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もう一人の異世界人

 アルスタリア王国の荘厳な会議室に、一同が集まっていた。豪奢な装飾が施された室内は、威厳と格式を漂わせながらも、不穏な空気がわずかに残っていた。先ほどの数学勝負の余韻と、その後に生まれた複雑な事情が、全員の胸に重くのしかかっていたからだ。

 中央の大きなテーブルを囲むように座るのは、アルスタリア王、ユリナ姫、フィーナ、アーシュ、そしてジーランド王とその関係者たち。優人と麻美も同席していたが、麻美は依然として優人にしがみついていた。

 まるで幼子が保護者を離れまいとするように、その細い腕で優人の服を掴みながら、彼女の目は不安そうに周囲を見回している。その様子を見ていたアルスタリア王が、重みのある声で口を開いた。

「この女性の処遇も含めて、今後のことを決めなければならない。」

 その言葉が響いた瞬間、麻美の体がびくっと震え、さらに優人に強くしがみついた。その緊張があまりにも露わだったため、優人は困ったように苦笑し、そっと彼女に声をかけた。

「白石先生、落ち着いてください。今、王さまが何か言いましたけど……その言葉、わかりますか?」

 白石先生は涙で濡れた目で優人を見上げ、首を横に振った。

「言葉の調子から、何か深刻な話をしているのは分かるんだけど……内容は全然わかりません。」

 少し息を飲むと、続けて呟く。

「それより……優人先生、どうしてその言葉がわかるの? ここに来てからずっと、言葉が通じなくて……それが一番怖かったのに……。」

 その言葉に優人は少し考え込み、ふと視線をフィーナに向けた。

「フィーナ、ちょっと質問に答えてもらってもいいですか?」

 フィーナは少し驚きながらも微笑み、頷いた。

「ええ、いいわよ。」

「数学は好きですか?」

 突然の質問に、フィーナは少し考える素振りを見せ、朗らかな声で答えた。

「解けない時は悔しいと思うけど、好きよ。」

 優人は頷き、すぐに白石先生に視線を移した。

「先生、今フィーナが何を言ったか分かりましたか?」

 白石先生は首を振り、眉を寄せる。

「今のも全然わかりません。でも……言葉の雰囲気だけは、なんとなくポジティブな感じがした。」

 優人は再び考え込むようにしばし沈黙した後、もう一度フィーナに話しかけた。

「もう一度だけ質問しますね。Do you like mathematics?」

 英語で質問を投げかけた優人に、フィーナは一瞬首を傾げたが、すぐに微笑んだ。

「さっきと同じ質問ね。好きよ。」

 その答えに満足げに頷いた優人は、白石先生を見て確認する。

「先生、今の僕の質問とフィーナさんの答えはどう聞こえましたか?」

 白石先生は少し戸惑いながら答える。

「優人先生の質問は英語で聞こえました。でも……フィーナさんの答えは、全然わからなかった。」

 優人はその言葉を受け、今度はフィーナに質問を向けた。

「今の質問、何語に聞こえましたか?」

 フィーナは少し不思議そうに微笑みながら答える。

「何語って……さっきと同じで、普通にこの大陸の言葉よ。」

 その言葉に、他の参加者たちも小さく頷いた。ユリナ姫も冷静に補足するように言う。

「その通りです。優人様は先ほどと全く同じ言葉で質問しました。」

 優人は椅子にもたれかかりながら小さく息をつき、考えをまとめるようにゆっくりと話し始めた。

「どうやら私の言葉は、この世界では同時通訳みたいな形で相手に伝わっているみたいですね。しかし……白石先生の言葉がなぜ翻訳されないのか、その理由までは分かりません。」

 その説明に、一同は理解しながらも納得しきれない様子だったが、特にジーランド王は安堵したように笑みを浮かべた。

「それはともかく、私がこの場で決めなければならないのは、先の取り決めについてだ。」

 アルスタリア王が場を収めるように言葉を続けた。

「ジーランド王よ、事前の協定通り、貴国が併合してきた国々を全て元の形に戻し、北の盟主国の座をノルディアへ返還してもらう。」

 その言葉にジーランド王は深く頷き、柔らかな口調で答えた。

「もちろん、それで構わない。野心を抱き、北の連合国を取り込もうとしたのはいいが、自分でコントロールできない力を扱うには……私の器が小さすぎたのだろう。」

 そう言いながら、どこか安堵した表情で笑った。

 その後、ジーランド王は麻美に視線を向け、問うた。

「……では、その女性の処遇はどうする?」

 アルスタリア王は麻美の怯える様子を一瞥すると、はっきりとした口調で答えた。

「こちらの国で保護したいと考えている。この女性は優人殿が探していた人物でもある。そして、彼女自身もこの世界のことを学びながら、落ち着ける場所を必要としているだろう。」

 ジーランド王は静かに目を閉じ、頷いた。

「それがいいだろう。アルスタリア王国で保護していただけるのなら、それが最善だ。」

 こうして、一連の数学勝負を発端とした事件は幕を閉じた。


 ジーランドの関係者が部屋を後にし、静寂が戻った広間に、緊張から解放された空気が漂った。優人はその場の空気を読み取りながら、穏やかな笑顔でアルスタリア王に向き直り、一礼した。

「まずは、白石先生の保護を約束していただき、心から感謝いたします。本当にありがとうございます。」

 優人の言葉には深い感謝の念が込められていた。彼の真摯な態度に、アルスタリア王は軽く頷き、いつもの落ち着いた声で答えた。

「気にすることはない。優人殿にはこれまで何度も我々を助けていただいている。これくらいは当然のことだ。」

 その言葉には、優人への揺るぎない信頼と感謝が滲んでいた。麻美もそのやり取りを聞き、少し緊張した表情を和らげたようだった。

 優人は改めて麻美に向き直り、「ここで皆さんをご紹介します」と言うと、一人一人を丁寧に紹介していった。

 まず最初に紹介したのは、この国を治めるアルスタリア王だった。

「こちらがアルスタリア王、ガルヴァイン陛下です。この国を治めるだけでなく、常に民や国の未来を第一に考え、誰からも尊敬されるお方です。」

 ガルヴァイン王は軽く頷き、厳格ながらも温かみのある眼差しを白石先生に向けた。

「あなたのことは優人殿から聞いている。どうか安心されよ。この国では安全をお約束しよう。」

 その言葉を優人は麻美に伝えた。麻美は感激した様子で頭を下げた。「ありがとうございます」と小声で答えると、言葉は通じていないがその気持ちは伝わったようで、ガルヴァイン王はわずかに微笑んだ。

 次に紹介したのは、王の一人娘であるユリナ姫だった。優人は少し照れくさそうにしながらも、彼女を紹介した。

「こちらはユリナ姫。アルスタリア王国の王女であり、この国の未来を担う方です。それに、とても聡明で優しい方で、私もたくさん助けていただきました。そして、私の婚約者です。」

 麻美は優人の発言に気になる発言があり、それについて質問をした。

「ええっ!?優人先生、婚約者って本当ですか!?」

「ええ、私の方もいろいろとありまして……」

 優人が答えると、さらに麻美が尋ねた。

「大人っぽく見えますが、ユリナ姫って何歳なんですか?」

 優人は気まずそうに質問に答えた。

「……16歳です……」

 麻美はじとっとした目を優人に向けて言った。

「それは……犯罪では?」

「ここは現代日本ではありませんし、その辺の話はすでに覚悟を決めたので。というか、現代日本であっても16歳であれば結婚できますから犯罪ではないです。」

 優人が早口で説明すると、麻美は言葉が通じないことも忘れてユリナ姫に話しかけた。

「お姫様はこんな30歳も過ぎたおじさんでいいんですか?」

 ユリナ姫は何を言われたかわからず、その内容を優人に尋ねた。

「優人様、その方は何とおっしゃったんですか?」

 優人は言いにくそうにユリナ姫に伝えた。

「えーと、私のような30歳過ぎの男性が婚約者でいいのか、と聞いています。」

 ユリナ姫はその言葉を聞き、柔らかな笑みを浮かべながら麻美に向き直った。

「優人様との婚約は私の方から望んだことなんです。私の努力を認めてくれて、いつも優しくしてくれる優人様に心惹かれたんです。」

 ユリナ姫は頬を赤らめながら、はっきりと言った。優人はユリナ姫以上に顔を赤くして、

「それ、私が自分で白石先生に伝えなきゃいけないんですよね。」

 と言った。ユリナからの言葉を伝えると、麻美は感心したような顔で優人に言った。

「優人先生、愛されてますね。」

 優人はその言葉に少し頬を染めた。ユリナ姫は礼儀正しく一歩前に出た。

「改めまして、麻美様。私も微力ながら、あなたがこの国で快適に過ごせるよう力を尽くします。」

 続いて、優人はフィーナを紹介した。彼女はいつもの元気な笑顔を浮かべていた。

「こちらはフィーナ。もともとは貧民街にいたのですが、数学勝負を経て、私の側仕えになりました。ユリナ姫と一緒に数学の勉強をしています。とても優秀な生徒です。」

 フィーナは胸に手を当て、朗らかな声で挨拶した。

「初めまして、麻美。色々と優人の世話をしているわ!あなたのことも教えてね!」

 彼女の明るいエネルギーに、白石先生は自然と笑顔を浮かべた。

 次に紹介されたのはアーシュだった。彼は少し照れくさそうにしながらも、まじめな態度で立っていた。

「こちらはアーシュ。フィーナの弟で少し前まで病気だったのですが、今は治って体調も良くなってきています。」

 アーシュは軽く頭を下げ、控えめな声で挨拶した。

「白石先生、初めまして。優人さんには僕も姉さんも助けられてばかりです。姉さんの言うことは話半分に聞いてください。」

 その落ち着いた雰囲気に、白石先生は安心したように頷いた。


 最後に紹介されたのはアルベルト王子だった。優人は彼を紹介する時、少し表情を引き締めた。

「こちらはアルベルト王子。ノルディア連合国の第一王子であり、次期ノルディア国王としての素養を備えた方です。」

 アルベルトは一歩前に出て、麻美に向き直った。彼の目には自信と覚悟が見て取れる。

「あなたの知識の前では、我がノルディアは手も足も出ませんでした。しかし、今度勝負するときには、勝てるように全力を尽くすつもりです。」

 麻美はその毅然とした態度に少し圧倒されながらも、「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。


 優人は一通りの紹介が終わったあと、麻美に目を向けた。彼女はやや緊張した面持ちだったが、その瞳には優人への信頼が垣間見えた。優人は微笑みを浮かべながら、周囲の視線を集めて口を開いた。

「次に、私から白石先生について紹介させてもらいます。名前は白石麻美先生。私が通っていた中学校の社会科の先生で、一緒に3年間勤めました。」

 彼の言葉には、どこか懐かしさと感謝の色が込められていた。優人は言葉を選びながら続ける。

「白石先生は、授業がとてもわかりやすくて、生徒からも慕われている素晴らしい先生です。難しい歴史の内容や、複雑な社会の仕組みも、先生が説明すると簡単に感じられるんです。それだけでなく、生徒一人ひとりをしっかり見てくださるので、多くの生徒が先生を信頼していました。」

 白石先生はその言葉を聞き、少し顔を赤らめながらも控えめに笑った。彼女の表情には、優人の紹介を聞いて照れくささと同時に誇りを感じている様子が表れていた。

 周囲の温かい雰囲気の中で、白石先生は

「ここでも何かお役に立てるように頑張ります」

 と静かに決意を述べた。

 アルスタリア王が優人と白石先生を見回し、少し考え込むような仕草をしたあと、落ち着いた声で口を開いた。

「さて、白石殿の部屋をどのように用意するかについて話し合わねばなりませんな。優人殿としか言葉が通じないとはいえ、同室というわけにはいかないでしょう。」

 その言葉に優人が手を挙げて軽く笑いながら答える。

「もちろん、それはまずいですね。」

 続いてユリナ姫が口を挟んだ。

「そうですね。お二人が同じ部屋になるのは反対です。私だって優人様と同じ部屋になりたいのに。」

 ユリナ姫の言葉を引き継ぐようにフィーナが頷きながら言った。

「そうね。同じ部屋じゃなくて隣だったらいいんじゃない?麻美も優人が近くにいれば安心でしょ。」

 アーシュが腕を組みながら続ける。

「姉さんにしてはまともな提案だね。隣同士なら安心感もあるし、いいと思います。」

 その発言に一同がクスッと笑い、場の空気がさらに柔らかくなった。アルベルト王子も真面目な表情で一言添えた。

「確かにそれが妥当だろう。白石殿の安全を確保することも重要だ。」

 そしてアルスタリア王が結論をまとめるように宣言する。

「では、白石殿の部屋は優人殿の隣に用意するとしよう。それでよろしいですな?」

 優人が麻美に部屋の場所について説明し、麻美もそれに賛成した。

「では、準備を進めさせよう。」

 王の言葉で話はまとまり、一同は次の準備に向けて動き出した。

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