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再会前夜の馬車

 エレノア姫との交渉が終わった後、優人の日常は一気に慌ただしさを増した。

 サウザリア王国との交渉はエレノア姫が始めたものの、それは始まりに過ぎない。次に必要なのは、アルスタリア王国との調整だった。


 エレノア姫がサウザリア王国と交渉を進めている間、優人はアルスタリア王国宛の手紙をしたためていた。

 リベリオ帝国、サウザリア王国、そしてアルスタリア王国。三国が関わるこの案件では、情報共有が不可欠だ。サウザリアとの交渉の経緯、大賢者の塔の調査権の件、そしてアルスタリア王国に求める協力。それらを的確に伝えるため、慎重に言葉を選んだ。


「……これで大丈夫かな。」


 手紙を書き終えた優人は、最後にもう一度内容を確認し、封をした。これを早馬で送れば、数日以内にはアルスタリア王の元へ届くだろう。

 しかし、それだけでは終わらない。

 優人はもう一通、ユリナをサウザリア王国へ同行させるための要請書をしたためた。


 ユリナ――アルスタリア王国の王女であり、数学への深い関心を持つ少女。

 彼女の興味を考えれば、大賢者の塔の調査に同行したいと思うのは間違いない。だが、彼女は王族であり、勝手に動くことはできない。正式な許可が必要だった。


「ユリナなら、絶対に行きたがるはずだし……だったら、最初から連れて行けるようにした方がいいよな。」


 そう考えた優人は、アルスタリア王に向けて、ユリナの同行許可を求める要請書を書き上げた。


 アルスタリア王国とのやり取りを進める合間、優人にはもう一つの重要な仕事があった。

 それは、エレノア姫とミレイへの数学指導。

 優人は、エレノア姫が所有する未解決問題集を元に、より深い数学の知識を教えることにした。そこに載っている問題を中心に、高校二年生程度の数学を教えることになった。


「この問題は、二次関数の最大最小を求めるものだけど、まずは平方完成をしてみよう。」


 優人が説明を始めると、エレノア姫は真剣な表情でノートを取り、すぐに計算を始めた。

 その吸収力は驚異的だった。

 まるでスポンジが水を吸うように、彼女は優人の言葉を理解していく。


「なるほど……つまり、この形にすれば、変域が明確に見えるということですね。」


 彼女は自分なりに考えながら言葉を紡ぎ、納得するとすぐに次の問題へと移った。

 優人はミレイにも同時に同じ内容を教えることにしていた。


 ミレイはリベリオ帝国の数学研究所の数学システム部門の長であり、エレノア姫の部下と言える。


「え、えっと……平方完成って、なんでしたっけ?」


 最初は戸惑っていたが、優人の丁寧な説明を受けて、少しずつ理解を深めていった。


「ミレイが知識をつければ、エレノア姫の独裁を抑止する効果も多少は出るはず……。」


 優人はそう考え、ミレイにも同じレベルの内容を学ばせることにした。エレノア姫の知識が増えるのは良いが、それが彼女だけのものになってしまうと、彼女の判断が絶対になりかねない。


「な、なるほど、優人さんの言ってることはこういう意味だったのね。」


 ミレイが理解すると、エレノア姫も満足そうに頷いた。

 こうして、数学の授業は毎日のように行われ、エレノア姫とミレイの知識は着実に深まっていった。


 交渉、連絡、教育――すべてが同時進行する中、優人の日常はますます忙しくなっていた。

 だが、これらすべては大賢者の塔の調査という大きな目的のため。


「もうすぐ、準備は整うな……。」


 そう優人は呟いた。



 エレノア姫の粘り強い交渉の甲斐もあり、ついにサウザリア王国へ向かう日程が正式に決まった。

 これにより、リベリオ帝国からの代表団はサウザリア王国へ向かうことになる。だが、その前にやるべきことがあった。


「それじゃあ、一度アルスタリア王国へ戻るとしようか。」


 優人は、手元の書類を確認しながらそう呟いた。サウザリア王国へ向かうにあたり、ユリナを正式に合流させる必要がある。

 そのため、優人と麻美はユリナと合流するためにアルスタリア王国へ戻ることにした。


「2か月ぶりくらいですね。久々のアルスタリア王国か……。ユリナは元気にしてるかな。」


 そんなことを考えながら、優人は荷馬車の準備を整えた。そして、エレノア姫を含む一行は、アルスタリア王国へ向けて馬車での旅に出ることになった。


 アルスタリア王国へ向かう馬車の中は、まるで移動式の数学教室だった。

 木製の車輪が土を踏みしめる音が響く中、エレノア姫が熱心に優人へと説明を続けていた。


「つまり、この証明は背理法を用いて、矛盾を示せばよいのですね。もしこの定理が偽だと仮定すると、矛盾が生じるから、元の命題は正しいというわけです。」


 彼女は手元のノートにすらすらと数式を書きながら話し、優人はそんな彼女の姿を見て、感心したように頷いた。


「そう、完璧ですね。エレノア姫は本当に理解が早いですね。」


 エレノア姫は誇らしげに微笑みながら、さらなる疑問を投げかけた。

 優人は一瞬、彼女の熱意に感心しつつも、ふと疑問を口にする。


「……それにしても、本当にアルスタリア王国までついてきてよかったのですか?リベリオ帝国のこともあるでしょうし。」


 エレノア姫は、優人の言葉を聞くと、涼しい顔で答えた。


「どうせサウザリアに行くにしても長い馬車移動の時間があるのだから、その間に数学をもっと教えてもらえば時間を無駄にしなくていいでしょう?」


 彼女の発言に、優人は苦笑するしかなかった。


「さすが、効率を最優先に考えるエレノア姫らしいな……。」


 そのとき、横でおどおどした様子のミレイが、遠慮がちに口を開いた。


「あ、あの……私、本当になんで一緒に行くことになってるんですか……?」


 馬車の中で縮こまりながらそう尋ねるミレイに、エレノア姫はまるで当然といった様子で答えた。


「どうせ数学システム部門はもう調べることがなくなっていたんだから、ちょうどいいでしょ。」


「えっ、いや、ちょうどいいって……!」


 ミレイが抗議しようとした瞬間、エレノア姫はさらに畳みかけるように言った。


「王族からの命令よ、命令。」


 その一言に、ミレイは目を丸くし、


「ふえーん……!!」


 と、涙目になって縮こまるのだった。


 その様子を見ていた麻美は、深いため息をついた。


「……ねえ、馬車の中でずーっと数学の話してるの、さすがに頭がパンクしそうなんですけど……。」


 ぼやく麻美に対し、優人はニヤリと笑いながら、指を立てて宣言した。


「白石先生もこの世界にいる以上、数学を勉強していて損はないので特訓に強制参加ですよ。」


「……マジかー……。」


 麻美は完全に諦めたような表情をしながら、仕方なくノートを開いた。


 こうして、馬車の旅は数学漬けの日々となり、長い1週間が過ぎた。

 道中はほとんど数学の話ばかりで、特に麻美とミレイにとっては拷問に近い時間だったかもしれない。

 だが、そうしているうちに、馬車はアルスタリア王国の城門へと辿り着いた。

 王都の壮麗な城壁が見え、遠くに見える王城の塔が太陽の光を受けて輝いている。


「……やっと着いたか。」


 優人が安堵の息をついたところで、アルスタリア王国の訪問は、また新たな局面を迎えることになるのだった。

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