異世界への転移
初創作です。小説の作法も全然わかっていませんが書いていきたいと思います。
中学校の職員室はいつもと変わらない、穏やかな午後だった。
31歳の数学教師、松永優人は、明日の授業準備をしながらコーヒーをすすっていた。彼は授業で使うプリントに目を通し、赤ペンでいくつかの修正を加えているところだった。教室からは生徒たちの元気な声が微かに聞こえる。窓から差し込む春の陽光が心地よく、優人はどこか平和な気持ちでペンを動かしていた。
「松永先生、まだ残ってるんですか?」
振り向くと、社会科教師の白石麻美が声をかけてきた。彼女は26歳で、入職してまだ2年目の若い教師だ。いつも明るい性格と、生徒たちにも人気のある優しい笑顔が印象的だった。
「ええ、ちょっと授業準備が残っててね。それより白石先生は? もう帰るんですか?」
「いえ、私もこれから少し教材を整理しようと思ってて。なんだか残業ばっかりですね、私たち。」
麻美は笑いながら自分の机に座った。そんな何気ないやり取りが続く中、職員室の空気が急にピリッと変わった。
突然、部屋の中心に奇妙な光の輪が現れた。最初は小さな火花のようだったが、それは次第に大きくなり、まるで生きているかのように渦を巻き始める。
「え、何これ?」
麻美が驚きの声を上げる。優人も言葉を失い、手に持っていたペンを落とした。その光は彼らを包み込むように広がり、眩しい輝きが視界を覆った。
気がつくと、優人は柔らかい草の上に倒れていた。身体を起こして周りを見渡すと、そこには見知らぬ広大な草原が広がっていた。どこまでも続く青空と、風に揺れる草の音が耳に入る。
「ここは……どこだ?」
職員室の面影はどこにもなく、優人の手には赤ペンだけが握られていた。麻美の姿も見当たらない。彼は周囲を探そうと立ち上がったが、人の気配はまったく感じられなかった。
「落ち着け、冷静になるんだ。」
自分に言い聞かせながら、優人はまず方角を確認しようとした。草原の遠くには山が見え、その麓には小さな町のようなものが広がっているのが分かる。あそこに行けば何か情報が得られるかもしれない。
優人は心細さを抱えながらも、その町を目指して歩き始めた。
歩くこと数時間。ようやく町にたどり着くと、そこでは大勢の人々が広場に集まっているのが見えた。広場の中央には大きな掲示板が設置されており、何やらざわざわとした声が飛び交っている。
「おい、もう始まるぞ!」 「今年の挑戦者はどんなやつだ?」
興奮した様子の人々が、掲示板の周りに押し寄せている。優人は何が起こっているのか分からず、人混みの端で足を止めた。
「これは……何のイベントだ?」
彼が呟いたそのとき、近くにいた少年が興奮気味に説明を始めた。
「あんた知らないのか? 今日は『選抜試験』の日だよ! これで勝ち残れば、明日の戦いの代表者になれるんだ!」
「選抜試験?」
聞き慣れない単語に戸惑いながらも、優人はさらに話を聞こうとした。しかし、その場の空気はすぐに変わった。広場の中央に立つ男性が大声で話し始め、群衆が静まり返る。
「さあ、挑戦するものは壇上に上がれ!」
その言葉とともに周りの群衆が壇上に動いた。優人はその流れに巻き込まれ、一緒に壇上へと流されてしまった。
「え、ちょっと。こんなことしてる場合じゃ……」
流されて着いてしまった壇上の上で、優人は不安と困惑が入り混じる感情を抱きながら、新たな一歩を踏み出そうとしていた。
試験が始まった。
最初の試験は、100名以上の参加者が一堂に集まり、数学の問題を解く勝ち抜き戦だった。長机に整然と並べられた用紙が配られ、参加者たちは一斉に解き始める。
「問題をよく読んで、30分以内に解答を提出せよ!」
監督官が厳しい声で指示を出す中、優人は配られた問題用紙を見て驚愕した。
「何で数学……?しかも簡単すぎる……。」
① 7×8=
② 50+50+50=
③ 132-68=
…………
あまりに簡単すぎる問題ばかりが30問以上並んでいた。しかし、周囲を見回すと、参加者たちは眉間にしわを寄せ、真剣な表情で筆を走らせている。
「とりあえず解けばいいのか?」
そう思いながらも、優人は手を動かし始めた。問題を解くスピードは圧倒的だった。小学生でも解ける問題なのだから当然だが、わずか10分足らずで全ての解答を埋め、監督官に提出する。
「諦めるのか?」
「いえ、終わったので提出します。」
「もう終わったのか?」
監督官は驚きの表情を浮かべたが、答案を受け取ると厳正に採点を始めた。
その後、次々と合格者が発表され、残った人数は50人に絞られた。優人の解答は完璧であり、圧倒的なスピードと正確さに会場はざわめいた。
「アイツ、何者だ?」 「とんでもない速度で解いてたぞ。」
群衆の中でひそひそと話す声が広がる中、優人は自分の名前が呼ばれると淡々と壇上に戻った。
2回戦もまた数学の問題が出題された。今度は難易度が上がっていたが、それでも小学校高学年程度の問題だったが、それでも優人にとっては特に難しいものではなかった。彼は再び最速で解答を終え、観衆をさらに驚かせる。
「アイツ、魔法でも使っているのか?」 「いや、ただの人間にしてはおかしいだろ。」
観客たちは次第に優人に注目し始めた。残りの参加者が次々と脱落し、試験はついに最終ラウンドへと進んだ。
決勝ラウンドに残ったのは、優人を含む3名。試験官が3人に向かって言った。
「これが最後の試験だ!!決勝に残った3名は『システム』を発動させよ!」
聞きなれない言葉が優人の耳に届いた。
「システムを発動?」
優人が訝しんでいる間に他の2人は当たり前のように「システム発動」と唱えていた。
優人も2人と同じように「システム発動」と唱えた。すると目の前に透明なディスプレイが現れた。観客たちが息を飲む中、そのディスプレイには説明が浮かび上がった。
「数学システム起動中。出題者は問題を発言してください。解答者のパネルには自動で問題が表示されます。」
優人と他の2名、リクス・ヴァルドとセリア・フィンランが壇上に立つ。最初にリクスが問題を出す番だった。彼は腕を組み、落ち着いた声で問題を発した。
「では、問題を出す。『24+98は?』」
彼の声が響くと同時に、優人の前の半透明ディスプレイに問題文が表示された。解答パネルも瞬時に起動し、数式を入力するためのインターフェイスが現れる。優人は一瞬だけリクスを見た。
(簡単すぎる。何か裏があるのか?)
一瞬考えたが、すぐに解答パネルに指を伸ばし、計算を入力する。
「122。」
即答だった。優人の答えが画面に表示されると、観衆からどよめきが起こった。
「早すぎる……。」 「まるで計算する必要がないみたいだ……。」
優人にとっては、計算というよりも即座に答えが浮かぶほど簡単な問題だった。しかし、もう1人の解答者であるセリアは正解を入力するのにかなり手間取っていた。
(暗算が苦手なのかな。)
優人がそんなことを考えている間にセリアも正解した。続いて、セリアのターンになった。
セリアは慎重に言葉を選びながら問題を出した。
「次は私が出すわ。『連続する数を3つ足して、それらの合計が72である。この3つの数を求めよ。』」
群衆が大きくどよめいた。
「難しすぎる。」「こんな問題分かるやつがいるのか?」「セリアの優勝に決まりだな。」
周囲の反応に満足したのか、セリアと呼ばれる女性は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「ふふ、分かるわけないわ。私が何日もかけて試行錯誤を繰り返してやっと見つけた問題よ。この国一番の数学者でも解けないわ。」
またもや優人のディスプレイに問題文が表示される。彼は再びディスプレイに向かった。
(これは……難しい。)
今まで即答してきた優人も初めて悩んでいた。その様子を見てセリアは満足そうである。
「分からないでしょう、分かってたまるものですか!この問題はまだ出したことがない私のオリジナル!!解けるのは私しかいない!!」
そんな叫びも聞こえないほど、優人は自分の思考に没頭している。
(普通に考えれば、23,24,25の3つだが、『連続する数』という表現が問題だ。これが『連続する自然数』であれば問題なくその3つでいい。しかし、これが『連続する有理数』であった場合は答えが定まらない。)
さらに思考は深く、速くなる。
(23.9、24、24.1も合計は72だし、23.99、24、24.01も合計は72だ。この世界における『連続する数』の定義が分からない以上確定することができない。)
現代の日本であれば解答者が答えを1つに絞れないような問題は作らないので、答えは23,24,25になる。そもそも問題文において『連続する数』という曖昧な表現は出てこず、最低でも『連続する整数』と表現されるだろう。
しかし、ここは異世界。優人の常識が通用しないこともあるだろう。少し迷ったのちに優人は決心した。
(答えが確定しない以上迷っても仕方ない。この問題における1番確率の高い答えにかけるべきだろう。)
「23,24,25」
その瞬間、再び観衆がどよめいた。セリアは驚いて声も出せない様子だ。
「……正解?ありえない!!」
セリアが絶叫を上げるが、試合はまだ続く。ここで優人は、自分のターンが来る前に不穏な空気を感じ取り始めた。周囲のざわつき、そしてリクスとセリアの視線がどこかぎこちない。
「この試験……もしかして出来レースだったのか?」
彼はそう疑い始めた。相手の問題があまりにも簡単だったため、もしかしたらセリアを勝たせるための形式的な試験ではないかと考えたのだ。
もしそうならば、セリアの驚愕も納得がいく。こちらも簡単な問題を出すべきかもしれない。優人は一瞬迷ったが、簡単すぎない範囲で問題を設定することにした。
「では、次は私の番ですね。」
優人が口を開くと、会場全体が静まり返る。その沈黙の中、彼は簡単な二次方程式を選び、ゆっくりと発言した。
「『次の方程式を解け。x^2 = 4』」
発言と同時に、リクスとセリアの前にもディスプレイが表示された。優人が正解である「x = 2, x = -2」を入力し、システムが受理する。これで出題は完了した。
しかし、リクスとセリアはディスプレイを睨んだまま動かない。汗をにじませながら、必死に解答パネルに向き合っている。
「え、これが難しいのか……?」
優人は驚きと戸惑いを感じたが、観衆の反応を見てさらに衝撃を受けた。
「何だあの問題は!?」 「解けるわけがない……!」「まさか、未解決問題!!」
ざわつきが広がる中、リクスが最初に手を止めた。そして、首を振りながら無言で諦める。続いてセリアも力尽きたように項垂れた。
「ギブアップ……」
二人の声が響くと同時に、会場全体が大きくどよめいた。そして、優人の目の前のディスプレイに表示された文字が一斉に輝く。
「優勝者:松永優人」
観衆は一瞬の沈黙の後、歓声を上げた。しかしその歓声は単なる賞賛だけではなく、どこか恐れや畏敬の混じったものだった。優人は自分が勝ったことを実感しながらも、試験が簡単すぎたと思い込んでいたせいで、この結果を素直に喜ぶことができなかった。
「これでいいのか……?」
試験の本質を理解しきれないまま、優人は立会人から王城への招待を受けたのだった。