76夜 空(完)
「りょーこさーーん、こっちこっち。」
私は止められた赤のアルファロメオに向かって歩く。
今日は学生が少なかったが、駐車場に入った車は学生では手が出ないものなので何事かと見る奴もいる。
中から出てきた人物は瀬野涼子さん、上月の血縁で、俺も何かとお世話になっている。
ちなみに今日の服装は幾分かラフな格好だったが、モデル並みのその脚をおしげもなく出せるあたり、既に日本の人妻とは思えない。そして主婦にはとても見えない。親と比べてしまうではないか。
「京ちゃーん二日ぶりー。それにしても何?こんな僻地まで呼ぶなんて珍しいわね。」車から降りた涼子さんは、相変わらず高いヒールを綺麗にさばき歩いて来る。
確かにうちの学校は最寄りの駅から20分ほど車で来ないと来れない。さらに言えば、近所にあるのは1Kmくらい先にあるコンビニか、簡易的な郵便局のプレハブだけ。見渡す限りは田畑、というどうしようもないくらいに「学生に学ばせる」環境ではあった。
あれから、3限始まってすぐに涼子さんにメールを打った。そしたら、運が良いことにこの近くまで来ているらしかったので、予定を聞いて今に至る。
上月には課題を提出に行くとメールしてあるから、そのうち図書館から出て来るかもしれない。
「僻地って・・・まぁそうですけど。すみません突然。」
「何しおらしく、らしくないこと言ってるのよ。いいのよ子供は甘えるのが仕事なんだから。」ほほほ、と笑う姿はまさに女王。この人は唯一、上月が頭の上がらない女性でもある。
「ちょっと上月のことで・・・・ただ、あいつも今日こっちに来てて。」涼子さんは俺の顔を見ただけでわかったらしく、
「そう。またアレなのね?」
「どうしようかと。」
「・・・・まったく、京ちゃんは成長してるのにあの子ってば全然進歩が無いんだから。」
瀬野涼子はそう呟くとサングラスを外して、
「茜也さん呼びましょうか。私じゃ彰とカブルからあの子の説得は無理。夜に来るように伝えておくわ。ああ、どうせなら食事も一緒にしましょ、京ちゃん、いいかしら。」
「はい。今日は上月と呑む予定だったんで・・・」
「・・・まったくいい男が二人して女の子とコンパでもなければデートでも無いって、今時の学生は枯れてるわねぇ。。。」
「・・・・すみませんねぇ。」本当のことなのでぐうの音も出ない。
「ま、いいわ。いい場所があるの。承も誘っておくから、遺跡メンバーズで再会とでもしましょうか!」そう言って涼子さんが携帯で話す間に、見慣れた姿が現れた。
上月だ。
「・・・・・部外者は立ち入り禁止のはずですが?」明らかに不機嫌と思われる彼の口調も、涼子さん相手だと会話を楽しんでいると思えるから不思議だ。
「固いこと言わないのよ。だいたい私、事実上あなたの保護者にされてるんだから、問題ないでしょう。それより、今日の夜は暇?もうお店押さえちゃったけれど。」
「・・・人の予定を勝手に・・・」
「ごめん、上月、俺が涼子さんも一緒にどうかって誘ったんだ。だから・・・」これ以上の狭い車内ー私たちはそのまま車での移動となったーでの温度差に耐えきれず口を挟む。
「・・・・・別に・・・お前の所為じゃないだろう。この人妻がのこのここんな僻地まで来る方がどうかしてる。」
「あら、京ちゃんは気に入っているもの。当然よね。」
「だから、手を出すなと・・・」
「あなたのその執着はどこから来るのかしら彰。」
「・・・っ」
「上月・・・今日は、その、遺跡メンバーで集まるって話になってて、承さんや茜也さんも来てくれるらしいから、その、久しぶりだし、駄目か?」
「・・・・・・・・・別に。」
お前は、どこぞの芸能人かと突っ込みを入れたかったが、この男が機嫌を曲げるとろくな事にはならないんで、ここはぐっと我慢する。
「俺しばらく寝るわ。・・・さすがに課題が終わったの4時だし。」後部座席でごろんと横になる。当然上月の膝の上となるが、それはまぁ、気にしない。
「ああ。着いたら起こす。」上月がそう言うのを聞いてから私は意識を閉じた。
「何安心しきった顔してんのかしらねぇ。」堤が寝てから運転している涼子がぼやく。信号待ちをしているので後ろをチェックしたら膝枕だ。やってられない。
「ほんと、気楽な奴だ。」
「違うわよ、あなたよ。何、京ちゃんに触ってないと不安なわけ?いっそ京ちゃん嫁にもらえば?」
「!?」
「気づいてないんだからたちが悪いわね。何その過度なスキンシップ。何怖がってるのよあなた。」涼子は苦笑して話す。
「俺が怖がってる?・・・何を言ってるんだあなたは。」
「本当のことでしょ。異世界で冒険おつかれさま。命がけで彼を守った感想はどう?そんなのあなたの自己満足じゃないの。」その言葉に上月の堤に置いた手が強張る。
「その通りだが、あなたに関係あるのか。」上月は涼子の台詞に苦笑する。激昂できたら楽だったが、それほど幼くもない。
「大有りよ。だって私はあなたの保護者だもの。年長者の言うことは何かしら得るものがあるはずよ。」
「堤と俺の問題だ。」
「いいえ、違うわ。あなたの問題。京ちゃんは関係ない。あなたが、執着しすぎるのよ。」
「こいつが、何か言ったのか?」そこまできて、上月は涼子がどうして来たのかという原因に気づく。確かに、自分が不安定なことは認めるが、それを堤に知られているとは気がつかなかった。電話も会った時も普段と変わらなかったから。
「京ちゃんも馬鹿よね。彰なんか、傷つけようったって、そうそう傷つかないホーロー製なんだから、そんな気遣いしなくてもいいのに。」ホント、あんたたちって馬鹿よね。と、涼子は呟く。
「・・・・」
「・・・今時の若者みたいに都合が悪くなったらダンマリとかやめてね?子供過ぎるわ。」
「・・・・・・全く、あなたは。俺に何を言わせたいんだ?」
「そうね、さしずめ怖い夢でも見たのかしら?ってところ。」
「!・・・・わかるのか。」
「そんな顔してればね。それに、あなたの波長や気の流れ?っていうの?私にはよくわからないけど、とにかくすっごく状態が悪いわね。京ちゃんは肉体的に疲労してるわけだけど、あなたは心が病んでいるのよ。」
「・・・・さすがカウンセラー。だが、俺はー」
「そう。あなたはこういう風にあなたを判断されるのが嫌い。それは私もよく知っているわ。」
「じゃあ何で。」
「光は光のままに。そういうことよ。」
「答えになってない。」
「わからない?そうー彰君でもわからないことがあるのね〜。・・・・当然よ。あなたまだ、成人もしてないじゃない。何したり顔して大人の振りしてるのよ。そんなものは10年早いわよ。いい?単刀直入に言えば、私も、京ちゃんもあなたが心配だということよ。あなたはあなた一人だけの存在ではなくて、私や京ちゃんと共に生きている、ということよ。馬鹿彰、ここまで言わなくちゃわからないあたり、まだまだねぇ。」上月はわずかに目を見張り、うつむいて堤を見た。
「・・・・この馬鹿が。」
「うん?」涼子はハンドルを切りながら、バックミラーを見る。
「勝手にいなくなって・・・・やっと会えたと思ったら最悪の状況で・・・今度こそもう・・・駄目かと思った・・・・」ぽつり、ぽつりと話す上月に、いつものような覇気は無く、生彩に欠けていた。
「それで?」
「・・・・・夢が・・・」
「見るのね?」
上月は堤から視線を外すと、外を見る。だがその目に映るのはあの瞬間。
自分が、堤に刀を刺した、一瞬を。
不安になって起きると、そこには自分しかいなくて。
どうしても確かめたくてらしくもなく電話をして、でも声を聞いても安心はできなくて。
らしくもない。本当に。
「どうしたらいいんだろう。」ぽつり、と話したのは独白。おそらく彼すら気づいていないほどの。
「ゆっくり、話し合いなさい。二人とも、まだ心が戻ってきていないのよ現実に。・・・・さて、ついたわ。」涼子はそれを見て苦笑すると、車を止める。
「・・・ここは?」繁華街とはずいぶん離れた田畑しかないような場所。
目の前には一件の建物。
「知り合いの店よ。口コミで、一日限定2組程度しか取らない、偏屈な所よ。宿泊もできるようだから、お願いしておいたわ。・・・・もちろん、私と茜也さんもねvv」
「・・・・あなた、自分が楽しんでないか。」憮然とした顔で上月が言う。
「そりゃそうよ。言っておくけど、ここの代金は私持ちよ。当然、拒否する権利は無いわ。あ・・・電話・・・茜也さん!?今どこなのよ〜っv」涼子はかかってきた電話に出る。
先ほどの空気はどこへやら、涼子は子供がいないため、よく茜也と共にちょっとした旅行に出かけることが多い。これもその一つにされたというわけだ。
上月がため息をつきながら納得したところで、熟睡している主を起こす。
「・・・・あ?・・・ついた?」その体温に安心しつつも間の抜けた返事につい、足が出た。
「っ・・・・たぁ!?・・・ちょ、落とした!?落とすかよ普通!?」堤はシートとシートの間に落ちた身体を立て直しながら、車から降りた。
「五月蝿い。」今ので涼子から受けたストレスを6割解消したことは、彼の為に黙秘することとした。
「涼子さん。」普通の一軒家に見えるような建物の中から、承が出てきた。どうやら彼の方が先に来ていたらしい。
「あら承早いわね。ま、今夜はよろしくね。」涼子はそう言うとオーナーに挨拶に入って行った。
食事は美味しかったし、実際に県内に泊まることは珍しいのでこれもこれで楽しいことかもしれない。
部屋は昔の家屋を改築したカフェ風ではあるが、外からはよくわからなくなっていて、庭には背の高い木が植えられていた。ガーデニングが好きだというオーナーの奥方の趣味か、所々に配慮してありセンスも抜群だった。
(さすが涼子さん・・)一体いつこんな場所を見つけるのだろうと思いながら、つい庭や建物の造りからデザイナーの意図を探ってしまう。
縁側は広くとってあり、縁側から続いた畳は真新しい。い草のにおいがした。周りには外灯らしきものはほとんど存在しないで、ただ、夜空を飾る月と星だけが幻想的に庭を照らしていた。
ごろん、と仰向けになったらそのすぐ側に座る気配がした。
「メシ、美味だったな。」
「ああ。」
「しかも涼子さんの奢りだろラッキー。」
「ああ。」
「俺、今日の課題、結構自信あるんだ。センセもいい感じだって言ってたし。」
「・・・・堤。」
上月は静かに言う。
「お前がそんなだと、困る。」
「・・・・ごめん。」
「自覚があるからなおさら悪い。いーかよく聞けよ。スキンシップが嫌いなわけじゃなくてだな、お前がお前らしくないのが俺が困るんだ。」
「そうか。」
「だいたいこの世界じゃ、そうそうあんな目には合わん。お前らしいという言い方は好きじゃないが、お前はお前だろ。で、俺は俺だ。お前はお前の大切なものをもっと増やすべきだ。そしたら俺にはかまっていられんぞ。」
「それは・・・・」
「離れるわけじゃない。これからもお前と俺はお前と俺だ。そう在り続けたいと思ってる。まぁ、正直なとこーーーーお前に彼女でもできれば何か変わるのかもしれんがね。」
「俺はー俺の血を呪ってる。」
「知ってる。」だから結婚したくないことも。上月が必要以上に女性と関わらないことも。
「だが、血を残さなくてはならないこともわかっている。」それはつまり、あの家に生まれた者の義務であり、責務。
「ああ。お前、頑固だしな。それも知ってる。今のお前は俺という都合のいい逃げ場に逃げているだけにすぎん。そんなのは友人でも何でもないだろう?俺は、お前とその先を生きたいんだ。わかるか?」
「・・・・お前は最悪だ。」
「んなの知ってら。今、お前と俺の彼女とか天秤にかけたら確実にお前が上がるあたり、俺も最悪だ。」
「彼女居ないだろ。」
「るせーよ。仮定の話しだよ。ifだよ。・・・・まあ、ぶっちゃけた話し、お前ならいいかと思ったんだ。」
「何が。」
「あー・・・だからな。あの、なんつーか。その。ぐあぁぁぁこれ恥ずかしいだろ、マジで恥ずかしいんだけど。」ごろごろと畳を転がる。
「堤。」はし、とそれを止められてつかまれた腕が確実に相手が生きていることを伝えてくれる。
「だからな。」
「ああ。」
「まぁ、いいかと思ったんだ。お前なら、刺されてもいいかと思ったんだ。・・・・・ってどこのアニメ漫画のセリフだよくそー、こんなこと言わせるんじゃねーよ馬鹿野郎っ。」
「悪かった。」ぐい、と力まかせにひっぱられむりやり抱きつかれたのは、どういうわけか。
「おい。」
「今少し障りがある。」
「仕方ねぇ。我慢してやる。」お前は結構子供だよな、と思いつつ。普段はまったくそんなことを感じさせない彼であるから、仕方ねぇそれは友の役割であると妥協する。あんまりぞっとしないけどな。後ろから抱え込まれてるのはそうか、顔見られたくないんだな。障り、なんてよく言う。まったくプライドの高い奴だ。
「・・・・・とう。」背後から聞こえた小さな感謝に笑みがこぼれる。
「どうってことねーよ、そんなん。お前が俺でもきっとそうだろ。」話していないとどうにも落ちつかない、このシュチエーションはいかんともしがたく。抱きつかれるなら女の子がいい、なんて思いながら。まぁ、上月のためだしな、頑張れ自分、と自分を奮い立たせていたら。
「・・・・ねぇーさっきの・・・」ドアを開けた涼子さんと目が合った。
「・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・あら、お邪魔みたいね。ごめんなさい。よかったわ。別の部屋にしておいて。」にっこり笑ってドアを閉じられた。
「・・・・・って待て!?いや、違う、涼子さん何言ってんの!?つーか、邪魔って何、邪魔ってー!!!」急いで立ち上がろうとするが、後ろから『ぬりかべ』が離してくれない。
「最悪だ。」背中からくぐもった声がする。
「いや、最低なのは俺でしょ!?いい加減離せよお前っ。くそー。何だあれ。何だこのシュチエーション。」必死で腕を抜けようとするが、もとより武術などをやっている上月に俺が敵うはずもなく。
「あちらでは嫌がらなかったのにな。」
「いや、だってさ。あれは感動の再会っつーか。いや、なんなのお前、その復活の仕方!?」
「堤。」
「何だよ。」私はその声音に非常に嫌な予感を感じた。そして頭の上でかすかに笑う気配。
「違う世界へ行ってみないか?」
「結構です!!」
もう、異世界はたくさんです。
栄翼の瞳(完)
2010.05.08
ひとまずは、ここでおしまいです。・・・・長かった。。。。これ大学から書いてたからすでに○○年経ってるんだけど。この後、他の小話を載せて、完結になります。