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誰も解けなかった第三問、そして開かれた塔

数学的帰納法はドミノ倒しに例えられることが多いですね。

 仮設宿営地を出てしばらく進むと、視界の先にその塔は現れた。

 大賢者の塔。

 灰色の石で造られたその建造物は、周囲の建物とは明らかに異なる佇まいをしていた。無駄な装飾はなく、直線的で均整の取れた構造。円柱でも尖塔でもない、どこか合理的な形状だった。

「……なんだか」

 麻美が足を止める。

「中世の塔というより、ビルみたいですね」

 優人も静かに頷く。

「ええ。装飾性よりも機能性を重視している。コンクリート建築に近い発想です」

「優人様の世界の建物に似ているのですか?」

 ユリナが尋ねる。

「完全に同じではありませんが、似ていますね。これまでの建物は中世ヨーロッパの建築物という感じでしたが、これは明らかに都会のビルという感じです。この建物だけ世界観が違うという印象です」

 塔の外壁には規則的な線が走り、窓の配置も均等だ。まるで設計図通りに精密に造られた建築物のようだった。

 案内役の兵士が足を止める。

「ここが大賢者の塔です」

 扉の前には誰もいない。厳重な警備もない。

「内部に入った者はおりません。入口の問題を解けた者がいないためです」

 兵士は淡々と言った。

「問題を解けば入れるのだろう?」

 エレノア姫が確認する。

「そう言われています。しかし、実際に解いた者はいないので、真偽は明らかではありません」

 兵士はそれ以上深く語らない。

「我々はここまでです。では」

 そう言うと、兵士は一礼し、そのまま王都の方へ戻っていった。

 誰も見張らない。

 まるで「どうせ入れない」と言わんばかりだった。

 優人は扉を見上げる。

 分厚い扉。その中央には滑らかな黒い板のような部分が埋め込まれていた。

「……これは」

 麻美が近づく。

「まるでディスプレイみたいですね」

 その瞬間、黒い板に文字が浮かび上がった。


『第一問』

『m³+1³=n³+9³ を満たす自然数 m, n を求めよ』

 ユリナが表示された問題を見て、優人に声をかける。

「この問題の答えはmが12で、nが10でしたね」

「そうですね。これはディオファントス方程式と呼ばれる方程式の一種ですね」

 優人は落ち着いて言う。麻美が聞きなれない言葉に反応する。

「ディオファントス方程式?」

「麻美さんも知らないということは、難しい言葉なんだな?」

エレノア姫が優人に問いかける。

「そうですね。簡単に言えば、いくつかの文字がある方程式の答えを求める問題というところですね。せっかくなので今回はきちんと式を整理して解いていきましょう」

 優人は地面に指で式を書く。


m³ + 1 = n³ + 729


「ここで文字を左辺に、数字を右辺に移項します」


m³ − n³ = 728


「左辺を因数分解します。」


「m³ − n³=(m−n)(m²+mn+n²)となります」


 麻美たちが険しい顔をしている。

「難しすぎてついていけません……」

優人が薄く微笑みながら答える。

「今の学習状況ではまだ難しいでしょうね。でも、数学の授業をこれからも続けていけば、そのうちこの問題も自分で解けるようになりますよ。」

ユリナ姫が決意表明をするように応じる。

「はい!自分で理解できるように頑張っていきたいです。」

「では、続けていきましょう。右辺の728を因数分解すると……」

 優人は少し考える。


「728=8×91=8×7×13。つまり 2³×7×13」


 エレノアが感心したように頷く。

「やはり、計算がとても速いのですね」

「まあ、慣れれば速くなります」


「(m−n)(m²+mn+n²)=2³×7×13 となるような組み合わせを考えていきます」


 しばらく計算が続く。

 やがて優人が顔を上げた。


「m−n=2と仮定してみます」


 n=m−2 として代入。


 m³ − (m−2)³ = 728


 左辺を展開すると


m³ − (m³ − 6m² + 12m − 8)

= 6m² − 12m + 8


「これが728に等しい」


6m² − 12m + 8 = 728


6m² − 12m − 720 = 0


m² − 2m − 120 = 0


「左辺を因数分解します」


m=12 または −10


「mは自然数なので m=12 このとき n=10 となる」

 ユリナ姫が笑う。

「12³+1=1729、10³+729=1729。確かに一致します」

 その瞬間、黒い板が光った。

『正解』

 続いて文字が変わる。



『第二問』

『面積が2である正方形の一辺の長さを求めよ』

 ミレイが小さく首を傾げる。

「これは……」

「簡単です」

 優人が答える。

「一辺を x とすると x²=2」

「つまり?」

「x=√2」

「正方形の1辺なのでxは正の数となります。よって」

「x=√2」

 ユリナが言う。

「前に優人様に習ったルートの数ですね」

「はい。無理数です」

 優人が答えると、再び板が光った。

『正解』

 一瞬、静まり返る。

 そして、新たな文字が浮かび上がった。



『第三問』

『1+3+5+・・・+(2n−1)=n² となることを証明せよ』

 麻美が目を見開く。

「……証明問題」

「これが、まだ誰も見たことがない第3問の問題ですか」

 エレノアが静かに言う。 優人は問題を見つめた。

「数学的帰納法の問題ですね。ディスプレイに直接書けばいいみたいですね」

 ミレイが不安そうに尋ねる。

「難しい……ですか?」

「いえ」

 優人は落ち着いて答える。

「むしろ基本的な問題です。ただ、“証明せよ”とあるのが重要です」

「答えだけでは駄目、ということですね」

 ユリナ姫が言う。

「はい。理解するだけならこの問題を図形としてみると簡単です」

 優人は地面に小さな●を描いた。


「1は1×1の正方形とみなします」


 次にその周りに3個の●を足す。

「すると2×2の正方形になります。」

●●

●●


 さらに5個の●を足す。

「3×3の正方形になります」

●●●

●●●

●●●


「つまり」

 エレノア姫が続ける。

「奇数を順に足すと、正方形が一段ずつ大きくなる」

「その通りです。よってn番目のときの正方形はn²となります」

 優人は頷いた。

「ただきちんと証明を完成させるためには、数学的帰納法という方法を使います」

「どうやるのですか?」

 ミレイがそっと聞く。


「まず、n=1のときに成り立つことを確認します」

「n=1のとき、左辺は1。右辺は1²。成立します」


「はい」


「次にn=kで成立すると仮定し、n=k+1のときも成り立つことを示します。n=kのときは……」


1+3+…+(2k−1)=k²


「次に左辺の1+3+5+・・・+(2n−1)にn=k+1を代入します」


左辺=1+3+…+{2(k+1)−1}

=1+3+…+(2k-1)+(2k+1)


「このとき、1+3+…+(2k−1)=k² は成り立つので」


左辺=k²+(2k+1)

=k²+2k+1

=(k+1)²


「よって n=k+1でも成立する」


 優人はゆっくりと顔を上げた。

「以上より、すべての自然数nで成立することが示された」

 静かな沈黙。

 黒い板はまだ反応しない。

 数秒後、強い光が走った。

 『正解』

 扉全体が振動する。

 低い音が響く。

「……開く」

 麻美が小さく言う。

 分厚い石扉が、ゆっくりと内側へ動き始めた。

 ユリナ姫が息を呑む。

「まだ7問解いていないのに……なぜ?」

 エレノア姫も目を細める。

「誰も入ったことがない塔に」

 ミレイは震えながらも、扉をじっと見る。

「す、すごい……」

 優人は静かに頷いた。

「何故開いたかは分かりませんが、行きましょう」

 扉の向こうは暗く、内部の様子はまだ見えない。

 だが確かに、道は開かれた。

 数百年、誰も越えられなかった壁が、今ゆっくりと動いている。

 大賢者の塔。

 その内部へ、ついに足を踏み入れる時が来たのだった。

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