09波 間
「嫌だなぁ。」裏山は地肌が見えていて丁度人一人が屈んで入れるくらいの洞窟があった。その前まで来て、私は今にでも帰りたい衝動にかられた。
「嫌だなぁ。」もう一度、呟く。
嫌な、感じがするのだ。霊感があるわけでもないし、実際ここは前に調査の為に人が何人も入っているのだから危険な事はまずありえない。元々銅鐸が埋まっていたところでもあって、今は一般は立入禁止になっているが、5メートルくらいで行きどまってるだけの何の変哲もない穴、なのだが。だがしかし。動けないのだ。
足が、この中へ入ることを拒絶しているのか、この前にたった瞬間から、嫌な予感がどんどん増していく。
「あら、京ちゃんもそう思うー?実は、あたしも・・・ぞくぞくするわね。」涼子さんが縁起でもないことを言う。上月に至ってはそれを無視して、というかこの奥に何があるのか、見極めようとしているようだった。
「あ、あのさー。俺ここで待ってたら・・・いけないよね、やっぱ。」わずかな期待をのせて聞いたのだが、上月の一瞥で、それもむなしく終わった。
「言い残すことはないか?」
「シャレになんないよ、それ。ううう、だがしかしっここでぐずぐずしてても仕方ないし、俺は目をつけられるようなVIPじゃないんだし・・・行こう。」考えてみれば、上月もいるし、涼子さんもいるんだから、そうそう変なことは起こらないはずだ。それに、私は一般人だから、いわれのないストーカー・・基、通り魔に襲われることは・・・ないはずなんだ。
なけなしの勇気を奮い立たせて、入り口に向かう、ところを後ろから襟首つかまれた。
「ぐえっ。」
「京介は真ん中ね。あたしが行くわ。上月、後ろお願い。」涼子さんがずい、と私の前に出る。
「レディーファースト、というわけではないんですよ?」上月が確認を取るような形で声を掛ける。
「あら、いやあねぇ、真打ちは最後って定石でしょ?」
「どうせ面倒事はこちらに押しつけるんでしょう?」
「逃げるのは得意なの。」涼子さんはそういって洞穴に足を踏み入れた。私もそのあとに続く。
「・・・気絶だけはするなよ。」後ろで上月が言う。私は手持ちの懐中電灯をつけた。足下を確認して返事をかえす。
「気絶だけはできない体質でね・・・」苦笑まじりで目をこらす。こんなとき、涼子さんが真っ赤な服を着てくれていたのには感謝した。見失わなくてすむ。
「ここで、行き止まりね。」数歩先で涼子さんの声がする。彼女の懐中電灯は突き当たりの壁を照らしているようだった。