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数学システムの管理者

 朝の澄んだ空気が部屋の窓から差し込み、優人は身支度を整えながら大きく伸びをした。昨夜の疲れはすっかり取れ、今日から本格的に研究所を見学できると思うと、自然と気が引き締まる。


 そのとき——。


 コン、コン。


 扉をノックする音が響いた。優人は手を止め、軽く咳払いをしてから返事をする。


「どうぞ。」


 扉が静かに開くと、そこに立っていたのはエレノア姫だった。彼女はいつものように優雅な佇まいで微笑みながら、ゆっくりと部屋へと足を踏み入れる。


「おはよう。昨夜はよく眠れたかしら?」


「ええ、おかげさまで。ただ……ちょっと部屋が豪華すぎて、落ち着かなかったですけど。」


 苦笑しながら答えると、隣の部屋の扉がバタンと開き、麻美が勢いよく顔を出した。


「私も! ベッドふかふかすぎて逆に寝つけなかったです!」


弾んだ声でそう言う麻美に、エレノアは微笑を深める。


「ふふ、それは良かったわ。しっかり休めたのなら何よりね。さて、朝食を済ませたら、数学研究所へ案内するわ。」


「はい、よろしくお願いします。」


優人と麻美は頷き合い、エレノアと共に朝食の場へ向かった。外は爽やかな朝日が広がり、これからの一日に期待が膨らむ。


 エレノア姫に連れられ重厚な扉を開け、研究所の中へ入ると、広々とした空間が広がっていた。天井は高く、白を基調とした壁には歴代の数学者たちの肖像画が並んでいる。


「ここがリベリオ帝国の数学研究所よ。国の数学研究の中心地で、各分野の第一線で活躍する研究者たちが集まっているわ。」


 エレノア姫の言葉に、優人は感心しながら頷いた。


「確かに、雰囲気がすごいですね……。」


 エレノア姫は微笑しながら答えた。


「ここでは実際に歴史に残るような研究が行われているの。きっと興味深いものが見られるわ。」


「うわぁ、楽しみですね!」


 麻美は目を輝かせながら、研究所の内部を見回していた。


 こうして、エレノア姫の案内のもと、いくつかの研究部門を巡ることになった。



 最初に訪れたのは、計算研究部門だった。室内には無数の黒板が設置され、研究者たちが数式を書き込みながら熱心に議論を交わしている。


「ここでは、計算を効率的に行うための新しい手法が研究されていたり、使い方が分からない『!』や『sin』などの記号について研究したりしているの。」


 優人たちが足を踏み入れると、部屋の中には数人の研究員が集まり、熱心に数学システムのディスプレイに向かっていた。


「……現在、9! の計算を進めていますが、難航しています。」


 エレノアが、優人たちにも聞こえるように説明を始めた。


「『!』という記号の研究をしている人たちよ。1!から始めて今は8!までは数学システムを使い、値を手あたり次第入れていくことで答えを確かめてきたの。6!は720、7!は5040、8!は40320ということまでは総当たりで計算して求めることができたのだけど、9!はまだ見つかっていないの。現在 100000 くらいまでは調べ終えたけど、全然見つからないの。」


 研究員たちは難しい顔をしながら、次の方針を考えているようだった。


「まだどの部門に入るかも決めてないのに教えてもらってもいいんですか?」


 エレノアは当然のように答える。


「これくらいは、研究所にいる全員が分かっていることだから知っておいてもらった方がいいわ」



 その様子を見ていた麻美が、隣の優人に小声で話しかけた。


「ねえ、答えを教えてあげないんですか?」


 確かに、優人が一言説明すればすぐに解決する問題だった。9!の答えを伝えれば、彼らの苦労は一瞬で終わるだろう。しかし、優人はすぐには答えず、じっとエレノア姫の様子を観察していた。


「教えたいと思っていますが、それは後で……ですね。」


「どうして?」


 麻美は不思議そうに首をかしげた。優人は数学に関する知識を惜しむような人ではないはずだ。それなのに、どうしてすぐに教えようとしないのか。


「エレノア姫の思惑が分かるまでは不用意に行動しない方がいいと思うので。」


 優人の表情は真剣だった。その瞳には警戒の色が宿っている。


「私たちがこの国に呼ばれた理由もはっきりとは分かっていないですし、エレノア姫が数学に対してどんな価値観を持っているのかも、まだ完全には理解できていないですからね。数学勝負に悪用されたら困ります。」


 優人の言葉に、麻美は少し驚いたように目を見開いた。彼の慎重さに、麻美は改めて彼の冷静な判断力を実感した。 優人は再び、研究員たちと議論を続けるエレノアを見つめた。彼女は研究員たちと真剣な表情で話し込んでいる。


「だけど、もし警戒の必要がなくなったら――そのときは、私の知識をできる限り伝えたいと思ってます。」


「……どうして?」


 麻美が問いかけると、優人は少しだけ笑って答えた。


「数学の知識は独り占めするものじゃないですから。」


 彼のその言葉に、麻美も思わず笑みをこぼした。


 数学の知識は、世界をより良くするためのもの。優人のその思いは、変わることはなかった。



 その間にも、計算研究部門の研究員たちは試行錯誤を続けていた。


「探索範囲を広げるべきか、それとも何かしらの法則を見つけるべきか……」


「もしかすると、何か根本的に見落としているのかもしれない……」


 そんな彼らの様子を見ながら、優人は静かに考えていた。


(……この国での数学の研究は、いったいどこまで進んでいるんでしょうか?)


 エレノア姫の考え、そして数学システムの秘密――それらを知るために、まだ慎重に動くべきだと、優人は改めて思ったのだった。




 次に訪れたのは、塔の問題研究部門だった。部屋の中央には大きな巻物が広げられており、そこには幾何学的な図形や不思議な記号が描かれていた。


「ここでは、『大賢者の塔』にまつわる問題を研究しているの。」


「『大賢者の塔』にまつわる問題って……あの正方形の問題ですか?」


「ええ。そうよ。」


「この問題も総当たりをしているんですか?」


 優人がエレノア姫に問うと、エレノアは簡潔に答えた。


「その方法ももちろんやっているわ。あとは、一辺がどれくらいの数値になるかを地道に確かめているの」


「一辺の値を地道にってどういうこと?」


 麻美がどうやっているかを聞く。エレノア姫は質問の内容が声の雰囲気から分かったようで質問に答えた。


「1×1=1、2×2=4よね?……ということは正方形の1辺は1と2の間にあることになる。これを地道に調べているところなの」


 優人はエレノア姫に聞いた。


「だいたい1.4とか1.5くらいですか?」


 エレノア姫は驚いたように目を見張り、優人に答えた。


「ええ、今のところ1.414くらいだということが分かっているわ。でもこの方法だとうまくいかないだろうと感じているわ」


 その話を聞いて、思った以上に数学研究所は√(ルート)の考えにたどり着いていることに感心した。


 

 いくつかの部門を巡りながら、エレノア姫は丁寧に研究の内容を説明してくれた。研究所内を歩くうちに、優人と麻美は次第にこの施設の広さと、そこで行われている研究の奥深さを実感していく。

 やがて、一行はある部屋の前で足を止めた。扉の向こうからは、黒板にチョークを走らせる音や、議論を交わす研究者たちの声が聞こえてくる。


「ここは新作問題研究部門よ。」


 エレノア姫が扉を押し開くと、室内にはいくつもの黒板が設置され、その上には数式がびっしりと並んでいた。研究員たちはそれらを指さしながら、何やら活発に議論している。


「新作問題研究部門……?」


 不思議そうに眉をひそめる優人に、エレノア姫は説明を続ける。


「この部門では、新しい数学問題を生み出し、それを解くための手法を考案するのが仕事なの。」


「へぇ、新しい数学問題ってどうやって作るんですか?」


 優人が興味深そうに尋ねると、エレノア姫は少し微笑みながら答えた。


「方法はいくつかあるわ。例えば、既存の問題をさらに発展させたり、異なる分野の数学を組み合わせたりして、新たな視点から課題を作るの。」


「なるほど……まるでパズルを作るみたいですね。」


 優人がそう言うと、エレノア姫は満足そうに頷いた。


「そうね。だからこそ、面白いのよ。」


 その言葉に、優人も思わず微笑んだ。数学は解くだけではなく、作ることもまた奥深く、魅力的なものなのだと改めて実感するのだった。



 次に訪れたのは未解決問題研究部門だった。部屋に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、壁一面に広がる黒板と、そこにびっしりと書き込まれた複雑な数式の数々だった。その前では、数人の研究者が腕を組んで悩み込み、時折チョークを手にしては何かを書き足し、また消している。彼らの額には薄く汗が滲み、長時間にわたる思索の跡が見て取れた。


「ここでは、いまだに誰にも解かれていない難問に挑戦しているわ。」


 エレノア姫が誇らしげに言う。


「うわぁ……これ、全部未解決問題なんですか?」


 麻美が目を丸くしながら黒板を指さすと、エレノア姫は軽く頷いた。


「ええ。どれも何十年、あるいは何百年も解かれていない難問ばかりよ。中には記号の意味すら分かっていない問題もあって、それが大きな壁になっているわね。この部門では、計算研究部門と連携しながら少しずつ突破口を探しているの。」


「……記号がネックなんですね。」


 優人は感心したように黒板を眺めつつ、問題に取り組んでいる研究者たちの真剣な表情を観察した。彼らの視線の先にあるのは、まるで異世界の言語のような未知の記号。それを紐解くことこそが、この部門の使命なのだろう。ふと、優人はエレノア姫から少し距離を取り、隣にいる麻美に小声で話しかけた。


「この世界では、数学システムの存在が数学の発展を妨げている可能性がありますね。」


「え? どういうことですか?」


 麻美は首をかしげ、興味深そうに優人を見つめる。


「普通、数学の発展はこういう流れになります。誰かが新しい概念を思いつき、それを表現するために記号を生み出し、その記号の意味が広まって、多くの人が使うようになる。」


「うん、それは当たり前ですよね。例えば、足し算や引き算だって昔の人が記号を決めて、それを使うことで発展してきたんですよね?」


「その通りです。でも、この世界では数学システムの中にすでに記号だけが存在している。問題は、その意味が分かっていないことなんです。つまり、本来なら新しい記号を考え出して使っていくはずなのに、逆に既にある記号の意味を後から解読しなければならない状況になっているんです。」


 麻美ははっとした表情を浮かべた。


「なるほど……! 私たちにとっては当たり前の記号でも、この世界の人たちにとっては未知の言語のようなものなんですね。考えてみれば、現代でも古代の文字や言語を解読するのってすごく難しいですもんね。」


「そういうことです。『記号が先にあって、意味が後から』というのは、かなり特殊な状況です。しかも、その記号がどんなルールで使われているのかの例文すらなければ、解読するのはほぼ不可能でしょう。」


 優人は黒板に書かれた数式を見つめながら、数学システムという未知の存在に改めて興味を抱いた。それは、この世界の数学の鍵を握るものなのかもしれない。そんな二人の様子に気づいたエレノア姫が、振り返って声をかける。


「そろそろ次に行くわよ。」


 優人と麻美は顔を見合わせ、軽く頷いた。そして、未解決問題の数々を背に、一行は再び研究所の奥へと足を進めた。




 そして、最後に案内されたのが——


「ここが最後の部門……数学システム部門よ。」


 エレノア姫の声には、これまでとは違う、どこか歯切れの悪さがあった。

 優人と麻美が部屋の扉をくぐると、そこはこれまでの部門とは異なる、静けさに包まれていた。

 研究机が並ぶ室内には、いくつかの紙が置かれているものの、人気は少ない。


「この部門には……今は、たった一人しか所属していないの。」


「えっ、一人だけ?」


 優人が驚いた声をあげると、エレノア姫は小さく頷いた。


「長らく新しい業績がなく、研究も停滞しているわ。このままなら、いずれ部門そのものが閉鎖されるでしょうね……。」


 優人は、ふと研究室の奥に視線を向けた。そこには、一人の女性研究者が机に向かい、小柄な体を縮めるようにして資料を読んでいた。


「彼女がこの部門に唯一所属している研究者よ。」


 エレノア姫の紹介に、優人は彼女の背中をじっと見つめた。

 ——この静かな部門に、たった一人で取り残されている研究者。

 彼女は一体、どんな研究をしているのだろうか……?

 優人と麻美、そしてエレノア姫の一行が数学システム部門の研究室に足を踏み入れると、部屋の隅で机に向かい、書類をまとめている一人の女性がいた。

 研究所の中でもここだけは少し寂れた雰囲気が漂い、ほかの部門に比べて活気が感じられない。しかし、机の上にはいくつもの書類や数学の計算式が書かれた紙束が広がっており、長い時間をかけて考察が行われてきたことが伺えた。

 エレノア姫が軽く咳払いをすると、女性はびくりと肩を震わせ、慌てたようにこちらを振り返る。


「えっ、えっと……姫様? その、な、何か……御用でしょうか……?」


 彼女はおどおどとしながら立ち上がった。

 小柄で華奢な体つきで、背筋をぴんと伸ばしているというよりは、どこか縮こまるようにして立っている。やや長めの焦げ茶色の髪はゆるくウェーブがかかっており、両耳の横で控えめに結ばれている。そのせいか、どことなく柔らかい印象を与えていた。

 目元は少し垂れ気味で、落ち着かないように視線が右へ左へと泳ぐ。丸い眼鏡をかけており、時折それを指で持ち上げながら、落ち着かなさそうにまばたきをする。

 服装は、研究者らしくシンプルなデザインの白衣を羽織っているが、その下には薄紫色のブラウスと黒いロングスカートを身に着けていた。服自体に派手な装飾はなく、どこか控えめな印象を受ける。しかし、袖口には可愛らしい刺繍が施されており、本人の小さなこだわりが見えるようだった。


「えっと、あの、数学システム部門の研究者の……ミレイ・グレイアです。ご、ご挨拶が遅れてすみません……。」


 彼女は慌てた様子で頭を下げたが、その動作もどこかぎこちなく、普段あまり人前に立つことがないのが見て取れた。エレノア姫は少し呆れたような表情を見せながらも、淡々と言葉を続ける。


「ミレイ、ここに来たのは彼らを案内するためよ。優人と麻美、今後どの部門に所属するかを決めるために見学しているの。」


「えっ、えっと、それは……ここを、見学したい、ってこと……ですか?」


 ミレイは目を丸くし、信じられないとでも言いたげな表情を浮かべる。数学システム部門はここ数年、新しい研究成果がなく、正直なところ部門自体の存続が危ぶまれている状況だ。そんな場所に、わざわざ興味を持つ人がいるとは思っていなかったのだろう。優人が頷くと、彼女はどこか戸惑いながらも、小さな声で説明を始めた。


「え、えっと……私が、ここで研究しているのは、数学システムそのものです。以前、ちょっとした発見をしたんですが、それ以降は特に何も成果を……出せていなくて……。」


 彼女は申し訳なさそうに視線を伏せ、指先をもじもじとさせる。そして、少しの間を置いてから、まるで自信なさげに続けた。


「それは……数学システムを起動しているときに、『権限を確認』と指示すると、システムから『student』という権限が表示される……というものなんです。」


 そう言いながらも、彼女はどこか自分の研究に自信がないようだった。自分の発見を誇るのではなく、むしろ「こんな小さなことですが……」といった雰囲気で話す。

 優人と麻美は顔を見合わせた。


「それは……面白い発見ですね。」


 優人がそう言うと、ミレイは驚いたように目を瞬かせた。自分の研究が誰かに「面白い」と言われることなど、久しくなかったのだろう。彼女はわずかに頬を赤らめながら、小さくうなずいた。


「え、えっと……それは……そう、ですか……? あ、ありがとうございます……。」


 彼女は緊張したように眼鏡を直しながら、少しだけ柔らかい表情を見せた。

 数学システム部門の現状をミレイから聞いた優人は、改めて部屋の中を見渡した。古びた書棚には埃をかぶった資料が並び、机の上には無造作に積まれた計算用紙が散らばっている。研究が停滞していることを物語るような光景だった。

 ミレイが発見した「権限を確認」の機能は興味深いものの、それだけでは十分な研究成果とは言えず、数学システム部門は存続の危機に瀕していた。資金や人員も削減され、今では彼女一人しか残っていない状態だという。


「……このまま何も進展がなければ、数学システム部門は閉鎖される運命にあります。」


 ミレイが小さな声でそう告げると、部屋には沈黙が流れた。


 研究所の案内がすべて終わると、エレノア姫は優人にどの部門に所属するかを尋ねた。


「さて、優人。見学したうえで、どの部門で研究したいか決めたかい?」


 彼女は当然のように、優人が数学システム部門以外を選ぶものだと思っていた。


 だが――


「数学システム部門に行きます。」


 優人の答えを聞いた瞬間、エレノア姫の表情が曇る。


「……ちょっと待って。それ、本気で言ってるの?」


「もちろんです。」


 優人が迷いなくそう答えると、エレノア姫はため息をついた。


「優人、あなたの実力なら、他の部門で活躍するほうがずっと有意義よ。数学システム部門は研究が停滞していて、このままではいずれ閉鎖されるの。そんなところにいても、時間の無駄じゃない?」


 その言葉には、優人の才能を惜しむ気持ちが込められていた。エレノア姫自身、彼の数学の才能は見抜いている。その能力を生かすなら、最前線で成果を上げている他の部門のほうがはるかに適していると考えていた。

 だが、優人は譲らなかった。


「たしかに、数学システム部門以外の方が研究は盛んな様子でしたね」


「それなら……なぜ?」


「数学システムそのものに興味があるからですね。」


 優人の答えはあまりにもシンプルだった。だが、彼にとって研究に対する興味こそが最も大切なものだった。停滞しているからこそ、そこには新しい発見の可能性が眠っている。

 エレノア姫はしばらく優人を見つめていたが、やがてわずかに眉をひそめると、諦めたように肩をすくめた。


「……好きにすればいいわ。」


 彼女はそう言い捨てるように言い、ため息をついた。


「ただし、後悔しても知らないから。」


 その言葉には呆れとほんの少しの期待が入り混じっていた。



 翌朝、優人と麻美は数学システム部門へと向かった。

 部屋に入ると、昨日と同じくひっそりと静まり返った空間が広がっている。室内にはほこりをかぶった書類や乱雑に積まれた書籍が並び、長らく手つかずの状態が続いていることが見て取れた。

 中央の机に座っていたミレイは、優人たちが来るのを確認すると、戸惑いを含んだ視線を向けた。


「……本当に、ここでいいんですか?」


 不安げに眉を寄せ、彼女は小さな声で尋ねる。


「この部門は、もうほとんど機能していません。研究成果が出なければ、いずれ閉鎖されてしまいます……。」


 ミレイの声には悲哀がにじんでいた。彼女自身、研究を続けたい気持ちはあるが、現実は厳しい。優人たちのような実力のある研究者がここに来ることは、彼女にとっても信じられない出来事だったのだろう。しかし、優人はそんな状況をすでに理解していた。


「それでも、私たちは数学システムそのものを調べたいんです。」


「……っ。」


 ミレイは驚いたように目を見開いたが、やがて小さく息を吐き、戸惑いながらも頷いた。


「……分かりました。それでは、私が知っている限りのことをお教えします。」


 まず、優人が最初に取り組むのは、ミレイが数年前に発見したという「権限の確認」機能だった。


「数学システムが起動中に、『権限を確認』と発声すると、『student』という権限が表示されるはずです。」


  ミレイは少し不安そうな表情を浮かべながら説明した。彼女の声は控えめだったが、その内容には確かな自信があった。優人は彼女の言葉に頷き、数学システムを起動した。


  「じゃあ、試してみますね。」


  優人はミレイの説明通りに 『権限を確認』と言った。わずかな沈黙の後、ついに結果が返ってくる。




【権限: teacher】

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