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情報構築担当者の記録映像

 工学研究者の映像が、ふっと途切れた。

 投影装置の光が収束し、埃の舞う空間に静寂が戻る。

 工具の山と未完成の装置が乱雑に置かれた部屋は、再びただの“物置”のように沈黙した。

「……西暦七〇二七年」

 麻美が小さく呟く。

 優人は腕を組み、しばらく何も言わなかった。

 素数の一般項。技術革新。三千年分のエネルギー。

 情報量が多すぎる。

「まだ、記録があるはずです」

 ユリナが部屋の奥を見やる。

 そこには別の投影装置が半ば解体されたまま置かれていた。周囲には薄型の記録媒体が幾枚も積まれている。

 エレノアが一枚を拾い上げ、埃を払う。

「“情報構築担当主任”……と書いてあります」

 優人と視線が合う。

「見ましょう」

 装置に媒体が挿入されると、再び空間に淡い光が満ちた。

 映し出されたのは、先ほどの工学研究者とは対照的な人物だった。

 年齢は三十代後半ほど。

 銀灰色の短髪を整然と撫でつけ、瞳は深い群青。衣服は機能美を極めたような濃紺のコートで、襟元には微細な光のラインが脈動している。研究者というより、都市の設計者のような洗練された雰囲気を纏っていた。

 その目は、まっすぐこちらを見据えている。

『この記録を見ているということは、工学研究者の説明も聞いただろう』

 低く、落ち着いた声。

『私は情報構築担当主任。西暦七〇二七年における、地球規模通信基盤の設計担当の1人だ』

 優人は無意識に背筋を伸ばした。

『まず、我々の時代の通信について説明しよう』

 映像の背後に、立体的な地球の像が浮かぶ。

『我々の世界は、目に見えない微細な機械群によって満たされている』

 空間に、光の粒が無数に広がる映像が重なる。

 塵のように細かく、しかし規則正しく脈動する粒子。

『それらは空気中、海中、地中――あらゆる場所に存在し、互いに信号を受け渡している。人類はもはや、携帯端末や有線回線を必要としない』

 ユリナが小さく息を呑む。

『情報は、この微細な機械群を媒介として瞬時に伝達される。

 声も、映像も、思考補助信号さえもだ』

「……思考補助?」

 麻美が眉をひそめる。

 映像は続く。

『我々は出生時に、受信装置を体内へ埋め込む。極めて安全で、生体適合性も完全に確立されている。これにより、個人は世界と常時接続された状態で成長する』

 優人の喉がわずかに鳴る。

『距離は意味を持たない。

 地球の裏側にいる者とも、意識の遅延なく会話が可能だ。

 都市間の行政も、学術共有も、災害対応も、すべてがこの基盤の上に成り立っている』

 映像の地球は、無数の光線で結ばれた。

『そして――』

 研究者の視線が、わずかに鋭くなる。

『この微細機械群を、世界へ放出し続けている施設こそが“塔”だ』

 空間に、この塔の外観が投影される。

 優人たちが今いる、この場所。

『塔は単なる研究施設ではない。

 地球規模の情報基盤維持装置であり、制御中枢であり、更新拠点である』

 部屋の空気が、わずかに重くなる。

『だが――』

 一拍の沈黙。

『我々は、科学技術の封印を決断した』

 麻美が息を呑む。

『戦争は終わらなかった。

 時間干渉技術の出現により、歴史改変を巡る衝突が発生した。

 未来へ跳ぶことは困難でも、過去への干渉は可能だったからだ』

 優人の拳が、無意識に握られる。

『そこで我々は、この塔から放出されている微細機械群の制御仕様を書き換えた』

 地球を覆う光が、一瞬暗くなる。

『数学システム以外の、あらゆる情報機器の通信を阻害する干渉波を常時発生させるよう調整したのだ』

「……ジャマーか」

 優人が低く呟く。

『その結果、塔の外では高度な機械は機能を停止した。

 計算装置も、兵器も、そして――時間遡行装置も』

 ユリナの瞳が揺れる。

『時間干渉を伴う戦争は消滅した。

 そして当然、文明は急速に衰退した』

 映像の都市が、徐々に光を失っていく。

『数学システムだけを残しているのは、もともと教育システムであったため、このシステムの起動中は暴力行為等は禁止になる設定だったことが今回の目的にちょうど良かったからだ。また、未来に呼ばれる君のために2000年より未来で確立された理論や問題を全て消去しておいた。この約5000年分の峻別作業が1番大変だった』

 研究者は静かに息を吐く。

『科学技術を再び解放するには、この塔内部の制御装置を解除する必要がある』

 その視線が、まっすぐにこちらを射抜く。

『その判断を、君たちに委ねたい』

 空気が張り詰める。

『この世界を見てほしい。

 文明が衰退した後の人類を観察してほしい。

 そして決めてほしい』

 声は低く、だが切実だった。

『この時代の人間は、再び科学技術を正しく扱えるか』

 投影光が、ゆっくりと薄れていく。

『地球の未来を、託す』

 映像が消えた。

 部屋には、工具の影と機械油の匂いだけが残る。

 しばらく誰も動かなかった。

 最初に口を開いたのは、麻美だった。

「……つまり、私たちがそのジャマー装置っていうのを解除すれば、全部戻るってこと?」

「そういうことのようだな」

 エレノアが低く言う。

 優人は壁にもたれ、目を閉じた。

 世界を覆う見えない機械群。

 生まれながらに世界と接続された人類。

 そして、それを断ち切った塔。

「……便利さと、破滅は、紙一重だ」

 ぽつりと呟く。

 ユリナが静かに問いかける。

「優人様は、どう思われますか」

 その声は、王族ではなく、一人の人間としての響きだった。

 優人はゆっくりと目を開ける。

「まだ、決められません」

 正直な答えだった。

「科学は道具です。善でも悪でもない。

 使う人間次第だ。……けれど」

 視線が、塔の天井へ向く。

「時間干渉戦争なんてものが本当にあったなら、封印したくなる気持ちは分かる」

 麻美が小さく震える。

「歴史を書き換える戦争なんて……」

「科学技術が発展できないようにしていたんですね」

 優人の声は静かだが、重かった。

 塔の外には、科学を失った世界が広がっている。

 塔の内には、封じられた未来が眠っている。

 選ぶのは、自分たちだ。

 その事実が、何よりも重かった。

 遠くで、塔の深部機構が低く唸る。

 まるで、判断を待っているかのように。

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