エンドロール1茜也と承
「帰る?」セフィーロの前に立った男に声をかける。
「ああ。2組限定でしょうここは。新婚からまったく変わらないテンションの中と、青い友情組に水を指すような真似はしたくないし、居心地が悪いんでね。」車に乗ろうとして引き止められた承は言った。
あの世界から還ってきて、2日目。正直あれが夢ではなかったかと思うくらい、日常に忙殺されていた。
「そうですか。」茜也はその姿を見て苦笑しながらも今夜の月を見上げた。
「4th.quater。現すのは再編成と休息。まさに、今の僕たちみたいだね。」
フォースクオーター。下弦の月。
人工の光が届かないここは、玄関先にある小さなランプだけがお互いの顔を照らしていた。
「ほんとうに。夢のようでした。」承は言う。この、親族きってのはねっかえりの夫となった男は、彼にとっても数少ない気のおけない相手だった。さすがに司書なだけあって無駄に知識が多い。最も、承もそういう畑に足を入れているようなものだから、突然彼がそんなことを言い出しても特別おかしいとは思わなかった。
「夢ではないでしょう。夢ならそんな顔はしない。・・・・・・誰か想う人がいるんだね?」茜也は静かに問う。まるで独り言のように。
「夢だと思えたらどんなに良いでしょうね。・・・・ここが痛くて。ズキズキと痛くて。なのに泣けもしません。」そう言ってトン、っと胸を軽く親指で示す。
「泣いて何かが変わるなら泣けばいいよ。」醒めた物言いだな、と茜也は思う。けれど、他に何を言えばいいのか、いや、何も言えるはずもないこともわかっていた。陳腐な慰めの言葉は承の傷を深くするだけだろう。
「もう、二度と、会えないでしょう。」承は言う。ー誰にとは言わないが。それだけで茜也にはわかった。これから先、彼が想う相手以上の人が現れないのだと。
「フラれた時は皆そう思うものだよ。けれど承・・・・僕らはまだ生きていかなくてはならないのだから、その中で縁会って出会える人がいるのなら、僕はそれが素敵なことだと思うよ。それが、今君の想う人でなくてもね。」
「いっそ、死んだのならあの世界へ行けるのかと、思ったこともあります。」その言葉に茜也は驚く。けれどそれが正気の彼から出た台詞であるとわかって、表情を緩める。
「思っただけだろう。」
「そう。俺は、意外と奥病だったらしい。小心者で、確証のないことで命を絶てるほど、図太くもなかった。」
「よかったよ。君が小心者で。涼子なら間違いなく、やりそうだからね。」茜也は苦笑して言う。
「違いない。」承も笑う。
「死に急ぐのは愚かだ。たった100年。それ以下の自由を自ら捨てるなんて。僕には考えられないよ。まだ読みたいものもあるし、死ぬまでに読みきれないだろうことが、唯一心残りだ。」茜也は至極まともな顔で言う。
「あなたらしい。俺もまだやりたいことはあるから。」
「上月の人間は簡単に死ねないらしいね?」
「呪われるからな。死は解放?そんな考えを広めた奴を殺してやりたいよ。死は死だ。死して楽になることは無い。絶対に。俺たちの場合は、特に。」
「ではまだあがいて生きることだね。僕も、君も。唯一の救いは、僕が一人だけではないってことかな。」
「そうだな。あなたたちと一緒に居るなら飽きることもなさそうだ。」そう言うと承は今度こそ車に乗りエンジンをかけた。
「気をつけて、またお会いしましょう。」茜也はそれにむかって言う。
「ええ。それじゃ、また。」軽く会釈をしてハンドルを切る。これから遠いネオンに向かって走るのだ。
それを見送りながら、茜也は呟いた。
「ぬばたまのその夜の月夜今日までに我れは忘れず間なくし思へば・・・・ってとこかな。」
美しい月夜も今の承にとっては煩わしいだけのものであるのかもしれない。いつか彼が違う思いでこの月が見れると良いと思いながら茜也は踵を返した。一度だけ強く輝く月を見つめてから。
END
ぬばたまのその夜の月夜今日までに我れは忘れず間なくし思へば・・・
(あの夜の月を今日も忘れられません。ずっとあなた様のことを想っていますので。)万葉集より使用。
そろそろ男臭い話しが書きたくなってきました。そのうち時代物に手を出すかもしれません。。。。雰囲気だけで読んでくれるとマル。
昔の人は風流だったなぁと思います。うちの祖母も月を見て歌を詠む人でしたが。ちっとも血筋じゃないなぁと思いつつ。いつかやりたい関係でもあります。