リベリオ帝国からの手紙と友愛数
夕食を終えた優人、ユリナ姫、そして麻美の三人は、宮殿内の会議室へと足を運んでいた。食堂を出る際にユリナ姫から「お父様からの呼び出しです」と聞かされ、何事かと思いながらの移動だった。
会議室の扉を開けると、そこは重厚な装飾が施された空間だった。長い楕円形のテーブルの中央には王家の紋章が刻まれた布が敷かれており、その周りには豪華な椅子が並んでいる。室内にはすでに数名の近衛兵と側近らしき人物が控えており、緊張感が漂っていた。
(まさか、また数学勝負の話か……?)
優人はそんなことを考えながら、指定された席に座る。ユリナ姫もその隣に腰を下ろし、麻美も少し緊張した面持ちで席についた。
しばらくして、扉の向こうから足音が響き、会議室の空気が引き締まる。
アルスタリア王が堂々とした足取りで現れた。威厳ある姿と冷静な表情を保ちながら、彼は三人に目を向ける。
「待たせてしまったな」
そう言いながら、アルスタリア王は静かに席に着いた。
「いえ、それで何かあったのですか?」
ユリナ姫が礼儀正しく応じると、アルスタリア王は軽く頷き、深く息をついた。
「本題に入ろう。君たちを呼び出したのは、リベリオ帝国から届いた一通の手紙についてだ」
そう言って、王は近くの側近から封筒を受け取り、優人へと差し出した。
「優人殿、君にまず目を通してほしい」
優人は少し驚きながらも、王の手から手紙を受け取る。その封には、リベリオ帝国の紋章――双頭の黒獅子が刻まれていた。
「リベリオ帝国……か」
その名を口にしながら、優人は封を開け、中の文書を広げた。
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アルスタリア王国 松永優人 殿
拝啓
陽気が心地よい折、貴殿におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、貴殿のご活躍については、すでに私の耳にも届いております。カルヴェリアとの数学勝負、さらにはジーランドとの勝負においても、貴殿の数学における卓越した才覚は他国に比類なきものと存じます。その才をもって幾多の難問を解き明かし、戦局をも左右するほどの影響力を持つに至ったこと、誠に驚嘆すべきことです。
リベリオ帝国においても、数学の発展には並々ならぬ関心を寄せております。我が国には、帝国が誇る数学研究所があり、一流の数学者が集い、日々研鑽を積んでおります。ここでは、数学の理論研究のみならず、実践を重んじた応用的な研究も進められ、各国の数学者との交流も盛んに行われております。
つきましては、貴殿をこの数学研究所の一員として迎え入れたく、ここに正式に招待の意を表明いたします。貴殿の才をもってすれば、さらに高度な数学の探究が可能となり、また、帝国の研究者たちにとっても大いなる刺激となることでしょう。
なお、貴殿が同行されている異国の女性につきましても、ご一緒にお越しいただいて構いません。我が帝国においては、多様な才能を尊重し、国籍や出自を問うものではございません。どうかご安心いただきたく存じます。
貴殿の賢明なるご判断を期待しつつ、帝国にてお迎えできる日を心待ちにしております。何卒、ご一考のほどよろしくお願い申し上げます。
敬具
リベリオ帝国 数学研究所所長
エレノア・フォン・リベリオ
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ユリナ姫は手紙に目を通しながら、改めて内容を確認し、小さく息をついた。
「リベリオ帝国の数学研究所は、大陸でも最高峰の研究機関です。在籍するだけでも大きな名誉であり、数学者としてのステータスにもなります。まさか、優人さんたちに正式な招待が届くなんて……すごいことですよ。」
彼女の声には驚きと感心の色が混じっていた。リベリオ帝国が持つ数学研究所は、その規模と実績から各国の数学者が憧れる場所であり、そこからの直接の招待は、ただの一般的な誘いとは一線を画している。しかし、アルスタリア王はすぐに優人へと視線を向け、慎重な口調で尋ねた。
「……優人殿は、これをどう思う?」
優人は少し考え込み、静かに首を横に振った。
「あまり良くない状況だと思います。」
彼のその言葉に、麻美は意外そうに眉を上げた。
「え? どうして? すごいことなんじゃないんですか?」
優人は手紙を指で軽く叩きながら説明を続けた。
「こっちは相手の情報をほとんど知らないのに、向こうはこちらのことをしっかりと把握している。カルヴェリアとの勝負やジーランドとの勝負は大きな出来事だったから、その結果を知っている人はたくさんいると思います。でも、私が主に活躍したことや、白石先生が今アルスタリアにいることは、それほど広く知られているわけではないです。」
「たしかに……」ユリナ姫も口元に手を添えて、考え込むように頷いた。
「もちろん、調べようと思えば調べられる情報ですが、それをわざわざ把握し、こうして手紙を送ってきたというのは……単なる数学者の勧誘ではなく、何らかの意図がある可能性が高いと思います。純粋に『数学が得意なら一緒に研究をしましょう』という申し出なのか、それとも、数学勝負になったときに厄介な存在になりそうな人物を取り込む、あるいは排除する目的なのか……どちらにせよ、警戒しといて損はないと思います。」
アルスタリア王も腕を組み、重々しく頷いた。
「確かに、リベリオ帝国は表向きは学問を重んじる国ではあるが、その裏では多くの策略を巡らせる国でもある。」
優人は考えを整理するように手紙を置くと、ユリナ姫に向き直った。
「……ユリナ。リベリオ帝国の第四王女、エレノア姫はどんな人物なんですか?」
彼の問いに、ユリナ姫は少し表情を引き締めた。
ユリナ姫は、少し考えるように目を伏せた後、ゆっくりと口を開いた。
「エレノア王女は、リベリオ帝国の第四王女ですが、ただの王族というわけではありません。リベリオ帝国は、実力がすべての国。王族であっても能力がなければ重要な地位には就けません。その中で、彼女は数学の才能を認められ、数学研究所の所長を務めています」
その声には、自然と敬意がにじんでいた。
「数学研究所には、大陸でも一流の数学者たちが集まっています。その中で所長として研究をまとめ、指導する立場にあるというのは、それだけ彼女が優れた数学者であるという証です。そして、彼女自身も数学の発展に大きく貢献しています。たとえば、ある計算方法を改良して、より効率的に解けるようにしたり、数学システムについても新たな事実を発見したりしています」
ユリナ姫はそこで一度言葉を切り、続ける。
「それに、彼女は見た目もとても印象的な方です。銀髪が美しく、凛とした雰囲気を持ちながらも気品のある女性です。リベリオ帝国の中でも、その知性と品格から、多くの人々に尊敬されていると聞きます」
ユリナ姫の語るエレノア王女の姿は、確かに優れた人物のようだった。ただ、彼女の口ぶりからは、単なる憧れではなく、冷静な評価が含まれていた。
「優人様が言ったように、今回の手紙が純粋なお誘いなのか、それとも何か別の意図があるのかは分かりません。ただ、エレノア王女が優れた人物であることは確かです」
ユリナ姫は、静かに優人を見つめた。その瞳には、不安の色がほんのわずかににじんでいる。
「……優人様は、どうするのですか?」
彼女の声は落ち着いていたが、その奥には迷いが感じられた。もし優人がリベリオ帝国へ行くことになれば、婚約者である優人と離れ離れになってしまうかもしれない――そんな不安が、かすかに表情に表れていた。
優人は、そんなユリナ姫の視線を受け止めながら、少し考えるように目を伏せる。そして、ゆっくりとアルスタリア王に問いかけた。
「……数日、考えてもいいですか?」
王は優人の言葉を受け、深く頷いた。
「もちろんだ。重大な決断になるだろう。焦らず、自分の中でしっかりと答えを出すといい。心が決まったら、改めて知らせてくれればよい」
優人は感謝の意を込めて軽く頭を下げた。そして、隣にいる麻美の方へと顔を向ける。
「白石先生もそれでいいですか?」
麻美は少し考えた様子だったが、すぐに頷く。
「ええ。私は優人先生がいないと、この世界で言葉が通じないから……。だから、優人先生の判断に任せます」
それは彼女なりの信頼の表れでもあった。
こうして、その場での話し合いはひとまず終わった。王は最後に「よく考えるといい」とだけ言い残し、席を立つ。優人に静かに一礼すると部屋を後にした。
優人と麻美も、それぞれの思いを胸に抱えながら、自分たちの部屋へと戻っていった。
数日間、優人は普段と変わらない日々を過ごしていた。朝になれば、ユリナ姫たちに数学の授業を行い、新しい概念を教えたり、時には鋭い質問に驚かされたりすることもあった。数学が好きなユリナ姫は積極的に議論に参加し、フィーナやアーシュも興味を持って話を聞いていた。麻美は相変わらず優人を通してでなければ会話ができなかったが、それでも少しずつ数学の概念を理解しているようだった。
授業が終わると、優人は自分でも数学の問題を解き、新しい理論を考えたりして過ごした。リベリオ帝国の手紙を受け取ってからというもの、数学研究所についての興味が湧き、どのような研究が行われているのか気になっていた。
また、優人はユリナ姫と過ごす時間も大切にしていた。授業の合間や夕食後に会話をし、時には城の庭を散歩することもあった。ユリナ姫は王族としての務めを果たしながらも、優人と過ごす時間を楽しんでいるようだった。優人自身もまた、彼女との会話を通じて異世界の文化や価値観を学ぶことができ、充実した時間を感じていた。
さらに、優人は街へと出かけることもあった。アルスタリアの市場は活気にあふれ、異世界ならではの品々が並んでいる。食材や日用品を買いそろえながら、職人の店に立ち寄って道具の依頼をしたり、新しい文房具を探したりしていた。特に、数学の授業で使うための書写用の紙や、計算用の盤などを注文することが多かった。城では得られないような情報も、街の人々と話すことで知ることができ、優人にとっては重要な情報収集の場にもなっていた。
こうして、何気ない日々を過ごしながらも、優人の心の中ではリベリオ帝国からの誘いについて考え続けていた。数学の研究者としての興味、しかし同時に警戒すべき点――。日常の中にありながらも、優人の心は静かに固まっていった。
ある日、いつものように優人の数学授業が始まった。今日のテーマは「友愛数」と「婚約数」についてだった。
「さて、今日は少し変わった数について勉強していきましょう。友愛数というものと婚約数というものです。」
それに対してフィーナがにやにやしながら興味深そうに尋ねた。
「婚約数って優人とユリナ姫の数ってこと?優人が作ったの?」
ユリナ姫が驚いたように優人に質問する。
「そうなんですか、優人様?」
優人はフィーナにじと目を向けながら話を続ける。
「残念ながら違います。この言葉はもともと私がいた世界にあるもので、私が作ったものではないです。まず、友愛数というものについて説明します。友愛数とは、異なる2つの自然数のペアで、お互いの自分自身を除いた正の約数の和が相手の数と等しくなるような数の組み合わせのことです。」
そう言いながら、優人は黒板に数字を書いていった。
「例えば、一番有名な友愛数のペアは、220と284です。まず、220の正の約数を220以外すべて書き出してみます。」
優人は黒板に次のように書いた。
220の正の約数(220以外): 1, 2, 4, 5, 10, 11, 20, 22, 44, 55, 110
「では、これらをすべて足してみましょう。」
1 + 2 + 4 + 5 + 10 + 11 + 20 + 22 + 44 + 55 + 110 = 284
「このように220の約数の和は284になりました。」
すると、ユリナ姫が興味深そうに口を開く。
「つまり、220の約数の和が284になっていて……、ということは、284の約数の和は220になるということですか?」
「その通りです、ユリナ。では、次に284以外の284の正の約数を見てみましょう。」
優人は再び黒板に数字を書いた。
284の正の約数(284以外): 1, 2, 4, 71, 142
「これらを足してみると……」
1 + 2 + 4 + 71 + 142 = 220
「このように、お互いの約数の和が相手の数と等しくなる関係を持つ数のペアを『友愛数』と呼びます。」
フィーナが不思議そうに首をかしげた。
「なんだか、すごく不思議ね……。こういう数字のペアは他にもあるの?」
「はい、実は他にもたくさんあります。ただし、見つけるのがとても難しいんです。220と284のペアの次は1184と1210のペアなので、急に数が大きくなっています。新しい友愛数のペアを見つけるにはかなり大きな数を調べないといけないので難しいのです。最小の友愛数のペアである220と284は、古代ギリシャの数学者ピタゴラスが発見したと言われています。」
すると、アーシュが面白そうに目を輝かせた。
「へえ……。じゃあ、これって何か特別な意味があるんですか?」
「数学的な性質として面白いというのもありますが、昔の人々はこの友愛数に特別な意味を見出しました。例えば、友情の象徴だとか、お互いに助け合う関係を表しているとか、そういった考え方ですね。」
すると、麻美が優人に向かって何か話し始めた。
「友愛数は、もしかして日本では有名なんですか?」
優人は少し考えてから答える。
「日本では数学を学んでいれば知ることができますが、一般の人はあまり知らないかもしれませんね。でも、数学好きの人たちの間では有名ですよ。」
麻美は「なるほど」と頷いた。
「では、次に『婚約数』について説明しましょう。」
優人は黒板に新しい数字を書いた。
「婚約数も、友愛数と少し似た性質を持つ数です。婚約数とは、1と自分自身以外の正の約数の和が相手の数になるような数の組み合わせです。」
「例えば、48と75を見てみましょう。」
「まず、48の1と48以外の正の約数をすべて書き出します。」
48の正の約数(1と48以外): 2, 3, 4, 6, 8, 12, 16, 24
「これらを足すと……」
2 + 3 + 4 + 6 + 8 + 12 + 16 + 24 = 75
「次に、75の正の約数を見てみます。」
75の正の約数(1と75以外): 3, 5, 15, 25
「これらを足すと……」
3 + 5 + 15 + 25 = 48
「このような関係を持つ数のペアを『婚約数』と呼びます。」
すると、フィーナが驚いたように言った。
「へえ、婚約数って名前がついてるのね。何だかロマンチックな響きね!」
ユリナ姫も頷いた。
「この数字を見つけた人は、この数字のペアに夫婦のような関係を感じたんですね。」
「そうですね。婚約数もまた、数学の中で発見された興味深い関係の一つです。」
アーシュが少し考え込むように言った。
「でも、こんな特殊な数を見つけるのって、すごく大変そうですね……。」
「その通りです。実際にこれらの数を見つけるのはとても難しく、昔の数学者たちは一つ一つ調べて見つけていったんです。」
こうして、優人の数学授業は進んでいった。友愛数と婚約数という、普段の計算ではあまり出てこない数の話に、生徒たちは興味津々だった。
授業の終わりに優人はまとめとしてこう言った。
「今日学んだ友愛数や婚約数は、日常生活で使うことは少ないかもしれません。しかし、数学というのは単なる計算だけでなく、こうした数の面白い性質を発見する学問でもあります。これからも、ただ答えを求めるだけでなく、数の持つ意味や関係性にも注目してみてください。」
数学の授業が終わり、優人は黒板に書かれた式を消しながら、ちらりとユリナ姫の方を見た。彼女は今日の内容を整理していて、真剣な表情をしている。少し緊張しながらも、優人は意を決して話しかけた。
「ユリナ、明日、少し時間ありますか?」
突然の呼びかけに、ユリナ姫はぱっと顔を上げた。
「え? 時間……ですか?」
と不思議そうに優人を見つめる。優人は微笑みながら続けた。
「せっかくの機会ですし、たまには授業じゃなくて、のんびりと過ごしませんか? 明日、一緒に街を散策しませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、ユリナ姫の頬が一気に赤く染まった。
「えっ……で、デート……ということでしょうか……?」
「ええ、まあ、そういうことになりますね」
優人がさらりと言うと、ユリナ姫はさらに顔を赤らめ、視線を泳がせながら、
「……は、はい……! ぜひ……!」
と、恥ずかしそうにうなずいた。
そのやり取りを聞いていたフィーナが、にやりと笑いながら口を開いた。
「あらあら、ユリナ姫ったら、顔が真っ赤よ?」
「ふぃ、フィーナ!」
ユリナ姫は恥ずかしそうにフィーナを睨むが、その表情はどこか嬉しそうでもある。
アーシュも腕を組みながら感心したように呟いた。
「いやあ、優人さん、結構大胆ですね。皆の前でデートに誘うなんて、普通はなかなかできませんよ」
「ほんとですよ!」
麻美もすかさず口を挟む。
「優人先生だけリア充なの、ずるくないですか?私は出会いどころか言葉も通じないっていうのに!」
「いやいや、そんなこと言われても……」
と苦笑する優人だったが、ユリナ姫が恥ずかしさを抑えながらも微笑んでいるのを見て、明日の予定がますます楽しみになってきた。
現在のところ友愛数は偶数同士、または奇数同士のペアしか見つかっていません。また、婚約数は偶数と奇数のペアしか見つかっていません。奇数と偶数の友愛数のペアを「結婚数」とすることもあるのですが、今のところそのようなペアは見つかっていないのです。




