お茶会と異世界の話、そして数学勝負の対策
初めてガゼボという言葉を見たとき、何のことかわかりませんでした。この言葉ってどれくらい一般的に知られている言葉なんでしょうか。
アルベルト王子との話し合いを終えた優人は、王子とともにお茶会の会場へと向かった。場所は中庭にある白いガゼボだった。
「初めてガゼボって聞いたときは、何のことか分からなかったな」
優人は頭の中で思い巡らせる。この「ガゼボ」という単語は、元の世界のライトノベルで初めて見た単語であり、その時に「ガゼボ」の意味を調べたことを思い出した。
(ガゼボとは、庭園や公園などに設けられる装飾的な小さな建築物のこと。その用途は休憩や景観を楽しむためで、一般的には開放的な構造をしており、四方が柱で支えられた屋根を持っている。日本語では「東屋」という。だったかな。)
このガゼボも例に漏れず、八角形の形状をしており、白い木材で丁寧に作られていた。柱や屋根には美しい装飾が施されており、その優雅なデザインが庭園の緑と絶妙なコントラストを成している。ガゼボの中には丸いテーブルと椅子が置かれ、テーブルの上には既に紅茶と軽食が整えられていた。
「日本ではあまり見かけないけど、こういう場所でお茶をするなんて素敵ですね……」
優人は少し感心しながら、自分の知識が整理されていくのを感じた。そして、アルベルト王子に続いてガゼボの中へと足を踏み入れた。
優人とアルベルト王子がガゼボに到着すると、そこにはすでにユリナ姫、フィーナ、そしてアーシュの三人が揃っており、楽しげに談笑していた。三人の笑い声が柔らかな風に乗り、心地よく耳に届く。
「三人そろって楽しそうだね。何の話をしていたんだい?」
アルベルト王子が微笑みながら問いかける。
アーシュが弾むような声で答えた。
「姉さんが、この前の石取りゲームについて僕とユリナ姫に教えてくれてたんだよ!」
「フィーナちゃんの教え方がとても分かりやすくて、よく理解できました」
ユリナ姫も優雅に微笑んで答える。
「それなら、僕にも今度教えてくれないか?」
アルベルト王子がフィーナに頼むと、彼女も穏やかに微笑み、
「いいわよ」
と返した。その時、ユリナ姫がみんなに向かって一際明るい声で言った。
「全員が揃いましたので、さっそくお茶の用意をしましょう!」
ガゼボの中央に設けられたテーブルには、すでに三段のティースタンドが置かれていた。純白の磁器でできたそのスタンドには、美しい金の縁取りが施されており、それぞれの段に色とりどりのお茶菓子が並べられている。最上段には、小さなフルーツタルトやレモン(のように見える果物)のメレンゲパイが整然と並び、タルトには艶やかなベリー類が彩りを添えている。メレンゲパイのふんわりとしたメレンゲは、雲のように軽やかで美しい。
中段には、ほんのり温かみの残るスコーンが並び、クロテッドクリームとストロベリージャム(のようなジャム)が添えられていた。スコーンから漂う香ばしい香りが、ふわりと鼻をくすぐる。さらに、最下段には野菜やスモークされた魚、卵のフィリングを挟んだ小さなサンドイッチが丁寧に並び、パンの耳は見事にカットされている。その形は揃い、どれも完璧な仕上がりだった。
「今日は紅茶意外にハーブティーも用意しました」
ユリナ姫が説明する。その言葉通り、テーブルには豪華な金縁のティーポットがいくつも並び、それぞれから上品な紅茶の香りが立ち上っている。蒸気がふわりと漂い、香りだけで心が満たされるようだった。
さらに、テーブルの端には、小さなプレートに乗せられたマカロンやフィナンシェも置かれている。どれもパステルカラーで美しく飾られ、一つ一つが宝石のように見える。どれを手に取るべきか、迷ってしまうほどの華やかさだった。
「色とりどりでとてもきれいですね……!」
優人は思わず驚きの声を漏らす。
一同は席につき、ユリナ姫が淹れてくれた紅茶をカップに受け取りながら、ティースタンドから好きなお菓子を手に取っていった。スコーンにクリームを塗る手つきも優雅で、それぞれが甘く香ばしい味を楽しみながら、和やかな会話を繰り広げる。
柔らかな風がガゼボを通り抜け、緑の香りを運んでくる。お茶の香りと共に包み込まれるようなこの場は、日常の喧騒から切り離された、まるで異世界のような安らぎの時間だった。
アーシュが紅茶を一口飲み、興味津々な様子で優人に尋ねた。
「ねえ、優人さんのいた異世界ってどんなところなんですか? 僕たちのこの世界とどう違うんですか?」
その質問にアルベルト王子も乗り気になり、
「確かに、それは興味深い話だな。僕も聞きたい」
と、少し身を乗り出してきた。
優人はカップをテーブルに置き、少し考え込んだあと、ゆっくりと話し始めた。
「そうですね……まず、建築物から話してみましょうか。この世界では石造りの建物が多いですね。重厚感があって、歴史の重みを感じる建物ばかりですが、私のいた世界では、建物のほとんどが鉄やコンクリートという物質でできています。都市では、高層ビルと呼ばれる何十階建ての建物が街中に立ち並んでいて、空を覆うようにそびえ立っています。窓が全面に張られたガラスの壁の建物も多くて、日差しを反射してキラキラ光るんです。」
「高層ビル?」
アーシュが目を丸くして聞き返す。
「そんなに高い建物が崩れたりしないの?」
「私も建築に関しては素人なので詳しくは分かりませんが、崩れないように設計されています。また、私がいた日本は地震という地面が揺れる現象の多い国だから、特別な設計をしてるところもあります。地震が起きても倒れないように、ビル自体が少し揺れて衝撃を吸収する仕組みがあったりします。あと、そういうビルは屋根も瓦や茅葺きではなく、ほとんどが平らで防水加工されています。現代の建築技術って、そういうところが発達していますね。」
アルベルト王子が驚きの声を漏らしながら尋ねた。
「そのような技術があるとは驚きだ。それに、高層ビルとは圧巻だろうな。移動手段はどのようなものが?」
優人は微笑みながら、次に乗り物について説明を始めた。
「移動手段もかなり違いますね。この世界だと馬車が主流ですが、私の世界では自動車っていう機械で動く乗り物がほとんどです。馬じゃなくて、ガソリンという燃料を自動車に入れて動かすんだ。だから、馬の世話をする必要がありません。」
「馬車よりも速いんですか?」フィーナが不思議そうに首を傾げる。
「はい、すごく速いです。馬車だと移動に何日もかかる距離でも、自動車なら数時間で行けるでしょう。それに、空を飛ぶ飛行機っていう乗り物もある。これを使えば海を越えるのも簡単で、半日くらいで別の大陸に行けます。」
「空を飛ぶだと!?」
アルベルト王子は信じられないという顔をして目を見開いた。
優人はその反応に微笑みながら、さらに話を続けた。
「生活様式も大きく違います。たとえば、家の中には水道が通っていて、蛇口をひねればいつでも水が出てきます。しかも、お湯も同じように出せるんですよ。それに、料理をする時も薪じゃなくて、ガスや電気というものを使うコンロで調理するから、火を起こす手間がありません。明かりもロウソクやランプじゃなくて、スイッチを入れると電気で部屋が明るくなるんです。」
「お湯がすぐに出て、スイッチ一つで明かりがつくのか……それは本当に便利だな」
とアルベルト王子が感心したようにうなずく。
「あと、食べ物もすごく豊富です。スーパーというお店に行けば、世界中から輸入された食材が何でも揃ってる。まあ、輸入に頼りすぎている面がありますが……。保存のために冷蔵庫という機械があるので、腐らせる心配も少ないです。日本では四季といって気温の変化がはっきりしているから、その季節ごとの新鮮な食材も楽しめます。」
「なんてすごい場所なんだ……」
アーシュは夢見るような表情を浮かべた。
「しかし、その分忙しい生活でもありましたね。働く時間が長かったり、みんなが常に何かに追われているような感覚がありました。便利さと引き換えに、失っているものもあるかもしれませんね。」
そう話す優人の言葉に、一同は異世界の生活に思いを馳せながら、想像を膨らませていた。それぞれの表情には、驚きや感嘆の色が浮かんでいたが、同時にその便利さの代償について考えさせられるような空気が漂っていた。
優人が異世界での生活について語り終えると、全員が感心した表情を浮かべていた。フィーナは驚いたように目を丸くし、
「そんな世界があるなんて、全然想像がつかないわ」
と感嘆の声を漏らした。他のメンバーも同じような感想を抱いているようで、アルベルト王子も
「まるで夢物語のようだな」
と優人に感心の眼差しを向けた。その流れの中で、優人はふと思い出したようにユリナ姫に尋ねた。
「そういえば、前にユリナが話していた幼いころに遊んだ相手って、アルベルト王子のことですか?」
ユリナ姫は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに小さくうなずいた。
「ええ、そうです。アルベルト王子がノルディアからこの王城にいらしていたとき、よく一緒に遊んでいました。」
その答えに優人は興味をそそられ、さらに訪ねた
「どんなふうに過ごしていたの?」
ユリナ姫は少し気まずそうな笑顔を浮かべながら答えた。
「えっと……普通に、二人で王城を探検したり、一緒に遊んだりしていただけです」
しかし、その言葉にアルベルト王子がにやりと笑みを浮かべ、口を挟んだ。
「ちょっとだけ、僕が覚えているのと違いますね」
「アルベルト王子!」
ユリナ姫は慌てて声を上げ、話を遮ろうとしたが、王子は全く気にせず話を続けた。
「例えば、子供のころのユリナが『王城を探検しよう』と言い出してね。二人であちこち歩き回ったのはいいんだけど、広い王城の中を延々と連れ回されて、最後には『入ってはいけない』と言われていた部屋にまで入ってしまってさ。結果として二人そろって怒られたんだよ。」
その話を聞きながら、ユリナ姫は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。王子はそれを面白そうに見つめながら、さらに話を続ける。
「あと、こんなこともあったな。ある日、ユリナが『今日は二人で鬼ごっこをしましょう』って言ってきてね。中庭で鬼ごっこを始めたんだけど、ユリナは捕まるのが嫌でたまらなかったんだ。とうとう花壇の中にまで逃げ込んでしまってね。そのせいで、二人とも庭師に怒られた上、ユリナは服を汚したことでさらに怒られていたよ。」
「ち、ちょっと……その話はしなくていいです!」
ユリナ姫はますます恥ずかしそうに顔を赤らめ、声を上げたが、アルベルト王子は笑みを浮かべて話を締めくくった。
それを聞いたフィーナがにこりと笑い、「ユリナ姫、昔はおてんばだったんだね」とぽつりとつぶやいた。ユリナ姫は顔を両手で覆いながら、
「今は違います!子供のときの話ですから!」
と必死に弁解した。その場の空気はすっかり和み、皆が笑顔になっていた。恥ずかしがるユリナ姫を見て、優人もつい口元をほころばせ、彼女の意外な一面に親しみを覚えたのだった。
ユリナ姫は、さきほどの恥ずかしい話題をごまかそうとするように、話題を切り替えた。
「ところで、アルベルト王子と優人様はさっきお二人で話していましたが、今後の方針についてお話されていたのですか?」
アルベルト王子は軽く肩をすくめ、「まあ、そんなところかな」と答えた。
その態度にフィーナが興味津々の様子で優人を見つめ、「具体的にはどうするの?」と問いかける。
「『6!』の問題は優人のおかげで解けたけど、ジーランドの代表って、今まで数学勝負をした国の問題を全部解いてるんでしょ?」
フィーナの言葉には、不安と好奇心が入り混じっていた。
優人は一瞬考え込んでから口を開いた。
「アルベルト王子に、この世界の人間では解けないであろう問題とその答えを教えておけば、相手も解けない可能性が高いと思います。」
その答えに皆が納得するように頷きつつ、優人は続けてユリナ姫に尋ねた。
「ところで、数学システムを使った勝負で、お互いが問題を解けなかった場合はどうなるんですか?」
ユリナ姫は微笑みながら説明した。
「お互いが正解、もしくはお互いが不正解だった場合は、新しい問題を出題し合います。その繰り返しの中で、お互いが3問連続で不正解するか、3問連続で正解した場合に、勝負は引き分けとなるのです。」
その説明を聞いた優人は少し考え込み言った。
「もしジーランドの代表がこの世界の住人ではなく、私と同じ異世界の人間だった場合、引き分けになる可能性が高いですね」
その発言にアーシュが首をかしげ、「どうしてそう思うんですか?」と尋ねた。
優人は丁寧に説明を始めた。
「ジーランドの代表は、相手が出した問題を解いてから自分の問題を出題しているんですよね。もし自分が解けない問題を出された場合、『6!』の問題を出題するとは思えません。逆に、もっと複雑で、相手が解けない可能性の高い問題を出してくるはずです。」
アルベルト王子が少し身を乗り出し、「その理由は?」と問いかける。
「私がジーランドの代表の立場だったら、自分が解けない問題を出してくる相手に対して、『6!』のような簡単な問題は出さないからです。それだと相手に勝つチャンスを与えてしまうだけです。」
優人は冷静に答えた。その分析に、アルベルト王子や他のメンバーは黙り込み、真剣な表情で考え込んでいた。アルベルト王子は真剣な表情で考え込み、やがて優人のほうを見つめながら口を開いた。
「つまり、優人殿と同じ異世界の人間であった場合、どうしようもないということですね。しかし、その可能性が低いと信じて、数学の対策を進めるべきでしょう。」
その言葉に、周囲も深く頷いた。アルベルト王子が一歩前に出て優人に向き直る。
「それで、もしよければ、私にも数学について教えていただけませんか?」
その頼みに優人はすぐに微笑み、「もちろん構いませんよ」と快く答えた。
そのやり取りを聞いていたユリナ姫が目を輝かせながら口を挟む。
「では、私も一緒に勉強してもいいですか?」
しかし、その申し出にアルベルト王子がすかさず手を振り、少し慌てたような声で答えた。
「ユリナはそんなことをしなくても大丈夫ですよ。どうぞ、ゆっくりとおくつろぎください。数学のことは私たちがしっかりと対策しますので。」
アルベルト王子の言葉にユリナ姫は少し口を尖らせながらも、困ったような微笑みを浮かべた。
「でも、私も優人様に数学を習いたいのですが……」
アルベルト王子がさらに言葉を重ねる。
「まあまあ、今回は男二人に任せてください。」
ユリナ姫は少し考えた末、
「わかりました。ではお二人とも、頑張ってくださいね」
と少し残念そうに言いながらも、笑顔で二人を見つめた。優人はその様子を見て心の中で少し胸を痛めながらも、アルベルト王子の真剣な目を見て、
「それでは、早速私の部屋に行きましょうか。」
と提案した。やがて、中庭に優しい風が吹き抜け、遠くで鳥のさえずりが聞こえる中、静かに学びの時間が流れ始める予感がしたのだった。




