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栄翼の瞳  作者: 水城四亜
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エンドロール2承と少女

「川瀬晴香です。よろしくお願いします。」そう言った少女にデジャ・ヴを感じたのは気のせいだったのかもしれない。


「上月承です。ここの責任者でもありますが、数日体調を崩して入院していまして、佐々木君にその間のことは任せてあります。彼に色々聞いてください。」


遺跡の発掘は一朝一夕では終わらない。とはいえ、経過報告は必要であったし、安い人手は欲しかった。この町内の回覧から募った中の一人に、まだ若い彼女はいた。

川瀬春香、24歳職業家事手伝い。どうやら、地元の小企業の会社の娘らしく、大学を出てから就職難で家にいるようだった。

(でなきゃ、こんなバイト来ないよな・・・)承は彼女の明るい色に染めた髪を見つめながら思う。大学でもこの不況の波に漏れず、どうなったのかわからない連中も多い。また教務に説教をくらいそうだ、などと暗くなりながら、留守にしていた間の仕事に手をつける。




「いい男でしょ、晴香ちゃん狙っちゃえばー?まだ独身なのよ、上月さんは。」そう井戸端会議に花が咲くとはよく言ったように、二丁目の加藤さんが言う。

「すっごいイケメンですよね。びっくりしちゃった。」晴香は笑いながら作業を教えてもらう。自分のような若い人間はほとんど居ない。だいたいバイトで集められるのは近所のおばちゃんたちだ。

「でっしょー。もーこんな単純作業でも承さんがいるから潤うのよね〜。」おばちゃんたちーお姉様方は笑う。

「そうそう。またこないだ来た身内の人も格好良かったわ。濡れたような黒髪のイイ男!」

「そーよね。また来ないかしら。まだ大学生だっけ?」

「はぁ・・・・」

「いーわねぇ、あたしも晴香ちゃんくらいだったら・・・・」

「何言ってんのよ。ほら、ちゃっちゃと動く!」お姉様方の会話に終わりはない。


晴香はもくもくと手を動かしながら、ちらりとプレハブを見る。確かに、上月承は今時大学の先生とは思えないくらいに、イケメンな上、若かった。どきっとしなかったと言えば嘘になる。


「でもぉ、あれは失恋でもしたんじゃないかしらー。」と誰かが言う。

「ああ、美馬さんいい事言うわぁ。私もそう思ったのよね〜。」

「えー!?いつよ〜、全然そんな感じしなかったのに。」

「前までは、ぽやんとしてたのに、いつの間にか暗い影のあるイイ味の男になってるんだもの、そりゃー何かあったと思うわよ。」

「そうかしらー。」


(あんな人でも振られたりするんだ?)晴香は何気なしに聞いていた会話に思う。そんな会話をBGMに自分にこの作業がとても合っていることに気づいた。


(面白いかも。)元々、興味はあったが、こういう機会でもない限り直接関わることもなかっただろう。就職難でプーになっていた暗い気持ちが幾分晴れてきた。


晴香の家は、それなりに父が社長であるから、いきなり明日死ぬという生活苦ではないが不況の影響が出ていないわけはなく、厳しいオーダーが続いていた。そんな中で、自分が未だに職に付けていない状況は苦しかったし、逆に婿をもらい家を継がなくてはならないというほのめかしもあったので、晴香にはどうしたらいいのかわからなかった。

両親は表立って争うことはないが、自分の娘を情けなく思っていることは間違いないだろう。そんな中で気晴らしにと手を出したのが今回のバイトだ。

(来てよかった。)そう思えた。

晴香はそれなりに一般的に言えばお嬢なのだと思う。であるから、ぽやんとしていて、何か急ぎ資格を取るとかいうことをしていたわけではないし、今、通信教育でいくつか取ってはいるものの、だからといって直接職に繋がるものは皆無だった。

(危機感が足りないのよ、それはわかってる。)でも、自分の家を手伝いたいという思いもあるのは確かで。


はぁ、とため息をついた所でひやり、と顔に冷たいものが当たる。


「!?」驚いて身を引くと、承がいた。

「休憩、斉藤さんたちが呼んでたんだけどね、一生懸命になってて気づかなかった?」そう言ってお茶の缶を晴香に渡す。

「あ、ありがとうございます。」渡された缶を受け取ると、承に言われて裏手の樹の元まで行く。ちょうど日陰になっていて、気持ちよかった。

「あー、どう、作業は?」

「はい、面白いです。」

「へぇ、めずらしいね。いや、君みたいに若い子が・・・ってこれは偏見かな。大変だろ彼女たちはたくましいから。」そう言って、斉藤さん含むおば樣方ーお姉様方を見る。時折こちらを見て笑っているのは、何かまた話しのネタにされているのだろうか。

「気晴らしに。」

「え?」

「気晴らしに来たんです。プーだって思うと気が滅入ってしまって。」恥ずかしい、と思う。晴香は何故そんなことを言ってしまったか、わからずにいた。もちろん履歴は知っているだろうが、そんな話ししなくても仕事はできるのだ。

「・・・・・やっぱり、職は無い?」

「・・・・・選んでるつもりは無いんですけど・・・そもそも選べるほど能力無いですし。」

「そうか・・・・君、何か資格とか持ってる?」

「・・・・これといって、普通なものしか。」例えばP検定とか。今時パソコンを使えない卒業生なんか居ないだろうから、これは取ってもそれほど役に立つとは思えない。

「そう・・・・。いや、うちに何か推薦してあげれたら良かったんだけれど・・・」

「!・・・・そ、それは。ありがとうございます。でも・・・私そういうつもりじゃ。」ますます恥ずかしくなった。多分、お姉様方が何か言ったに違いない。とにかく、世話を焼きたがる人たちだから。

「うん。わかってるよ。ただ、まぁ、彼女らに言われたのもあるけれど、僕がね、何かしてあげれればなと。・・・・・君さ。」

「はい?」もう恥ずかしくてまともに顔を見ることはできない。というか、先ほどから晴香はお茶の缶だけを見つめてうつむいているのだが。

「もしかして、関谷にいたでしょ。」

「!?」

「やっぱりね。僕ー覚えてないかな。近所で祭先生の所に入り浸ってたー」

「お兄ちゃん!?」

晴香は思わず顔を上げて承をまじまじ見てしまった。いつの間にそんなに色素が薄くなったんだ、とか、確かに15年前は黒髪をしていたはずなのに。


15年前、晴香は関谷という場所に住んでいた。今の家の隣に工場を作るため、1年だけそこへ住んでいたのだ。近所にはめずらしいガラスアートの工房があって、ほんとうにつぶれるかもしれないと思ったくらい客は居なかったが、小さな一戸建ての家に晴香以外に入り浸っているー住んでいるのではないかと思われた人がいた。

それが、承だった。お互いに、名前を教えたりはしていない。承は当時晴香を「はるちゃん」と工房の主人の祭が呼ぶように呼んでいたし、晴香は「お兄ちゃん」と呼んでいたのだから。


「ネックレス。まだありますよ。」そう言って晴香はにしゃっと笑う。

「本当!?嬉しいな。大事にしてくれたんだ。」承は嬉しそうに言う。その頃、とても不器用だった承が祭にせがんでようやく作れたトンボ玉のネックレス。晴香が引っ越してしまう時にあげたのだった。


「まさかこんな所で会うとはね・・・」

「ほんと、お兄ちゃん、イケメンになったねー」晴香もあの「お兄ちゃん」だとわかると口調も幾分くだけた調子になる。

「あはは、ありがとう。最近失恋したばっかなんだ。慰めてくれ妹よ。」

「ええー!?」今度こそ口を間抜けたように開けてしまった。

(やばいよ本当だったよ!)地雷踏んだ、と晴香は思った。

「兄、ふられたんですか?」でも気になって、聞いてしまう。

「んにゃ。まぁ、あれだ。よく言うだろ、『棲む世界が違うのだ』と。」

どきり、とした。

その横顔だけ、嘘が無かったから。

「好きなのに、一緒に居られなかった?」

「そうだね。」

「綺麗な人だった?」

「ああ。」即答。それだけで、もうわかった。若いんだから次頑張りなよ、とか、もっといい人いるよ、とか。そういう、簡単なことは言えない。

(言っちゃだめだ。)


「ごめん。でも、嬉しいな。晴香と会えて。今度飯行こう。近所に喫茶店があるし。昼ならいいだろ?」

「何が『でも』なんだか。ー別に。昼じゃなくてもいいよ、未成年じゃないんだしさ。」

「いや、僕は一応雇い主だから。」

「わけわかんない。」

「お。休憩終わりだ。じゃ、倒れないように頑張れよ。水分取れよ。熱射病になるなよ。それから・・・・」

「お兄ちゃん。」

「何。」

「何でもない。」ぐっ、と言葉を飲み込んだ。目を合わせると心までのぞかれる気がして、わざと斉藤さんの方を向いた。


(無自覚な女泣かせがここにいます!!!)斉藤さんに目で訴える。


「家どこだっけ、送ってくよ。久しぶりだし。」それが、本当に意識せずに出た台詞だとわかるから。


「お。」


「お?」


「お兄ちゃんの、天然!!」そう言って、晴香は斉藤さんに全力疾走した。




「だってさ!15年ぶりの感動の再会なんて、まるでお約束すぎてさ!あんまりかっこいいからぐらりと来るじゃない。んで、何あの天然!?いや、昔っからとても不器用ではあったんだけどね!?慰めてとか言いながら、何あの未練たらたらの顔ーーー!!!」

「は、晴香ちゃん落ち着いて。」美馬さんが言う。

「そうだ、うばっちまえハルハル〜!」斉藤さんの台詞。


ここは。飲み屋で。歓迎会で。私は主役で。ビール中ジョッキ三杯目。


「いいねぇ若いって。晴香ちゃん、そうよ、就職が無いなら永久就職よ!承さん食いっぱぐれが無いから大丈夫よ不況もどんとこい!」

やんや、やんやとお姉様方は晴香を肴に楽しむ。


晴香はジョッキをがつん、とテーブルに置いて店員に四杯目を頼むと、叫んだ。


「川瀬晴香、お兄ちゃんゲットに全力を尽くします!!!」


昼間に感じた感情が、怒りであったことに初めて気づいたのは次の日の頭痛でした。


こうして、上月承の前に新たなる難関が立ちはだかるのですが、この続きはまた別の話し・・・ということで。








やっとかけた。。。

この伏線は、三輪が初めて登場するシーンの承の白昼夢に出てきます。いやぁ、長かったな。どこで切るかが問題で。


若さはこれくらいつっぱしってた方がかっこいいよね。と思う。

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