやって解けばよかったのかをこれから考えることが楽しみで仕方ないんです。解けない問題に出会ったとき、それを突破する方法を考えるのは……なんというか、ワクワクしますね。」

その言葉にユリナ姫はくすりと笑い、安心したように頷いた。

「優人様がそのようにおっしゃるのなら、私も心配する必要はなさそうですね。負けたことよりも、新しい課題を楽しんでおられる姿を拝見すると、むしろ私まで安心しました。」

ユリナ姫は少し考え込むように顔を伏せた後、優人を見つめて言った。

「私も、自分なりに問題について考えてみますわ。それでは、失礼いたします。」

ユリナ姫が部屋を去った後、優人は机に向かい、問題を振り返るためにペンを手に取った。

「ブラッククロウとユニコーンの頭の数が12、足の数が38……オーソドックスな連立方程式、だよな。」

彼は紙を広げ、さっき暗算で導いた解法を再現するように計算を始めた。


「頭の数を x+y=12、足の数を 2x+4y=38とする。」

ペンを動かしながら、式を展開していく。

「まず、1つ目の式を2倍して……」

2x+2y=24

「次に、この式と足の数の式を引き算して……」

(2x+4y)−(2x+2y)=38−24

2y=14⇒y=7

「yが7なら、xは……」

x+7=12⇒x=5

ペンを置き、ため息をつきながら結果を確認する。

「ブラッククロウが5匹、ユニコーンが7匹……さっきと同じ答えだ。」

彼は眉間にしわを寄せながらつぶやいた。

「計算は間違っていない……。」

「となると……間違っているのは『計算』ではなく、『立式』のほうか。」

優人は椅子にもたれながら、紙を見つめ続けた。

「ブラッククロウは普通のカラス、ユニコーンは1本の角がある馬……姫がそう言っていた。」

彼はそう呟きながら、先ほどの会話を思い出していた。

「ただ、ユニコーンが害獣扱いされているっていうのは、ちょっと意外だったな。」

優人の脳裏には、ユニコーンに関する自分の知識が浮かんでくる。

「普通、ユニコーンといえば……澄んだ湖のほとりにいて、清らかな乙女にしか姿を見せない。そういう神秘的な存在だと思っていたけど……。」

そう考えた瞬間、優人の目がふと鋭くなった。

「……普通?そうか、もしかして……。」

何かに気づいたようだが、彼はすぐに口を閉ざした。ペンを置き、考え込む。

「……いや、まだ確証がない。これが本当に正しい考えなのか、確認が必要だ。」

優人はそう結論づけると、小さく頷いた。

「明日になったらユリナ姫にもう一度確認してみよう。それで疑問が解決するかもしれない。」

彼はランプの火をそっと吹き消し、暗くなった部屋の中でベッドに横たわる。

部屋の外では風の音が微かに響き、月の光が窓から差し込んでいた。彼の頭の中にはまだ未解決の謎が渦巻いていたが、それでも彼の表情には不思議な安堵と楽しげな気配が漂っていた。

やがて、疲れた体が眠りに誘われ、静寂の中で一夜が更けていった。


翌朝、優人が食堂に足を踏み入れると、ユリナ姫の姿が目に入った。彼女は窓辺の席に座り、穏やかな朝の光の中で優人のことを待っていた。

「おはようございます、姫――」

声をかけようとしたその瞬間、ユリナ姫がこちらに気づき、ぱっと顔を明るく輝かせて立ち上がった。

「優人様!」

彼女は勢いよく駆け寄ってきた。

「昨日の問題、解けましたわ!」

その言葉に優人が驚く間もなく、彼女は嬉しさのあまり、抱きつきそうなほど近くまで接近してきた。

「本当に解けたんですのよ!」

優人は一瞬戸惑いつつも微笑み返したが、ユリナ姫はふと自分の行動に気づき、はっとして立ち止まる。彼女の頬がみるみるうちに赤く染まり、気まずそうに一歩後ずさった。

「す、すみません……取り乱してしまいました。」

彼女はうつむきながら恥ずかしそうに言ったが、その声には解けたことへの嬉しさが滲んでいた。

「いえ、お気になさらずに。それよりも、姫がどのように解かれたのか、ぜひ教えていただけますか?」

優人がそう尋ねると、ユリナ姫は少し恥ずかしそうにしながらも、手に持っていたノートを差し出した。

「実は、計算ではなくて、簡単な絵を描いて状況を整理してみたんです。こんなふうに……。」

ノートを開くと、そこにはデフォルメされた可愛らしい絵が何枚も描かれていた。小さなカラスとユニコーンが並び、それぞれの頭や足の数が注釈付きで描かれている。

「頭の数を12にして、足の数が38になるようなパターンをいろいろ試してみたのですが、なかなか合わなくて……何度も描き直したんです。」

ユリナ姫は少し申し訳なさそうに笑ったが、ノートを眺めた優人の目には感心した色が浮かんでいた。

「これはすごいですね。姫は絵を描くのがとてもお上手なんですね。私は絵が本当に苦手なので、これだけ綺麗に描けるのは尊敬します。」

「そ、そんなことありませんわ……ただの落書きですのに……。」

そう言いながらも、ユリナ姫は少し嬉しそうに微笑んだ。

優人はノートに描かれた絵をじっくりと眺めた。デフォルメされているものの、カラスとユニコーンの特徴を的確に捉えており、状況を視覚的に整理するための工夫がしっかりとされていた。

そして、その絵を見た瞬間、優人は自分の仮説が正しかったことに気づいた。

「……そうか、やっぱりそういうことだったんですね。」

彼は納得したように小さく頷いた。


「ただ、何度も描き直していたら、夜遅くなってしまって……少し寝不足ですわ。」

ユリナ姫が苦笑しながらそう言うと、優人は彼女をじっと見つめ、静かに微笑んだ。

「姫は、本当に数学に向いていますね。」

その言葉に、ユリナ姫は驚いたように目を丸くし、やがて照れくさそうに笑った。

「そ、そうでしょうか……でも、そう言っていただけると嬉しいですわ。」

彼女の表情には、優人からの褒め言葉を素直に喜ぶ気持ちが溢れていた。

食堂には、優人とユリナ姫の柔らかな声と笑いが響き、朝の静かな時間がゆっくりと流れていった。

優人とユリナ姫は、並んで食事を終えると、テーブルに残った湯気の立つカップを手に、少しだけゆったりとした時間を過ごしていた。

「それで、今日はどうされるのですか?」

ユリナ姫が優人に尋ねる。彼女の瞳は、昨日の問題を解き明かした余韻のせいか、少し期待に輝いているようだった。

「今日は……昨日の少女の所にもう一度行こうと思っています。」

そう言う優人の表情には決意が宿っていた。

「そうですか。」

ユリナ姫は一瞬何かを考え込むように視線を伏せ、やがて軽く微笑んだ。

「では、今日は私が挑戦してみてもよろしいですか? 昨日は優人様が挑戦されましたが、私も答えがわかりましたので、自信がありますの。」

その申し出に、優人は少し驚いたようだったが、すぐに静かに首を振った。

「いいえ、姫。今日も私にやらせてください。どうしても、私自身で確認したいことがあるんです。」

その言葉に、ユリナ姫は優人の真剣な眼差しを見つめて、小さく頷いた。

「では、すぐに行かれるのですか?」

ユリナ姫が尋ねると、優人はカップを置いて軽く身を乗り出しながら答えた。

「いえ、その前に、確認しておきたいことが2つあります。」

「2つ……ですか?」

ユリナ姫が首を傾げると、優人は少し含みのある笑みを浮かべた。

「ええ。それはですね……」

___________________________________


優人とユリナ姫は確認を終えると、再び少女の家を訪れた。昼下がりの静かな村の中で、その家の前だけは妙な緊張感が漂っているように感じられる。

扉をノックすると、少女が現れた。昨日の記憶がよほど鮮烈だったのだろう、優人の顔を見た瞬間、彼女の表情はあからさまに嫌そうなものに変わった。

「何しに来たのよ?」

少女は冷たい口調でそう問いかける。その細い体からは怒りと警戒心が伝わってきた。

優人は一歩進み、柔らかい口調で答えた。

「もう一度、数学勝負をしたくて来ました。」

「……また?」

少女は半ば呆れたように鼻を鳴らし、腕を組んで優人を睨みつける。

「私にはもう一度やるメリットなんてないわよ。負ける可能性だってあるし。」

優人は少女の言葉を受け止め、静かに頷いた後、穏やかな表情のまま提案を口にした。

「もし、もう一度数学勝負をして、あなたが勝ったら……金貨70枚をお渡しします。」

その瞬間、少女の目が大きく見開かれた。

「な、70枚……?」

驚愕の表情を浮かべる少女に、優人はさらに言葉を重ねる。

「弟さんの病気を治す薬、金貨70枚で買えるんですよね?」

その言葉に、少女の警戒心はさらに高まり、目が鋭く細められる。

「……なんでそんなこと知ってるの?」

優人は一瞬黙り、そして、柔らかな微笑みを浮かべて答えた。

「親切なお医者さんが教えてくれたんです。心配していましたよ、あなたと弟さんのことを。」

その言葉を聞くと、少女の肩が一瞬ピクリと震え、やがて悔しそうに小さく舌打ちをした。そして、ため息をつきながらぼそりと呟いた。

「あの口の軽い医者め……」

彼女のその言葉には、諦めにも似た怒りと恥ずかしさが滲んでいた。


ユリナ姫と共に少女の家を再訪する前に、優人はまず確認すべきことの1つを実行してきていた。それは、少女が薬を買いに行っているであろう医者に直接話を聞くことであった。

「少女の家から一番近い診療所をご存じですか?」

優人は姫にそう尋ねると、ユリナ姫は少し考え、村の外れにある診療所を教えてくれた。

優人は感謝を述べ、姫と共にその診療所を訪ねることにした。

診療所はこぢんまりとした建物だったが、周囲には薬草らしき植物が整然と植えられており、清潔感があった。優人が扉を叩くと、中から気さくそうな男性が顔を出した。

「おや、初めて見るお客様だね。どうぞ中へ。」

医者は優人と姫を診察室へ通した。そこには棚にびっしりと薬瓶が並び、何冊もの医学書が所狭しと積まれていた。

「今日はどういったご用件ですか?」

優人は慎重に言葉を選びながら尋ねた。

「実は、この近くに住むある少女についてお聞きしたいのですが……弟のために何度か薬を買いに来ている少女がいるのではありませんか?」

その言葉に、医者の表情が少し曇った。

「ああ、あの子のことだね……。確かに時々ここに来ているよ。弟さんのための薬を買うためにな。」

医者はしばらく沈黙し、思案するように言葉を続けた。

「彼女の弟さんがかかっているのは珍しい病気なんだ。症状を抑える薬もそれなりに高価だけど、弟さんを完治させる薬は……金貨70枚もするんだよ。」

その言葉を聞いて、ユリナ姫が息を飲むのが分かった。

「そんな高価な薬が必要だなんて……」

優人も驚きを隠せなかったが、冷静を装い、さらに尋ねた。

「その少女はどうやってその薬を買うお金を稼いでいるのですか?」

医者は困ったように顔を歪めた。

「はっきりとは知らないが……あの子が危ない橋を渡っていることは分かる。自分でもそれを理解しているようで、あまり詳しいことを教えてくれない。でも、お金を稼ぐ理由はただ1つ。弟を救いたい、その一心だよ。」

優人は静かに頷いた。その少女の決意と覚悟に思いを巡らせながら、彼女を危険な状況から助け出すために、自分に何ができるのかを考え始めた。

医者に礼を言い、診療所を後にした優人は、ユリナ姫と共に再び少女の家へ向かう決意を固めた。


「それで、もし私が負けたらどうなるの?」

少女は、少し不安そうな表情を隠すように問いかけた。

優人は落ち着いた声で答えた。

「その場合は、あなたに“なんでも1つ”言うことを聞いてもらいます。」

その瞬間、少女の顔が一気に赤く染まり、怒りを込めた声が響いた。

「変態!何をさせる気なのよ!?」

優人は困惑した表情で軽く手を振りながら、言い直した。

「すごい誤解が生じている気がしますが……そんなことは考えていませんよ。それとも、勝負を受けずにやめますか?」

優人の冷静な態度に、少女は悔しそうに眉をひそめた。しかし、負けるわけにはいかなかった。弟のために金貨70枚は絶対に必要であり、受けないという選択肢は初めから存在しない。

少女は優人に自分の内心を見透かされているような気がして不愉快だったが、それを表に出すことなく、すぐに余裕のある表情を作り、優人に挑発的な言葉を投げかけた。

「ふん、どうせ昨日の問題を絵に描いて答えを確かめたんでしょう?」

少女の言葉に、優人は少し驚きながらも無言で聞き入る。

「前にも1人だけいたのよ。何日か後に再挑戦してきた人がね。その人も同じように絵を描いて確かめてきたの。自信満々だったけど、あっさり負けたわ。」

少女は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら続けた。

「あなたも同じでしょ?その甘い考え、後悔することになるわよ。」

そう言うと、少女は数学システムを発動した。半透明のディスプレイが空中に現れ、新たな問題が提示された。

「ブラッククロウとユニコーンが合わせて何匹かいる。頭の数は合わせて36、足の数は合わせて133である。このとき、ブラッククロウとユニコーンはそれぞれ何匹ずつか?」

ユリナ姫は画面に映る数字を見て驚愕した。

「昨日の問題よりも……ずっと数が多い……!」

彼女は眉をひそめながら優人の顔を見つめた。

「これでは、絵を描いて確認するには時間がかかりすぎてしまうわ……解答時間内に間に合わない……」

その心配は当然だった。少女はその表情を見逃さず、勝ち誇ったように声を張り上げた。

「どうしたの?わからないんでしょ?違う問題が出るなんて思ってもいなかったんじゃない?」

少女の挑発に、ユリナ姫は不安そうな様子で優人を見つめる。一方で、優人は画面に映る問題をじっと見つめたまま、冷静さを崩さない。

「ふふ、昨日の二の舞ね。あなたの自信がどれだけ無意味か、教えてあげるわ!」

少女の言葉が響く中、ユリナ姫の不安とは対照的に、優人の目には決意の光が宿っていた。彼は軽く口元に笑みを浮かべ、問題に向き合う準備を始めた。

次第に緊張感が場を包み、勝負の行方を見守るユリナ姫は祈るように優人を見つめていた。


提示された問題を前に、優人は冷静にその内容を見つめていた。そして、2つのことを考えていた。

1つめは問題の内容についてである。

「……足の数が133……か。もし、この問題が昨日出されていれば……もっと早く矛盾に気づけただろうな。」

優人は目の前に浮かぶ半透明のディスプレイを見ながら、静かに思考を巡らせた。少女の提示した問題の構造自体は、昨日と変わらない。ブラッククロウとユニコーンの頭と足の合計数を基に、それぞれの匹数を求めるものだ。

だが、決定的に異なる点があった。

「足の数の合計が奇数……」

優人は小さくため息をつきながら、頭の中で昨日の問題を振り返る。昨日の問題では足の合計が「38」と偶数だったため、ブラッククロウの足を2本、ユニコーンの足を4本で計算しても、矛盾が起きなかった。

だが、今日の問題では合計が「133」という明らかな奇数だ。ブラッククロウもユニコーンもそれぞれの足の本数が偶数だった場合、どれだけ足し合わせても偶数になるはずで、奇数になることはあり得ない。

優人はそう考えながら、目の前の問題を頭の中で計算し始めた。

もう1つ、優人が心の中で思い至ったのは、目の前の少女の努力の量だった。この世界の数学レベルは、元の世界でいうところの掛け算の九九ですら難易度が高いとされる発展段階にある。

そんな中で、少女はこれほど複雑な問題を「考えつき」、さらにはその解を「実際に確かめた」のだ。

昨日の問題、そして今日の問題。これら2つのパターンは、少女が提示できる問題のほんの一部にすぎないだろう。つまり、少女はさまざまなパターンの問題を思いつき、それを1つ1つ丁寧に絵や表で数え上げ、確認しているに違いない。その根気と情熱を思うと、優人は心の底から感心せざるを得なかった。

「きっと、何十通りもあるパターンについて検証したんだろうな……」

その努力は決して簡単なものではない。数学の基礎知識さえ十分に持たないこの世界で、これほどの問題を作り上げた少女の才能は驚嘆に値する。

優人は微笑みを浮かべながら、心の中で決意を固めた。

「この子には才能がある。この才能を、もっと伸ばしてあげたい。」

もし、彼女がきちんとした数学の基礎を学び、それを土台にさらに知識を深めることができたなら――どれほど力を伸ばすのか、想像するだけで楽しみだった。

「君はすごいな。」

心の中でそう呟きながら、優人は穏やかな表情でディスプレイに目を向けた。そして、目の前の少女がこれまでどれほどの努力を重ねてきたかを思い、その才能を認める喜びを感じながら、勝負に臨む準備を整えていくのだった。

(まずは、この勝負に勝たなければならない。)

優人は心の中でそう決意すると、わずか1分ほどで答えを入力した。

「ブラッククロウが11匹、ユニコーンが25匹。」

その瞬間、空中の半透明なディスプレイに「正解」と表示される。

「……嘘?」

少女はその場で力が抜けたように肩を落とし、悔しそうに優人を見上げながら問いかけた。

「私は何日も何日もかけて、この問題の答えを見つけたのに……どうしてあなたは、こんな短時間で答えがわかったの?」

優人は柔らかく微笑みながら答えた。

「それはユリナ姫のおかげです。」

急に名前を出されたユリナ姫は驚き、慌てて首を振った。

「わ、私? 私は何もしていません!」

「いえ、姫のおかげですよ。」

優人は朝にユリナ姫が描いた絵を思い出しながら話を続けた。

「今朝、問題を解くために描いてくれた絵を見せてくれたじゃないですか。その絵が答えになったんです。」

ユリナ姫はますます困惑した様子で首を傾げた。

「え? どうしてですか? 私の絵はただの落書きみたいなもので……」

「いえ、姫の絵は本当に上手でした。動物の特徴をよく捉えていて、素晴らしかったです。」

そう言いながら、優人は種明かしを始めた。

「実はその絵の中で、ブラッククロウ……つまりカラスの足が『3本』描かれていたんですよ。」

優人の言葉に、少女もユリナ姫もぽかんとした表情を浮かべる。

「カラスの足が3本なのは、当たり前ですよね?」

ユリナ姫がそう言った瞬間、優人は苦笑いを浮かべた。

「そう、姫にとっては『当たり前』なんです。でも、私の世界では違うんです。私の世界では、カラスの足は『2本』なんですよ。」

この言葉にユリナ姫と少女は目を見開いた。

「えっ……? でも、それだとおかしいじゃないですか! 足が2本だと……」

ユリナ姫が戸惑いながら言うと、優人は頷いた。

「そうなんです。私はその『おかしい』ことに気づくのが遅れました。そもそも、この世界にユニコーンがいる時点で、『普通』の概念が私の世界とは違うということに気づくべきでした。」

優人は目の前の2人に向き直り、さらに説明を続けた。

「この世界で『普通のカラス』と言ったら、足が3本あるのが当然なんですね。私の世界では、それは『八咫烏やたがらす』と呼ばれる想像上の存在です。八咫烏は実在しない伝説の生き物なんですよ。」

「八咫烏……想像上の生き物……?」

ユリナ姫は目を丸くしてつぶやいた。そして、さらに問いかける。

「優人さんの世界では、足が2本のカラスばかりで、足が3本のカラスは本当にいないんですか?」

優人は笑いながら頷く。

「ええ、八咫烏というのは神話や伝説に登場するだけで、実在していません。」

この答えにユリナ姫はさらに驚き、声を上げる。

「じゃあ、ユニコーンも……?」

優人は静かに頷いた。

「そうです。ユニコーンも私の世界では想像上の生き物です。現実には存在しません。」

ユリナ姫は目をぱちぱちさせながら、信じられないような表情を浮かべた。

「ユニコーンも想像上の生き物だなんて……そんな世界、本当にあるんですか?」

優人は微笑みながら答えた。

「はい。でも、こうしてみると、姫たちの世界はとても面白いです。」

そう言いながら、優人は優しい目でユリナ姫と少女を見つめた。


優人は少女とユリナ姫に、どうやって答えを導き出したのかを丁寧に説明し始めた。

「ブラッククロウの足が3本であると分かれば、計算自体はそれほど難しくありません。例えば、昨日出された問題では、こうなります。」

優人は空中に指で数式を書くような仕草をしながら、分かりやすく説明を続ける。

昨日の問題

「ブラッククロウを x、ユニコーンを y として、次のような連立方程式が立てられます。」

 x + y = 12

 3x + 4y = 38

「これを解くと、まず上の式を 3倍 して……」

 3x + 3y = 36

「下の式から引きます。」

 (3x + 4y) - (3x + 3y) = 38 - 36

 y = 2

「そうすると、ユニコーンが 2匹 だと分かります。これを最初の式に代入すれば……」

 x + 2 = 12

 x = 10

「つまり、ブラッククロウが 10匹、ユニコーンが 2匹 という答えが出ます。」


今日の問題

「今日の問題も考え方は同じです。ただ、数が増えただけですね。」

「ブラッククロウを x、ユニコーンを y とすると、次の連立方程式が立てられます。」

 x + y = 36

 3x + 4y = 133

「同様に、上の式を 3倍 します。」

 3x + 3y = 108

「そして、下の式から引くと……」

 (3x + 4y) - (3x + 3y) = 133 - 108

 y = 25

「ユニコーンが 25匹 と分かります。これを最初の式に代入すると……」

 x + 25 = 36

 x = 11

「なので、ブラッククロウが 11匹、ユニコーンが 25匹 という答えになります。」


優人の分かりやすい説明に、ユリナ姫は目を輝かせながら感心した様子で頷いた。

「なるほど、そうやって計算していくんですね! 本当に数学って面白いですね!」

一方で少女は、悔しそうな顔をしながらも、少し納得した様子だった。

「自分がどれだけ時間をかけたのかがバカみたいに思えてくるわ……」

優人は優しく微笑みながら言った。

「時間をかけて問題を深く考えたのは、決して無駄じゃありませんよ。むしろ、その経験があるからこそ、次はもっと簡単に解けるようになります。」

少女はその言葉に少しだけ頬を赤らめながら、小さく頷いた。ユリナ姫もそんな2人を見て、満足そうに微笑んだ。

静寂が辺りを包み、快晴の空が周囲を照らしていた。優人は少女の方を見た。

「負けた時の条件、覚えていますか?」

少女はその言葉に顔を伏せ、細い肩を震わせながら小さな声で答えた。

「覚えてるわ……」

彼女の声は力なく、まるでその場から消え去ってしまいそうなほど弱々しかった。柔らかな光が彼女の頬を照らし、涙の痕が淡く輝いていた。

「どうか、私がどうなっても構わなから、弟には手を出さないで。」

少女の必死な願いは、心の底から絞り出されたようだった。優人は表情は変えずに少女に言った。

「そうはいきません。弟も一緒に働いてもらいます。」

その言葉に少女は愕然とし、反論しようと口を開いたが、優人がすかさず続けた。

「君と弟には、私の身の回りの世話をする側仕えになってもらいます。もちろん、弟は薬で病気を完全に治して、元気になってからですけどね。」

少女は目を見開き、信じられないといった表情で優人を見つめた。思いもしなかった提案に呆然とし、言葉を失っていた。

「薬の代金はどうするの……?」

かろうじて声を絞り出し、少女は尋ねた。

優人は静かに微笑みながら言った。

「もう薬は買ってあります。早く弟さんに飲ませてあげなさい。そして、君と一緒に王城に連れて行く。栄養を取って、ゆっくり休んで、元気になったらバリバリ働いてもらいますよ。王様の許可もいただきましたからね。」


少女の家に訪れる前に優人が確認したことは2つあった。1つは診療所の医者に話を聞くこと。そしてもう1つが王様に人を雇っていいかの許可を取ることだった。

(まあ、人を2人雇いたいと言ったら、すぐに了承してもらえました。)

優人がそんなことを考えているうちに、少女の瞳に感謝の光が宿り、彼女は涙をこぼしながら震える声で答えた。

「初めから……助けてくれるつもりだったのね。ありがとう……」

優人は優しく微笑み、少女に向かって問いかけた。

「これから働いてもらうんだから、名前を知らないと不便ですね。教えてくれませんか?」

少女は少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら名乗った。

「私の名前は、フィーナです。」

その名を聞いた優人は頷き、静かに応えた。

「フィーナ、これからよろしく頼むよ。」

これにて2章の終わりです。次から第3章が始まります。

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