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筆頭数学者の帰還と姫との再会、そして大賢者の塔へ

久々の更新です。更新を少しずつ頑張ろうと思います。

王都到着


 馬車の窓から見えたのは、灰色の空を背にそびえ立つ石造りの城壁だった。幾重にも積まれた巨大な石は、冬の光を鈍く反射し、変わらぬ威容を誇っている。

 アルスタリア王都――。

 優人はゆっくりと息を吐いた。

「……戻ってきた」

 最初にこの国へ来たのは、数学試験という不可解な儀式の渦中だった。あのときの自分は、状況も理解できぬまま巻き込まれた異邦人に過ぎなかった。だが今は違う。筆頭数学者として、正式に帰還しているのだ。

 馬車の揺れに合わせて、過去の光景が脳裏をよぎる。城門前で戸惑い、言葉も通じず、ただ問題を解くことでしか存在価値を示せなかった自分。あの頃は、この街を“他人の国”だと感じていた。だが今は、不思議と胸の奥が温かい。

「帰る場所ができた、か」

 その“場所”が国なのか、役職なのか、あるいは人なのか。答えを求める思考は途中で途切れ、馬車はゆるやかに速度を落とす。重厚な城門が目前に迫っていた。

石畳を踏む馬の蹄音。城門の厚い扉が、威圧的な存在感を放つ。馬車の中で優人は窓越しに城壁の隅々を観察した。石の積み方、隙間、角度……すべてが精密に計算された構造だと直感で理解できた。


 城門前に整列する兵士たちは、優人の顔を見るや否や、即座に姿勢を正した。

「優人殿、お帰りなさいませ!」

 一斉の敬礼。

 初めて訪れたときにはなかった光景だ。優人は軽く会釈を返す。エレノアが小声で呟いた。

「規律が徹底されていますね。都市設計も無駄が少ない。防衛効率を重視した構造でしょう」

 研究者らしい観察に、麻美が苦笑する。

「普通は“綺麗”とか“すごい”って感想になるんですけどね……」

 優人は理解していた。王都は整然としている。ただ美しいのではない。計算されているのだ。道幅、兵の配置、視線の通り方。すべてが合理的で、無駄がない。

 ミレイも視線を巡らせる。

「ゆ・・・優人さんは、とても慕われているんですね」

 優人は苦笑しながら答える。

「ユリナの人気が高いので、必然的に私のことも好意的に見てくれる人が多いだけですよ」


 王城の白い回廊は、静寂に包まれていた。磨き上げられた床に、優人たちの足音だけが反響する。

曲がり角を抜けた、その瞬間だった。

 数歩先で、ひとりの少女が立ち止まった。淡い銀の髪。澄んだ碧眼。ユリナ・ルフェール・アルスタリア。

 彼女は息を呑んだまま、言葉を失っている。優人もまた、立ち止まった。

 数秒の沈黙。

 ただ視線だけが交差する。

 ――ああ。

 帰ってきたのだ、と優人ははっきり理解した。

 ユリナの唇が、わずかに震える。

「……優人様、本当に……ご無事で……」

 泣かない。声も崩さない。だが、その抑えた感情が、痛いほど伝わる。

 優人は穏やかに応じた。

「心配かけましたね、ユリナ」

 二人の距離は、あと一歩で触れられるほど近い。しかし、触れられない。廊下の端には侍女の姿もある。王族としての立場が、その一線を守らせていた。

「リベリオでの研究成果は……いかがでしたか?」

 声は、少しだけ柔らいでいる。

 優人は頷いた。

「予想以上の収穫がありました。特に数学システムについての情報は特筆すべきものでした。」

 その言葉に、ユリナの瞳が輝く。

「やはり……。数学システムには何か秘密が隠されているのですね」

 当然のように浸透している数学システムという概念。優人が過ごしてきた世界との大きな相違点。

「大賢者の塔に行くのだと手紙に書かれていましたが、それも数学システムに関係しているんですか?」

「ええ。おそらくは」

 ユリナは小さく微笑んだ。

「優人様なら、きっと解明されるのでしょうね」

 その言葉に込められた期待は、恋慕だけではない。信頼。知性への尊敬。

 優人の胸の奥に、静かな熱が灯る。

「まずは王に謁見を。正式な手続きを経てからです」

 冷静な返答。しかし内心では、すでに興味が膨らみ始めていた。大賢者の塔。解かれていない問題。それは挑戦状に等しい。


 謁見前の控室にて、優人は改めてそれぞれの人物を紹介した。

「まずこちらは、エレノア姫。リベリオ帝国の第4王女であり、数学研究所の所長でもあります。」

「お目にかかれて光栄です、ユリナ殿下」

 端正な礼。

「そしてこちらはミレイ・グレイアさん。数学研究所の数学システム研究部門のリーダーです」

「リ、リーダーだなんて。私しかいないだけなんです。優人さんのおかげでなんとか存続できそうなので、本当に感謝しています」

 ユリナは興味深そうに頷く。

「そして私が白石麻美!。どうですか、姫様?私の言葉分かりますか?」

 優人が何かを言う前に麻美はユリナ姫に向かって自己紹介を始めていた。言葉が通じるようになったことが本当に嬉しいのだろう。

「ええ、麻美様。手紙では伺っていましたが、本当に良かったですね」

 明るい声に、空気が少し和らぐ。

 ユリナは真剣な表情で言った。

「大賢者の塔の情報は扉の問題以外はサウザリア王国しか持っていません。私たちが調査できるというのは、政治的にも大変意義のあることです。」

 その場にいる全員がその言葉に同意する。これからの行動には国としての責任も伴うということに緊張感が高まろうとしていた中、ユリナ姫が相好を崩して続きを話した。

「でも、私はそれ以上に大賢者の塔でどんな問題が待ち構えているかたのしみです」

 ユリナ姫の数学に対する想いに優人もまた笑顔になった。


王との謁見

 玉座の間は、重厚な静寂に満ちていた。

 王はゆっくりと頷く。

「よく戻った、優人殿」

「陛下のご厚意に感謝いたします」

 帰還の労いの後、リベリオでの研究報告が簡潔に述べられる。王は目を細めた。

「……そして、塔の件だ」

 空気が変わる。

「大賢者の塔は、数百年誰一人として入れなかった場所だ」

 重い言葉。

「それでも、調査に挑むと申すか」

「はい」

 即答だった。王はしばし沈黙し、やがて言う。

「サウザリアとの交渉にエレノア姫に尽力してもらったと伺った。我が国としては何もしていないのだが、此度の遠征はアルスタリア王国とリベリオ帝国の合同チームによる調査ということでよろしいか?」

 エレノア姫は簡潔に答える。

「はい。アルスタリア王国からはすでに多くの数学の知識を優人殿からいただいております。率直に申し上げれば、今ならばアルスタリア王国以外の国ならばどの国にも絶対に負けないというくらいにはご教授いただきました。」

「馬車の中でも言いましたが、この知識は友好的な国ならば、分け隔てなく教える予定ですから、侵略戦争とかするだけ無駄ですからね。」

 優人は再度確認のためにエレノア姫に釘を刺す。

「もちろんだ。そんなことをしようものならば、兄上と同様に優人殿に完膚なきまでに叩きのめされてしまう。」

 その発言を聞いて、アルスタリア王は何かを察したようにつぶやいた。

「優人殿はリベリオ帝国でも規格外の行動をしていたのか。」

「まあよい。ここにアルスタリア王国からユリナ・ルフェール・アルスタリアとユウト・アルスタリアの両名をサウザリア王国への使者とすることを宣言する」

 国家規模の遠征。それが今、決定した。


遠征決定と静かな余韻

 夕暮れ。王城のバルコニーから、塔が見える。赤く染まる空の下、黒い影のようにそびえ立つ異形。

ユリナが静かに言う。

「塔の扉の問題……今まで誰も解けませんでした。優人さんが第2問まで解きましたが、第3問はどんな問題が出るんでしょうね」

 優人は塔があるという方角を見つめる。

 美しい。そして、どこか既視感がある。数学問題としての構造。まるで――。

 まだこの時、優人は知らなかった。

 その塔が、この世界の真実が明らかになる場所であることを。

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