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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怒りと共感、そして正義というもの

作者: 浅賀ソルト

 自分の9歳の娘の盗撮画像が拡散されていたのだが、腹は立たなかった。

 完全に愛情の問題であり、自分の愛情が足りないということなんだろう。冷たいとか非情とか父親失格とか言われるだろう。反論もないわけではない。愛情もあるし、失格と赤の他人に決めつけられるいわれもない。が、復讐のために手段は選ばないし危険もかえりみないというような愛情過多の人間でもない。父親の理想像のようなものを押し付けられても困る。

 ここまで言い訳をしておいてさらに言い訳を重ねるが、妻があまりにヒートアップしてしまったのでそこでつい冷めてしまったというのはあると思う。

 ここでまた「妻のせいにするのか」と怒られそうだ。どんなに言い訳しても味方は増えないと思う。世間的には妻の味方の方が多いだろう。それでもやはり言い訳だけはさせていただきたい。愛情不足だったのかもしれないが娘が嫌いだったわけではない。

 とはいえ言い訳だけしてても世間からは反感が増えるだけだ。ここからは事実だけ話していこう。

 世間でも珍しくなくなってしまったが——それにしても世の中の誰を信用して子供を預けたらいいのか、これはいまの親たち共通の悩みである——盗撮していたのは塾の講師である。小林貴明というその塾講師は好みの女児に目をつけては個別指導として呼び出し、個室に仕掛けたカメラでローアングルから娘の動画を撮影していた。

 この手の小児性愛者しょうにせいあいしゃの行動はどれもこれも同じだ。

 そして世間から白眼視されているために同好の士での結束は固い。インターネットが生まれてからこのかた、こういう人間同士を繋げる場所としての利用の実例は枚挙に暇がない。

 妻がそれを知ったのはママ友経由だが、そのママ友も知人経由だったそうで、直接知ったのが誰なのかは不明である。たどれば当然どこかの小児性愛者に繋がって、そこからこの小林という塾講師に繋がるはずだが、そこは私達では追求しなかった。警察が捜査したはずである。

 動画ではまだ無邪気な娘が幼い声で塾講師と会話をしていた。カメラは2台あり、顔のアップとスカートの中のアップが分割2画面で編集されていた。足をぶらぶらさせるところで完全に同期が取れており、編集のこだわりが感じられた。

「ねえ、これ見て」と妻に言われたときにはもう妻は120℃まで沸騰しており、言葉の穏便さとは裏腹にものすごい圧があった。

 私がスマホの画面を見ている間、妻は私の顔をじっと凝視していた。落ち着かなくて動画に集中できなかったくらいだ。頑張って編集しているなという感想もそういう状況で生まれたものである。一人で見てそういう感想になったわけではない。

 見終わって顔を上げると妻の顔がすぐ近くにあった。

 妻は言った。「見た?」

「見た」

「どう?」

「どうって……」

「なんとも思わないの?」

「いや、ちょっと待って」

 あまりの圧に私は距離を取った。いま思うと、見終わったらすぐに私は妻と同じテンションで『ぶっ殺す!』とか叫ばないといけなかったのだろう。だが後悔しても遅い。妻は私の反応の鈍さにあからさまにがっかりしていた。

 私は言った。「これは……本物なんだよな?」

「当たり前でしょ!」妻は怒鳴った。

 びっくりして私が黙っていると、妻は私を睨んできていた。その顔がどんどん険しくなる。それを見ている私の顔がどんどん情けなくなっていくのも自覚できた。

 妻に見られたくなくて私はスマホに視線を戻した。動画をもう一度見るわけでもなく、ただ見ていただけである。頭の中は娘のことよりも目の前の妻をどうするかということしか考えていなかった。うーん、などと意味ありげに唸ったりもしてみた。何を言うのが正解なのか。

 押し黙っていると妻が言った。「まずは塾に問い合わせないと。あと警察に被害届。証拠は消されないように残しておいて」私に動画を見せる前にこのあたりは考えていたんだろう。

「ああ、分かった」私はスマホで塾の電話番号を調べた。「被害届?」

「盗撮なんだから犯罪でしょ。塾に言っても謝罪されるだけだから、犯人を逮捕するためには被害届を出さないと」

「ああ、そうか……」よく分からなかったがネットで調べればいいかと思った。

 ものすごく顔に出ていたんだと思う。「あー、もう、私がやっておく」と言って、妻は電話をかけようとする私を止めた。

 ちょっとほっとした。前向きに返事はしたが困惑しかなかった。被害届なんて出したことがないし、どうやればいいのかまったく分からない。妻の『あ、こいつ分かってねえ』というリアクションもこういうときはありがたかった。

 このあとは妻が基本的に対処した。しかし私も同行はすることになった。妻が怒っていいから対策しろなんとかしろと迫るときに横に私がいた方が物事はスムーズに進むからだ。私はずんずんと問題を解決に向けて進める妻に頼もしさを感じていた。

 もちろん妻は妻で、本当は塾講師をもっとギタギタのメタメタにしてやりたかったはずだ。許す許さないでいうと死んでもなにしても許されるレベルではない。それをここまで見逃していた塾も同罪である。そしてもちろん余罪もあった。娘が初めてではなかった。

 妻の復讐心というか怒りというものはとにかくすごいもので、逆に塾の側が非を認めにくいことすらあった。ちょっとでも謝罪したらどこまで詰められるか予想できなかったのだろう。おかげで確認しますとか知りませんでしたとかそういう返答が増えて、そこがますます妻を怒らせた。また、私がどうしても一緒に塾を詰めるということをしないので、私にも怒りの矛先が向いた。これも仕方ないことだと思う。最初に書いたように、本当は自分もギタギタのメタメタにしてやりたかったのだけど、妻の横で一緒になって怒るということがうまくできなかった。

 最終的にこの塾講師はクビになったし、児童ポルノ関係のあれこれで逮捕もされた。塾からは賠償金も貰えた。

 拡散した動画という消せない汚点に対する金額としては納得できるものではなかった。いくら貰っても納得できないのだから気持ちの決着は永遠につかないだろう。

 夫婦としてはそんなもやもやをずっと抱えたまま生きることになった。

 私たちの夫婦はこのような顛末だったが、別の被害者もいて、夫婦揃ってちゃんと怒った被害者両親がいたのでそちらの顛末も記そう。

 怒った夫婦は塾講師、小林貴明の両親とその兄弟、そこからの子供にいたるまで総勢16人を全員拉致監禁し、両手両足を切断の上に全ての歯を抜き、両耳と鼻を削ぎ、両目を抉り出したあとでガソリンをかけて焼き殺した。さらにその塾の責任者、管理者、同僚のバイトの学生、さらに本社の社長とその家族、夫婦、子供、総勢88人を拉致監禁し、同様に両手両足を切断して、歯は残したまま、両耳鼻を切り両目を潰したあとで止血をして、今度は焼き殺さずに地面を転がせて、お互いに空腹にさせて食い合わせて、生き残った1人が感染症で死ぬまで三ヶ月間を生かし続けた。

 あっぱれと言わざるを得ない。私も妻も本当に甘かった。


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